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第四章 白魔導師の日々
小話 フロルと魔道具~1
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◇
弟たちを見送った翌日、フロルは気分も新たに魔道師塔へと向う。出来るだけ早くお給金をためて、弟の治療を開始したいのだ。そのためには、お仕事を頑張らねば!
空はすっきりと晴れ上がり、気分のよい朝だ。外では雀たちが、チュンチュンと元気よく鳴いていた。
爽やかな朝の空気と共に、フロルは気合いを入れる。今日もライルの執務室を開けて、開口一番、元気よく挨拶をする。
「ライル様、おはようございますっ・・と?」
部屋を見渡せば、そこには誰もいない。
(おかしいなあ、どっかに出かけてるのかな?)
まあ、きっとすぐに帰ってくるだろうと単純に考えたフロルは改めて部屋の中を見渡した。
・・・そこには、怪しげな魔道具が、そこかしこに溢れかえっている。
大事なことだから、もう一度言おう。
怪しすぎる魔道具が、部屋中に溢れているのだ。しかも、無造作に積上げられて、あちこちに散らばっている。
この前、自分の頭にキノコが生えたのも、一重にライル様の整理ベタのせいだ。おかげで、すれ違う従者にはクスリと笑われるし、騎士の食堂では、騎士崩れに絡まれた。
ひどい目にあった。
「・・・良い機会だから、ちょっと整理整頓しようか」
また何かの拍子に転んで、頭にキノコが生えるなんてことは、ご免こむりたい。
転んでうっかり触るより、先手を打って、転んでも触らなくて済むようにしようと、考えたのだ。
・・・しかし、それが浅慮であったことを、誰も否定できない状況になるのは、そのすぐ後の事である。
◇
「みゃぁぁぁ~。みゃああぉぉぅー!」
ライルの部屋の中で、今、一匹の白猫が、悔しそうに泣き叫んでいる。
(な、な、な、なあんで、こうなった!)
白猫は前足で頭を抱えながら、床の上にうずくまる。その猫の目の前にあるのは、一枚の手鏡。
どうみても、どこから見ても・・・
今の自分は立派な白猫である!
そう、それは、ライル様の魔道具を片付け始めて数分後のこと。
いかにも怪しげな魔道具を、慎重に一つ一つ丁寧に片付け始めていた。
ライル様の部屋は、変な道具で満ちあふれている。藁で出来た人形のようなものとか、骸骨の紋様の入った宝石箱とか。中に何が入っているのは知らないが、決して開けてはならないことは明白だ。
ふーんだ。こんな子供だましの魔道具になんて引っかからないんだからね!
ライル様の部屋に看病によく来て、魔道具の取り扱い方が少し分かったような気になっていたのだ。けれども、それだけでは十分でないことを誰もフロルに教えてやらなかった。天才とも言える宮廷魔道師の魔道具など、誰もが簡単に扱える物ではないのだ。
そして、ガラクタ魔道具の一番下に置いてあったものに、気がつくことになる。
(・・・なんだろう? これ?)
指でそっとつまんで、ガラクタの下から引き出すと、それは手鏡のようだ。柄の所に、カラフルな宝石が埋め込まれている。時代を感じさせる装飾が珍しくて、つい、その鏡を覗き込んでしまったのだ。
自分の顔が映るのが見える。その瞬間だ。
ぼんっと音がして、周りから湯気が立ったような気がした。
ひぃっ!
驚いて、床に尻餅をついた。腰が抜けてなきゃいいんだけど・・・
(あれ? ん? なんか変だな?)
違和感を感じて辺りを見回した。ほんの少し前とは、何かが違う。その理由に思いつき、思わず一人で呟いた。
「にゃー」
えっ?
今、にゃあ、と聞こえなかったか? どこかに猫でもいるのだろうか?
きょろきょろと辺りをもう一度、見回した。猫なんか、この部屋のどこにもいない。
自分が感じていた違和感の原因は、いつもより低い位置から部屋を見ていたせいだった。ライル様の寝台がやたらに大きく見える。そして、本棚もずっとずっと高い位置にある。
それに、自分の耳に聞こえた『にゃあ』と言う猫の鳴き声のような音は・・・?
もしかして!
はっと、一つの原因に思い当たり、もう一度、手鏡の中を覗き込んだ。
「にゃああ・・・(やっぱり!)」
鏡の中には、白い子猫が自分を見返していた。見紛うことなく、白い猫だ。
(あ、やばいやばい。どうしよう、またやっちゃった!猫になっちゃった!どうしよう!!)
フロルが慌てて叫ぶと、鏡の猫は、「にゃあぁぁ、にゃああ・・」とパニックになって泣き叫ぶ。鏡の中の猫の瞳の色は、かろうじて、自分と同じ明るい緑色だ。
(ああ、どうしよう・・・。元に戻れなくなっちゃたら!)
頭にキノコが生える所の話ではない。そもそも、人でさえなくなっちゃったんだから。
自分の耳に入るのは、子猫のにゃあにゃあという鳴き声だけ。
それから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
「あれ・・・こんな所に子猫が」
ライル様の声ではっと目が覚めた。泣き疲れて眠ってしまったようだ。
くそう。こんな所まで、猫っぽくなるとは!
フロルは悔し紛れに、また、にゃあーと鳴く。
これを直してくれるのは、ライル様しかいないのだ。
そんなフロル猫の背中をライルが掴みあげ、彼の目の前に、ぶらーんとぶら下げた。
(おお、ライル様、はやく気がついてー!)
