野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

文字の大きさ
上 下
72 / 126
第四章 白魔導師の日々

風船鳥事件~2

しおりを挟む
「おい、フロル。遅いぞ」

グエイドがいつものように神経質そうに顔を顰めてやってきた。聖水を取りに行ったきり帰ってこない自分を心配して様子を見に来てくれたのだ。

「あ、鳥に囲まれちゃって・・・」

困ったように視線を向けるフロルを横目、グエイドはあたりの風船鳥をじっと見つめた。

「・・・どうして、お前に求愛行動をしてるのだ?」

「求愛行動なんですか?これ?」

「ああ、胸を膨らませて、求愛のダンスを踊ってるだろ?」

きょとんとした様子で鳥を見つめるフロルだったが、グエイドはそんな鳥を簡単に足で追い払った。

「しっしっ。ほら、あっち行け。ほら、鳥は鳥同士で求愛してろ」

鳥たちは大人しく逃げていく。

「大人しいんですね」

「ああ、基本的には穏やかな魔獣だからね。特にこれといった害がないから、基本的には放任している」

「そうですか」

「一匹を敵に回すと大変なんだ。何しろ、意識を共有しているからな。風船鳥は、数万匹とか、数十万匹いるから、一匹滅すると他の全部の風船鳥が敵に回る」

「面倒なんですね」

「まあ、基本は大人しい鳥だから、特に面倒はないから構わないのだが」

それにしても、なんでフロルに求愛行動をしているんだとが首をかしげている間にも、女神様の祝福を受けようと村人たちが、ぞろぞろと広場へと集まってきた。

「私は遠くから眺めているから、何かあったら魔石で連絡してくれ」

人混みが嫌いなグエイドはそそくさと逃げるようにして立ち去っていった。



その頃、フローリア・デ・レルマ子爵令嬢は、イライラの極限へと達していた。

女神と認定されてからというもの、数多くの儀式を行なってきたが、自分の祈りが全く天に通じないのである。リアの脳裡には、今まで重ねに重ねてきた失敗が頭をよぎる。

雨乞いをしようとしたら、大雨と爆風が吹き、大規模な災害へと繋がったとか、豊穣を祈ろうとしたら、地響きがなり、地面がぱっくりと割れた。

さらに、別の祈願をしようとしたら、スズメバチの大軍が押し寄せてきて、祈祷どころではなかったこともある。

ついに、今朝、神殿を出発する前に、マキシミリアン殿下にばったりと出会ってしまって、うんざりした顔でこう言われたのだ。

── 女神の生まれ変わりなら、まともな奇跡の一つくらい起こしたらどうなんだい?

宮廷の中では、今のリアは、神官が作り出した偽物だと言う声が多数上がっているとも聞いた。一つ、祈祷で失敗する度に、自分を見つめる周囲の冷たい目が増えるような気がする。

また、今日も失敗したらどうしよう?そんな不安がリアの胸をよぎる。

「さあ、フローリア様、身支度が出来ましたわ」

純白の絹で出来たドレスに、神の木と呼ばれている葉で編み込んだ冠を被る。

今日も、奇跡は起きないだろう。リアは重い足取りで祭壇にむかった。

「あ、女神様だ!」

子供が大きな声で、自分を指さしながら叫ぶ。群衆も期待のこもった目で自分を見つめる。今までにない数の群衆を前に、自分は奇跡を起こさねばならないのだ。

── 今まで、一度も奇跡と呼べたものを起こせたことがないのに。

ああ、嫌だ。また、自分は恥を掻くのだろうか。

殿下の苦言、魔道師長ライルの嫌味、竜騎士たちの冷たい視線、そんなものがリアの脳裡を通り過ぎ去っていく。

リアのイライラが極限に達した頃、すでに祭壇の入り口付近に到着していた。その横では、あの忌々しい小娘、フロルが白魔道師の制服を着て立っていた。

旅の途中で、この小癪な小娘が従者たちの治療を施しているのをみた。

せめて、自分が白魔道師くらいの魔力があれば、これほど屈辱的な気持ちにはならなかったかもしれない。

そうして、祭壇に続く階段を上ろうとした時、リアの足下に何かがぶつかった。

それは、大きく膨らんだままの風船鳥だった。グエイドが足で蹴散らして、大半の鳥は逃げていったが、フロルの横でずっと求愛行動をしていた鳥はまだ何匹かいた。それがリアの足に触れたのだ。

