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第二部 フロルの神殿生活

リルが子供になった?!

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「と、ととと、父さんっ!」

リルを抱きあげたまま、フロルはおたおたと叫びながら家の中へと駆け込む。

「フロル、どうした? おや、その子は誰だね?」

フロルの様子に少し驚いて、父は朝食の手を止めていた。 フォークに突き刺さったまま、宙ぶらりんになった目玉焼きは、焼き立てなのだろう。 湯気を立てている目玉焼きを口に運ぶのも忘れてしまったようだった。

その横では、ウィルも朝ごはんをもぐもぐと咀嚼しながら、きょとんとした顔でフロルとリルをかわるがわる見つめているし、フロルの母も、一体何事かと、フライパン片手に台所から顔を出していた。
母が調理しているのは、きっとフロルとギルの朝食だろう。フライパンの上には、じゅうじゅうと美味しそうな匂いをまき散らしながらソーセージが踊っていた。

「あら、フロル、その子、どうしたの?」

見知らぬ子どもを見て、母も眉を顰める。

「あ、あの、あのっ!」

フロルが驚きすぎた時には、いつも言葉が出てこないことを知っている母は、フライパンを手元の台の上において、フロルの所に駆け寄った。そして、リルをフロルから抱き上げると大きな声をあげる。

「あらまあ、こんなに冷え切って。どこの子かしら。風邪でも引かなきゃいいけど」

母は手元にあったショールを大慌てでリルに巻き付ける。

「フロル、ウィルのクローゼットからこの子に温かい洋服をもってきて」

すぐに回れ右をして、ウィルの部屋にリルの着替えを取りに行った。その帰り道、ばったりとギルに出くわした。彼も起きてシャワーを浴びたばかりなのだろう。濡れた髪をタオルで拭いていた。ダーマ亭のお客さんは、宿屋の湯屋を使うことになっているのだ。

「あ、ギル様」

「ああ、フロル、おはよう。どうした? そんな慌てた顔をして」

こういう時には、ギルに相談するのが一番いいはずだ。

「ギル様、ちょっと相談したいことがあるので、急いで下に降りてきてもらっていいですか?」

「ああ、構わないが」

きょとんとした顔のギルを後ろにフロルは慌てて、家族専用のダイニングルームに戻った。母にウィルのフードを手渡すと、母は手際よくリルに着せてやった。

椅子にちょこんと座ったリルに、暖かいミルクを飲ませてやろうと、母が台所にたつと、リルは嬉しそうにフロルにちょこまかと走り寄ってきた。

「フロルー」

ちょっと甘さの入った幼い声。これがリルの声なのか。

フロルはリルをぎゅっと抱きしめると、リルは嬉しそうに笑う。フロルは心配そうにリルの顔を見つめた。

「リル、大丈夫? 具合が悪いとか、寒いとか、変なとこない?」

リルがぶんぶんと顔を横に振っていると、ちょうどタイミングよくギルが姿を現した。

「リード様、おはようございます」

「おはようございます」

ギルがフロルの父に挨拶を返しつつも、ダイニングにいたもう一人の子供に怪訝な視線をむけた。

「フロル、その子は?」

「ああ、ギル様、実は、どうも、リルが子供になっちゃったようで……」

「はあ? リルが子供にってどういう……」

ギルが驚いて子供を見つめると、その子の頬にうっすらと青い竜の鱗が生えていた。

「朝起きたら、馬屋にいるはずのリルがいなくて、この子がそこに……」

フロルが困った様子で言うと、リルは嬉しそうにギルを指さして声を上げる。

「セイケンのキシ!」

ギルはふと優しい笑顔を浮かべ、リルの頭を撫でていた。

「ああ、そうだ。俺は聖剣の騎士だ。よくわかったな、リル」

「えへへ」

褒められたのがわかったのだろう。リルは恥ずかし気な笑みを浮かべた。

「ギル様、どうしよう。リルが子供になっちゃった」

不安げな気持ちを打ち明けるフロルに、ギルはおおらかに笑う。

「見た所、この子はリルに間違いなさそうだ。こんな姿になったのはきっと何か理由があるんだろうが、リルが失踪した訳でもないじゃないか。ここにいるんなら、心配しなくても大丈夫だ」

「でも……」

煮え切らないフロルにも、ギルは優しく笑いかけた。

「リルが竜じゃなくても、別に困ることはないだろう? 移動はエスペランサでできるし、竜騎士団には竜はたくさんいるから、別にリル一匹、いや、一人が抜けても何も支障はないはずだ」

ギルはいつもおおらかで優しくて頼りになる。

確かに彼の言うことには一理ある。なんだか、おたおたしていたことが恥ずかしくなって、フロルはリルを見つめた。

「オナカ スイタ」

まだ人の言葉はぎこちないが、とりあえず意思の疎通ができることを知って、フロルはほっと胸をなでおろす。

「そうだったね。リル、朝ごはん、まだだったね。すぐに用意してあげるね」

少し落ち着きを取り戻して、フロルは慌ててリルの朝ごはんはどうしようかと少し悩んだのである。



「で、朝、起きたら突然、リルが子供になっていたと」

つややかな黒髪がゆらりと揺れる。女と見まごうばかりの美貌の持ち主であり、100年に一度の逸材を呼ばれているライル・ノワール魔道師長は、今、ダーマ亭の宿屋にいる。

リルが子供になった翌日、竜騎士とライルは、フロルからの知らせを受けて、慌ててダーマ亭に駆け付けたという訳だ。

ライルの目の前に座っている子供は、ウィルの服を借りて、半ズボンにシャツといういで立ちだったが、普通の子供と違う所は、髪の色が海のように濃い青で、瞳も同じような色をしていた。

彼は目をつぶって、その子が出している密かな波動を感じていたが、それは紛れもなく、竜のものである。頬にうっすらと残っている青い竜の鱗の様子からも、その子がリルであることは間違いないと感じていた。

「……確かに、この子はリルに間違いなさそうだけど、ドレイク殿はどう思いますか?」

ダーマ亭の窓枠に腕を組みながら、身を預けていたドレイクもゆっくりと腕組みを解く。リルが子供になったという知らせを聞いて、ドレイクがライルをここまで連れてきたのだ。

「たしかに、ノワール殿の見解で間違いなさそうだ」

ドレイクも、その子が確かにリルだろうとは思っていたが、竜が人間の子供に変化するなどという話は聞いたことがない。

「あの、本当にその子が子竜のリルなんでしょうか?」

宮廷魔道師長、王立竜騎士団騎士団長という双璧を前に、フロルの父も信じられないように言うと、ドレイクが静かに頷く。

「しかし、子竜が子供になるなんて、聞いたことがないよ。原因はわからないのかい、ギル」

「ああ、俺にも全く見当がつかない。道中、特に変わったことはなかったし」

「フロルも心あたりはないのかい?」

「ええ、ライル様、それが全くないんです」

前代未聞の出来事に、その場にいた全員が不思議そうに頭をひねっていたが、その横では、リルが甘えた様子で嬉しそうにフロルの膝の上にちょこんと座っていた。
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