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第二部 フロルの神殿生活

ライルの出番? 

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そして、その翌日の朝。宿屋の食卓で、みんなで一緒に朝食をとっている時のことだ。

一応、神官長様と宮廷魔道師長様が滞在するということで、フロルはなんと一流の宿屋に泊まることができた。なんでも、仕事としての旅行になったので、すべて経費で落ちるという。

なんて素晴らしい。

せっかくの休暇がふいになってしまったのだが、休暇はまた後にでも取ればいいのだとフロルは思う。

こんな贅沢な宿に泊まるのはフロルも初めてだ。いつもの遠征はどっちかというと辺鄙な所にあったりで、部屋の中はベッドと椅子しかないような場所が多い。

(へぇー、偉くなると、こういう待遇になるんだ。しかも、VIP待遇ともなると、朝ごはんはなんと個室なんだね)

フロルは興味津々で辺りを見回す。

故郷の村にある実家、ダーマ亭はどちらかというの道行く旅人の民宿という感じなのだが、ここは何もかもが豪華である。

これは滅多にない機会である。

いくら(ひら)白魔道師とはいえ、フロルがライルやジェイドのようなおもてなしは受けられる訳がない。
女神様扱いの時はちょっと事情が違っていて、何もかも豪華で素晴らしいのだが、ご飯の度に神官がずらりと並び、フロルが食事をしているのを一挙一動を見つめてくるので、まともに食事を楽しめたことはなかったのだ。

くわばらくわばら。

神殿になんか近寄るもんじゃないと、フロルは心の底から思う。女神様と祭り上げられて、いいことは一つもないのだ。

そして、迎えた朝食のテーブル。

そこには、オムレツやサラダ、スープ、薄く切った燻製肉、果物などがテーブルの上にずらりと並ぶ。

そして、リルの前には、『ブール草』が山盛りになった皿が載っている。

「リル、こうやって食事はするんだよ」

簡単にフォークの扱いを教えてやると、リルは、もしゃもしゃと、静かに皿の上のブール草を食べ始めた。リルは人間の食べ物は絶対に食べない。食べるのは、竜の時と同じ。

ひたすらブール草のみだ。

フロルはリルの姿を眺めながら、しぼりたてのフレッシュなオレンジジュースをこくりと一口飲んでいた。

何かの大仰な儀式か!と言いたくなるほど、リルは神妙な顔で一生懸命にブール草に集中しているが、やはり、竜にとっては、フォークを使うのは難しいようで、なかなか苦戦している。

そんな中、ジェイドが取り出したのは一通の手紙。

「やっぱり、思った通りだったよ」

ジェイドは、この手紙が届いた経緯を簡単に説明してくれた。

貴族社会では、訪問する前にはあらかじめ簡単な書面で「先ぶれ」を出すのが慣例となっている。
それに習って、ジェイドが昨日、この地の領主に先ぶれの手紙を送ったのだという。

そして、夕べ遅く、この地の領主代理から返答が来たのだが、ジェイドは明らかに浮かない顔をしていた。

「奇跡に関する文献を閲覧させてほしいと依頼したんだけど、見事に断られたよ。なんでも極秘の文献だから簡単には見せられないって」

「大神官でもダメなんですか?」

フロルがそう尋ねると、ジェイドは言葉を濁す。

「ああ、この地の領主は神殿のことが色々と嫌いでね。女神フローリアの信仰は続けるけど、神殿とのかかわりは避けたいという意向が前からあるんだ」

「ここの領主はとにかく金と女が好きな、かなりの俗物だと聞いたことがあるぞ。神官関係を招き入れて、指摘されたくないことが色々とあるんじゃないのか?」

ギルが遠征中に色々と聞いた話をジェイドにすると、ジェイドの形のよい眉がぴくりと上がった。

「そうなのかい?」

「ああ、この地の領主は、何よりも増して美しい女がことさら好きらしい」

そこでライルは機嫌が悪そうに横から口を挟む。

「私としては、そんなことはどうでもいいんだけどね」

ジロリとジェイドに視線を向けつつ、ライルはむすっとした顔でオムレツを口に運ぶ。

フロルも食卓にあるパンを口に運びつつ、どうしたものかと考える。

「そうだな」

ジェイドがコツコツとテーブルを叩きながら何か考えていた。その仕草が、あまりにもライルにそっくりだったので、フロルは思わず手を止めた。

こうやって見ると、ジェイドとライルはとてもよく似ている。青い瞳、黒い髪。二人の違いは年齢と髪の長さだろうか。ジェイドのほうが愛想がよく、ライルはぶっきらぼうな所がちょっと違うか。