「邪魔よ!」

ついイラッときたので、膨らんだ風船鳥を足で蹴飛ばした。鳥はボールのようにまっすぐにフロルのほうへと飛んでいった。

フロルは風船鳥を見事にキャッチすると、鳥は目を白黒させて驚愕しているようだ。目を大きく開いて、目を白黒させている鳥は、見た目、サッカーボールとほんとに変わらなくて・・・いやいや。

ここは抗議すべき所だ。フロルは風船鳥を胸に抱えて、リアへと抗議する。

「酷い!鳥を蹴るなんて!」

「・・・そんな所にいるほうが悪いのよ。この私が歩く所にいるのが身の程知らずなのよ」

「だからといって蹴ることないじゃないですか!」

フロルもかっとなって、リアへとくってかかる。動物を苛めるなんて最低だ。

「邪魔しないでくださる?フロル・ダーマ。私は祈祷があるの。さっさとお退きなさいよ」

苛ついたリアが、風船鳥を抱いたままのフロルの肩を押した。フロルは鳥を抱いたまま、後ろ向きに地面に尻餅をつく。そんなフロルを振り返ることなく、リアは神官と一緒に祈祷のための祭壇にあがった。

「ああ、いったあー」

お尻をさすりながら、立ち上がったフロルは、風船鳥を見て思わず息を呑んだ。風船鳥の目が三角形になり、黄色く光っていたのだ。さっきまでは、くりくりしたまん丸の目が可愛かったのに。

風船鳥は怒っていた。

それはすぐに隣の鳥に伝わり、瞬く間に周囲3Kmの四方の風船鳥へと広がっていく。一部の意識を共有している魔獣故の習性に、フロルもまだ気づいていない。

「ねぇ。鳥くん、目が三角になってるけど?」

しかも、黄色になってるけど・・? フロルの戸惑いは誰にも伝わらないのだ。祭壇の上では、リアが祝福の祝詞を唱え始めたいた。

異変が起きたのはそのすぐ後のことだ。

女神様が厳かに祝詞を上げ始めた頃、それを眺めていた群衆の中で、一人の子供が大きく声をあげた。

「とうちゃん、あれ何だろ?」

女神様の背後、遙か彼方の地平線から、黒い点々がこちらに向って一直線に向ってきていた。

「あれは?なんだ?」

それに気がついた群衆達が大きな声で騒ぎ始める。一つの黒い点がまた一つ、そしてもう一つと点が加わり、あっと言う間に、それは一群の大きな群れとなったように見える。

「皆さん、静粛に!女神様のご前ですぞ」

慌てふためく群衆を宥めようと、神官達が声を荒げる。

「あれは、風船鳥だ!」

「風船鳥が怒ってるぞ。誰か鳥に何かしたか?!」

群衆が空を指さしながら、口々に叫ぶ・

風船鳥の怖さを知っているものは、あたふたと子供と身の回りの荷物を片手に、その場を逃げだそうと人混みを掻き分ける。訳がわからないものは、呆然と空を見上げて何が起きているかを知ろうとする。

怒った風船鳥は群れをなして、リアがいる祭壇へと向かったいた。空の彼方から、風船鳥の一群がこちらに向かっている。誰が鳥を怒らせたのかは知らないが、それが怒るとどうなるか、村人たちはよく知っている。

厳粛な祝福の場は、あっと言う間にパニックへと変わった。

しおりを挟む
感想 959

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。