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第二部 フロルの神殿生活
出会い~2
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森で迷い人を送り届けてから二日後、フロルは、リルと一緒に王都の外で用事をこなして、竜騎士と共に王宮へと到着したばかりだった。騎竜場の開けた場所をめざしてリルが急降下する。
リルが土埃を舞い上げながら、地面の上にふんわりと着地した。フロルはひらりとリルから飛び降りると、誰かが早速、大急ぎでフロルの所に駆け寄ってきて声を上げた。
「女神様、ご神龍をお預かりいたします」
フロルは、ぎくりとしながら振り返って、その人物を見た。
(あー、また来ちゃった・・・。だから王宮はめんどくさい・・・)
ため息をつきながら、その人物をみつめると、神官の服を着ている男は、熱意のこもった仕草で言う。
「女神様、神竜様はわたくしにおまかせください!」
その熱意に一瞬呆気にとられたものの、フロルはひくひくと顔を引きつらせながら言う。
「あ、あの、その・・・リルは私が面倒を見ますので・・・」
その男は激高して声を荒げる。
「何をおっしゃるのです、女神様! 竜のお世話はこのわたくしめに!!」
必死になって縋ってくる神官に、フロルはたじたじとなる。自分が女神として認定されたとしても、そう簡単に日々の習慣が変わる訳ではない。特に── 神官は苦手だ。
「いや、この子は私が世話しないとダメだから」
リルがヒナだった頃から、フロルがずっと世話をしていたのだ。それは今でも変わらない。そんな二人のやり取りを、リルは不思議そうに眺めていたが、「きゅぅ?」と小首をかしげて小さく鳴いた。
そろそろ水が欲しいのだ。
早く水を飲みに行こうよ、とリルがフロルに催促する。
「ああ、ごめんね。リル。喉が渇いたね。すぐに水を飲みにいこう」
背後でなんだか騒いでいる神官をさくっと無視して、フロルは水のみ場へリルを連れて向かう。
「お待ちください。女神様っ!」
「ああ、もうしつこいっ!」
フロルが振り返って、執拗な神官を恫喝すると、神官は目を大きく広げて驚いているようだ。
そんなもん、知るか!
周りが自分のことを女神と呼ぼうと、どう思おうと、フロルは神殿に行くことについてかなりのためらいがあった。
── だって自分が女神である自覚というのがほとんどないのだ。
自分は宿屋の娘のフロル・ダーマである。
そして、今までギル様のことやら、他にも色々なことで、バルジール大神官や、他の神官にされたことをすんなりと忘れて、しゃあしゃあと、「はいそうですか」と神殿になど行ける訳がない。
しかも、フロルのために準備された部屋は、あのレルマ嬢が使っていた部屋だ。それも、ちょっといやだなと思うこことの一つだ。
自分が女神として認定されたことは、ギル様のことを考えれば喜ばしいことなのである。二人の仲が晴れて公に認められたことにもなる。
それは、嬉しい ─ でも・・・
フロルは背後から熱心な顔でついてくる神官をちらりと振り返る。この熱心さは、なんだか異常じゃないのか。
手のひらを返したような神官たちの態度に、まだ慣れることができないでいる。それに、ライルの側のほうが落ち着くのだ。
結局、王宮に戻ってきてからもフロルはまだ、なんだかんだと言い訳をつけて、魔導士塔の部屋を使っている。そして、まだ自分が女神であるという確証が自分の中で全く芽生えていないのだ。
まだ、魔力は以前と同じで、あのレベナント事件以降は、随分コントロールもよくなっているとは思うけれど、まだ奇跡と言うものが起こせるような気はしない。
神官がアンヌを女神だと進言したのが間違いだったように、自分が女神であることも何かの間違いかもしれない。
── そうしたら、ほいほいと神官に担ぎ出されて女神を名乗れば、アンヌの二の舞にもなる。
その点はギルも同じように考え、当分は今のままで様子をみようということになっている。
そうして、フロルはリルに水をやり、竜舎に連れて帰ってから、再び魔道師搭に向かおうとした時だ。
王宮の広場から、従者たちのざわめく声が聞こえてきた。その後ろでは相変わらず神官がフロルの後ろにくっついていた。
これはもうあきらめるしかないな──
