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~ 第一部 出版記念番外編 ~
小話~フロルの初めての旅行~ ギルと一緒の王宮までの旅
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竜バレをして、ギルと一緒にフロルが王宮へ向かう道中でのエピソードです~
◇
「さあ、フロル、俺たちの今日の部屋はここだ」
フロルの荷物をもってやったギルが部屋のドアを開けてやれば、フロルはリルを抱いたまま、おずおずと部屋へと足を踏み入れた。
「わあ」
旅の宿屋としてはかなり上質で、大きな部屋に寝台二つ、綺麗なカーテンにソファーなどがついている。騎士団の中ではごく標準的な宿だが、田舎育ちのフロルにはそれだけでも十分お洒落な部屋に見えた。窓からは綺麗な山の景色が見え、その横には大きな川が流れている。
「綺麗な景色だろ?」
ギルは、嬉しそうなフロルの顔をみて、満足げな様子をみせた。子供が楽しんでいる姿は、見ていてとても楽しいのだ。故郷に残してきた小さな弟や妹も、この光景を見たらフロルのような反応を示すのだろうなと思った。
「早く荷物は広げとけ。だが、緊急で出発することもあるから、一カ所にまとめておくんだ。この敷物の上に小物はのせておくといい」
そう言って、彼が持っていた敷布を一枚分けてもらった。他にも騎士団で行動する時には、いろんな約束事があるのだそうだ。リード様の指導は懇切丁寧でしかも親切だ。
「・・・あの、隊長様?」
彼を何て呼んでいいのか分からず、フロルが遠慮がちに見上げれば、フロルが何をいいたいのか察してくれたらしい。
「ええと・・・俺と二人きりでいる時はギルでいいぞ」
彼は気さくな様子でそう言った後、長い旅路で疲れたのか、どさりと重そうな荷物を床の上に放り投げ、ほっとしたように編み上げのブーツを脱ぎ棄てた。そんなギル様を眺めながら、椅子に腰掛け、フロルはもう一つの質問を口にした。リルは床の上でのんびりとした様子で、どこかかゆいのか、くちばしでせっせと羽づくろいをしていた。
「あの、じゃあ、みんなといる時は?」
「そうだな・・・隊長とか、リード様とか呼んでくれればいい」
「あの・・・・それと、手を洗いたいのですが。ギル様」
言われたことを早速活用するフロルは実はちゃっかりした性格なのだ。
「あ、洗面所か」
「はい」
「あそこだ」
ギルが目でその場所を示せば、フロルはトイレや浴室も部屋についていることに初めて気がついた。そうやって、リード様が指で示した所にいけば、広い洗面所に、大きくてお洒落なバスルームがあった。
「わあ・・・」
広い大理石の浴室には、綺麗で上等なタオルがおかれているし、なんだかいい匂いがする。くんくんと鼻をきかせれば、それが備え付けられている石けんの香りだと気がついた。浴室には花が生けられていて、とても素敵だった。
石けんは村では高級品だ。宿のお客さんには使ってもらうが、フロルだって、しょっちゅう、石けんで体を洗える訳ではない。
「へぇ・・・」
手にとって花の香りのする石けんを泡立てれば、ダーマ亭のものより質もいいし、泡立ちもキメが細かくて素敵だ。
(後でお父さんに報告しておこうっと)
フロルは浴室の備品をチェックして、細々とメモを取る。将来の宿屋の経営のためだ。王宮の経費でこんなに素敵な宿に泊まれた上に、こんな風に宿屋の勉強になる。そして、月に銀三枚がこれに加わるのだ。さらには食費も経費として落とされるし、王宮の宿舎に入るので、家賃も光熱費もいらない。
(これで、ウィルの治療費が早々と捻出できそう)
そんなことでホクホクとしながら、気分がよくなったせいで、フロルは勢いよく洗面所の扉を開けた。浴室の点検に気をとられすぎたせいで、フロルの頭の中からは、ギル様と同室だったと言うことがすっかり抜け落ちていた。
「よう、長かったな」
気さくに声をかけてきたギル様を見て、フロルは、一瞬息が止まったかと思った。
そこには着替え中のギル様がいたのだ。上半分が裸で、逞しい胸筋やら肩やらが、丸見えだ。ギル様は汗をかいた胸や背中をタオルで拭っていたようだ。
「ひゃあっ」
思わず、変な声を上げたフロルは、開きかけた浴室の扉をバタンと音をたててドアを閉めた。
なんだか変な風に胸がドキドキして、冷や汗がどっと吹き出る。
(見ちゃった。どうしよう)
そんなもの見たからといって、どうこう慌てることもないのだが。
男の人が着替え中は、女の人と同じように見ないようにするべきだろうか?考えても、よくわからなかい。ギル様になんて言えばいいのかと、とフロルは本気で悩んだ。いっそのこと、裸をみてごめんなさいって言ったほうがいいのだろうか?
