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第四章 白魔導師の日々

風船鳥事件~2

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「おい、フロル。遅いぞ」

グエイドがいつものように神経質そうに顔を顰めてやってきた。聖水を取りに行ったきり帰ってこない自分を心配して様子を見に来てくれたのだ。

「あ、鳥に囲まれちゃって・・・」

困ったように視線を向けるフロルを横目、グエイドはあたりの風船鳥をじっと見つめた。

「・・・どうして、お前に求愛行動をしてるのだ?」

「求愛行動なんですか?これ?」

「ああ、胸を膨らませて、求愛のダンスを踊ってるだろ?」

きょとんとした様子で鳥を見つめるフロルだったが、グエイドはそんな鳥を簡単に足で追い払った。

「しっしっ。ほら、あっち行け。ほら、鳥は鳥同士で求愛してろ」

鳥たちは大人しく逃げていく。

「大人しいんですね」

「ああ、基本的には穏やかな魔獣だからね。特にこれといった害がないから、基本的には放任している」

「そうですか」

「一匹を敵に回すと大変なんだ。何しろ、意識を共有しているからな。風船鳥は、数万匹とか、数十万匹いるから、一匹滅すると他の全部の風船鳥が敵に回る」

「面倒なんですね」

「まあ、基本は大人しい鳥だから、特に面倒はないから構わないのだが」

それにしても、なんでフロルに求愛行動をしているんだとが首をかしげている間にも、女神様の祝福を受けようと村人たちが、ぞろぞろと広場へと集まってきた。

「私は遠くから眺めているから、何かあったら魔石で連絡してくれ」

人混みが嫌いなグエイドはそそくさと逃げるようにして立ち去っていった。



その頃、フローリア・デ・レルマ子爵令嬢は、イライラの極限へと達していた。

女神と認定されてからというもの、数多くの儀式を行なってきたが、自分の祈りが全く天に通じないのである。リアの脳裡には、今まで重ねに重ねてきた失敗が頭をよぎる。

雨乞いをしようとしたら、大雨と爆風が吹き、大規模な災害へと繋がったとか、豊穣を祈ろうとしたら、地響きがなり、地面がぱっくりと割れた。

さらに、別の祈願をしようとしたら、スズメバチの大軍が押し寄せてきて、祈祷どころではなかったこともある。

ついに、今朝、神殿を出発する前に、マキシミリアン殿下にばったりと出会ってしまって、うんざりした顔でこう言われたのだ。

── 女神の生まれ変わりなら、まともな奇跡の一つくらい起こしたらどうなんだい?

宮廷の中では、今のリアは、神官が作り出した偽物だと言う声が多数上がっているとも聞いた。一つ、祈祷で失敗する度に、自分を見つめる周囲の冷たい目が増えるような気がする。

また、今日も失敗したらどうしよう?そんな不安がリアの胸をよぎる。

「さあ、フローリア様、身支度が出来ましたわ」

純白の絹で出来たドレスに、神の木と呼ばれている葉で編み込んだ冠を被る。

今日も、奇跡は起きないだろう。リアは重い足取りで祭壇にむかった。

「あ、女神様だ!」

子供が大きな声で、自分を指さしながら叫ぶ。群衆も期待のこもった目で自分を見つめる。今までにない数の群衆を前に、自分は奇跡を起こさねばならないのだ。

── 今まで、一度も奇跡と呼べたものを起こせたことがないのに。

ああ、嫌だ。また、自分は恥を掻くのだろうか。

殿下の苦言、魔道師長ライルの嫌味、竜騎士たちの冷たい視線、そんなものがリアの脳裡を通り過ぎ去っていく。

リアのイライラが極限に達した頃、すでに祭壇の入り口付近に到着していた。その横では、あの忌々しい小娘、フロルが白魔道師の制服を着て立っていた。

旅の途中で、この小癪な小娘が従者たちの治療を施しているのをみた。

せめて、自分が白魔道師くらいの魔力があれば、これほど屈辱的な気持ちにはならなかったかもしれない。

そうして、祭壇に続く階段を上ろうとした時、リアの足下に何かがぶつかった。

それは、大きく膨らんだままの風船鳥だった。グエイドが足で蹴散らして、大半の鳥は逃げていったが、フロルの横でずっと求愛行動をしていた鳥はまだ何匹かいた。それがリアの足に触れたのだ。

「邪魔よ!」

ついイラッときたので、膨らんだ風船鳥を足で蹴飛ばした。鳥はボールのようにまっすぐにフロルのほうへと飛んでいった。

フロルは風船鳥を見事にキャッチすると、鳥は目を白黒させて驚愕しているようだ。目を大きく開いて、目を白黒させている鳥は、見た目、サッカーボールとほんとに変わらなくて・・・いやいや。

ここは抗議すべき所だ。フロルは風船鳥を胸に抱えて、リアへと抗議する。

「酷い!鳥を蹴るなんて!」

「・・・そんな所にいるほうが悪いのよ。この私が歩く所にいるのが身の程知らずなのよ」

「だからといって蹴ることないじゃないですか!」

フロルもかっとなって、リアへとくってかかる。動物を苛めるなんて最低だ。

「邪魔しないでくださる?フロル・ダーマ。私は祈祷があるの。さっさとお退きなさいよ」

苛ついたリアが、風船鳥を抱いたままのフロルの肩を押した。フロルは鳥を抱いたまま、後ろ向きに地面に尻餅をつく。そんなフロルを振り返ることなく、リアは神官と一緒に祈祷のための祭壇にあがった。

「ああ、いったあー」

お尻をさすりながら、立ち上がったフロルは、風船鳥を見て思わず息を呑んだ。風船鳥の目が三角形になり、黄色く光っていたのだ。さっきまでは、くりくりしたまん丸の目が可愛かったのに。

風船鳥は怒っていた。

それはすぐに隣の鳥に伝わり、瞬く間に周囲3Kmの四方の風船鳥へと広がっていく。一部の意識を共有している魔獣故の習性に、フロルもまだ気づいていない。

「ねぇ。鳥くん、目が三角になってるけど?」

しかも、黄色になってるけど・・? フロルの戸惑いは誰にも伝わらないのだ。祭壇の上では、リアが祝福の祝詞を唱え始めたいた。

異変が起きたのはそのすぐ後のことだ。

女神様が厳かに祝詞を上げ始めた頃、それを眺めていた群衆の中で、一人の子供が大きく声をあげた。

「とうちゃん、あれ何だろ?」

女神様の背後、遙か彼方の地平線から、黒い点々がこちらに向って一直線に向ってきていた。

「あれは?なんだ?」

それに気がついた群衆達が大きな声で騒ぎ始める。一つの黒い点がまた一つ、そしてもう一つと点が加わり、あっと言う間に、それは一群の大きな群れとなったように見える。

「皆さん、静粛に!女神様のご前ですぞ」

慌てふためく群衆を宥めようと、神官達が声を荒げる。

「あれは、風船鳥だ!」

「風船鳥が怒ってるぞ。誰か鳥に何かしたか?!」

群衆が空を指さしながら、口々に叫ぶ・

風船鳥の怖さを知っているものは、あたふたと子供と身の回りの荷物を片手に、その場を逃げだそうと人混みを掻き分ける。訳がわからないものは、呆然と空を見上げて何が起きているかを知ろうとする。

怒った風船鳥は群れをなして、リアがいる祭壇へと向かったいた。空の彼方から、風船鳥の一群がこちらに向かっている。誰が鳥を怒らせたのかは知らないが、それが怒るとどうなるか、村人たちはよく知っている。

厳粛な祝福の場は、あっと言う間にパニックへと変わった。

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