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第二部 フロルの神殿生活
ライルの動揺~3
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ライルがどんどんと速足で進んでいく。フロルは彼に追いつくので精一杯だ。
「ライル様、あの・・・あれは・・・」
さっきのことについて、フロルが訊ねようとしても、ライルに答える気は全くないようだ。フロルは仕方なく、無言のままライルに遅れまいと歩いた後、ようやく二人は魔導士塔にと到着した。
慣れ親しんだ魔導士塔。神殿なんかより、ずっとこっちのほうが落ち着く。
執務室に到着すると、ライルに勧められて、フロルは椅子に座る。
「さっきは驚かせてすまなかったね」
そう言って、ライルはにっこりと笑う。けれども、その話を蒸し返すつもりは全然ないようだ。けれども、さっきのライルの表情はなんだったのか。フロルも少し気にはなってはいたが、ライル様が嫌がってるんだったらあえて話すこともないかとも思う。
ライルの空気を察して、フロルはそれ以上の質問を控えることにした。
◇
その頃、ジェイドの執務室では。
「ああ、アンリが、ついにアンリが見つかった」
興奮冷めやらぬ様子で、ジェイドは執務室をうろうろと歩き回っている。二十年前、生き別れになったジェイドの弟、アンリとついに再開することが出来たのだ。その時のアンリはまだ8歳。
けれども、あの頃とぶっきらぼうな様子と全く変わらない。
もともとアンリは少し変わった男の子だった。いや、パーセル家の文化から考えると、アンリは率直なことを言えば、かなり毛色の変わった子供であった。そうだからと言って、ジェイドや母はたいして気にも留めてはいなかったが、父にとっては大ごとだったらしい、と12才になったばかりのジェイドは子供心にうすうす、父がアンリに対してだけは冷ややかだと感じていた。
パーセル家は、元々は大神官の血を引く由緒ある家系だ。貴族ではあるが、実態は権威ある神殿の神官の血族であり、家督を継がない次男以下は神官になるのが通例である。通常であれば、アンリも8才になれば、神殿にあがり神官としての修行を始めるはずだったのだ。
けれども、アンリはどういう運命のいたずらか、小さな頃から少しずつ、魔力を発現し始めていた。
三才の頃には、ちょっと癇癪を起しただけで、部屋の中に火の手があがり、泣きわめけば家具を凍らせてしまう。
制御不能な魔力を、ジェイドの父は嫌悪した。
特に、神殿関係者は女神フローリア以外の奇跡を嫌悪する。
奇跡に近い現象を起こせる魔道師達や魔術というものは、得体が知れず、忌まわしいものと言うのが神殿関係者の認識である。
その中でもパーセル家は最も神殿に近く、権威がある貴族の家系だ。その中から、魔力を持つ子供が生まれた。そんな事実をジェイドの父はその事実をひた隠しにしていた。
だから、物心つかないうちから、アンリは家族から引き離され、屋敷の森の奥にある離れでたった一人で隔離されていた。使用人がアンリの世話をかいがいしくやいてはいたが、実際は、それらの使用人は監視役であった。
両親からは、森の小屋にいるアンリに会いにいくことを、ジェイドは禁止されていたが、それでも時々、こっそりと一人で屋敷を抜け出し、弟に会いに行ったのだった。そんなある日、アンリが森の中で忽然と姿を消したのだ。
当然、アンリの失踪は公になることはなく、その捜索も規模もかなり抑えられていたように思う。
やがて、ジェイドの父は、アンリの遺体が見つからないのにも関わらず、病死したとして公の手続きを行ってしまったのだ。アンリがまだどこかで生きているかもしれないのに。
自分があまりにも興奮しすぎていることに気付き、ジェイドは自分を落ち着かせるように、椅子に座る。
呼び鈴を鳴らし、神殿の女官にお茶を準備するように言いつけ、あらためて、薄幸のアンリと、冷たい父のことを考えた。
今、父は病に侵され、故郷で療養しているが、実際の所、いつまでもつのかジェイドにも見当がつかないでいる。
父にこのことを知らせるべきかどうか、ジェイドはコツコツと椅子の背を指で叩きながら、しばし思慮にふけっていた。
父は厳格で、外面ばかりがよい。昔は、アンリの失踪は父にとっては好都合なものだったらしい。
アンリが見つかったと父に知らせるべきかどうか。そうは言っても、ノワール魔道師長はそのことを否定するだろう。
他人の空似と言うこともある。
それにしても、どうして、アンリ・パーセルと名乗らずに、ライル・ノワールと名乗っているのか。