フロルが遠い目をして空を眺めていると、王宮の広場の前で見慣れない馬車が到着し、従者が恭しくその扉を開けている姿が目にはいった。
多分、どこかの貴賓の訪問なのだろうと、フロルが踵を返して立ち去ろうとした時、後ろでひっついていた神官がフロルを引き留めた。
「女神様、お待ちください。わたくしがお呼びしたのはこのことなのです」
「へ? なんで?」
フロルは間の抜けた顔を神官に向ける。
「本来でしたら、神殿でお会いいただくべきでしたが、仕方がありません。今、ここでパーセル様にお会いいただきます」
「パーセル様?」
フロルがきょとんとしていると、神官は困ったような顔をした。
「以前、お話させていただいたかと思いますが、新しい大神官様です」
「・・・そうだったっけ?」
すっかり忘れてた。神官はいささか渋い顔をフロルに向ける。
「今日、暫定的ですが、大神官様が到着されるとお話しておりましたよね?」
つ~っと冷や汗が背中を流れる。そんな話もあったような気もしたけど、神官がうざったくて、なんだか聞き流してうな気がする。
「あ、そうでしたね・・・」
スッカリ ワスレテマシタ・・・
「本来でしたら、お衣装をお着換えいただき、大神官様にお会いしていただくのが筋ですが、この際、仕方がありません。女神様、大神官様を無視するような無礼をまさかなさるおつもりはないですよね?」
にっこり笑った神官の目はコワイ。
神官の迫力に押されて、フロルは思わずうなずいてしまった。
「では、よろしいですか?女神様。決して、失礼な態度をとってはなりませんよ」
ごり押しからさらに押されて、フロルは仕方なく、馬車が止まっている広場へと近づいていく。周囲の人間は、フロルに気が付いたようで、恭しく頭を下げながら馬車へと続く場所を開けてくれた。
そして、あっと言う間に、馬車の目の前へと連れていかれた瞬間、中から人が現れた。
「あ、君は・・・・」
「あ、貴方は・・・」
目の前にいたのは、紛れもなく数日前に、森の中で迷っていた旅人だった。黒い髪を短く切り、濃紺色の青い瞳。
その青年がどこかで見ていたような気がしたが、フロルはすぐに気がそがれてしまった。
「ここで会えるなんて、奇遇だね」
にっこりと笑いかけてくる彼は、不愛想なライルとは程遠い。人当たりのよい態度に、フロルは不思議な気がした。
「大神官様がお見えになると聞いていたんですけど・・・」
そんなフロルにジェイドも不思議そうな顔を向ける。
「それで、どうして君がここに?」
二人の後ろで、神官が待ってましたとばかりに気合を入れていることに、ジェイドは気づいて視線を向けた。
リルが土埃を舞い上げながら、地面の上にふんわりと着地した。フロルはひらりとリルから飛び降りると、誰かが早速、大急ぎでフロルの所に駆け寄ってきて声を上げた。
「女神様、ご神龍をお預かりいたします」
フロルは、ぎくりとしながら振り返って、その人物を見た。
(あー、また来ちゃった・・・。だから王宮はめんどくさい・・・)
ため息をつきながら、その人物をみつめると、神官の服を着ている男は、熱意のこもった仕草で言う。
「女神様、神竜様はわたくしにおまかせください!」
その熱意に一瞬呆気にとられたものの、フロルはひくひくと顔を引きつらせながら言う。
「あ、あの、その・・・リルは私が面倒を見ますので・・・」
その男は激高して声を荒げる。
「何をおっしゃるのです、女神様! 竜のお世話はこのわたくしめに!!」
必死になって縋ってくる神官に、フロルはたじたじとなる。自分が女神として認定されたとしても、そう簡単に日々の習慣が変わる訳ではない。特に── 神官は苦手だ。
「いや、この子は私が世話しないとダメだから」
リルがヒナだった頃から、フロルがずっと世話をしていたのだ。それは今でも変わらない。そんな二人のやり取りを、リルは不思議そうに眺めていたが、「きゅぅ?」と小首をかしげて小さく鳴いた。
そろそろ水が欲しいのだ。
早く水を飲みに行こうよ、とリルがフロルに催促する。
「ああ、ごめんね。リル。喉が渇いたね。すぐに水を飲みにいこう」
背後でなんだか騒いでいる神官をさくっと無視して、フロルは水のみ場へリルを連れて向かう。
「お待ちください。女神様っ!」
「ああ、もうしつこいっ!」
フロルが振り返って、執拗な神官を恫喝すると、神官は目を大きく広げて驚いているようだ。
そんなもん、知るか!
