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第二部 フロルの神殿生活
ライルの動揺~2
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あれは一体なんなのだ・・・
今、ライルは珍しく動揺している。動揺しまくっていると言ってもいい。
今まで大概のものは見て来たし、面妖な魔道具やら魔術で起きる現象など、宮廷魔導士長である自分は見慣れているはずだ。
それなのに、だ。
今、ライルの目の前にいるのは、真っ黒で奇妙な生き物だった。ふわふわの綿毛に包まれて、まんまるとした姿のくせに手足だけはひょろっと長い。
その生き物は、祭壇の下でお菓子をがつがつとかじっている。菓子に食いついているその生き物は、菓子に夢中になるあまりに菓子くずを回りにまき散らしているのに、巫女達には全然見えていないようだ。
「あ・・・」
ライルは絶句して立ちすくんでいたが、毛玉は菓子を手に、ちらりとライルに一瞬だけ視線を向けたものの、すぐにまた菓子に夢中になっている。
(魔物だろうか? それとも・・・)
今まで見て来たどのカテゴリーにも属していないソレは、ライルの脳内のどのカテゴリーにも属していない。
怪訝な顔をして立ちすくんでいると、巫女が不思議そうに声をかけてきた。
「あの…魔道師長様、どうかなされまして?」
「いや、あれは、一体なんなのかな?」
巫女に聞いても、巫女はきょとんとした顔で言う。
「あれとは・・・一体、なんのことでございましょう?」
── なぜ、私にだけ見える?
それとも幻覚だろうか。書類仕事で根をつめすぎたのがいけなかったのだろうか。
ライルの動揺が深まるなか、またさらに変なものを見つけてしまった。祭壇の蝋燭の後ろ、礼拝のための椅子の影。
白やら黒やらの毛玉が、あちこちでお菓子を手に嬉しそうにかじりついているではないか。
気づけば気づくほど、その数が増えているような気がする。
「魔道師長様、女神様にお会いになられるのでは・・・・」
相変わらず、毛玉に気が付いていない巫女が不思議そうに言う。
「あ、ああ。そうだったね」
魔道師としてのプライドが、巫女の目の前で動揺する自分をさらすのを許さなかった。
ライルはとりあえず平静を装いつつ、踵を返そうとすると、自分の足元にも白の毛玉が座っていて、菓子に夢中になってかじりついているのが見える。
幻覚だろうか。
「ああ、私も疲れているのかな・・・」
「はい?なんでございましょう」
「いや、独り言だ。気にしないでくれ」
そそくさと礼拝堂を出ると、ライルは壁にもたれて大きく深呼吸をする。そして、今見たものについて、再度思考を巡らせる。
あの生き物(?)は明らかに魔物ではない。纏っているエネルギーがそもそも違うのだ。
じゃあ、あれは一体なんなんだと、壁にもたれて腕を組んで悩んでいると、ライルの足元を何かがつんつんとつつく。
ライルは下を見下ろして、仰天した。白の毛玉が自分のブローチを両手に乗せて差し出しいるではないか。
「?!」
彼は驚いてそれを凝視していると、ほら、と言わんばかりに、毛玉は無言で自分に向かって、ブローチを差し出してきた。
礼拝堂でうっかり落としてしまったのだろう。
それがなんであれ、落とし物を拾ってくれたのだ。ライルは気難しいが、酷い性格の持ち主ではない。
ありがとう、と言いながら、ライルが恐る恐るそのブローチを受け取ると、毛玉はにっこりと笑ってすっと消えていった。
毛玉の正体がわからないけれども、神殿にいるからには悪いものではないのだろう。
ライルがブローチを手にそう判断していると、フロルが真正面からやってきた。大神官との打ち合わせが終ったようだった。
「ライル様、こんな所でどうしたんです?」
フロルがちょっと驚いた様子でライルに言う。
「ああ、フロル、ちょっと頼みたいことがあったから、気分転換に神殿まで来たんだよ」
「そうなんですか。こちらまで出向いていただいてすみません」
ちょっと申し訳なさそうなフロルにライルは柔らかく笑いかける。
「気分転換もかねて散歩の途中だったから別に構わないよ」
「新しい大神官と対面したって聞いたけど?もう神官との面談は終わったのかい?」
「はい。いい感じの人でしたよ」
「そう。じゃあ、ここではなんだから、私の執務室で話そう」
大神官がどんな人物かとか、ライルには全く興味がないのだ。どんな人物であれ、彼が関わることはないからだ。
「ええ。じゃあ、行きましょう。ライル様」
そうして、二人が魔導士塔へと足を向けた瞬間、背後から声をかけられた。
「フロル、ちょっと待って」
そう声をかけたのはジェイド・パーセルだった。少し話忘れたことがあったので、フロルを呼び留めにきたのだ。
フロルとライルの二人は数歩進みかけて、その声の主を振り返った。その瞬間、ジェイドはライルを認めて、凍り付いたように立ち止まった。彼の顔には驚愕の色が浮かんでいる。
「アンリ・・?!」
フロルは驚いたようにライルとジェイドの顔を代わる代わる見つめた。アンリとはどういうことか?
