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出会いの祝宴
しおりを挟む「ガハハハハ! さあ! 新たなる友との出会いを祝し! 乾杯だ! 」
カコン、と酒で満たされた木製の器が打ち合わされる音が響く。
街までの道中、日が暮れて来たので野営をすることになったのだが、
パルパパーン達は宣言通りに宴を始めた。
ちなみに、捕縛した盗賊達は彼らの持っていた馬車に押し込めてある。
街に着いたら衛兵に引き渡すらしい。
火を焚き、その周りで酒を飲みながら、
一人もしくは数人のグループで前に出て、他の者達に芸を見せる。
全員楽器らしき物を持っていたのでそれを演奏するのかと思っていたのだが、
太鼓のような楽器を使ってお手玉や玉乗りのような真似をしたり、
チューバのような管楽器から火を噴いたり。
数人でそれぞれの楽器を振り回して殺陣のようなものを見せてくれたりと、
皆やりたい放題やっていた。
「あれ楽器だよ、な? 」
思わず自信なさげに近くの団員に尋ねてみた所、ちゃんと楽器としても使えるらしい。
実際何人かは普通に楽器として演奏してくれた。
今も猫耳少女、ルイシャがフルートのような楽器を演奏している。
どこか懐かしい郷愁を感じさせるようなその旋律に聴き入っていると、
「イヤッホー!飲んでるかい、タカシ君ッ! いや、タコス君だったかな? 」
出会った時からずっと変わらないイカれたテンションで金髪の青年が話しかけてきた。
「タカシで合ってるよ……そっちはアルティノだっけ? うるさいから少し静かにしてくれ」
音楽を聴いているときに大声で話されてイラつくが、
そうでなくてもこのテンションは勘弁願いたい。
「クール! 視線が真冬の雪山のように冷たいねえ! ま、ま、そう言わずに! 僕とお話しぶっへェ! 」
構わず話を続けようとするアルティノの顔面に、どこからともなく飛んで来た小石がめり込んだ。
飛んで来た方向を見ると、
ルイシャが笛を吹きながら片足を振り上げた状態でこちらを見ていた。
彼女が小石を蹴ってアルティノの顔にぶち当てたようだ。
やがて演奏が終わると彼女はこちらに歩いて来て、
倒れているアルティノに声をかける。
「……人が芸を楽しむ邪魔はしちゃだめ。それと次、貴方の番」
その言葉を聞いたアルティノは、
ばね仕掛けのようにびょん、と音がしそうな勢いで立ち上がる。
「ひ、ひいッ、わかりました姐御ッ!
……ハハッ、ジョークだからそんな怒んないでルイシャちゃん!
それではタカシ君! 僕の芸をご覧あれッ! 」
下手な演技でルイシャに怯えて見せつつ、変わらぬテンションで皆の前に歩いていくアルティノ。
「……反省しているようには見えないな」
俺は去っていくアルティノを見つつ、
呆れ半分、あのテンションから解放された安堵半分でため息をついた。
「多分、反省していない。何度注意しても、ずっとあのまま」
隣から返事が来て少し驚いた。
見れば、いつの間にかルイシャが隣に腰を下ろしていた。
「隣、いい? 」
座ってから聞くのかとも思ったが、特に断る理由もない。
「ああ、えっと……ルイ」
「先に言っておくけど、ちゃん付けはやめて」
「シャ……様? 」
「何故」
ちゃんをつけようとした所にやめろと言われて、
先程のアルティノによる姐御呼びがふと脳裏をよぎった結果である。
「……ルイシャで。私も貴方をタカシと呼ぶ。
多分そんなに歳も変わらないし、それでいい」
「あ……うん」
俺から見たルイシャの容姿は、同年代か少し下辺り。
本人がいいなら、呼び捨てでも問題ないだろう。
「アルティノの芸が始まるから」
そう言って前に向き直った彼女に倣い、俺もアルティノの方に視線を向けた。
彼は、俺達観客側に向けて大きく手を広げている。
「さあさあ! その目に焼き付けて!
