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持たざる者は森の中
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暗いトンネルのような空間を歩いていると、唐突に視界が白く染まった。
「つあッ……! 」
同時に耳の奥に刺すような痛みを感じ、思わず耳を塞いでその場にうずくまる。
しばらくして痛みが治まり、耳から手を離すと小鳥のさえずりが聞こえた。
ゆっくりと目を開くと、俺はいつの間にか森の中に立っていた。
「ここは……もう異世界なのか? 」
振り返ってみても、そこには先程まで歩いていた暗い空間は影さえ見当たらない。
辺りは程よく日も差し込み、のどかな森の風景に見える。
しかしどちらに人里があるのか、そもそも近くに人がいるのかさえ不明だ。
先程まで一緒にいたこの世界に送られた人達も、近くにいる様子はない。
俺は先程までいた灰色の部屋……はざまの世界での出来事を思い出す。
これからこの見知らぬ世界で生きていくことになるのだ。……何も持たずに。
「やばい……やらかした」
何もいらないと啖呵を切ってこの世界へ来たことに、早くも後悔が頭をよぎる。
俺こと石間 高志には、とある悪癖があった。
一時の感情で意地を張り、窮地に至って初めて後悔する。
大きなことを言って後でひいひい言いながら事態を収拾する羽目になるのは、
俺の人生において珍しいことではない。
はざまの世界で言ったことに嘘はない。
人から与えられた超常の力で自分を見失うのは気に食わなかった。
ただ、命を懸けて貫き通す覚悟があっての言葉でもなかった。
感情のままに反発し、何も持たずに異世界へ行った後のことについて深く考えていなかっただけである。
そして今、改めて己の窮地を自覚したのだ。
俺、大ピンチ。
「い、いや、落ち着こう。今更戻って力をくれって言うのは無理そうだし、前向きに行こう。
今は生き延びることを考えないと」
さしあたって食料や水を確保する必要がある。
「森の中ならそういう事情については砂漠とかよりもましなはず……
動物狩るのは難しそうだけど木の実とかあれば……」
希望を声に出して自分を励まし、主に地面に落ちた木の実を探しながら森を進んでいく。
「おお、ラッキー! 」
程なくしてリンゴのような果実が落ちているのを見つけた時には、
安堵にも似た感情に思わず口元が緩んだ。
「毒とかないよな……? 」
果実を手に持ち、よく観察してみる。
外見や香りは地球のリンゴと何も変わらないように見える。
虫食いや目立った傷もなく、綺麗なものだ。
その芳香に、食欲中枢が刺激され、ぐう、と腹が鳴った。
「……物は試しッ……ん? ンンンン……ッ? 」
端の方をちょこっと、というつもりで歯を立てたが、噛めない。
大口を開けてかぶりついてみても、歯は皮の表面を滑るだけだ。
なんだこの果物……?
そう思ってまじまじと見つめると、ふと視界の端に何かがちらついているのが見える。
そちらに注目すると、ちらつきは目の前に回り込んで大きく広がった。
そこには、なぜか意味の理解できる未知の文字列でこう書いてあった。
『リンゴレベル1にダメージを与えられなかった』
あ、これやっぱりリンゴなんだ。
そんな感想と共に、はざまの世界で受けた説明が思い起こされる。
この異世界はロールプレイングゲームに似た性質を持ち、
レベルやステータス、スキルという法則を内包しているという話だったか。
「リンゴって普通アイテム扱いじゃねえの!? 食べる行為が食べ物に対する攻撃みたいになってるし! 」
説明を聞いて一般的なロールプレイングゲームを想像していた俺は、思わずツッコんだ。
「というか、リンゴの防御力が高すぎるッ! ……いや」
叫んで幾分冷静になった頭に、ある可能性がよぎる。
はざまの世界で管理者を名乗っていた白いスーツの男。
ステータスやスキルを希望通りに調整すると言った男に、俺が言った言葉は……
「俺のステータスって、今どうなってるんだ? 」
その疑問に答えるように、新たな文字列が目の前に広がった。
石間 高志 レベル0
力 0
耐久 0
魔力 0
器用さ 0
賢さ 0
感覚 0
敏捷 0
魅力 0
幸運 0
スキル なし
「はは……レベル1のリンゴにもダメージが入らない訳だ……」
オールゼロ。いっそ清々しいほどの統一性に乾いた笑いを漏らしつつ、死んだ魚のような目でその文字列を見つめる。
「……やばい。詰んだ」
ただのリンゴにさえレベルやステータスが適応されるなら、俺はこの世界において固形物が食べられない。
水にもステータスがあった場合、飲んで吸収できるかも怪しい。
デッドエンド確定である。
「って冗談じゃねえッ! 」
自業自得と言われればそうだろうが、こんな理不尽な死に方は嫌だ。
「たかがリンゴ一つ! 勢いをつければッ! 」
食べられるように工夫する、とか失敗したら自分の歯が、とかは頭になかった。
ステータス一つでリンゴに傷もつけられない、理不尽な世界への反抗心に引きずられていたのかもしれない。
頭突きをするように頭を反らして振りかぶり、勢いよくリンゴに齧り付く。
しゃり、と。
拍子抜けするほどあっさりと、俺の歯はリンゴの果肉を抉り取った。
口の中に甘酸っぱさが広がる。
「えっ。……何で?」
自分でやっておいてなんだが、何で成功したのかさっぱりである。
ロールプレイング的にクリティカルでも出たのか?
