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第四章 白魔導師の日々
黒猫とフロル~3
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「やだっ。ギル様、やだ」
フロルは魔王の腕の中で、身をよじってギルの名を呼ぶ。けれども、その声が彼に届く訳がなくて。
魔王は熱い視線でフロルを見つめ、端整な顔を嬉しそうに綻ばせながら微笑む。
「くくくっ。そうだ。嫉妬の炎に身を焦がすがいい。そうすれば、そうするほど、この私の魔の力と呼応しやすくなる。さすれば、お前の力は魔に近くなり、私のものになる」
魔王は、ふと、形のよい指を薄い唇にあて、一瞬、何か思い出したようだ。
「そうだ。お前にもう一つ、見せてやろう。愚かな王宮の連中が何を考えているかをな」
そう言って、魔王が手の平を振ると、目の前の映像が消えうせ、また一つ別のものが湖面に映し出される。
── 王宮の一室。そこには、王太子殿下と、見知らぬ高齢の男性、それに宮廷の重鎮たちの顔が見られる。
豪華な円卓の周りに座った人々の様子から、その高齢の男性は、この国の国王だった。
「では、よろしいですね?」
国王の隣に座って王太子が確認するかのように、周囲を見渡す。その横では、大神官がしたり顔で座っていた。
無言で頷く一同の前で、王太子が確認するかのように、ゆっくりと手にした紙を読み上げた。
「神殿近衛団長、ギルバート・リードは来月をもって、女神 フローリア・マリアンヌ・ド・レルマとの婚姻を執り行うことを決定する」
その瞬間、フロルはいたたまれなくなり、大きな声を上げた。
「うそっ。こんなの嘘に決まってる」
フロルは、思いっきり魔王の胸を突き飛ばし、距離をとった。そして、鋭い目で男を睨みつけた。
「こんな出鱈目に引っかかるほど私は馬鹿じゃない」
「ふふ、今回の生では、随分と気が強い女に生まれてきたようだな。フローリア。けれども、私にはわかる。お前がもうすぐ私のものになることがな」
魔王がそう言った瞬間、フロルの手首に激痛が走った。苦痛に思いっきり顔を顰める。
「痛ったあ」
手首の痣が大きくなり、どす黒かったそれは、今では、血のように赤く染まっている。
「そう。一分、また一分と立つごとに、お前は闇になじんでいく。私のこの世界でな。さあ、仲直りしよう。フローリア。こちらにおいで」
男はフロルに向かって、両手を差し出す。その声は甘く、そして毒々しい。そして、フロルは、その痛みがあまりにも強かったので、一瞬、意識が飛びそうになった。
(私は一体何をしているんだろう?!)
気づけば、自分が、足を踏み出して、ふらりとあの男のほうへと歩み寄ろうとしている。
痛みのせいなのか、あの男が言うように魔の力が自分に影響を与えているのだろうか。
それに気がついて、フロルは手首を胸の前で抑えて、立ち止まった。闇の誘惑の力が段々と強くなっている。このままいけば、意識までこの男に乗っ取られてしまいそうだ。
その瞬間、フロルの周りが明るく照らしだされた。
「あ、ウサギさんたち・・・」
そう宙をふわふわと漂っていたウサギが地上に舞い降りたのだ。最初の一匹は、フロルの胸の中へと舞い降り、他のうさぎたちは、地上へと舞い降りる。
うさぎたちは、嬉しそうにフロルに駆け寄った。そして、もふもふの感触がフロルを包む。
ウサギは聖なる力を宿す明かりをもっている。それに触れると、フロルの心の闇がふ~っと軽くなったような気がする。
目の前の魔王は苦々しげな表情を浮かべた。
「精霊か。女神の魔力の影響で、お前たちもここまで入れたのか。しかし、どうかな?女神を連れて外には出られるまい」
ふふっと笑う魔王の前に立ちはだかるかのようにウサギたちは集まった。ウサギは、宙に浮かんだ出口を見上げて、すんすんと鼻を動かしている。
その視線が向いている先に、フロルも気が付いた。
その出口から、かすかに聞こえる音がする。それは、フロルが絶対に聞き逃すはずがない音だ。
「きゅうぅぅぅ、きゅうっ!」
そう、それはリルの声。フロルを一生懸命に呼ぶ時の声だ。フロルの顔がぱあっと明るく輝く。