しかし、それを口に出すと、ライルの機嫌がさらに悪くなりそうなので、黙っておくことにした。
フロルは空気の読める良い子なのである。

「そうだ!」

次の瞬間、ジェイドはぱっと顔を輝かせ、フロルに視線を向ける。

「高貴な美女が謁見に同行すると言えば、領主も頷くかもしれない」

神官らしからぬ発想に、その場にいた全員が驚いたようにジェイドを見た。

「……フロルをダシに使うのは許せませんね。パーセル卿」

ギルが、拒否の表情をはっきりと浮かべて、ジェイドの案を否定する。

「私も貴族令嬢のふるまいは自信がないというか、多分無理かと……」

フロルも自信なさげに言う。

「…いい案だと思ったんだけどなあ」

ジェイドが少しがっかりした様子を見せた瞬間、ふと、ライルに目を止め、口元を綻ばせた。

「要するに見かけが女性であればいいんだよな」

次の瞬間、ライルはジェイドの考えを悟った。彼はテーブルに手をついて、立ち上がりながら口を開く。

「わたしは絶対に女装なんかしないからな!」

「えええっ?」

フロルも驚いて声を出してしまった。

確かに、確かにライルは美人だ。

艶やかに流れる黒髪に、すっとした鼻梁。切れ長の青い目はいかにも涼し気で、男性にしてはかなり細身だ。

うん、女装させたら、かなりの美人になるのに違いない。

そして、フロルはちらりとライルの顔色を伺う。

ライルの女装姿、絶対に見てみたい! きっとものすごい美女になるのに違いない。

フロルだってきれいなお姉さんは好きなのである。

「ねえ、フロル」

ライルが超絶不機嫌な顔をフロルに向ける。

「今、私の女装姿を見てみたいとか思わなかったかい?」

さすがライル様、鋭いな!

「いやあ、ライル様。そんなこと、微塵も考えたこともないです」

冷や汗をかきながらも、フロルは取り繕うように笑った。

そんなこと、全く考えていませんよーという顔を作りながらも、フロルは心の中でちょっとライルに謝る。

ごめん。ライル様、本当は考えてました。

「まあ、ライル、とりあえず座ったらどうだ?」

ギルにいなされて、椅子に座りなおしたライルであるが、ジェイドの提案がかなり気に食わなかったらしく、ぴりぴりとしたオーラを放っている。

そんなライルに対して、ジェイドが口を開いた。

「ノワール殿、申し訳ないが、ちょっと協力していただけないだろうか? もちろん、神殿として、それに見合った礼を尽くすと約束をしたいのだが」

ライルは気を取り直して、食べかけのオムレツにナイフを入れている所だったのだが、ことりとナイフをおいて、口元をナフキンで拭く。

フロルがどうなることかとハラハラして見守っていると、ライルが静かに口を開く。

「嫌だ。絶対にそんなことやるはずないじゃないか」

「その資料があればリルが竜に戻るかもしれないんだけどな」

「…私としては、リルが子供のままでも全然かまわない。リルが子供のままで困るのはドレイクだろう」

奴に女装させればいいじゃないか、と、ライルは言うが、竜騎士団長のドレイクに女装などさせたら、きっと彼は不機嫌になって周囲に血の雨を降らせそうだとフロルは思う。

「ドレイク様は女装にはちょっと……」

それは、もはや美女ではなく、ドラッグクイーンみたいになるのではないか。

フロルが言葉を濁していると、ライルはナフキンを置いて静かに立ち上がった。

「私はこれで失礼するよ」

ライルはむすっとしたまま、席を立つ。

「後で、朝食の残りをお部屋にお持ちしますね」

ジェイドの提案がよほど腹に据えかねたのだろう。フロルがそういうと、ライルはちらりとフロルに視線を向けた。

「ああ、フロル、すまないね。そうしてくれ」

後でライル用に朝食のバスケットを作ってもらわなければ。立ち去るライルの背中を見ながらフロルが考えていると、その横に座っていたギルがジェイドに尋ねた。

「本当に、その資料でリルが竜に戻れるのですか?」

「ああ、あの経典には奇跡の記録とそれに関する考察なんかも詳しく書いてあるから、多分、大丈夫だと思う」

そんな会話の傍ら、リルはひたすらブール草を食べていたのだが、慣れないフォークにイラついたらしい。

「もうやだっ」

フォークを放り投げて、手づかみで、むしゃむしゃとブール草を食べ始めていた。



皆さま、平素より野良竜をご愛読いただき、ありがとうございます。

少し間が空きましたが、野良竜二巻、2月下旬刊行予定です!

引き続き、にもし先生が素晴らしいイラストを描いてくださり、フロルがますます可愛くなりました! 

そして、二巻も引き続き、書き下ろし部分大増量してます! 

今回のフロルはリルと一緒に聖剣探しの旅にでます。そして、小さなリルが大活躍します。

ふふふ、そこから先は刊行までナイショです☆ (^m^)

あらかじめ書店さんで予約、もしくは、ネットショップでお買い上げされてもいいかもしれません。

引き続き、フロルとリルの冒険物語、楽しみにしてくださいねー。
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