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第一部 最終章

フロルの置手紙

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国王は面白そうにライルを見やる。

「ほう、それは誰だ? 余の知っている者か?」

「はい。私の部下の一人、フロル、いや、フローリア・ダーマとでも言いましょうか? 彼女が女神の生まれ変わりではないかと私は考えております。陛下」

恭しく礼をとりながら、口を開くライルに大神官はさらに激高していた。

「魔道師長、何を血迷ったことを。この後に及んで、自分の部下を神殿にねじ込みたいとは、その度胸恐れ入りましたな」

大神官は、あざ笑うようにライルに言う。その傍らでは、王太子がなんとなく納得いかないような顔をしていた。

「父上、私が調査していた所、この宮殿にフローリアと言うの名の娘は、レルマしかいなかったと思います」

それを聞いた大神官が、それみたことかと気炎を上げる。

「さように。ここにいらっしゃる我らが女神以外に、誰がおりましょうぞ。ライル殿、くだらない茶番を仕掛けてきたのは、貴方のほうではないですか」

「では何故そう思うのか?ノワール」

「フロル、いや、ダーマには弟がおりまして、その弟が姉の名前はフローリアだと申しました。私もフロルと言う名が愛称であることに、つい先ほど気付いた次第にございます。フロルの今までの行動を考えると、女神の生まれ変わりとして十分な事象を目撃しておりますのも、そう申し上げる理由の一つにございます」

そこでライルは一旦、口をつぐみ、周囲を見渡した。

「それで? ノワール続けてみよ」

国王がライルにもっと話すようにと促す。

「陛下。フローリアが二人いる可能性がある以上、この婚儀を行う意味がありません。もし、女神の生まれ変わりがこのマリアンヌ・レルマ子爵令嬢ではなく、フロル、いや、フローリア・ダーマであったら、取返しのつかないことになりましょう。その事実を、婚儀を行うより先に調査すべきではないかと思います」

国王は手を顎にあて、しばし考えているようだった。そして、少しの沈黙のうち、再び口を開く。

「ふむ、ノワール、我らが女神の生まれ変わりの娘を取り違えていると、そう申したいのか?」

「はい。その可能性が非常に高いと思われます」

二人の横で、大神官はさも不機嫌だといわんばかりの顔をする。

「陛下、このような魔道師の戯言を真に受けてはなりませんぞ」

大神官はこのまま婚礼を進めるべきだと忠言するが、ライルは全く取り合わずに国王との対話と続ける。

「陛下、このマリアンヌ・レルマ子爵令嬢が女神の生まれ変わりであるという証拠を我らは今まで一度も見せてもらったことがありません。私はそれを常々疑問に感じておりました」

「ライルの言うことももっともかもしれん。我々は、もう少し慎重になるべきであったかもしれぬ」

そんな国王に大神官は声を荒げた。

「陛下、このレルマ嬢が生まれ変わりであることは間違いないと、このわたくしが断言したのです」

そんな大神官に、国王が厳しい視線を向けた。

「大神官、ノワールが言うことにも一理ある。そのダーマとやらが女神の生まれ変わりであるかどうか、判明するまで、今日の婚儀は延期とする。皆の者、それでよいな?」

国王の威厳のある言葉に異を唱えるものがいるだろうか。

そのやり取りを王太子は横で聞いていたが、ふと、あたりを見回して部下に尋ねる。

「・・・それで肝心の花婿は今どこにいるんだい? 先ほど、姿を見せないから呼びにやったはずだが」

その言葉に、全員がはっとする。式の開始時刻より、もう随分と時間が経っているはずだ。

── 花婿が来ない。

もうとっくの昔に姿を現していいはずなのに。皆が何かおかしいと感じ始めていた。

「リードを呼びにやった従者はどこだ? なぜ、肝心の花婿がおらんのだ?」

国王は厳しい表情であたりを見回す。

その時だ。誰かがバタバタを駆けてくる音が聞こえ、次の瞬間、礼拝堂の扉が大きく開き、一人の従者が青ざめて飛び込んできた。その男はギルを呼びに行った従者であった。

「大変です。リード様が姿を消されてしまいました!」

従者は青ざめて王太子の前に跪く。

「どうした?リードが、どうしていない?」

王太子は眉を顰め、不機嫌そうに従者に問う。

従者は、さらに説明を続けた。

従者は式が始まることを知らせに、花婿の控室の扉を叩いたが返事がなかったという。不審に思って、中を覗いてみると、部屋の中はもぬけの殻になっていた。

どこかに行っているのかと思い、周囲を見渡してもどこにも見当たらない。周囲にいた近衛も、彼の姿を全く見ていないという。

従者は慌てて、周囲の近衛に一緒に彼を探すように頼み、周辺を探してみたが、何一つ見つからない。結局、彼がみつからない理由は、婚礼から逃げたのではないかと言う結論に至ったのだという。