怪訝な目でリンゴを見つめると、また視界の端に現れた文字列を拡大してみる。
『リンゴレベル1を破壊した』
「結果だけ書かれてもな……」
苦笑すると、幾分余裕が戻ってきたのを感じた。
原因はわからないが、今のを再現できれば先程危惧していたような理由での餓死等は避けられそうだ。
試しにもう一度リンゴを齧ってみると、今度は普通に食べられた。
一度破壊したからか、ステータスの適用がなくなったようだ。
してみると、調理されて加工された物ならば俺でも普通に食べられるのかもしれない。
ともかく持っていたリンゴを芯が見えるまで食べ尽くして空腹を満たした俺は、
リンゴの破壊を再現すべく次の食料を探し始めた。
と言っても、すぐ近くに同じ木から落ちたのだろうリンゴがあったため、探索自体はすぐに終了したが。
とりあえずクリティカルが出たという仮説をもとに、何度も噛みついてみることにする。
「ダメか……」
座り込んで手に持ったリンゴに百回程噛みついてみたが、表皮にかすり傷さえつくことはなかった。
状況を再現しようと頭突きのように勢いよく齧り付いてみたりもしたが、
つるりと滑った歯で下唇の内側を噛み、痛い思いをしただけだった。
「クリティカルってわけではないのか……? 」
仮にクリティカルだったとしても、俺のステータスは幸運もゼロだ。
何回やれば再現できるかもわからないし、この仮説は一度脇に置いて他の可能性を探るべきか。
そう思って、一度休憩を入れようと伸びをし、天を仰ぐ。
熊と目が合った。
「うお……! 」
声を上げかけて、刺激したら死ぬと思い至り、静かに体ごと熊に向き直る。
目と鼻の先、数十センチの距離に熊の顔があった。
四足の状態でも座った状態の俺よりは頭が上にある、かなり大きな熊だ。
「おいおい……いくら何でもこの巨体にこの距離まで気づかないとか……」
後ずさりしつつゆっくりと立ち上がる。
ふと、視界の端にあの文字列がちらついているのに気が付いた。
つい注目して拡大すると、そこには一つの文章。
『気配の感知に失敗した』
……多分、感覚のステータス辺りによる感知判定に失敗したようだ。
体の感覚そのものに変化はないが、
こちらに近づこうとする相手の足音とかだけ聞き逃す感じなのか?
「……それっ」
数メートルほど距離を取ったところでとりあえず注意を逸らそうと、持っているリンゴを地面に投げてみた。
「グガァッ! 」
すると突然熊がこちらを威嚇するように立ち上がり、明らかに敵対的な態度で吠えた。
『熊は貴方のことが嫌いなようだ。熊は激怒した』
「ちょっ! 」
魅力による交渉失敗の類か!
