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第二部 フロルの神殿生活
リルが子供になった?!~2
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はあ、とライルは軽くため息をつく。
「子竜が子供に変わるなんて、この私でも経験したことがないよ」
ライルはそう言いながら、ニコニコ顔のリルの近寄り、そっと子供の頭に手をかざす。その様子をリルはきょとんとした様子で眺めていた。
ライルはリルの全身を魔力でスキャンしながら、魔力の干渉がなかったのか、くまなく精査する。彼が手を下ろすのを待って、フロルはおずおずと口を開いた。
「ライル様、何かわかりましたか?」
「……いいや、全くと言っていいほど、魔術の干渉はない。しいて言えば、神殿で感じた神の力のようなものは少し感じるんだが、途中で、どこか神殿とかに立ち寄らなかったかい? 」
フロルとギルは顔を見合わせる。
「いや、それらしい場所には足は運んでないと思う」
「ライル殿、本当に魔力による干渉ではないと?」
ドレイクも不思議そうな顔をして言葉を続けた。
「竜が人間になるなど前代未聞だな」
「もちろんさ。この私だってこんなケースは初めてだよ。ドレイク殿」
その場にいた全員が顔を見合わせてため息をつく。リルをもとに戻す方法がどこにもないのだ。
「まあ、ここで悩んでいても仕方がない。それに、今は俺たちは休暇中だ。リルが子供のまま戻らなくても、当分は別に構わないだろう」
「……まあ、そういえばそうなんだけどね。私的には原因がわからないのは非常に居心地が悪いのだけど」
その瞬間、フロルははっとして顔を上げた。また、ライルの悪い癖が鎌首をもたげたのではないか。
このオタク魔道師は、まさかリルが子供になった原因を探りたいあまり、リルを使って変な実験とかをしたいとか言い出すのではないか。
「……君たちが休暇の間、リルを魔導士塔で預かって」
「絶対に、絶対にダメですよ。ライル様!」
フロルは大あわてでライルを遮り、リルをぎゅっと抱きしめる。今、絶対に絶対に、リルを実験するっていうつもりだった!
フロルが憤慨して鼻息あらくライルを睨みつけると、ライルは恩着せがましいような顔をする。
「ちぇっ。せっかく、この私がリルを詳しく精査しようと提案してあげようと……」
ほうら、やっぱり思った通りだ。
ライルがこういう顔をする時は、いつもロクでもないことを考えているのだ。このオタク魔道師は、かわいいリルに一体何をするつもりなのか。
「絶対に、ダメですっ。リルは誰にも預けませんっ」
ライルに絶対に渡してなるものか、とフロルはぎゅっとリルを抱きしめる手に力を籠める。
「ちぇっ。ちょっとぐらいいいじゃないか……」
口をへの字に曲げたフロルと、少し拗ねたライルがリルを挟んでにらみ合いっこをしていると、ふと、リルがふやけた笑いを漏らした。
「えへへ」
大人たちが何を言っているのか、よくわからなかったけれども、フロルにこんな風に抱っこされるのが嬉しくてたまらないのだ。
「フロルー。ごはんー 」
周囲の大人に飽きたのだろう。リルが甘えるように声を上げると、フロルは優しくリルのほっぺに手を当てた。
「ああ、ごめん。そうだね。お腹がすいてきたね」
そう言えば、もうお昼の時間に近い頃だった。
その時、ちょうどタイミングよく、こんこんと部屋をノックする音が聞こえる。ギルが扉を開けると、そこに立っていたのは、フロルの母であった。
「皆さん、お疲れでしょう。お昼食を準備いたしましたのでお召あがりになられては?」
「ああ、そうだな。母君。では、お言葉に甘えようか」
ギルが朗らかな声を上げれば、少しほっとした空気が周囲に流れた。
一階に降りて、食堂に向かう途中、ドレイクがふと声を上げる。
「フロル、私は手を洗いたいのだが」
ドレイクは意外と几帳面な所がある。フロルが洗面所に案内しようとリルを床に立たせると、階段の影にふと人影があるのに気づく。弟のウィルだった。
騎士団のお客が珍しいのか、階段の影から、そっとこっちを伺っている。
「ああ、私も手を洗いたいな」
ライルもドレイクに続くつもりのようだ。
「ウィル、リルの面倒をちょっと見てて」
ウィルがリルの手をしっかり握ったのを見届けて、フロルはリルをウィルに預けて二人を洗面所まで案内した。