周りが自分のことを女神と呼ぼうと、どう思おうと、フロルは神殿に行くことについてかなりのためらいがあった。
── だって自分が女神である自覚というのがほとんどないのだ。
自分は宿屋の娘のフロル・ダーマである。
そして、今までギル様のことやら、他にも色々なことで、バルジール大神官や、他の神官にされたことをすんなりと忘れて、しゃあしゃあと、「はいそうですか」と神殿になど行ける訳がない。
しかも、フロルのために準備された部屋は、あのレルマ嬢が使っていた部屋だ。それも、ちょっといやだなと思うこことの一つだ。
自分が女神として認定されたことは、ギル様のことを考えれば喜ばしいことなのである。二人の仲が晴れて公に認められたことにもなる。
それは、嬉しい ─ でも・・・
フロルは背後から熱心な顔でついてくる神官をちらりと振り返る。この熱心さは、なんだか異常じゃないのか。
手のひらを返したような神官たちの態度に、まだ慣れることができないでいる。それに、ライルの側のほうが落ち着くのだ。
結局、王宮に戻ってきてからもフロルはまだ、なんだかんだと言い訳をつけて、魔導士塔の部屋を使っている。そして、まだ自分が女神であるという確証が自分の中で全く芽生えていないのだ。
まだ、魔力は以前と同じで、あのレベナント事件以降は、随分コントロールもよくなっているとは思うけれど、まだ奇跡と言うものが起こせるような気はしない。
神官がアンヌを女神だと進言したのが間違いだったように、自分が女神であることも何かの間違いかもしれない。
── そうしたら、ほいほいと神官に担ぎ出されて女神を名乗れば、アンヌの二の舞にもなる。
その点はギルも同じように考え、当分は今のままで様子をみようということになっている。
そうして、フロルはリルに水をやり、竜舎に連れて帰ってから、再び魔道師搭に向かおうとした時だ。
王宮の広場から、従者たちのざわめく声が聞こえてきた。その後ろでは相変わらず神官がフロルの後ろにくっついていた。
これはもうあきらめるしかないな──
フロルが遠い目をして空を眺めていると、王宮の広場の前で見慣れない馬車が到着し、従者が恭しくその扉を開けている姿が目にはいった。
多分、どこかの貴賓の訪問なのだろうと、フロルが踵を返して立ち去ろうとした時、後ろでひっついていた神官がフロルを引き留めた。
「女神様、お待ちください。わたくしがお呼びしたのはこのことなのです」
「へ? なんで?」
フロルは間の抜けた顔を神官に向ける。
「本来でしたら、神殿でお会いいただくべきでしたが、仕方がありません。今、ここでパーセル様にお会いいただきます」
「パーセル様?」
フロルがきょとんとしていると、神官は困ったような顔をした。
「以前、お話させていただいたかと思いますが、新しい大神官様です」
「・・・そうだったっけ?」
すっかり忘れてた。神官はいささか渋い顔をフロルに向ける。
「今日、暫定的ですが、大神官様が到着されるとお話しておりましたよね?」
つ~っと冷や汗が背中を流れる。そんな話もあったような気もしたけど、神官がうざったくて、なんだか聞き流してうな気がする。
「あ、そうでしたね・・・」
スッカリ ワスレテマシタ・・・
「本来でしたら、お衣装をお着換えいただき、大神官様にお会いしていただくのが筋ですが、この際、仕方がありません。女神様、大神官様を無視するような無礼をまさかなさるおつもりはないですよね?」
にっこり笑った神官の目はコワイ。
神官の迫力に押されて、フロルは思わずうなずいてしまった。
「では、よろしいですか?女神様。決して、失礼な態度をとってはなりませんよ」
ごり押しからさらに押されて、フロルは仕方なく、馬車が止まっている広場へと近づいていく。周囲の人間は、フロルに気が付いたようで、恭しく頭を下げながら馬車へと続く場所を開けてくれた。
そして、あっと言う間に、馬車の目の前へと連れていかれた瞬間、中から人が現れた。
「あ、君は・・・・」
「あ、貴方は・・・」
目の前にいたのは、紛れもなく数日前に、森の中で迷っていた旅人だった。黒い髪を短く切り、濃紺色の青い瞳。
その青年がどこかで見ていたような気がしたが、フロルはすぐに気がそがれてしまった。
「ここで会えるなんて、奇遇だね」
にっこりと笑いかけてくる彼は、不愛想なライルとは程遠い。人当たりのよい態度に、フロルは不思議な気がした。
「大神官様がお見えになると聞いていたんですけど・・・」
そんなフロルにジェイドも不思議そうな顔を向ける。
「それで、どうして君がここに?」
二人の後ろで、神官が待ってましたとばかりに気合を入れていることに、ジェイドは気づいて視線を向けた。
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