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洞窟竜
しおりを挟む洞窟を丘ごと崩したドラゴンは、
土煙の中からこちらに向けて目を光らせている。
体表を覆う鱗の色は、
先程までいた洞窟大蜥蜴に酷似しており、
見た目の印象から名付けるなら洞窟竜といった所か。
「馬鹿な……ドラゴンだと?
そんなものがこんなところにいる筈は……」
ディーガが目を見張り、一歩後ろに下がる。
「……ホルクがドラゴンドラゴン言うからッ」
リリキナが先程までと変わらない調子で言うが、
語尾が震えている。
出会った時からどこか飄々とした雰囲気の彼女も、
この状況には動揺を隠せないようだ。
「……は、ハッ!
の、望むところじゃねえの!
こ、このホルク様がで、伝説のッ」
調子良くドラゴン討伐を謳っていたホルクも、
流石に本物のドラゴンが出てくるとは思わなかったらしく、
剣先こそドラゴンの方に向けているが完全に腰が引けていた。
俺はと言えば、声すら出せずに目の前の状況を見つめているだけ。
表に出す態度の違いこそあれ、俺達は同じ感情を共有していた。
――驚愕と、恐怖。
無理もない。
――ドラゴン。
ロールプレイングゲームの題材にされるファンタジー的世界観において、
雑魚モンスターの代表がゴブリンならば、
強敵モンスターの代表はドラゴンだろう。
剣を通さぬ硬い鱗、鎧を切り裂く鋭い爪や牙、強力なブレス。
ただの人間にはどうしようもない力の象徴として、
英雄譚の敵役に描かれる事も多い、最強の怪物。
それが今、敵意もあらわにこちらを睨んでいる。
正直、怖くて吐きそうだ。
「っ撤退だ。逃げ……」
ディーガが、努めて落ち着いた声を出し、撤退を促そうとした。
グワァアアアアッ!
それを遮るように、ドラゴンの咆哮が響く。
爆発音と聞き違う程の大音量。
殺意を伴ったそれに全身を叩かれながら、
俺達は脱兎のごとく逃げ出した。
ズシン、ズシンと地の底から響くような音に、
背後から迫る巨大な気配。
「くそ、全然離せてない! 」
動きはさほど速くないが、一歩ごとに進める距離が違う。
進行速度は、こちらに分が悪い。
「……鉄弦縛陣」
いつの間にか手袋を外したリリキナが、
ドラゴンの足元へ向けて金属糸を放った。
金属糸は地面にわだかまり、
ドラゴンがそこへ足を踏み入れると同時に、
花が開くように上へ向けて広がる。
広がったそれはドラゴンの足へ絡みつき、
ぎりりと絞り上げる。
たたらを踏んだドラゴンの進行が一瞬停止した。
しかし、
ズシン!
ドラゴンが一際大きく踏み込むと、
奴の足に絡みついた金属糸はその勢いに負けて千切れ飛ぶ。
「……大して足止めにならないか」
リリキナはそう言いながらも、次々に金属糸を放つ。
しかし奴も学習したのか、
勢いをつけて地面を蹴り上げるように踏み込むことで、
絡みつく金属糸を千切りながらこちらへ向かってくる。
少しペースは鈍っているものの、
本人の言う通り大きな効果は望めないようだ。
「いや、よくやった。これなら間に合う」
そんな声の方を見やると、ディーガが杖を構えて立ち止まっていた。
その杖は光を放ち、風が彼の周りに集まっている。
「タカシ! ちょっと離れろ! 」
ホルクが少し離れた位置で立ち止まり、手招きしている。
リリキナが小走りでそちらへ向かうのを見て、
俺もそれに続いた。
「地に満ちし大気、生命を織り成す息吹よ集え」
背後から呪文の詠唱らしきディーガの声が聞こえてくる。
「派手なのが来るぜェ! 伏せてろよッ! 」
「大地の息吹は風となり、渦を巻いて嵐とならん! 地砕竜巻! 」
どう、と鈍い爆音が響く。
地面を崩して巻き上げながら、
ドラゴンの巨体に勝るとも劣らぬ巨大な竜巻が立ち上がった。
「うおおおッ! 」
こちらにも強烈な風が吹き付けてきた為、
伏せていた体を更に地面に押し付ける。
目を動かしてドラゴンの方を見れば、
ドラゴンは崩れる地面に飲み込まれ、
吹き付ける土砂によってみるみる埋まっていっている。
ディーガの方は、崩れた地面の崖っぷちに立っていた。
間に合う、とはそういうことか。
自分が効果範囲に巻き込まれずに呪文を発動できる、
そのギリギリのタイミングを、
彼はリリキナの僅かな足止めによって得られたのだろう。
状況を確認すると、俺は再び地面に伏せ、
吹き飛ばされないよう体を支えることに集中した。
「……凄いな」
風が治まり、顔を上げた俺が見たものは、
かき混ぜられて岩と土砂で埋まった元・草原だった。
ドラゴンはこの中に埋められたようで、
その姿はもう見えない。
「フハッ! これあれじゃねえ?