「あ、それから今日はみんな一緒に昼食にするから、リルをダイニングに連れていってあげて」
リルが怪訝な顔をして、ウィルを見上げたので、ウィルはにっこりとほほ笑んでやる。
「フロルは俺のお姉ちゃんなんだ」
「おねえちゃん……」
「そう。家族なんだよ」
「かぞく?」
かぞくって何だろう。リルは不思議そうに小首を傾けた。人間の世界には沢山の言葉がありすぎる。
さっきのライルやドレイクの会話もほとんど意味がわからなかった。
一つだけわかったことは、みんな、自分が人間になった理由を知りたがっていた。そんなことに意味があるのだろうかとリルは不思議に思っていたが、ウィルが自分の手を引きながら、どんどん前に進むのでリルはきょとんとした顔でウィルをまた見上げた。
「これからご飯に行くんだよ」
「フロル……」
フロルを置いてはいけない。それにもう一つ理由がある。
ダイニングルームの中では、フロルの母がお昼食の準備をほぼ整え終わり、テーブルの上には、花が飾られ、カトラリーや皿、グラスもきれいに並べられている。
「ああ、ウィル、リルちゃんの席はあそこね」
フロルやウィルが小さな頃に使っていた子供用の椅子もテーブルに並べられていた。
「うん、母さん、わかった」
ウィルがリルを座らせようとダイニングルームに入ろうとした時、リルはなんだか変な顔をした。
ダイニングルームの入口でリルは立ち止まり、どうしても部屋の中に入ろうとしない。
「どうしたんだよ。リル?」
ウィルが怪訝な顔をしてしゃがみこんでリルの顔を見ると、リルはすごく不満そうだ。
「おやぶん、まだきてない」
「おやぶんって?」
「りゅうのなか、いちばん、つおい」
「??」
意味が分からずに、ウィルが怪訝な顔をしていると、手を洗い終えたライルとドレイクがダイニングルームに姿を現した。
「あ、おやぶん、きた!」
リルの顔がぱっと明るくなると、ドレイクを前にリルは膝を曲げて床にしゃがんで頭を垂れる。
「リル、何してんだよ?」
ちらとウィルの顔をみたリルは、その瞬間、ウィルの背中を押して、強い口調で言う。
「おやぶん、つおい。あたま、さげる」
竜騎士団の訓練を思い出したのだろう。ウィルは意味が分からないまま、リルと全く同じ格好を強要された。
竜の中は強い順に序列が決まっている。子供心にも、リルはドレイク竜騎士団長がフロルの次に偉い人なのだということを理解していた。日頃の訓練のたまものだろう。
そういう訳で、ドレイクの目の前に、変な恰好でしゃがんでいる子供が二人出来上がってしまった。
「……二人とも一体、何してるの?」
ドレイクがすっと目の前を通り過ぎ、それを目にしたフロルが不思議そうに尋ねるとウィルが頭を上げて、そっと答えた。
「あのおじさんがえらいんだって、リルが言うから」
「……ああ、竜の儀礼か」
ライルもそう言いながら納得して、ダイニングの席につく。
「ほら、リルも席について」
フロルに促されて、子供たちも席につく。
ウィルがリルを椅子に座らせようとしたのだが、リルはウィルの上着の裾を掴んで離さない。
「ごはん たべる いっしょ」
ウィルはさすがに偉い人たちと一緒に食事はまずいだろうと周囲を見渡すと、ギルがそれを察してフロルに声をかけてやった。
「弟さんも一緒に食事をしよう」
「あ、いいんですか?」
フロルがライルやドレイクの顔を伺うと、ドレイクは鷹揚に頷いているし、ライルもはやく椅子をもっておいでとジェスチャーで示している。
「あ、その僕は……」
ウィルが辞退する間もなく、フロルがウィルの椅子を持ってきたので、仕方なくウィルもリルの隣に腰を掛けた。
竜には厳しい序列がある。竜騎士団の竜であれば、ドレイクが一番偉く強いことを誰でも知っている。
そして、ドレイクに頭を下げなければいけないのは、竜の序列に属するものは必ず守らなければならない。
そして、上の地位にある竜が下の地位にある竜へと指導をする。つまり、リルにとっては、ウィルは序列が自分よりも下であるのだ。
ウィルがリルの子分として認定されてしまったことを、そこにいた誰もが気づいていなかった。
ただ一人を除いて。
「俺のほうがお兄ちゃんなのに……」
唯一、ウィルだけが、その事実を本能的に悟ったのである。
**********
皆さま、更新がしばらく途絶えていましたが、順次再開いたします。お待たせいたしました!
