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第二部 フロルの神殿生活

リルの願い~4

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ダーマ亭で一晩泊まった後、フロルは朝早く目が覚めた。

夕べのことを思い出すと、嬉しさのあまり頬が緩む。久しぶりの家族水入らずの夕食時。母の得意料理である羊のシチューを堪能した後、フロルはついに、ギルとの婚約を家族に打ち明けたのだった。

最初、その話を聞かされた時、父は、グラスにはいったエールを片手に取ったまま身動き一つせず、デザートをテーブルに並べようとしていた母もまた、皿をもったまま、奇妙な顔をしていた。

まだ、婚約の話がきちんと理解できていない様子だったので、ギルが真顔でフロルの両親に向かって、もう一度、フロルと同じことを言った。

「お父さん、お母さん、俺はフロルと結婚しようと思っています」

そして、止まった時間が再び動き出したかのように、父は気を落ち着かせようと、エールをぐびぐびと飲み干し、母は、デザート用の小さなフォークを手渡すのをすっかり忘れて、フロルやギルの前にデザートを置いた。

「あの、リード様、ごめんなさい。私、何か聞き間違いをしたような気がするのですが、まさか、フロルを嫁にほしいと仰っているのですか?」

母親が怪訝な顔で、おそるおそる聞くと、ギルはもちろん、と大きく頷く。

「ええ、もちろんそうです。俺はフロルを妻に迎えるつもりです」

父が不安そうな面持ちで、ギルを見た。そして、ためらいがちに口を開く。

「確か、リード様は子爵家のご子息でいらっしゃいますよね? 正直、フロルは平民の子ですから、お家の方は了承なされないかと」

おずおずと父が切りだすと、ギルはふっと小さな笑みを浮かべた。

「ご安心ください。両親も家族からも、フロルとの結婚については祝福を受けております」

すぅっと父の肩から力が抜け、ほっとした顔で笑った。

「フロルを幸せにします。ですから、どうか、フロルを俺にください」

母が感激した様子で、目に涙を浮かべる。

「大人になったと思ったら、もう結婚する人まで見つけて……」

その後は、全てが順調に進んだ。

デザートの間も和気あいあいと会話が進み、両親もギルから結婚については何も心配はいらないと説明を受けて、ほっとした様子だった。

両親にギルとの婚約の話をどう切り出せばいいのか悩んでいたけど、結局の所、全てが上手く行ったのだ。

それを思い出しながら、フロルは元気よく、馬屋の扉を開けた。

リルもエスペランサも朝が早いからもう起きているだろう。

いつもしていたように、桶にブール草と水を入れて、馬屋へと運び込む。

「リル、エスペランサ、ほら、ご飯だよー」

そう声をかけながら小屋の中を覗き込むと、なんだか普段と違う様子に気が付いた。

馬屋の中にいるはずのリルが全く見当たらない。そして、リルが寝ていたはずの藁はもぬけの殻だった。

エスペランサも普段はきちんと立っているのに、今日はなぜか藁の上に寝そべっていた。

馬はよほどの事がない限り、決して横になったりしない。

エスペランサの具合が悪いのかとフロルは心配になりつつ、リルがいないことに、もっと焦っていた。

馬屋の鍵はしっかりかかっていたはずだから、リルが一人で小屋を抜け出すはずがないのに。

「リル? リル、どこにいるの!」

大きく声を上げながら、フロルが馬屋の異変に青ざめていると、聞きなれない音が馬屋に響く。

「へっぷしゅん」

「ええっ? こどもっ?」

エスペランサの後ろに、小さな男の子が寄り添うように座っていた。見たこともない子供で、青い髪に、青い瞳。釣り目がちのつぶらな瞳がフロルをじっと見つめる。寒かったのだろう。その子はエスペランサに寄り添って、馬で暖を取っていたのだ。

あの気難しいエスペランサが子供を温める光景に驚いて、フロルは一瞬、まじまじと馬を見つめた。が、次の瞬間、その子を保護しなくては、と思いだして、子供に近寄る。

「こっちにおいで、寒かったでしょ? 一体どこから入って……」

子供を自分の所に抱き寄せ、ちょっと冷たくなった手を温めながら、フロルは、子供の様子が普通の子と違うことに気が付いた。

まさか……。

自分が思いついたことに焦りつつ、子供の姿をもう一度、じっと見つめた。

その子供の首と頬にはうっすらと青い鱗がついている。その色はリルと全く同じ。よく見るとリルと同じような竜の尻尾がちょこんとお尻から生えていた。

「えええっー?!」

フロルの大きな叫び声が馬屋に響いた。

もしかして、いや、もしかしなくても、この子供はリルなのではないか? 

「リル、リルなのっ?」

フロルの問いかけに、小さな男の子はこくりと頷く。

「フロル」

男の子は、たどたどしい言葉をしゃべりながらにっこりと笑って、フロルにぎゅっと抱き着いてきた。

大変だ!

まだ日が昇り切らない早朝。馬の餌やら水やらを放置したまま、フロルは慌てて男の子を抱きかかえて、家の中へと駆け込んでいった。



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