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第二部 フロルの神殿生活
毛玉と旅行
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そう思った瞬間、毛玉たちは、その盃を試験官の頭の上からざばーっと勢いよくひっくり返した。
当然、その水は老人たちの頭の上に真っ逆さまに落ちる。
老人たちの横にいたジェイドはまだ若いからだろうか。何かに気付いたようで、咄嗟に後ろに下がって、無事であった。
「まあ、神官様、なんてこと!」
侍女が驚いて右往左往している横で、毛玉が放り投げた器がカランカランと音を立てて床に転がった。
「すぐにタオルを持ってきて」
ジェイドが、すかさず巫女に命じると巫女達は急いで、従者用の出入口に走る。
「な、なんで、空中から水が出現するのだ?!」
老人たちは目を白黒させて、現場は混乱を極めていた。
フロルはとりあえず、その惨状に見て見ぬふりをして、そおーっと扉を閉める。
(さ、これで女神様のお勤めは終わりかな……♪)
固く閉ざされた扉の向こう側では、老人たちの怒りの声や、それをなだめる巫女達の声も聞こえていたが、そういうものを一切見なかったことにして、フロルは静かに神殿を後にする。
目指すは、魔導士塔。
「女神の仕事が嫌になったら戻っておいで」
以前、そう言ってくれたライルの笑顔を思い出して、フロルは足取り軽く、鼻歌交じりで魔導士塔に帰っていったのであった。
そして、数日後。フロルはライルの執務室にいた。
神殿からの使者が戻った後、フロルの手元に残されたのは、不合格を通知する書面。
神殿が正式に発行したものであり、不合格という表記はないものの、単純に、フロルが女神ではないと認定した通知だった。
その通知をライルに見せると、彼はにっこりと花のような笑顔を浮かべる。真っ黒な髪がさらさらと彼の肩に流れ落ちた。
「それにしても、フロル、女神試験に落ちるなんて、随分とがんばったね。私も鼻が高いよ」
ライルがフロルに美しい笑顔を向けると、フロルも決めポーズをとりながら言う。
「いやあ、ライル様、それほどでも……。私の実力を持ってすれば、あの程度は楽勝かと」
「それで、本当に休暇をとるんだね?」
試験に落ちたことで、上機嫌なライルに、フロルはニコニコと笑う。
「はい。ダーマ亭の両親に婚約したことを話そうと思って。ギル様も、この機会に、一度、両親に挨拶しておきたいって言うので」
「まあ、ちょうどいい機会だよね。……仕事は、別の誰かに頼むから、ゆっくりしておいで」
「はい!ライル様、ありがとうございます」
そんな話があった数日後。
フロルはしっかりと旅支度を終え、その後ろにはリルが出かける気満々で、嬉しそうに尻尾をふる。
「フロル、早いな」
そこにギルがエスペランサを連れて現れた。ギルもまた旅支度を終えていたのである。
「えへへ。ギル様。久しぶりにダーマ亭に帰れると思うと嬉しくって」
そう笑うフロルに、さっそく、エスペランサはとことこと近寄り、フロルの頬にそっと鼻先を寄せた。
「こいつもフロルと一緒だから、朝からやたら機嫌がよくてな」
そう言って笑うギルの笑顔は今日も素敵だ。
「ようやく、休暇をもぎ取れましたね!」
「ああ、まだお前の家族に婚約の挨拶もしてないからな」
「うちの両親、ギル様と結婚なんて聞いたら、腰を抜かすかもしれませんね」
フロルは嬉しそうに、ふふと頬を染めて笑う。女神なんかになるより、そっちのほうがずっと嬉しいのだ。ダーマ亭にいる両親は、まだギルとの婚約の件については知らない。直接行って、驚かせようというフロルのサプライズ計画なのだ。
そんなフロルの笑顔を見て、ギルがそっとフロルを抱き寄せる。恋人同士になったのはちょっと前だったから、まだまだ、そんなことに慣れていない。
フロルが恥ずかしそうに俯いた時、聞きなれた声が耳に響く。
「よお、フロル、久しぶりだな!」
そして、おじさん騎士と、ギルの部下数名がやってきた。彼らは、別の任務でダーマ亭の近くまで行くので、途中まで同行すると言う。その中に、一人、見慣れぬ若者が交じっていたので、フロルは不思議そうな顔をギルに向ける。
「ギル様、この人は?」
「ああ、こいつは新入りのジェレミーって名前だ」
フロルは感じのよい笑顔を若者に向けた。
「はじめまして。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いしますっ」
噂の女神候補だった白魔道師を前にして、新入りは緊張しながら挨拶する。この人は、隊長の恋人なんだなと、周囲の噂話から、それも正しく理解している。
「では、全員集まったことだし、そろそろ出発しよう」
ギルがエスペランサにひょいとまたがると、フロルに手を伸ばす。二人はいつも馬に乗っているかのように、フロルも軽々とエスペランサの上に引き上げられた。
リルは、空から飛びながらついてくる。いつもの遠征のスタイルだ。