「子竜が子供に変わるなんて、この私でも経験したことがないよ」
ライルはそう言いながら、ニコニコ顔のリルの近寄り、そっと子供の頭に手をかざす。その様子をリルはきょとんとした様子で眺めていた。
ライルはリルの全身を魔力でスキャンしながら、魔力の干渉がなかったのか、くまなく精査する。彼が手を下ろすのを待って、フロルはおずおずと口を開いた。
「ライル様、何かわかりましたか?」
「……いいや、全くと言っていいほど、魔術の干渉はない。しいて言えば、神殿で感じた神の力のようなものは少し感じるんだが、途中で、どこか神殿とかに立ち寄らなかったかい? 」
フロルとギルは顔を見合わせる。
「いや、それらしい場所には足は運んでないと思う」
「ライル殿、本当に魔力による干渉ではないと?」
ドレイクも不思議そうな顔をして言葉を続けた。
「竜が人間になるなど前代未聞だな」
「もちろんさ。この私だってこんなケースは初めてだよ。ドレイク殿」
その場にいた全員が顔を見合わせてため息をつく。リルをもとに戻す方法がどこにもないのだ。
「まあ、ここで悩んでいても仕方がない。それに、今は俺たちは休暇中だ。リルが子供のまま戻らなくても、当分は別に構わないだろう」
「……まあ、そういえばそうなんだけどね。私的には原因がわからないのは非常に居心地が悪いのだけど」
その瞬間、フロルははっとして顔を上げた。また、ライルの悪い癖が鎌首をもたげたのではないか。
このオタク魔道師は、まさかリルが子供になった原因を探りたいあまり、リルを使って変な実験とかをしたいとか言い出すのではないか。
「……君たちが休暇の間、リルを魔導士塔で預かって」
「絶対に、絶対にダメですよ。ライル様!」
フロルは大あわてでライルを遮り、リルをぎゅっと抱きしめる。今、絶対に絶対に、リルを実験するっていうつもりだった!
フロルが憤慨して鼻息あらくライルを睨みつけると、ライルは恩着せがましいような顔をする。
「ちぇっ。せっかく、この私がリルを詳しく精査しようと提案してあげようと……」
ほうら、やっぱり思った通りだ。
ライルがこういう顔をする時は、いつもロクでもないことを考えているのだ。このオタク魔道師は、かわいいリルに一体何をするつもりなのか。
「絶対に、ダメですっ。リルは誰にも預けませんっ」
ライルに絶対に渡してなるものか、とフロルはぎゅっとリルを抱きしめる手に力を籠める。
「ちぇっ。ちょっとぐらいいいじゃないか……」
口をへの字に曲げたフロルと、少し拗ねたライルがリルを挟んでにらみ合いっこをしていると、ふと、リルがふやけた笑いを漏らした。
「えへへ」
大人たちが何を言っているのか、よくわからなかったけれども、フロルにこんな風に抱っこされるのが嬉しくてたまらないのだ。
「フロルー。ごはんー 」
周囲の大人に飽きたのだろう。リルが甘えるように声を上げると、フロルは優しくリルのほっぺに手を当てた。
「ああ、ごめん。そうだね。お腹がすいてきたね」
そう言えば、もうお昼の時間に近い頃だった。
その時、ちょうどタイミングよく、こんこんと部屋をノックする音が聞こえる。ギルが扉を開けると、そこに立っていたのは、フロルの母であった。
「皆さん、お疲れでしょう。お昼食を準備いたしましたのでお召あがりになられては?」
「ああ、そうだな。母君。では、お言葉に甘えようか」
ギルが朗らかな声を上げれば、少しほっとした空気が周囲に流れた。
一階に降りて、食堂に向かう途中、ドレイクがふと声を上げる。
「フロル、私は手を洗いたいのだが」
ドレイクは意外と几帳面な所がある。フロルが洗面所に案内しようとリルを床に立たせると、階段の影にふと人影があるのに気づく。弟のウィルだった。
騎士団のお客が珍しいのか、階段の影から、そっとこっちを伺っている。
「ああ、私も手を洗いたいな」
ライルもドレイクに続くつもりのようだ。
「ウィル、リルの面倒をちょっと見てて」
ウィルがリルの手をしっかり握ったのを見届けて、フロルはリルをウィルに預けて二人を洗面所まで案内した。
「あ、それから今日はみんな一緒に昼食にするから、リルをダイニングに連れていってあげて」
リルが怪訝な顔をして、ウィルを見上げたので、ウィルはにっこりとほほ笑んでやる。