マジでドラゴンバスタ―じゃねえか? 」
ホルクが興奮した様子で言う。
だが、ディーガは顔をしかめている。
「いや、あの魔術を受けて無傷ではないと思いたいが……
死んでいるとは思えない」
それには俺も同意だった。
吹き荒れる風の中、
俺が確認したのはドラゴンが崩れた地面に飲み込まれ、
土砂に埋められていく所だ。
傷の一つも負ったかもしれないが、
竜巻に体を引き裂かれたりはしていなかった。
――感覚ステータスを無視
土の中のドラゴンの気配を感知する。
それは、油断だったのかもしれない。
死んではいないだろうが、あの巨大な竜巻の直撃だ。
逃げる前に状況を確認する余裕位はあるだろう、という。
奴は俺の思ったよりもずっと近い位置にいて、
しかも勢いを付けてこちらへ飛び出そうとしている所だった。
「! やばい、逃げろッ! 」
俺のその言葉が終わるか終わらないかの内に。
ゴバァッ!
地面から突き出たドラゴンの前足が、
集まっていた俺達をまとめて薙ぎ払った。
「……ぐあッ! 」
俺は跳ね飛ばされ、数回のバウンドの後着地した。
咄嗟にステータス無視を耐久に切り替えられたので、
ドラゴンの攻撃によるダメージそのものは受けずに済んだようだ。
「グギャァアアアアッ!」
生き埋め状態から脱出し、ドラゴンが怒りの咆哮を上げる。
先程の魔術によるものだろう、所々傷付いて血を流しており、
咆哮の圧力も弱まっているように思える。
「グルルルル……」
思わぬ手傷を負って警戒したのか、
血走った眼で睨みながらも、すぐには襲ってこないようだ。
そんなドラゴンから意識を外さないまま、周囲を見回す。
一緒に吹き飛ばされた筈の彼らは……
「……ボクはここ」
横から掛けられた声に振り向くと、
そこには人間大の繭のようなものがあった。
「鉄弦護法……解」
金属質の輝きを持つそれはみるみる解けていき、
中からリリキナが姿を現す。
金属糸で自分を覆い、衝撃から身を守ったようだ。
ドラゴンの一撃を完全には殺しきれなかったのか、
立ち姿がどこかぎこちない。
「リリキナ……他の二人は? 」
「……分からない」
俺の問いに、リリキナは首を横に振った。
「障壁は間に合わなかった」
その声には、悔恨と焦燥が滲んでいる。
「とにかく、急いで合流を……」
≪いや、合流の必要はない≫
もう一度周囲を見回し、二人の姿を探そうとしたその時、
頭の中に声が響く。
耳を通さず聞こえる声に違和感があるが、この声は……
「ディーガ! 」
≪リリキナはそのままタカシを連れて離脱しろ≫
「……でも」
同じ声がリリキナの頭にも響いているのだろう、
彼女はディーガの指示に逡巡する様子を見せた。
≪私達はドラゴンに目くらましをかけて別ルートで脱出する。
タストルのギルドで合流しよう≫
「……分かった」
しかし結局、リリキナは頷いた。
見回して分かる範囲に彼らはいない。
目立つ障害物がないこの場所で見つからない以上、
ドラゴンの向こう側に飛ばされた可能性が高い。
無理に合流するよりは、その方が安全かもしれない。
≪さあ、いくぞ≫
頭に響いたその言葉と同時に風が起き、
ドラゴンの周囲に積もった土を舞い上げる。
「グガァッ! 」
呻くようなドラゴンの吠え声。
土に埋まってもこちらへ向かってきた奴だが、
舞い上がる土の様子が先程の再現を思わせ、
警戒を促しているのかもしれない。
俺とリリキナは顔を見合わせて頷き合い、
急いでその場を離脱した。
「……追って来てる? 」
「……いや」
走る足は緩めずに、リリキナの問いに答える。
逃げながらステータス無視による感知を発動しているが、
ドラゴンが追って来ている様子はない。
ディーガの言う目くらまし……
ただ土煙を起こすだけでは効果があるとは思えないが、
あの後追加で何かを仕掛けたのだろうか。
それが予想以上の効果を発揮している、
という事なら良いのだが……
ズガアァァァン!
突然、すさまじい爆発音が背後から鳴り響いた。
思わず足を止めて振り返ると、
遠くで広範囲が炎と煙に包まれているのが見える。
「目くらましって……あれか? 」
言いながら、強烈な不安に駆られた。
つい足がそちらに向かいかけるが、
ぐいと袖を引かれて我に返る。
「ダメ……」
リリキナが、前を向いたまま俺の袖を掴んでいた。
「今は……街へ」
「……ああ」
きっと大丈夫だ。
こんな不安は気のせいだ。
ギルドで合流した後で、本人に聞けば良い。
そう心の中で自分に言い聞かせつつ、
先を行くリリキナを追う。
その後ドラゴンに追い付かれることもなく、
俺とリリキナは無事タストルに辿り着き、
ギルドに事の次第を報告した。
ギリアの話では、
高位の冒険者による調査・討伐隊が組まれるらしい。
それから三日。
――ディーガとホルクは、まだ戻っていない。
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