野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

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第四章 白魔導師の日々

収穫祭への序章~4

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リード子爵領の町中。貴族ご用達の商人のお店にフロルとギルの母であるイレーヌはいた。約束どおり、イレーヌがフロルを連れて、収穫祭の衣装を調達にきたのだ。

リード領の収穫祭は、別名「精霊祭」と言われ、参加者はみんなそれぞれ精霊や色々なものに仮装して祭りを楽しむのだ。その年、作物を司ってくれた精霊に感謝を伝え、食べたり飲んだり、踊ったりして、その年の収穫を祝う。

「フロルさん、よくお似合いよ」

青い精霊の衣装を纏ったフロルがイレーヌの前に姿を現すと、ギルの母はにっこりと微笑む。

精霊の衣装がとてもよく似合っている。淡い金髪の髪に、濃いブルーのふわふわしたドレス。そこに、新緑のように澄んだ緑色の瞳がぴったりとマッチして、本当に精霊なのではないかと思うくらいだ。

「そうですか?」

まだ鏡を見ていないフロルはピンと来ない様子でいるので、イレーヌはフロルを大きな鏡の前に立たせる。

「わあ・・・きれい」

ドレスの美しさにフロルはぼーっとなって見入ってしまった。まだダーマ亭にいた頃、母と一緒に歩いた町のショーウィンドウで色とりどりのドレスが並んでいたのを見たことがある。

どれも素敵だったけれど、子供用の服しか着れなかったから、自分には関係ないものとして、あきらめに似た気持ちで、それを眺めていたことを思い出した。

── 大人になれてよかった。

どういう理由かは全くわからないけれど、今では、好きなだけドレスを着る事が出来る。

鏡の中の娘は少し嬉しそうに笑っていた。これを着て、ギル様とお祭りに行くのだ。ギル様は、ドレスを着た自分を見て、なんて言ってくれるだろう・・・そんな様子を思い描いて、フロルの胸は年頃の娘らしく幸せで満たされる。

このドレスを着た自分をギル様が見てくれるのだ。なんて楽しみなんだろう。

「ブルーのドレスが本当に似合ってるわね。私はギルの衣装を見立ててくるから、貴女はここでお洋服を見ていたら?」

フロルのお洋服が極端に少ないことをイレーヌはうすうす感づいていた。どういう理由があるかはわからなかったが、一つだけ確かなことは、この子はもっと服の数を増やさなくてはならないと言うことだった。

フロルがゆっくり買い物出来るように、とイレーヌの優しい計らいである。

フロルが頷くのを見て、イレーヌは口を開く。

「── じゃあ、フロルさん、半刻後に落ち合いましょう」

そう言ってイレーヌは従者を連れて、店の他の場所へと行ってしまった。売り場に残されたフロルは、楽しそうに店内に視線を移す。これを着ようと思えば、全部、着ることができるのだ。

もう、子供じゃない。なんだか夢みたい!

フロルは幸せに浸りつつ、手元にあったドレスを一つ手にとって顔にあてる。青いドレスを着た時とちょっと違う雰囲気になる。そんなことを考えながら、フロルは周りのドレスを一つ一つ手にとってみる。

リード家でディナーの時に着るのにふさわしい堅苦しくないドレス。
日中、過ごすためのカジュアルなお洋服。
それに、公式の晩餐会に着るような豪華なドレス。

白魔道師のお給料がいかに高級とりかと言うことをフロルは痛感する。一ヶ月のお給金で晩餐会用のドレスはともかく、好きなだけ服を買ってもおつりが来るほどなのだ。

普段は王宮の魔道師の食堂でご飯を食べているし、仕事以外は一歩も王宮の外に出たことがなかったから、お給金の価値というのを実感する機会がなかったし、浮いたお金はひたすらウィルの治療のために貯金する毎日だったからだ。

ふと、幅広の腕輪が目にとまる。ドレスを着たら手首がすっかり露わになることに気がついた。フロルは、自分の手首に広がる不気味な痣を思い出した。白魔術師として、痣に手を当てて治療したみたけど、それが消えることはない。

いつか、白魔術師長のグエイド様か、ライル様に相談してみようと思っているのだが、たまにちょっと痛むくらいだったので、つい失念していたのだ。

けれども、あの青いドレスを着たら、痣を隠すために腕輪は絶対にいる。

「あの、この腕輪もいただきたいのですが・・・」

フロルが店員に言うと、店員はかしこまりましたと頷く。店員はフロルの買い物に根気よくつきあってくれた。

そして、お会計はイレーヌが持つと言って、フロルがどんなに払うと言っても絶対に首を縦にはふらなかった。
フロルは申し訳なく思うが、イレーヌがこんなことを言う。

「弟さんの治療費を貯めていらっしゃるのでしょう?今回のお買い物の代金は、私から弟さんへのプレゼントだと思って受け取っていただけないかしら?」

そう言われてしまうと、フロルは首を縦に振らざるを得なかった。ウィルの治療費はもうすぐ貯まる。出来るだけ早くウィルに治療を受けさせてやりたい気持ちがあるからだ。

「・・・あの、じゃあ、お言葉に甘えさせていだたきます」

ウィルの治療が終わったら、出世払いさせていただきますね!元気よくそう言うフロルにイレーヌは頷くが、息子の恩人の買い物の費用はすべてリード家で負担するつもりでいたのだ。