「フロルは俺のお姉ちゃんなんだ」
「おねえちゃん……」
「そう。家族なんだよ」
「かぞく?」
かぞくって何だろう。リルは不思議そうに小首を傾けた。人間の世界には沢山の言葉がありすぎる。
さっきのライルやドレイクの会話もほとんど意味がわからなかった。
一つだけわかったことは、みんな、自分が人間になった理由を知りたがっていた。そんなことに意味があるのだろうかとリルは不思議に思っていたが、ウィルが自分の手を引きながら、どんどん前に進むのでリルはきょとんとした顔でウィルをまた見上げた。
「これからご飯に行くんだよ」
「フロル……」
フロルを置いてはいけない。それにもう一つ理由がある。
ダイニングルームの中では、フロルの母がお昼食の準備をほぼ整え終わり、テーブルの上には、花が飾られ、カトラリーや皿、グラスもきれいに並べられている。
「ああ、ウィル、リルちゃんの席はあそこね」
フロルやウィルが小さな頃に使っていた子供用の椅子もテーブルに並べられていた。
「うん、母さん、わかった」
ウィルがリルを座らせようとダイニングルームに入ろうとした時、リルはなんだか変な顔をした。
ダイニングルームの入口でリルは立ち止まり、どうしても部屋の中に入ろうとしない。
「どうしたんだよ。リル?」
ウィルが怪訝な顔をしてしゃがみこんでリルの顔を見ると、リルはすごく不満そうだ。
「おやぶん、まだきてない」
「おやぶんって?」
「りゅうのなか、いちばん、つおい」
「??」
意味が分からずに、ウィルが怪訝な顔をしていると、手を洗い終えたライルとドレイクがダイニングルームに姿を現した。
「あ、おやぶん、きた!」
リルの顔がぱっと明るくなると、ドレイクを前にリルは膝を曲げて床にしゃがんで頭を垂れる。
「リル、何してんだよ?」
ちらとウィルの顔をみたリルは、その瞬間、ウィルの背中を押して、強い口調で言う。
「おやぶん、つおい。あたま、さげる」
竜騎士団の訓練を思い出したのだろう。ウィルは意味が分からないまま、リルと全く同じ格好を強要された。
竜の中は強い順に序列が決まっている。子供心にも、リルはドレイク竜騎士団長がフロルの次に偉い人なのだということを理解していた。日頃の訓練のたまものだろう。
そういう訳で、ドレイクの目の前に、変な恰好でしゃがんでいる子供が二人出来上がってしまった。
「……二人とも一体、何してるの?」
ドレイクがすっと目の前を通り過ぎ、それを目にしたフロルが不思議そうに尋ねるとウィルが頭を上げて、そっと答えた。
「あのおじさんがえらいんだって、リルが言うから」
「……ああ、竜の儀礼か」
ライルもそう言いながら納得して、ダイニングの席につく。
「ほら、リルも席について」
フロルに促されて、子供たちも席につく。
ウィルがリルを椅子に座らせようとしたのだが、リルはウィルの上着の裾を掴んで離さない。
「ごはん たべる いっしょ」
ウィルはさすがに偉い人たちと一緒に食事はまずいだろうと周囲を見渡すと、ギルがそれを察してフロルに声をかけてやった。
「弟さんも一緒に食事をしよう」
「あ、いいんですか?」
フロルがライルやドレイクの顔を伺うと、ドレイクは鷹揚に頷いているし、ライルもはやく椅子をもっておいでとジェスチャーで示している。
「あ、その僕は……」
ウィルが辞退する間もなく、フロルがウィルの椅子を持ってきたので、仕方なくウィルもリルの隣に腰を掛けた。
竜には厳しい序列がある。竜騎士団の竜であれば、ドレイクが一番偉く強いことを誰でも知っている。
そして、ドレイクに頭を下げなければいけないのは、竜の序列に属するものは必ず守らなければならない。
そして、上の地位にある竜が下の地位にある竜へと指導をする。つまり、リルにとっては、ウィルは序列が自分よりも下であるのだ。
ウィルがリルの子分として認定されてしまったことを、そこにいた誰もが気づいていなかった。
ただ一人を除いて。
「俺のほうがお兄ちゃんなのに……」
唯一、ウィルだけが、その事実を本能的に悟ったのである。
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