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第四章 白魔導師の日々
ギルの決心~3
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「おい、フロル。起きろ。目を覚ませ」
二人がいるのは、フロルの宿舎の裏手に広がる広場の大きな木のした。ギルはフロルを横抱きにして、地面に下ろした。そして、ぺしぺしと、フロルの頬を叩く。
昏睡していたかのように見えたフロルの眉が嫌そうにぴくりと動いた。夢でも見ていたのだろうか。その表情から察すると、その夢は幸せなものではなく、むしろ忌まわしいようなもののように見える。
そして、フロルはやっと夢から覚めたのだろう。うっすらと目をあけ、自分の前に誰がいるのか、やっとわかったようだ。
「あれ? ギル様??」
支えてもらいながら、フロルは半身を起こす。そんなフロルの前で、ギルは深い安堵のため息をもらした。
相変わらず、フロルはきょとんとした様子で、あたりを見回した。今、自分がいるのは、自分の部屋の寝室ではなく、宿舎の前にある野原の木の下だ。
「・・・なんで、私ここにいるんですかね?」
気が付けば、寝間着のまま地面の上に横たわっていて、体の一部は、ギルの膝の上に乗っている。今ひとつ訳がわからず見回すと、自分のすぐ横で、リルも横になって地面にいた。
フロルの目が覚めたのを見つけると、小さい声で、「きゅう・・・」と呟いた。リルがなんだか、とても疲れているようだ。
そんなフロルにギルは言う。
「なんでって、俺のほうが理由を知りたいものだ。リルが慌てふためいて、お前の部屋にすっ飛んでいくのが見えて追いかけてみたら、この有様だ」
「この有様って・・?私・・・なんか夢を見ていたような気がするんです」
それも、とてつもない悪夢をだ。よほど深く眠っていたせいだろうか。まだ頭はぼんやりとするし、何もかもが現実感を伴わないのだ。
「大丈夫か? 具合は?」
ギルは心配そうに、フロルのあちこちをチェックする。
「大丈夫です。けど、何も思い出せなくて」
そんなフロルの細い肩を抱きながら、ギルはフロルの部屋の中で見たものは、一体なんだったのだろうかと、改めて思った。
ふとし隙に、ギルが一瞬、睡魔に落ちた瞬間、見てしまった光景を思い出す。
暗い洞窟、朽ち果てた神殿の名残り、その奥に広がる陰鬱な地底湖・・・。
そして、フロルとリルの前に立ちふさがるように立っていたあの男。あれは、現実なのか、もし、そうだとしたら、一体何者なのだろうか。
銀糸のような長い髪に、みたこともないほど、整った顔立ち。そして、血のように真っ赤な瞳。禍々しいまでのオーラを纏う男だ。あれは、決して、この世のものではない。
それが、フロルに一体、何の用だ?
ギルは、暗闇に敵がまだ潜んでいるのではないかと疑い、フロルを片手で抱きながら、片方の手では、腰に差した短剣の位置を確認していた。今日は、仕事が終っていたので、長剣は神殿においてきてしまったのだ。
フロルを取り巻く事情に、ギルは何一つ明確な答えを得てはいなかったが、あの亜空間にいた男の存在がずっと胸の中にちらついて離れることはない。
そんなギルの胸に温かい何かが触れた。
「ギル様・・・私、怖かった」
フロルが少し震えながらギルの胸にしがみついてきたのだ。
はっきりとは思い出せなかったらしいが、とても怖い夢を見たという。
そんな子供じみたフロルの態度のせいで、ギルの胸には甘い感情が沸き上がる。こんな状況なのにも関わらず、ギルはもう耐えられないと思った。
この可愛い生き物をどうしてくれよう。ふと微笑みながら、心からの言葉が口をついて出た。
「フロル、とにかく、お前が無事でいてよかった」
もう限界だ── もう結婚するんだ。いいんじゃないか。
ギルは、男としての本能にもう逆らえ切れずに、衝動的に、自分の唇をフロルに重ねた。
「ギ、ギル様・・・・?」
フロルは一瞬、ぴくりと目を震わせたが、ギルの背中にそっと手をまわした。
二人は心から幸せを感じていた。突然、怒涛のような展開の後だったから、余計にそうなのかもしれない。
「びっくりしたか?フロル」
フロルの両頬に、ギルは手の平をそっと添えて、じっとフロルの目を見つめる。フロルは伏し目がちになりながらも、恥ずかしそうに答える。