「おい、嬢ちゃん、どうした?」
扉をコンコンと軽く叩いた音で、フロルはまた、びくぅっと飛び上がった。
「あ、あのっ・・・・」
扉向こう側にいるギル様に、一瞬、なんと言っていいのかわからず、口を閉ざしてしまった。
「・・・着替え中失礼しました」
きっと、そう言うのが一番の正解なような気がする。
「着替え?」
ギルは一瞬、きょとんとしたが、フロルが何に驚いているかを知って、ふふっと笑った。
「ああ、そうか。いいんだ。些細なことだ。気にするな」
ギル様が気にして無くても、フロルが気にするのだ。男の人の肌を見た時に、平気でスルーするようになってもマズイ気がする。そんな風になってしまったら、何より、婚期が遅れそうな気がするのは何故だろうか。
「もう服を着たから大丈夫だ。出ておいで」
そっと扉の隙間から覗けば、ギル様はすでに普通の格好になっていた。ただ、着ている服の素材が、普通の庶民のものよりずっと上質であることには違わなかったが。彼の荷物はすでにほどかれたようで、小さな小物は敷布の上に几帳面に並んでいた。
そんなフロルに、ギルは笑いかけた。
「騎士団なんか男の集団だからな。男の裸ごときで一々動揺してたら、まともに仕事なんか出来ないぞ」
笑った彼の顔はとてもリラックスしていて、仕事モードはかなりきりっとしていたことにフロルは気がついた。日焼けした顔には愛想のよい色が浮かんでいる。騎士服を着ていないギル様は、ぴんと張り詰めた精神的な鎧を脱ぎすてたようで、なんだかとても親しみやすいように見えた。
「全く、あいつら、あちこちで脱ぐからな」
ギルが諦めたようにため息まじりの声で言う。
「そうなんですか?」
リルがフロルを見て、パタパタと飛んできたので、それを受け止めた。ダーマ亭にいた時には、仕事中に服を脱いでいる騎士達は一人もいない。まあ、それは当たり前と言えば、当たり前なのだが。
「あいつら、訓練が終われば、汗を掻いたと言っちゃ服を脱ぐし、酒を飲めば盛り上がって服を脱ぐ。人前で服を脱ぐのことの何が楽しいのか、俺にはさっぱりわからないがな」
と首を横に振りながらため息交じりに言うギル様も、部下の『すぐ服を脱ぐ問題』には、ギル様は随分悩まされているようで、眉間に微かな皺がよっていた。
「・・・季節の終わりの宴会で、あいつら下履きも脱ぎ捨ててなあ・・・・飲み屋で俺の部隊は出禁にされたんだ」
遠い目で語るギル様はよほど苦労しているようだ。
「今後一切、その飲み屋で、俺たちは宴会が出来なくなった。それが、小さな地方で唯一の飲み屋ときたもんだ・・・」
彼の言葉一つ一つに、苦悩が滲み出る。中間管理職は、どこの世界でも辛いのだ。
「でも、ダーマ亭で脱いだ人はいませんでしたけど?」
フロルが不思議そうに言えば、ギルはさもありなんという風に言う。
「それは、ライルが一緒に泊っていたからだろう」
なんでもライル様は神経質で、服装やマナーにとても厳しいんだそうだ。
「魔道師達は基本的には神経質でな。人前で服を脱ぐようなことは絶対にない。服装やマナーにも厳しいから、騎士団の連中とは正反対だな。フロル、お前も魔道師と一緒に働く時には、注意しろよ」
ギル様が指揮している部隊は外営部隊で、城の内勤の騎士様たちともまた性質が違うんだそうだ。外営をしているから、そういう性格になるのか、もとからそういう性格だから、外営に配属されるのか、ギル様も知らないらしい。
・・・とにかく、騎士様が服を脱いでも、素知らぬ顔をしていよう、とフロルは心の中でそっと拳を握る。
コンコンと控えめにノックをする音が聞こえた。
こんな時間に誰だろうか?