まだ謎が多すぎる。ジェイドは、このことについて、ゆっくり考えようと心に決めた。
「ライル様、あの・・・あれは・・・」
さっきのことについて、フロルが訊ねようとしても、ライルに答える気は全くないようだ。フロルは仕方なく、無言のままライルに遅れまいと歩いた後、ようやく二人は魔導士塔にと到着した。
慣れ親しんだ魔導士塔。神殿なんかより、ずっとこっちのほうが落ち着く。
執務室に到着すると、ライルに勧められて、フロルは椅子に座る。
「さっきは驚かせてすまなかったね」
そう言って、ライルはにっこりと笑う。けれども、その話を蒸し返すつもりは全然ないようだ。けれども、さっきのライルの表情はなんだったのか。フロルも少し気にはなってはいたが、ライル様が嫌がってるんだったらあえて話すこともないかとも思う。
ライルの空気を察して、フロルはそれ以上の質問を控えることにした。
◇
その頃、ジェイドの執務室では。
「ああ、アンリが、ついにアンリが見つかった」
興奮冷めやらぬ様子で、ジェイドは執務室をうろうろと歩き回っている。二十年前、生き別れになったジェイドの弟、アンリとついに再開することが出来たのだ。その時のアンリはまだ8歳。
けれども、あの頃とぶっきらぼうな様子と全く変わらない。
もともとアンリは少し変わった男の子だった。いや、パーセル家の文化から考えると、アンリは率直なことを言えば、かなり毛色の変わった子供であった。そうだからと言って、ジェイドや母はたいして気にも留めてはいなかったが、父にとっては大ごとだったらしい、と12才になったばかりのジェイドは子供心にうすうす、父がアンリに対してだけは冷ややかだと感じていた。
パーセル家は、元々は大神官の血を引く由緒ある家系だ。貴族ではあるが、実態は権威ある神殿の神官の血族であり、家督を継がない次男以下は神官になるのが通例である。通常であれば、アンリも8才になれば、神殿にあがり神官としての修行を始めるはずだったのだ。
けれども、アンリはどういう運命のいたずらか、小さな頃から少しずつ、魔力を発現し始めていた。
三才の頃には、ちょっと癇癪を起しただけで、部屋の中に火の手があがり、泣きわめけば家具を凍らせてしまう。
制御不能な魔力を、ジェイドの父は嫌悪した。
特に、神殿関係者は女神フローリア以外の奇跡を嫌悪する。
奇跡に近い現象を起こせる魔道師達や魔術というものは、得体が知れず、忌まわしいものと言うのが神殿関係者の認識である。
その中でもパーセル家は最も神殿に近く、権威がある貴族の家系だ。その中から、魔力を持つ子供が生まれた。そんな事実をジェイドの父はその事実をひた隠しにしていた。
だから、物心つかないうちから、アンリは家族から引き離され、屋敷の森の奥にある離れでたった一人で隔離されていた。使用人がアンリの世話をかいがいしくやいてはいたが、実際は、それらの使用人は監視役であった。
両親からは、森の小屋にいるアンリに会いにいくことを、ジェイドは禁止されていたが、それでも時々、こっそりと一人で屋敷を抜け出し、弟に会いに行ったのだった。そんなある日、アンリが森の中で忽然と姿を消したのだ。
当然、アンリの失踪は公になることはなく、その捜索も規模もかなり抑えられていたように思う。
やがて、ジェイドの父は、アンリの遺体が見つからないのにも関わらず、病死したとして公の手続きを行ってしまったのだ。アンリがまだどこかで生きているかもしれないのに。
自分があまりにも興奮しすぎていることに気付き、ジェイドは自分を落ち着かせるように、椅子に座る。
呼び鈴を鳴らし、神殿の女官にお茶を準備するように言いつけ、あらためて、薄幸のアンリと、冷たい父のことを考えた。
今、父は病に侵され、故郷で療養しているが、実際の所、いつまでもつのかジェイドにも見当がつかないでいる。
父にこのことを知らせるべきかどうか、ジェイドはコツコツと椅子の背を指で叩きながら、しばし思慮にふけっていた。
父は厳格で、外面ばかりがよい。昔は、アンリの失踪は父にとっては好都合なものだったらしい。
アンリが見つかったと父に知らせるべきかどうか。そうは言っても、ノワール魔道師長はそのことを否定するだろう。
他人の空似と言うこともある。
それにしても、どうして、アンリ・パーセルと名乗らずに、ライル・ノワールと名乗っているのか。
まだ謎が多すぎる。ジェイドは、このことについて、ゆっくり考えようと心に決めた。
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