「リード様は、今日の婚儀を心の底から嫌がっておいででした。もしかしたら、お逃げになられたのではないかと ── 」

従者は、報告したくないようで、その声は震え、足はがくがくと揺れていた。

── 花婿が逃げた。

礼拝堂は再び、人々の驚きの声でざわつく。

「女神様っ。どうされましたか?」

巫女の叫び声が聞こえ、何事かと男たちがアンヌに視線を向けると、アンヌは婚礼衣装を着たまま、よろよろと椅子に座り込んだ。

それほどまでに自分が嫌われていたのかと、アンヌの顔は蒼白で、酷いショックを隠し切れないようだ。

「女神様、お気を確かに」

アンヌは驚きすぎて、気を失いかけていたようだ。巫女が彼女の体を支え、励ますように話しかけている甲高い声だけが、礼拝堂に響き渡っていた。




─ それより、少しばかり時は遡る。

ウィルは姉の名前を黒髪の綺麗な魔道師に聞かれたと思ったら、彼は慌てたように大急ぎでどこかに走っていった。

その後ろ姿をウィルは騎士と共にぽかんとした顔で見送っていた。その人の名前が確か、『ライル』と言うのを、ウィルは姉から聞いて知っていたのだ。

「ライルお兄ちゃん、いっちゃったね?」

「魔導師長をそんな風に気軽に呼んではだめだぞ。坊主」

頭をぽんぽんとしながら、騎士にたしなめられた。どうしていけないのか、わからなかったので、後で姉にでも聞いてみようとウィルは思った。

ちょうどその時、すぐ近くを通りかかった同僚騎士たちが、冷やかすように騎士に声をかけながら通り過ぎていく。

「何をしているのかと思ったら、子守か?」

「ちがうって。迷い子だよ。迷い子!」

「とか言って、本当はお前の子供じゃないのか?」

「よっ、隠し子とは、にくいねぇ!」

「お前の奥さんに内緒にしといてやるから、本当のこと言っちまえよ」

「んな訳ないだろ?!ざけんな!」

そうして、ウィルは騎士に抱き上げたが、彼は困ったようにあたりを見回していた。

「フロルお姉ちゃんは白魔導師だよ?」

男に助け船を出すつもりで、ウィルが言えば、男は、にっこりと笑って言った。

「そうか、ぼうず。仕方がないな。俺が魔道師塔にまで連れていってやる」

鼻水と涙を拭ってもらって、ウィルが落ち着くと騎士はそのまま魔道師塔へと向かう。そういえば、ポケットにあめ玉が入っているのを思い出した。

「ほら、飴だ。食うか?ぼうず」

うん、と頷くと、口にあめ玉を入れてもらった。そうして、数歩歩き出した所で、後ろから侍女の一人に声をかけられた。

「あら、ウィル君じゃないの?」

そう声をかけたのは侍女のアイリである。

「ああ、よかった。ウィルちゃん、ここにいたの?」

アイリは明らかにほっとしているようだ。

「アイリ殿、この子は知り合いか?」

「ええ、フロルの弟さんですわ。今日は、フロルは休暇でいないので、ご家族の面倒を見るように頼まれたのですわ」

「フロルさんって、あの白魔導師見習いのフロルさんのことですか?」

騎士はキツネにつままれたような顔をした。弟はフロルの名前をフローリアと言っていたし、魔道師長も、それを確認した途端、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、どこかに言ってしまった。

とにかく、この迷子の保護者が見つかったことに、騎士はほっとすると、アイリに男の子を託した。

「保護者が見つかってよかったです。なるほど。そういう訳で、この子は、魔道師長と知り合いだったのですね」

「ええ。そうですわ。あら、ウィルちゃん、お兄さんに飴をもらったの?」

アイリが聞くと、ウィルはあめ玉を口に入れたまま、こくんと頷く。

「ウィル、どこに行ったのかと思った」

その声の方向に振り向くと、そこには、両親も一緒にいた。アイリと一緒に自分を探していたのだという。

「どうやら道に迷っていたようですわ」

どうして道に迷ったのか、ウィルはかいつまんで口にする。

声が出るのをびっくりさせようと、フロルの宿舎に向かったのだが、フロルの部屋を訪ねてみれば、部屋はもぬけの殻で、姉を探しているうちに道に迷ったのだと言う。

「フロルは魔導師塔に居を移したばかりなのよ」とアイリは説明してやった。

「それで、娘は、フロルは、今、どこにいるんです?」

「ああ、なんでも、急用ができてしまって、って。フロルさんから、手紙を預かってきています」

ウィルを探すほうに気がいってしまい、手紙を渡すのを忘れていたのだとアイリは言う。そして、アイリが差し出してきたのは一通の手紙。フロルから両親宛てだという。

「娘が手紙を?」

フロルの両親は、一瞬、不思議そうな顔をしたが、黙ってそれを受け取った。
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