リルだ。リルが来てくれたんだ。
「くそう。リールガルがこんな所まで・・・」
魔王が悔しそうに唇を噛む。
そして、暗い魔界へと続くトンネルをリルが一直線に急降下してきたのが、フロルの目にうつった。
リルは瞬く間に姿を現し、魔王とフロルの間に立ちふさがるように舞い降りた。
「リルっ」
フロルは、愛竜の名を叫びながら、リルの元へと駆け寄る。リルは甘えた声を上げながら、フロルの胸に頭をこすりつけた。
「くっ。竜の分際で、我が女神の胸にすり寄るとは」
それを目にした魔王が何故だか、とても悔しそうだ。
リルは、ちらりと悔しそうな魔王に視線を向けて、さらに、きゅうきゅうとフロルに甘える。さすがに、普段はそこまで甘えないのに、リルはわざとらしくフロルの頬に、鼻をくっつけて甘い声を出す。
リルがなんだか明らかに魔王に嫌がらせしているような・・・なんか確信犯的なような。
いやいや、そんなことあるまい。と、フロルは首を横にふる。
そして、リルはフロルに背を向ける。背中に乗れということだろう。
フロルは、リルの意図を察して、ウサギを抱えて、さっとその背に乗る。
「ほら、おいで」
リルの上から、他のウサギにフロルが手を差し伸べると、ウサギたちもぴょんぴょんと羽根ながら、リルによじ登ってくる。
もう、いい加減、こんな悪夢からおさらばしたい。
「待て。我が女神に、そんなにすり寄りおって」
魔王が、リルに向かって激高していた。やっぱり、リルは知ってて、この魔王の地雷をわざと踏んだのか。
そんな魔王を見て、リルは実にいい笑顔を浮かべている。
やっぱり、確信犯だった・・・。
もしかしたら、リルの育て方を間違えたのかもしれない。フロルの胸の中に、そんな思いが一瞬だけ胸をよぎった。
◇
次話、『ギルの決心~1、~2』書籍化のネタバレ防止のため、刊行後(1/28)、公開します。
フロルは魔王の腕の中で、身をよじってギルの名を呼ぶ。けれども、その声が彼に届く訳がなくて。
魔王は熱い視線でフロルを見つめ、端整な顔を嬉しそうに綻ばせながら微笑む。
「くくくっ。そうだ。嫉妬の炎に身を焦がすがいい。そうすれば、そうするほど、この私の魔の力と呼応しやすくなる。さすれば、お前の力は魔に近くなり、私のものになる」
魔王は、ふと、形のよい指を薄い唇にあて、一瞬、何か思い出したようだ。
「そうだ。お前にもう一つ、見せてやろう。愚かな王宮の連中が何を考えているかをな」
そう言って、魔王が手の平を振ると、目の前の映像が消えうせ、また一つ別のものが湖面に映し出される。
── 王宮の一室。そこには、王太子殿下と、見知らぬ高齢の男性、それに宮廷の重鎮たちの顔が見られる。
豪華な円卓の周りに座った人々の様子から、その高齢の男性は、この国の国王だった。
「では、よろしいですね?」
国王の隣に座って王太子が確認するかのように、周囲を見渡す。その横では、大神官がしたり顔で座っていた。
無言で頷く一同の前で、王太子が確認するかのように、ゆっくりと手にした紙を読み上げた。
「神殿近衛団長、ギルバート・リードは来月をもって、女神 フローリア・マリアンヌ・ド・レルマとの婚姻を執り行うことを決定する」
その瞬間、フロルはいたたまれなくなり、大きな声を上げた。
「うそっ。こんなの嘘に決まってる」
フロルは、思いっきり魔王の胸を突き飛ばし、距離をとった。そして、鋭い目で男を睨みつけた。
「こんな出鱈目に引っかかるほど私は馬鹿じゃない」
「ふふ、今回の生では、随分と気が強い女に生まれてきたようだな。フローリア。けれども、私にはわかる。お前がもうすぐ私のものになることがな」
魔王がそう言った瞬間、フロルの手首に激痛が走った。苦痛に思いっきり顔を顰める。
「痛ったあ」
手首の痣が大きくなり、どす黒かったそれは、今では、血のように赤く染まっている。
「そう。一分、また一分と立つごとに、お前は闇になじんでいく。私のこの世界でな。さあ、仲直りしよう。フローリア。こちらにおいで」
男はフロルに向かって、両手を差し出す。その声は甘く、そして毒々しい。そして、フロルは、その痛みがあまりにも強かったので、一瞬、意識が飛びそうになった。
(私は一体何をしているんだろう?!)