ギルが扉をあけるため、入り口へと向かった。
◇
「さあ、フロル、俺たちの今日の部屋はここだ」
フロルの荷物をもってやったギルが部屋のドアを開けてやれば、フロルはリルを抱いたまま、おずおずと部屋へと足を踏み入れた。
「わあ」
旅の宿屋としてはかなり上質で、大きな部屋に寝台二つ、綺麗なカーテンにソファーなどがついている。騎士団の中ではごく標準的な宿だが、田舎育ちのフロルにはそれだけでも十分お洒落な部屋に見えた。窓からは綺麗な山の景色が見え、その横には大きな川が流れている。
「綺麗な景色だろ?」
ギルは、嬉しそうなフロルの顔をみて、満足げな様子をみせた。子供が楽しんでいる姿は、見ていてとても楽しいのだ。故郷に残してきた小さな弟や妹も、この光景を見たらフロルのような反応を示すのだろうなと思った。
「早く荷物は広げとけ。だが、緊急で出発することもあるから、一カ所にまとめておくんだ。この敷物の上に小物はのせておくといい」
そう言って、彼が持っていた敷布を一枚分けてもらった。他にも騎士団で行動する時には、いろんな約束事があるのだそうだ。リード様の指導は懇切丁寧でしかも親切だ。
「・・・あの、隊長様?」
彼を何て呼んでいいのか分からず、フロルが遠慮がちに見上げれば、フロルが何をいいたいのか察してくれたらしい。
「ええと・・・俺と二人きりでいる時はギルでいいぞ」
彼は気さくな様子でそう言った後、長い旅路で疲れたのか、どさりと重そうな荷物を床の上に放り投げ、ほっとしたように編み上げのブーツを脱ぎ棄てた。そんなギル様を眺めながら、椅子に腰掛け、フロルはもう一つの質問を口にした。リルは床の上でのんびりとした様子で、どこかかゆいのか、くちばしでせっせと羽づくろいをしていた。
「あの、じゃあ、みんなといる時は?」
「そうだな・・・隊長とか、リード様とか呼んでくれればいい」
「あの・・・・それと、手を洗いたいのですが。ギル様」
言われたことを早速活用するフロルは実はちゃっかりした性格なのだ。
「あ、洗面所か」
「はい」
「あそこだ」
ギルが目でその場所を示せば、フロルはトイレや浴室も部屋についていることに初めて気がついた。そうやって、リード様が指で示した所にいけば、広い洗面所に、大きくてお洒落なバスルームがあった。
「わあ・・・」
広い大理石の浴室には、綺麗で上等なタオルがおかれているし、なんだかいい匂いがする。くんくんと鼻をきかせれば、それが備え付けられている石けんの香りだと気がついた。浴室には花が生けられていて、とても素敵だった。
石けんは村では高級品だ。宿のお客さんには使ってもらうが、フロルだって、しょっちゅう、石けんで体を洗える訳ではない。
「へぇ・・・」
手にとって花の香りのする石けんを泡立てれば、ダーマ亭のものより質もいいし、泡立ちもキメが細かくて素敵だ。
(後でお父さんに報告しておこうっと)
フロルは浴室の備品をチェックして、細々とメモを取る。将来の宿屋の経営のためだ。王宮の経費でこんなに素敵な宿に泊まれた上に、こんな風に宿屋の勉強になる。そして、月に銀三枚がこれに加わるのだ。さらには食費も経費として落とされるし、王宮の宿舎に入るので、家賃も光熱費もいらない。
(これで、ウィルの治療費が早々と捻出できそう)
そんなことでホクホクとしながら、気分がよくなったせいで、フロルは勢いよく洗面所の扉を開けた。浴室の点検に気をとられすぎたせいで、フロルの頭の中からは、ギル様と同室だったと言うことがすっかり抜け落ちていた。
「よう、長かったな」
気さくに声をかけてきたギル様を見て、フロルは、一瞬息が止まったかと思った。
そこには着替え中のギル様がいたのだ。上半分が裸で、逞しい胸筋やら肩やらが、丸見えだ。ギル様は汗をかいた胸や背中をタオルで拭っていたようだ。
「ひゃあっ」
思わず、変な声を上げたフロルは、開きかけた浴室の扉をバタンと音をたててドアを閉めた。
なんだか変な風に胸がドキドキして、冷や汗がどっと吹き出る。
(見ちゃった。どうしよう)
そんなもの見たからといって、どうこう慌てることもないのだが。
男の人が着替え中は、女の人と同じように見ないようにするべきだろうか?考えても、よくわからなかい。ギル様になんて言えばいいのかと、とフロルは本気で悩んだ。いっそのこと、裸をみてごめんなさいって言ったほうがいいのだろうか?
