上 下
103 / 126
第二部 フロルの神殿生活

ライルの動揺~3

しおりを挟む
ライルがどんどんと速足で進んでいく。フロルは彼に追いつくので精一杯だ。

「ライル様、あの・・・あれは・・・」

さっきのことについて、フロルが訊ねようとしても、ライルに答える気は全くないようだ。フロルは仕方なく、無言のままライルに遅れまいと歩いた後、ようやく二人は魔導士塔にと到着した。

慣れ親しんだ魔導士塔。神殿なんかより、ずっとこっちのほうが落ち着く。

執務室に到着すると、ライルに勧められて、フロルは椅子に座る。

「さっきは驚かせてすまなかったね」

そう言って、ライルはにっこりと笑う。けれども、その話を蒸し返すつもりは全然ないようだ。けれども、さっきのライルの表情はなんだったのか。フロルも少し気にはなってはいたが、ライル様が嫌がってるんだったらあえて話すこともないかとも思う。

ライルの空気を察して、フロルはそれ以上の質問を控えることにした。



その頃、ジェイドの執務室では。

「ああ、アンリが、ついにアンリが見つかった」

興奮冷めやらぬ様子で、ジェイドは執務室をうろうろと歩き回っている。二十年前、生き別れになったジェイドの弟、アンリとついに再開することが出来たのだ。その時のアンリはまだ8歳。

けれども、あの頃とぶっきらぼうな様子と全く変わらない。

もともとアンリは少し変わった男の子だった。いや、パーセル家の文化から考えると、アンリは率直なことを言えば、かなり毛色の変わった子供であった。そうだからと言って、ジェイドや母はたいして気にも留めてはいなかったが、父にとっては大ごとだったらしい、と12才になったばかりのジェイドは子供心にうすうす、父がアンリに対してだけは冷ややかだと感じていた。

パーセル家は、元々は大神官の血を引く由緒ある家系だ。貴族ではあるが、実態は権威ある神殿の神官の血族であり、家督を継がない次男以下は神官になるのが通例である。通常であれば、アンリも8才になれば、神殿にあがり神官としての修行を始めるはずだったのだ。

けれども、アンリはどういう運命のいたずらか、小さな頃から少しずつ、魔力を発現し始めていた。

三才の頃には、ちょっと癇癪を起しただけで、部屋の中に火の手があがり、泣きわめけば家具を凍らせてしまう。
制御不能な魔力を、ジェイドの父は嫌悪した。

特に、神殿関係者は女神フローリア以外の奇跡を嫌悪する。

奇跡に近い現象を起こせる魔道師達や魔術というものは、得体が知れず、忌まわしいものと言うのが神殿関係者の認識である。

その中でもパーセル家は最も神殿に近く、権威がある貴族の家系だ。その中から、魔力を持つ子供が生まれた。そんな事実をジェイドの父はその事実をひた隠しにしていた。


だから、物心つかないうちから、アンリは家族から引き離され、屋敷の森の奥にある離れでたった一人で隔離されていた。使用人がアンリの世話をかいがいしくやいてはいたが、実際は、それらの使用人は監視役であった。

両親からは、森の小屋にいるアンリに会いにいくことを、ジェイドは禁止されていたが、それでも時々、こっそりと一人で屋敷を抜け出し、弟に会いに行ったのだった。そんなある日、アンリが森の中で忽然と姿を消したのだ。

当然、アンリの失踪は公になることはなく、その捜索も規模もかなり抑えられていたように思う。

やがて、ジェイドの父は、アンリの遺体が見つからないのにも関わらず、病死したとして公の手続きを行ってしまったのだ。アンリがまだどこかで生きているかもしれないのに。

自分があまりにも興奮しすぎていることに気付き、ジェイドは自分を落ち着かせるように、椅子に座る。
呼び鈴を鳴らし、神殿の女官にお茶を準備するように言いつけ、あらためて、薄幸のアンリと、冷たい父のことを考えた。

今、父は病に侵され、故郷で療養しているが、実際の所、いつまでもつのかジェイドにも見当がつかないでいる。

父にこのことを知らせるべきかどうか、ジェイドはコツコツと椅子の背を指で叩きながら、しばし思慮にふけっていた。

父は厳格で、外面ばかりがよい。昔は、アンリの失踪は父にとっては好都合なものだったらしい。
アンリが見つかったと父に知らせるべきかどうか。そうは言っても、ノワール魔道師長はそのことを否定するだろう。

他人の空似と言うこともある。

それにしても、どうして、アンリ・パーセルと名乗らずに、ライル・ノワールと名乗っているのか。

まだ謎が多すぎる。ジェイドは、このことについて、ゆっくり考えようと心に決めた。
しおりを挟む
感想 959

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

召喚されたのに、スルーされた私

ブラックベリィ
恋愛
6人の皇子様の花嫁候補として、召喚されたようなんですけど………。 地味で影が薄い私はスルーされてしまいました。 ちなみに、召喚されたのは3人。 2人は美少女な女子高生。1人は、はい、地味な私です。 ちなみに、2人は1つ上で、私はこの春に女子高生になる予定………。 春休みは、残念異世界への入り口でした。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。