気づけば、自分が、足を踏み出して、ふらりとあの男のほうへと歩み寄ろうとしている。
痛みのせいなのか、あの男が言うように魔の力が自分に影響を与えているのだろうか。
それに気がついて、フロルは手首を胸の前で抑えて、立ち止まった。闇の誘惑の力が段々と強くなっている。このままいけば、意識までこの男に乗っ取られてしまいそうだ。
その瞬間、フロルの周りが明るく照らしだされた。
「あ、ウサギさんたち・・・」
そう宙をふわふわと漂っていたウサギが地上に舞い降りたのだ。最初の一匹は、フロルの胸の中へと舞い降り、他のうさぎたちは、地上へと舞い降りる。
うさぎたちは、嬉しそうにフロルに駆け寄った。そして、もふもふの感触がフロルを包む。
ウサギは聖なる力を宿す明かりをもっている。それに触れると、フロルの心の闇がふ~っと軽くなったような気がする。
目の前の魔王は苦々しげな表情を浮かべた。
「精霊か。女神の魔力の影響で、お前たちもここまで入れたのか。しかし、どうかな?女神を連れて外には出られるまい」
ふふっと笑う魔王の前に立ちはだかるかのようにウサギたちは集まった。ウサギは、宙に浮かんだ出口を見上げて、すんすんと鼻を動かしている。
その視線が向いている先に、フロルも気が付いた。
その出口から、かすかに聞こえる音がする。それは、フロルが絶対に聞き逃すはずがない音だ。
「きゅうぅぅぅ、きゅうっ!」
そう、それはリルの声。フロルを一生懸命に呼ぶ時の声だ。フロルの顔がぱあっと明るく輝く。
リルだ。リルが来てくれたんだ。
「くそう。リールガルがこんな所まで・・・」
魔王が悔しそうに唇を噛む。
そして、暗い魔界へと続くトンネルをリルが一直線に急降下してきたのが、フロルの目にうつった。
リルは瞬く間に姿を現し、魔王とフロルの間に立ちふさがるように舞い降りた。
「リルっ」
フロルは、愛竜の名を叫びながら、リルの元へと駆け寄る。リルは甘えた声を上げながら、フロルの胸に頭をこすりつけた。
「くっ。竜の分際で、我が女神の胸にすり寄るとは」
それを目にした魔王が何故だか、とても悔しそうだ。
リルは、ちらりと悔しそうな魔王に視線を向けて、さらに、きゅうきゅうとフロルに甘える。さすがに、普段はそこまで甘えないのに、リルはわざとらしくフロルの頬に、鼻をくっつけて甘い声を出す。
リルがなんだか明らかに魔王に嫌がらせしているような・・・なんか確信犯的なような。
いやいや、そんなことあるまい。と、フロルは首を横にふる。
そして、リルはフロルに背を向ける。背中に乗れということだろう。
フロルは、リルの意図を察して、ウサギを抱えて、さっとその背に乗る。
「ほら、おいで」
リルの上から、他のウサギにフロルが手を差し伸べると、ウサギたちもぴょんぴょんと羽根ながら、リルによじ登ってくる。
もう、いい加減、こんな悪夢からおさらばしたい。
「待て。我が女神に、そんなにすり寄りおって」
魔王が、リルに向かって激高していた。やっぱり、リルは知ってて、この魔王の地雷をわざと踏んだのか。
そんな魔王を見て、リルは実にいい笑顔を浮かべている。
やっぱり、確信犯だった・・・。
もしかしたら、リルの育て方を間違えたのかもしれない。フロルの胸の中に、そんな思いが一瞬だけ胸をよぎった。
◇
次話、『ギルの決心~1、~2』書籍化のネタバレ防止のため、刊行後(1/28)、公開します。
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