表示されっぱなしになっていた文字列の下に追加された文章にちょっぴりショックを受けつつ、
今にも襲い掛かって来そうな熊の迫力に負け、俺は背を向けてその場を逃げ出した。
激怒しているらしい熊は当然追いかけてくる。
異世界の森の中、出会った熊さんとの追いかけっこが始まった。
「つあッ……! 」
同時に耳の奥に刺すような痛みを感じ、思わず耳を塞いでその場にうずくまる。
しばらくして痛みが治まり、耳から手を離すと小鳥のさえずりが聞こえた。
ゆっくりと目を開くと、俺はいつの間にか森の中に立っていた。
「ここは……もう異世界なのか? 」
振り返ってみても、そこには先程まで歩いていた暗い空間は影さえ見当たらない。
辺りは程よく日も差し込み、のどかな森の風景に見える。
しかしどちらに人里があるのか、そもそも近くに人がいるのかさえ不明だ。
先程まで一緒にいたこの世界に送られた人達も、近くにいる様子はない。
俺は先程までいた灰色の部屋……はざまの世界での出来事を思い出す。
これからこの見知らぬ世界で生きていくことになるのだ。……何も持たずに。
「やばい……やらかした」
何もいらないと啖呵を切ってこの世界へ来たことに、早くも後悔が頭をよぎる。
俺こと石間 高志には、とある悪癖があった。
一時の感情で意地を張り、窮地に至って初めて後悔する。
大きなことを言って後でひいひい言いながら事態を収拾する羽目になるのは、
俺の人生において珍しいことではない。
はざまの世界で言ったことに嘘はない。
人から与えられた超常の力で自分を見失うのは気に食わなかった。
ただ、命を懸けて貫き通す覚悟があっての言葉でもなかった。
感情のままに反発し、何も持たずに異世界へ行った後のことについて深く考えていなかっただけである。
そして今、改めて己の窮地を自覚したのだ。
俺、大ピンチ。
「い、いや、落ち着こう。今更戻って力をくれって言うのは無理そうだし、前向きに行こう。
今は生き延びることを考えないと」
さしあたって食料や水を確保する必要がある。
「森の中ならそういう事情については砂漠とかよりもましなはず……
動物狩るのは難しそうだけど木の実とかあれば……」
希望を声に出して自分を励まし、主に地面に落ちた木の実を探しながら森を進んでいく。
「おお、ラッキー! 」
程なくしてリンゴのような果実が落ちているのを見つけた時には、
安堵にも似た感情に思わず口元が緩んだ。
「毒とかないよな……? 」
果実を手に持ち、よく観察してみる。
外見や香りは地球のリンゴと何も変わらないように見える。
虫食いや目立った傷もなく、綺麗なものだ。
その芳香に、食欲中枢が刺激され、ぐう、と腹が鳴った。
「……物は試しッ……ん? ンンンン……ッ? 」
端の方をちょこっと、というつもりで歯を立てたが、噛めない。
大口を開けてかぶりついてみても、歯は皮の表面を滑るだけだ。
なんだこの果物……?
そう思ってまじまじと見つめると、ふと視界の端に何かがちらついているのが見える。
そちらに注目すると、ちらつきは目の前に回り込んで大きく広がった。
そこには、なぜか意味の理解できる未知の文字列でこう書いてあった。
『リンゴレベル1にダメージを与えられなかった』
あ、これやっぱりリンゴなんだ。
そんな感想と共に、はざまの世界で受けた説明が思い起こされる。
この異世界はロールプレイングゲームに似た性質を持ち、
レベルやステータス、スキルという法則を内包しているという話だったか。
「リンゴって普通アイテム扱いじゃねえの!? 食べる行為が食べ物に対する攻撃みたいになってるし! 」
説明を聞いて一般的なロールプレイングゲームを想像していた俺は、思わずツッコんだ。
「というか、リンゴの防御力が高すぎるッ! ……いや」
叫んで幾分冷静になった頭に、ある可能性がよぎる。
はざまの世界で管理者を名乗っていた白いスーツの男。
ステータスやスキルを希望通りに調整すると言った男に、俺が言った言葉は……
「俺のステータスって、今どうなってるんだ? 」
その疑問に答えるように、新たな文字列が目の前に広がった。
石間 高志 レベル0
力 0
耐久 0
魔力 0
器用さ 0
賢さ 0
感覚 0
敏捷 0
魅力 0
幸運 0
スキル なし
「はは……レベル1のリンゴにもダメージが入らない訳だ……」
オールゼロ。いっそ清々しいほどの統一性に乾いた笑いを漏らしつつ、死んだ魚のような目でその文字列を見つめる。
「……やばい。詰んだ」
ただのリンゴにさえレベルやステータスが適応されるなら、俺はこの世界において固形物が食べられない。
水にもステータスがあった場合、飲んで吸収できるかも怪しい。
デッドエンド確定である。
「って冗談じゃねえッ! 」
自業自得と言われればそうだろうが、こんな理不尽な死に方は嫌だ。
「たかがリンゴ一つ! 勢いをつければッ! 」
食べられるように工夫する、とか失敗したら自分の歯が、とかは頭になかった。
ステータス一つでリンゴに傷もつけられない、理不尽な世界への反抗心に引きずられていたのかもしれない。
頭突きをするように頭を反らして振りかぶり、勢いよくリンゴに齧り付く。
しゃり、と。
拍子抜けするほどあっさりと、俺の歯はリンゴの果肉を抉り取った。
口の中に甘酸っぱさが広がる。
「えっ。……何で?」
自分でやっておいてなんだが、何で成功したのかさっぱりである。
ロールプレイング的にクリティカルでも出たのか?