そんなジェイドに対して、ライルの顔には今までないほど冷たい表情が浮かぶ。いつものクールなライルの10倍くらい冷たい顔だ。能面のような、表情を全くなくしてしまったライルに、ジェイドが駆け寄った。
「アンリ、アンリじゃないか!ああ、よく生きて。父上がこれを知ったらきっと・・・」
感極まって、ライルの腕をつかもうとするジェイドを、ライルはぴしゃりと手ではねつけた。
「・・・誰だか知らないが、人違いだ」
「そんなことない。アンリに決まってるじゃないか」
そんなジェイドにライルは冷たい一瞥を向け、彼に背を向けてさっさと立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ。少し話をさせてくれないか?」
「うるさい」
ジェイドとライルの間に氷の壁が立ちふさがる。ライルが魔術を用いて、氷の壁を発動したのだ。
そして、ライルはふとジェイドに視線を向けて口を開く。
「人間違いは迷惑だ。二度とかかわらないでくれ」
その声は冷たく、鋭く刺すような響きがあった。彼の剣幕に押されて、ジェイドは驚いて氷の壁の向こうで立ち尽くしていた。
「・・・フロル、行こう」
フロルは二人の間で何事かとおろおろしていたが、黙ってライルの後をついていった。
二人の後ろでは、氷の壁越しにジェイドが成す術もなく、二人の背中を見つめていた。
◇
後でもうちょっと手直しするかもしれません(^^;)
今、ライルは珍しく動揺している。動揺しまくっていると言ってもいい。
今まで大概のものは見て来たし、面妖な魔道具やら魔術で起きる現象など、宮廷魔導士長である自分は見慣れているはずだ。
それなのに、だ。
今、ライルの目の前にいるのは、真っ黒で奇妙な生き物だった。ふわふわの綿毛に包まれて、まんまるとした姿のくせに手足だけはひょろっと長い。
その生き物は、祭壇の下でお菓子をがつがつとかじっている。菓子に食いついているその生き物は、菓子に夢中になるあまりに菓子くずを回りにまき散らしているのに、巫女達には全然見えていないようだ。
「あ・・・」
ライルは絶句して立ちすくんでいたが、毛玉は菓子を手に、ちらりとライルに一瞬だけ視線を向けたものの、すぐにまた菓子に夢中になっている。
(魔物だろうか? それとも・・・)
今まで見て来たどのカテゴリーにも属していないソレは、ライルの脳内のどのカテゴリーにも属していない。
怪訝な顔をして立ちすくんでいると、巫女が不思議そうに声をかけてきた。
「あの…魔道師長様、どうかなされまして?」
「いや、あれは、一体なんなのかな?」
巫女に聞いても、巫女はきょとんとした顔で言う。
「あれとは・・・一体、なんのことでございましょう?」
── なぜ、私にだけ見える?