── そして、フロルとイレーヌがお買い物を楽しんでいる頃 ──

「あにうえ、まだ行くの?」

深い森の中、マルコムはジョエルと馬丁のジルを連れて、道なき道を進んでいた。

「今日こそ、あの女(フロル)をぎゃぶんと言わせてやるんだ!」

マルコムは一度言い出したら聞かない性格である。

カエルも、コオロギも、トカゲも、ことごとくフロルの前に惨敗した。小動物はフロルには役不足だと、マルコムはしみじみと感じた。フロルに悲鳴を上げさせるためには、少なくとも、もっと大物を捕まえなくてはならないのだ。

屋敷周辺の草むらではダメだ。もっと森の奥にいるやつでないと、とマルコムは思う。

当然、森の奥には危険があることはマルコムも知っている。だから、大人の従者(つまり馬丁)に一緒に来てもらうことにしたのだ。

「ぼっちゃん、何を捕まえようとしてるのかは知りませんが、随分と奥に来すぎてはしませんかね?」

髭もじゃの馬丁は、少し不安になりかけて口を開く。この辺に危険な魔物はいないはずだが、万が一、遭遇したら、一人では子供達を守り切れない可能性もある。

大人の忠告を無視して、マルコムは周囲に目を走らせる。ここにもめぼしいものがいないことを知り、マルコムは決断を下す。

「あそこの教会の廃墟なら何かいると思うんだ」

「え、あにうえ。あそこは怖いからやだよ」

それは森の外れにある見捨てられた教会だった。うっそうと茂ったつたに覆われ、見るからに陰鬱そうな場所であることは、ジョエルも知っている。出来れば、あんな所には行きたくない。

ジョエルの気持ちがはっきりと顔に出ているのを知って、マルコムは馬鹿にしたように笑う。

「なんだ。ジョエル。恐がりだな」

「・・・だって」

馬丁のジルは泣きそうな顔でいるジョエルをあやすように抱き上げた。もうすでに、かなりの道を歩いている。あの廃墟になった教会に行くのなら、帰りの道は小さなジョエル坊ちゃんを背中におぶって歩かなくてはならないだろう。

「マルコム坊ちゃん、あの教会はやめておいたほうが無難ですよ。何が出るかわからないから」

そんなジルに、マルコムは媚びるように言う。

「ちょっとだけ見たらすぐに帰るから。ね? いいでしょう?」

ジルだって従者の一人に過ぎない。むげに主の息子の要望を断り、ご機嫌を損ねてしまうのは気が引ける。

「まあ、しょうがないですね。本当に少しだけですよ。ぼっちゃん」

そして、三人は藪をこえ、茂みを掻き分け暗い教会の廃墟に辿り着いた。周囲は思った通り以上に暗い雰囲気に満ちていて、出来ることならすぐに踵を返してしまいたいような場所だった。

教会の入り口には、何世代も前の人たちの墓がうち捨てられている。うっそうとした木々が落とす影の下に、朽ち果てた墓石が苔に覆われているのを、ジルはちらりと確認した。

実に気味が悪い。

「ぼっちゃん、あまりここに長くいるのはどうかと思います。手早く願いますよ」

「わかってるって」

マルコムは、怯える様子はなく、崩れ落ちた教会の中へと足を向ける。焼け落ちた祭壇とその後ろの壁はかろうじて残っていたが、左右の壁や天上は崩れおち、青い空がぽっかりと見える。昔、この教会から火が出て、それ以来、使われなくなって、随分と時が経つ。

あたりに散らばる瓦礫を踏みしめながら、マルコムは、右へ、左へと、瓦礫の下を覗き込む。大ネズミとか、ヘビでもいないかと散策している所だった。

「にいさま、・・・あれ何?」

ジョエルが震えながら指をさした方向。教会の壁の片隅に、何やら黒い霧のようなものが現れていた。それは、何やら禍々しい気を放ち、少しずつ大きくなっているように見えた。

「あれは何ですかね?」

異変を察したジルがジョエルを抱き上げたまま、マルコムに駆け寄ろうとした時だった。

「フローリア ノ ケハイ ガ スル・・・・」

暗く地の底から這うような低い声が、三人の頭の中で木霊する。この声は外から聞こえているのではなく、頭の中から直に響いているのだ。

誰かが勝手に自分の頭の中にはいり、勝手に何かを喋っている。そんな感じだった。小さなジョエルは途端に震え上がり、泣き声混じりの声をあげる。恐怖の限界に達したのだ。

「やだ!僕、怖いよ。もう帰る」

「そうですよ。坊ちゃん、もう行きましょう」

ジルが無理やりマルコムの腕を取った瞬間、マルコムが新たな異変に気づく。

「ほら・・・見ろよ。あれ・・・」

「やだあぁぁ。怖いよぉぉ」

半分パニックになったジョエルが泣き叫んだ瞬間、ジルは反射的に身を翻して走った。見てはいけないものを見てしまった。どんなに主の子息がねだっても、こんな所に連れてくるべきじゃなかった。

マルコムもジルに腕を引かれながら、蒼白になって森の中を必死で走り出す。

「な、なんだ。あれ」

「私にもわかりませんよ。坊ちゃん。ただ、かなりやばいものだと言うことはわかりましたよ」

そう言いながら、三人は息を詰めて全速力で走る。決死の形相で一度も振り返らず、茂みを掻き分け、もと来た道を引き返そうとした。

── 三人が見たのは、まだ昼間だと言うのに、祭壇を覆う真っ暗な霧と、その霧の中に浮かんだ真っ赤な目だった。それは無数にあり、暗がりの中から三人をじっと見つめていたのだ。
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