「いいえ・・・でも、こんなことになるなんて、予想してなかったから」
「そうだな。俺も、予想してなかった」
二人はそんなことを囁きあいながら、突然訪れた至福の時間にゆったりと浸っていたが、それは長くは続かなかった。
二人の耳に、ばたばたと人が駆け寄ってくる音が聞こえたからだ。
何事かと顔をあげると、竜騎士たちが慌てて、こちらに向かってきているではないか。
「ああ、リード様、フロル、ここにいたか」
若手の竜騎士だ二人を見つけて、気ぜわしげに声をかけてきた。
「いきなりリルが竜舎から飛び出したから、きっとフロルの元にいるんだろうと思って」
若い竜騎士たちは、フロルの横で、ぐんなりと伸びているリルを見つけて、安心したように笑った。
「ああ、よかった。リルに逃げられたら、俺達、ドレイク様にまた叱られる所だった」
「リルは、私が後で竜舎につれていきます」
フロルがそういうと、竜騎士たちは、不思議そうに二人の顔を見た。まだ、二人が付き合っていることを知っているのは、ライルやドレイクなどの上層部の者に限られているのだ。
「・・・それで、お二人はここで何をしているんです?」
ギルが説明に困り、フロルの宿舎に視線を向ける。建物は何事もなかったように、すっきりと立っていたし、リルが突っ込んだせいでフロルの部屋の窓が壊れているだけで、各段、異変があったような様子は見られない。
「ああ、俺もリルが緊急事態だったように見えたから、慌てて飛んできたが・・・」
二人は何があったのか、説明できずにいると、経験のある竜騎士が一言呟いた。
「それにしても、リルのこの消耗具合。一体どうしたんでしょうね」
そう、二人の傍らでは、リルが疲れ果てて、ぐったりと地面に伸びていたのだ。
二人がいるのは、フロルの宿舎の裏手に広がる広場の大きな木のした。ギルはフロルを横抱きにして、地面に下ろした。そして、ぺしぺしと、フロルの頬を叩く。
昏睡していたかのように見えたフロルの眉が嫌そうにぴくりと動いた。夢でも見ていたのだろうか。その表情から察すると、その夢は幸せなものではなく、むしろ忌まわしいようなもののように見える。
そして、フロルはやっと夢から覚めたのだろう。うっすらと目をあけ、自分の前に誰がいるのか、やっとわかったようだ。
「あれ? ギル様??」
支えてもらいながら、フロルは半身を起こす。そんなフロルの前で、ギルは深い安堵のため息をもらした。
相変わらず、フロルはきょとんとした様子で、あたりを見回した。今、自分がいるのは、自分の部屋の寝室ではなく、宿舎の前にある野原の木の下だ。
「・・・なんで、私ここにいるんですかね?」
気が付けば、寝間着のまま地面の上に横たわっていて、体の一部は、ギルの膝の上に乗っている。今ひとつ訳がわからず見回すと、自分のすぐ横で、リルも横になって地面にいた。
フロルの目が覚めたのを見つけると、小さい声で、「きゅう・・・」と呟いた。リルがなんだか、とても疲れているようだ。
そんなフロルにギルは言う。
「なんでって、俺のほうが理由を知りたいものだ。リルが慌てふためいて、お前の部屋にすっ飛んでいくのが見えて追いかけてみたら、この有様だ」
「この有様って・・?私・・・なんか夢を見ていたような気がするんです」
それも、とてつもない悪夢をだ。よほど深く眠っていたせいだろうか。まだ頭はぼんやりとするし、何もかもが現実感を伴わないのだ。
「大丈夫か? 具合は?」
ギルは心配そうに、フロルのあちこちをチェックする。
「大丈夫です。けど、何も思い出せなくて」
そんなフロルの細い肩を抱きながら、ギルはフロルの部屋の中で見たものは、一体なんだったのだろうかと、改めて思った。
ふとし隙に、ギルが一瞬、睡魔に落ちた瞬間、見てしまった光景を思い出す。
暗い洞窟、朽ち果てた神殿の名残り、その奥に広がる陰鬱な地底湖・・・。
そして、フロルとリルの前に立ちふさがるように立っていたあの男。あれは、現実なのか、もし、そうだとしたら、一体何者なのだろうか。
銀糸のような長い髪に、みたこともないほど、整った顔立ち。そして、血のように真っ赤な瞳。禍々しいまでのオーラを纏う男だ。あれは、決して、この世のものではない。
それが、フロルに一体、何の用だ?