騎士達は、ダーマ亭の方角へと向かって進み始めた。
◇
後で、この部分、全面的に改稿します☆
当然、その水は老人たちの頭の上に真っ逆さまに落ちる。
老人たちの横にいたジェイドはまだ若いからだろうか。何かに気付いたようで、咄嗟に後ろに下がって、無事であった。
「まあ、神官様、なんてこと!」
侍女が驚いて右往左往している横で、毛玉が放り投げた器がカランカランと音を立てて床に転がった。
「すぐにタオルを持ってきて」
ジェイドが、すかさず巫女に命じると巫女達は急いで、従者用の出入口に走る。
「な、なんで、空中から水が出現するのだ?!」
老人たちは目を白黒させて、現場は混乱を極めていた。
フロルはとりあえず、その惨状に見て見ぬふりをして、そおーっと扉を閉める。
(さ、これで女神様のお勤めは終わりかな……♪)
固く閉ざされた扉の向こう側では、老人たちの怒りの声や、それをなだめる巫女達の声も聞こえていたが、そういうものを一切見なかったことにして、フロルは静かに神殿を後にする。
目指すは、魔導士塔。
「女神の仕事が嫌になったら戻っておいで」
以前、そう言ってくれたライルの笑顔を思い出して、フロルは足取り軽く、鼻歌交じりで魔導士塔に帰っていったのであった。
そして、数日後。フロルはライルの執務室にいた。
神殿からの使者が戻った後、フロルの手元に残されたのは、不合格を通知する書面。
神殿が正式に発行したものであり、不合格という表記はないものの、単純に、フロルが女神ではないと認定した通知だった。
その通知をライルに見せると、彼はにっこりと花のような笑顔を浮かべる。真っ黒な髪がさらさらと彼の肩に流れ落ちた。
「それにしても、フロル、女神試験に落ちるなんて、随分とがんばったね。私も鼻が高いよ」
ライルがフロルに美しい笑顔を向けると、フロルも決めポーズをとりながら言う。
「いやあ、ライル様、それほどでも……。私の実力を持ってすれば、あの程度は楽勝かと」
「それで、本当に休暇をとるんだね?」
試験に落ちたことで、上機嫌なライルに、フロルはニコニコと笑う。
「はい。ダーマ亭の両親に婚約したことを話そうと思って。ギル様も、この機会に、一度、両親に挨拶しておきたいって言うので」
「まあ、ちょうどいい機会だよね。……仕事は、別の誰かに頼むから、ゆっくりしておいで」
「はい!ライル様、ありがとうございます」
そんな話があった数日後。
フロルはしっかりと旅支度を終え、その後ろにはリルが出かける気満々で、嬉しそうに尻尾をふる。
「フロル、早いな」
そこにギルがエスペランサを連れて現れた。ギルもまた旅支度を終えていたのである。
「えへへ。ギル様。久しぶりにダーマ亭に帰れると思うと嬉しくって」
そう笑うフロルに、さっそく、エスペランサはとことこと近寄り、フロルの頬にそっと鼻先を寄せた。
「こいつもフロルと一緒だから、朝からやたら機嫌がよくてな」
そう言って笑うギルの笑顔は今日も素敵だ。
「ようやく、休暇をもぎ取れましたね!」
「ああ、まだお前の家族に婚約の挨拶もしてないからな」
「うちの両親、ギル様と結婚なんて聞いたら、腰を抜かすかもしれませんね」
フロルは嬉しそうに、ふふと頬を染めて笑う。女神なんかになるより、そっちのほうがずっと嬉しいのだ。ダーマ亭にいる両親は、まだギルとの婚約の件については知らない。直接行って、驚かせようというフロルのサプライズ計画なのだ。
そんなフロルの笑顔を見て、ギルがそっとフロルを抱き寄せる。恋人同士になったのはちょっと前だったから、まだまだ、そんなことに慣れていない。
フロルが恥ずかしそうに俯いた時、聞きなれた声が耳に響く。
「よお、フロル、久しぶりだな!」
そして、おじさん騎士と、ギルの部下数名がやってきた。彼らは、別の任務でダーマ亭の近くまで行くので、途中まで同行すると言う。その中に、一人、見慣れぬ若者が交じっていたので、フロルは不思議そうな顔をギルに向ける。
「ギル様、この人は?」
「ああ、こいつは新入りのジェレミーって名前だ」
フロルは感じのよい笑顔を若者に向けた。
「はじめまして。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いしますっ」
噂の女神候補だった白魔道師を前にして、新入りは緊張しながら挨拶する。この人は、隊長の恋人なんだなと、周囲の噂話から、それも正しく理解している。
「では、全員集まったことだし、そろそろ出発しよう」
ギルがエスペランサにひょいとまたがると、フロルに手を伸ばす。二人はいつも馬に乗っているかのように、フロルも軽々とエスペランサの上に引き上げられた。
リルは、空から飛びながらついてくる。いつもの遠征のスタイルだ。
騎士達は、ダーマ亭の方角へと向かって進み始めた。
◇
後で、この部分、全面的に改稿します☆
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