怪訝な目でリンゴを見つめると、また視界の端に現れた文字列を拡大してみる。
『リンゴレベル1を破壊した』
「結果だけ書かれてもな……」
苦笑すると、幾分余裕が戻ってきたのを感じた。
原因はわからないが、今のを再現できれば先程危惧していたような理由での餓死等は避けられそうだ。
試しにもう一度リンゴを齧ってみると、今度は普通に食べられた。
一度破壊したからか、ステータスの適用がなくなったようだ。
してみると、調理されて加工された物ならば俺でも普通に食べられるのかもしれない。
ともかく持っていたリンゴを芯が見えるまで食べ尽くして空腹を満たした俺は、
リンゴの破壊を再現すべく次の食料を探し始めた。
と言っても、すぐ近くに同じ木から落ちたのだろうリンゴがあったため、探索自体はすぐに終了したが。
とりあえずクリティカルが出たという仮説をもとに、何度も噛みついてみることにする。
「ダメか……」
座り込んで手に持ったリンゴに百回程噛みついてみたが、表皮にかすり傷さえつくことはなかった。
状況を再現しようと頭突きのように勢いよく齧り付いてみたりもしたが、
つるりと滑った歯で下唇の内側を噛み、痛い思いをしただけだった。
「クリティカルってわけではないのか……? 」
仮にクリティカルだったとしても、俺のステータスは幸運もゼロだ。
何回やれば再現できるかもわからないし、この仮説は一度脇に置いて他の可能性を探るべきか。
そう思って、一度休憩を入れようと伸びをし、天を仰ぐ。
熊と目が合った。
「うお……! 」
声を上げかけて、刺激したら死ぬと思い至り、静かに体ごと熊に向き直る。
目と鼻の先、数十センチの距離に熊の顔があった。
四足の状態でも座った状態の俺よりは頭が上にある、かなり大きな熊だ。
「おいおい……いくら何でもこの巨体にこの距離まで気づかないとか……」
後ずさりしつつゆっくりと立ち上がる。
ふと、視界の端にあの文字列がちらついているのに気が付いた。
つい注目して拡大すると、そこには一つの文章。
『気配の感知に失敗した』
……多分、感覚のステータス辺りによる感知判定に失敗したようだ。
体の感覚そのものに変化はないが、
こちらに近づこうとする相手の足音とかだけ聞き逃す感じなのか?
「……それっ」
数メートルほど距離を取ったところでとりあえず注意を逸らそうと、持っているリンゴを地面に投げてみた。
「グガァッ! 」
すると突然熊がこちらを威嚇するように立ち上がり、明らかに敵対的な態度で吠えた。
『熊は貴方のことが嫌いなようだ。熊は激怒した』
「ちょっ! 」
魅力による交渉失敗の類か!
表示されっぱなしになっていた文字列の下に追加された文章にちょっぴりショックを受けつつ、
今にも襲い掛かって来そうな熊の迫力に負け、俺は背を向けてその場を逃げ出した。
激怒しているらしい熊は当然追いかけてくる。
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