ギルは、暗闇に敵がまだ潜んでいるのではないかと疑い、フロルを片手で抱きながら、片方の手では、腰に差した短剣の位置を確認していた。今日は、仕事が終っていたので、長剣は神殿においてきてしまったのだ。
フロルを取り巻く事情に、ギルは何一つ明確な答えを得てはいなかったが、あの亜空間にいた男の存在がずっと胸の中にちらついて離れることはない。
そんなギルの胸に温かい何かが触れた。
「ギル様・・・私、怖かった」
フロルが少し震えながらギルの胸にしがみついてきたのだ。
はっきりとは思い出せなかったらしいが、とても怖い夢を見たという。
そんな子供じみたフロルの態度のせいで、ギルの胸には甘い感情が沸き上がる。こんな状況なのにも関わらず、ギルはもう耐えられないと思った。
この可愛い生き物をどうしてくれよう。ふと微笑みながら、心からの言葉が口をついて出た。
「フロル、とにかく、お前が無事でいてよかった」
もう限界だ── もう結婚するんだ。いいんじゃないか。
ギルは、男としての本能にもう逆らえ切れずに、衝動的に、自分の唇をフロルに重ねた。
「ギ、ギル様・・・・?」
フロルは一瞬、ぴくりと目を震わせたが、ギルの背中にそっと手をまわした。
二人は心から幸せを感じていた。突然、怒涛のような展開の後だったから、余計にそうなのかもしれない。
「びっくりしたか?フロル」
フロルの両頬に、ギルは手の平をそっと添えて、じっとフロルの目を見つめる。フロルは伏し目がちになりながらも、恥ずかしそうに答える。
「いいえ・・・でも、こんなことになるなんて、予想してなかったから」
「そうだな。俺も、予想してなかった」
二人はそんなことを囁きあいながら、突然訪れた至福の時間にゆったりと浸っていたが、それは長くは続かなかった。
二人の耳に、ばたばたと人が駆け寄ってくる音が聞こえたからだ。
何事かと顔をあげると、竜騎士たちが慌てて、こちらに向かってきているではないか。
「ああ、リード様、フロル、ここにいたか」
若手の竜騎士だ二人を見つけて、気ぜわしげに声をかけてきた。
「いきなりリルが竜舎から飛び出したから、きっとフロルの元にいるんだろうと思って」
若い竜騎士たちは、フロルの横で、ぐんなりと伸びているリルを見つけて、安心したように笑った。
「ああ、よかった。リルに逃げられたら、俺達、ドレイク様にまた叱られる所だった」
「リルは、私が後で竜舎につれていきます」
フロルがそういうと、竜騎士たちは、不思議そうに二人の顔を見た。まだ、二人が付き合っていることを知っているのは、ライルやドレイクなどの上層部の者に限られているのだ。
「・・・それで、お二人はここで何をしているんです?」
ギルが説明に困り、フロルの宿舎に視線を向ける。建物は何事もなかったように、すっきりと立っていたし、リルが突っ込んだせいでフロルの部屋の窓が壊れているだけで、各段、異変があったような様子は見られない。
「ああ、俺もリルが緊急事態だったように見えたから、慌てて飛んできたが・・・」
二人は何があったのか、説明できずにいると、経験のある竜騎士が一言呟いた。
「それにしても、リルのこの消耗具合。一体どうしたんでしょうね」
そう、二人の傍らでは、リルが疲れ果てて、ぐったりと地面に伸びていたのだ。
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