それとも幻覚だろうか。書類仕事で根をつめすぎたのがいけなかったのだろうか。
ライルの動揺が深まるなか、またさらに変なものを見つけてしまった。祭壇の蝋燭の後ろ、礼拝のための椅子の影。
白やら黒やらの毛玉が、あちこちでお菓子を手に嬉しそうにかじりついているではないか。
気づけば気づくほど、その数が増えているような気がする。
「魔道師長様、女神様にお会いになられるのでは・・・・」
相変わらず、毛玉に気が付いていない巫女が不思議そうに言う。
「あ、ああ。そうだったね」
魔道師としてのプライドが、巫女の目の前で動揺する自分をさらすのを許さなかった。
ライルはとりあえず平静を装いつつ、踵を返そうとすると、自分の足元にも白の毛玉が座っていて、菓子に夢中になってかじりついているのが見える。
幻覚だろうか。
「ああ、私も疲れているのかな・・・」
「はい?なんでございましょう」
「いや、独り言だ。気にしないでくれ」
そそくさと礼拝堂を出ると、ライルは壁にもたれて大きく深呼吸をする。そして、今見たものについて、再度思考を巡らせる。
あの生き物(?)は明らかに魔物ではない。纏っているエネルギーがそもそも違うのだ。
じゃあ、あれは一体なんなんだと、壁にもたれて腕を組んで悩んでいると、ライルの足元を何かがつんつんとつつく。
ライルは下を見下ろして、仰天した。白の毛玉が自分のブローチを両手に乗せて差し出しいるではないか。
「?!」
彼は驚いてそれを凝視していると、ほら、と言わんばかりに、毛玉は無言で自分に向かって、ブローチを差し出してきた。
礼拝堂でうっかり落としてしまったのだろう。
それがなんであれ、落とし物を拾ってくれたのだ。ライルは気難しいが、酷い性格の持ち主ではない。
ありがとう、と言いながら、ライルが恐る恐るそのブローチを受け取ると、毛玉はにっこりと笑ってすっと消えていった。
毛玉の正体がわからないけれども、神殿にいるからには悪いものではないのだろう。
ライルがブローチを手にそう判断していると、フロルが真正面からやってきた。大神官との打ち合わせが終ったようだった。
「ライル様、こんな所でどうしたんです?」
フロルがちょっと驚いた様子でライルに言う。
「ああ、フロル、ちょっと頼みたいことがあったから、気分転換に神殿まで来たんだよ」
「そうなんですか。こちらまで出向いていただいてすみません」
ちょっと申し訳なさそうなフロルにライルは柔らかく笑いかける。
「気分転換もかねて散歩の途中だったから別に構わないよ」
「新しい大神官と対面したって聞いたけど?もう神官との面談は終わったのかい?」
「はい。いい感じの人でしたよ」
「そう。じゃあ、ここではなんだから、私の執務室で話そう」
大神官がどんな人物かとか、ライルには全く興味がないのだ。どんな人物であれ、彼が関わることはないからだ。
「ええ。じゃあ、行きましょう。ライル様」
そうして、二人が魔導士塔へと足を向けた瞬間、背後から声をかけられた。
「フロル、ちょっと待って」
そう声をかけたのはジェイド・パーセルだった。少し話忘れたことがあったので、フロルを呼び留めにきたのだ。
フロルとライルの二人は数歩進みかけて、その声の主を振り返った。その瞬間、ジェイドはライルを認めて、凍り付いたように立ち止まった。彼の顔には驚愕の色が浮かんでいる。
「アンリ・・?!」
フロルは驚いたようにライルとジェイドの顔を代わる代わる見つめた。アンリとはどういうことか?
そんなジェイドに対して、ライルの顔には今までないほど冷たい表情が浮かぶ。いつものクールなライルの10倍くらい冷たい顔だ。能面のような、表情を全くなくしてしまったライルに、ジェイドが駆け寄った。
「アンリ、アンリじゃないか!ああ、よく生きて。父上がこれを知ったらきっと・・・」
感極まって、ライルの腕をつかもうとするジェイドを、ライルはぴしゃりと手ではねつけた。
「・・・誰だか知らないが、人違いだ」
「そんなことない。アンリに決まってるじゃないか」
そんなジェイドにライルは冷たい一瞥を向け、彼に背を向けてさっさと立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ。少し話をさせてくれないか?」
「うるさい」
ジェイドとライルの間に氷の壁が立ちふさがる。ライルが魔術を用いて、氷の壁を発動したのだ。
そして、ライルはふとジェイドに視線を向けて口を開く。
「人間違いは迷惑だ。二度とかかわらないでくれ」
その声は冷たく、鋭く刺すような響きがあった。彼の剣幕に押されて、ジェイドは驚いて氷の壁の向こうで立ち尽くしていた。
「・・・フロル、行こう」
フロルは二人の間で何事かとおろおろしていたが、黙ってライルの後をついていった。
二人の後ろでは、氷の壁越しにジェイドが成す術もなく、二人の背中を見つめていた。
◇
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