「おい、嬢ちゃん、どうした?」
扉をコンコンと軽く叩いた音で、フロルはまた、びくぅっと飛び上がった。
「あ、あのっ・・・・」
扉向こう側にいるギル様に、一瞬、なんと言っていいのかわからず、口を閉ざしてしまった。
「・・・着替え中失礼しました」
きっと、そう言うのが一番の正解なような気がする。
「着替え?」
ギルは一瞬、きょとんとしたが、フロルが何に驚いているかを知って、ふふっと笑った。
「ああ、そうか。いいんだ。些細なことだ。気にするな」
ギル様が気にして無くても、フロルが気にするのだ。男の人の肌を見た時に、平気でスルーするようになってもマズイ気がする。そんな風になってしまったら、何より、婚期が遅れそうな気がするのは何故だろうか。
「もう服を着たから大丈夫だ。出ておいで」
そっと扉の隙間から覗けば、ギル様はすでに普通の格好になっていた。ただ、着ている服の素材が、普通の庶民のものよりずっと上質であることには違わなかったが。彼の荷物はすでにほどかれたようで、小さな小物は敷布の上に几帳面に並んでいた。
そんなフロルに、ギルは笑いかけた。
「騎士団なんか男の集団だからな。男の裸ごときで一々動揺してたら、まともに仕事なんか出来ないぞ」
笑った彼の顔はとてもリラックスしていて、仕事モードはかなりきりっとしていたことにフロルは気がついた。日焼けした顔には愛想のよい色が浮かんでいる。騎士服を着ていないギル様は、ぴんと張り詰めた精神的な鎧を脱ぎすてたようで、なんだかとても親しみやすいように見えた。
「全く、あいつら、あちこちで脱ぐからな」
ギルが諦めたようにため息まじりの声で言う。
「そうなんですか?」
リルがフロルを見て、パタパタと飛んできたので、それを受け止めた。ダーマ亭にいた時には、仕事中に服を脱いでいる騎士達は一人もいない。まあ、それは当たり前と言えば、当たり前なのだが。
「あいつら、訓練が終われば、汗を掻いたと言っちゃ服を脱ぐし、酒を飲めば盛り上がって服を脱ぐ。人前で服を脱ぐのことの何が楽しいのか、俺にはさっぱりわからないがな」
と首を横に振りながらため息交じりに言うギル様も、部下の『すぐ服を脱ぐ問題』には、ギル様は随分悩まされているようで、眉間に微かな皺がよっていた。
「・・・季節の終わりの宴会で、あいつら下履きも脱ぎ捨ててなあ・・・・飲み屋で俺の部隊は出禁にされたんだ」
遠い目で語るギル様はよほど苦労しているようだ。
「今後一切、その飲み屋で、俺たちは宴会が出来なくなった。それが、小さな地方で唯一の飲み屋ときたもんだ・・・」
彼の言葉一つ一つに、苦悩が滲み出る。中間管理職は、どこの世界でも辛いのだ。
「でも、ダーマ亭で脱いだ人はいませんでしたけど?」
フロルが不思議そうに言えば、ギルはさもありなんという風に言う。
「それは、ライルが一緒に泊っていたからだろう」
なんでもライル様は神経質で、服装やマナーにとても厳しいんだそうだ。
「魔道師達は基本的には神経質でな。人前で服を脱ぐようなことは絶対にない。服装やマナーにも厳しいから、騎士団の連中とは正反対だな。フロル、お前も魔道師と一緒に働く時には、注意しろよ」
ギル様が指揮している部隊は外営部隊で、城の内勤の騎士様たちともまた性質が違うんだそうだ。外営をしているから、そういう性格になるのか、もとからそういう性格だから、外営に配属されるのか、ギル様も知らないらしい。
・・・とにかく、騎士様が服を脱いでも、素知らぬ顔をしていよう、とフロルは心の中でそっと拳を握る。
コンコンと控えめにノックをする音が聞こえた。
こんな時間に誰だろうか?
ギルが扉をあけるため、入り口へと向かった。
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