光の魔術師! アルティノのイルミネーション・パフォーマンスを! 」
その言葉と同時に、彼の周囲に大小色とりどりの光の玉が現れた。
彼が両手を大げさに振り回すと、その動きに合わせて光の玉が踊るように飛び回り、
周囲を幻想的な光で照らす。
「うお……」
「アルティノは光の魔術が得意で、それを芸によく応用してる」
その光景に圧倒されて声を漏らした俺に、
前を向いたままルイシャが解説を入れてくれる。
魔術。
ロールプレイングに似た異世界と聞いた時から、何となく頭の中にはあったが。
実際に初めて魔術を目にして、俺の中には奇妙な興奮と感動がじんわりと湧いていた。
「へえ、魔術……あれが」
思わずつぶやきを漏らした後、
俺は瞬きも忘れるほどその光球の群れに見入っていた。
夜も更けて。宴も終わりに近づき、団員も大半が寝入る中。
俺は一人、人気のない所で星を眺めていた。
大気が汚染された地球の都会では見られない満天の星空は見事であったが、
俺の頭の中にはまだアルティノの芸が鮮烈に焼き付いていた。
そしてそれ以外にも、この星空を堪能しきれない理由がある。
「……いい人達だな」
そうつぶやいた声には安堵と、飲み込み切れない何かが乗っていた。
パルパパーン遊劇団の団員達は底抜けに明るく、
何人もの団員が俺に酒を勧めてきたり笑いかけてきた。
――森の中で助けた、あの少女とは違って。
それには理由があった。
魅力ステータスの無視。
特別好かれる訳ではないが、今の俺が魅力ステータスで嫌われることはない。
現在の所極短時間しか持続しない他のステータスに対するものと違い、
これだけは長時間発動させていられる。
恐らく森で少女に嫌われた経験が、
俺の無意識部分に影響を残しているからだろう。
嫌われたくないという強い感情が常に潜在意識下にあることで、
魅力ステータス無視の補助となっている。
正確な所は分からないが、俺はそう予測していた。
「はあ……」
パルパパーン遊劇団に嫌悪を向けられなかった事には安心した。
だが、能力を使わなければ嫌われているのかと思うと……
ごちゃごちゃしてきた心中を吐き出すように、俺はため息をついた。
「悩み事? 」
不意に背後から声をかけられ、驚いて素早く振り返る。
そこには、ルイシャが立っていた。
「一人で離れたところにいると危ないよ」
そう言うとルイシャは、俺の隣に立った。
視線はこちらを見ておらず、先程まで俺が見ていた星空に向けられている。
「あ、ああ、そうだなァ。ごめん」
たった今考えていたことの内容もあり、やや上擦った声が出た。
「……それで、何か悩み事? 」
視線を星空に向けたまま、さして興味もなさそうに尋ねてくる。
「いや……アルティノのあれ……凄かったなって。まだ思い返してたんだ」
意識して笑顔を作り、そう誤魔化す。
流石に悩みの対象に相談する気はないし、相談してどうにかなる話でもない。
「さっき、あれが魔術、と言っていた。……魔術を、知らないの? 」
特に気にした様子もなく、ルイシャは次の話題を振って来た。
「あー……えっと」
しかし、俺はこの問いかけでも答えに詰まってしまった。
彼女の言う通り、魔術について俺は何も知らない。
が、それを素直に言っていいものなのか。
魔術がこの世界で常識であれば、知らないと言えば怪しまれるのではないか。
だが誤魔化そうにも、どんなことを言えばいい。
「……魔術って何なんだ? 」
考えた末、結局俺は素直に己の無知を晒すことにした。
「……さあ」
「ルイシャも知らないのかよ」
少し間を置いての返答に、がくりと力が抜ける。
「生活用の極小規模の魔術は私にもできるけど……魔術とは何かなんて考えたこともない」
「あー……」
仮に科学を知らなくても、使い方を知っていれば家電は使える。
この世界の一般人にとって、魔術とはそういうものなのかもしれない。
「でも……タカシは魔術の存在そのものを知らない」
「う……」
気が付けば、ルイシャは星空から俺に視線を移していた。
茫洋として感情の読めない瞳に気圧される。
「……まあいいか」
ふい、と視線を逸らし、ルイシャはそのままこちらに背を向けた。
「眠い。タカシも早く寝た方がいい……あふ」
「……ああ、おやすみルイシャ」
掴めないというか、何というか。
アルティノのハイテンションとは違った意味で疲れる相手かもしれない。
今ならよく眠れそうだ、と思いながら俺はパルパパーンに借りた自分の寝床に向かった。
翌日。
「おお! あれに見えるは新たな街! 我らの舞台が待っているぞォッ! 」
夕刻まで歩き続けると、遠方に外壁に囲まれた街らしきものが見えてきた。
パルパパーン遊劇団は、街の広場を借りて芸を見せるつもりらしい。
皆、楽器を掲げて気合を入れている。
「ああ……ようやく着いた」
少しげっそりとした顔で俺はつぶやいた。
朝に光の魔術についてアルティノに尋ねた所、
彼は大喜びで教えてくれた。
それからずっと歩きながらハイテンションに喋りっぱなしだったのだ。
しかも話は脱線に脱線を重ね、
おかげである程度この世界の常識についても知ることができたものの、
振り回されて精神的に凄く疲れた。
昨日のことに少し気まずさのようなものを感じてやめておいたが、
こんなことならルイシャの方に話しかければ良かったと思う。
「ともあれ、ここでお別れだな」
もともと、街に着くまでの同行という話だった。
街に入れば、そこで別れることになるだろう。
「おお! タカシ君の旅路に幸があらんことを! と言っても、
盗賊を引き渡すまでは付き合ってもらうことになるがな!
報奨金も出るぞ! 路銀の足しにすると良い! 」
パルパパーンが声をかけてくる。
そう言えば、そんな奴らもいたか。
パルパパーン遊劇団の濃さ……というか道中のアルティノのやかましさで、
何かもう遥か昔の事のように記憶が薄い。
記憶を掘り起こしていると、元凶が変わらぬハイテンションで笑う。
「ハッハー! その後もしばらくは街にいるからいつでも会えるさッ!
また僕のおしゃべりに付き合っておくれよタカシ! 」
絶対嫌だ。
ここで口に出して答えるとそれに反応してマシンガントークが始まるので、
敢えて無言で目を逸らす。
逸らした先には、ルイシャがいた。
「……大丈夫? 」
淡々とした声。
昨日の魔術に関する話題をどう思っているのか、
声や表情からは窺い知れないが……
「ん、ああ」
何となく、この少女は本当に気にしていないようにも思えた。
当分は同じ街にいるのだし、何なら真意を確かめる機会もあるだろう。
殊更気まずくする必要もないと思い、やや意識して気軽に返事を返す。
ルイシャは何を納得したのかこくりと頷くと、そのまま離れていった。
気付けば、もう街の門が近くにある。
この世界に来て初めての街に少しだけ期待と不安を感じつつ、
俺は遊劇団のメンバーと共に門へ向かう足を速めた。
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