ライルの青い瞳が自分の目をじっと覗き込む。黒くて、サラサラな髪がライル様の肩に流れ落ちているのが見える。
「・・・なんで、猫がこんな所にいるんだ?」
(なんでやねん!)
ライル様の魔道具のせいでこうなったのだ。責任とれ!と言わんばかりの顔で、ライルの顔を見つめて、もう一回、にゃあ!と鳴いてやった。
「フロルは、どこに行ったんだ。もう猫なんて部屋に入れて・・・」
とライルがぶつぶつと呟く。
(いや、だから、私がフロルですってば!早く、気づけ。ライル様っ)
ちょっとむっと来たので、ライルの腕からぴょんっと飛び降り、ぴんっと尻尾を立てた。
うん、すばらしい。猫の跳躍力。じゃなくって-!
ああ・・・やばい。メンタル的にも猫になりそうだ。慌てるフロルをライルは不思議そうに見ていた。
「ふふ、それにしても可愛いな」
ライルが自分に向って微笑む。その笑顔が眩しくて、とても優しくて、一瞬、どきっとした。いつも見るライル様は、気むずかしくて、不機嫌そうなのに。
なのに、今の目の前のライル様はいつもの神経質のような顔でなく、天使のように笑っている。その綺麗な笑顔に、一瞬、見とれてしまったが、はっと我に返った。
ライル様に気づいてもらわなければ、人間への戻り方がわからない。
フロル猫は、ライル様を見つめて、困ったように、にゃーにゃーと鳴く。
(ああ、もうっ。にゃあ、しか言えないのか!)
せめて口がきければいいのだが、自分の口から出てくる声は、にゅあーの一択しかない。
むむむっと、神妙な顔をして、他の言葉が出ないのか、頑張った。
「何が言いたいんだい、猫くん?」
ライルがまた不思議そうな顔をする。だから、その綺麗な顔、恥ずかしいから近づけないで-。
そして、人の言葉をなんとか喋ろうと、ふんぬっと力を込めて、喉に力を入れる。
「ふにー」
力のない情けない声が出た。
くっそう。これじゃない!
そんなフロル猫をライルは再び抱き上げた。
「ねえ、それはそうと、君はフロルの居場所を知らないかい?」
頼みたいことがあったのに、と顔を顰めるライルは部屋の中の様子が少し変わっていることに気がついた。
「あれ・・・魔道具が減ってる。ああ、私がいない間にフロルが少し整理したのかな?」
ライルがそう言った瞬間、足下に落ちている手鏡に気がついた。
「ああ、これ、どこに行ったのかと思っていたんだよねぇ」
その瞬間、ライルがピキリと固まった。
「まさか・・・・」
綺麗な口から、驚いたような声が出た。
「もしかして、フロルなのか・・・?」
(はいぃぃ、そうです!ライル様、私です。フロルですよぉ)
ようやく分かってくれましたね! 早く、私を人間に戻してください!
ライルは驚いたように、涙目のフロル猫をまじまじと見つめ返した。
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弟たちを見送った翌日、フロルは気分も新たに魔道師塔へと向う。出来るだけ早くお給金をためて、弟の治療を開始したいのだ。そのためには、お仕事を頑張らねば!
空はすっきりと晴れ上がり、気分のよい朝だ。外では雀たちが、チュンチュンと元気よく鳴いていた。
爽やかな朝の空気と共に、フロルは気合いを入れる。今日もライルの執務室を開けて、開口一番、元気よく挨拶をする。
「ライル様、おはようございますっ・・と?」
部屋を見渡せば、そこには誰もいない。
(おかしいなあ、どっかに出かけてるのかな?)
まあ、きっとすぐに帰ってくるだろうと単純に考えたフロルは改めて部屋の中を見渡した。
・・・そこには、怪しげな魔道具が、そこかしこに溢れかえっている。
大事なことだから、もう一度言おう。
怪しすぎる魔道具が、部屋中に溢れているのだ。しかも、無造作に積上げられて、あちこちに散らばっている。
この前、自分の頭にキノコが生えたのも、一重にライル様の整理ベタのせいだ。おかげで、すれ違う従者にはクスリと笑われるし、騎士の食堂では、騎士崩れに絡まれた。
ひどい目にあった。
「・・・良い機会だから、ちょっと整理整頓しようか」
また何かの拍子に転んで、頭にキノコが生えるなんてことは、ご免こむりたい。
転んでうっかり触るより、先手を打って、転んでも触らなくて済むようにしようと、考えたのだ。
・・・しかし、それが浅慮であったことを、誰も否定できない状況になるのは、そのすぐ後の事である。
◇
「みゃぁぁぁ~。みゃああぉぉぅー!」
ライルの部屋の中で、今、一匹の白猫が、悔しそうに泣き叫んでいる。
(な、な、な、なあんで、こうなった!)
白猫は前足で頭を抱えながら、床の上にうずくまる。その猫の目の前にあるのは、一枚の手鏡。
どうみても、どこから見ても・・・
今の自分は立派な白猫である!
そう、それは、ライル様の魔道具を片付け始めて数分後のこと。
いかにも怪しげな魔道具を、慎重に一つ一つ丁寧に片付け始めていた。
ライル様の部屋は、変な道具で満ちあふれている。藁で出来た人形のようなものとか、骸骨の紋様の入った宝石箱とか。中に何が入っているのは知らないが、決して開けてはならないことは明白だ。
ふーんだ。こんな子供だましの魔道具になんて引っかからないんだからね!
ライル様の部屋に看病によく来て、魔道具の取り扱い方が少し分かったような気になっていたのだ。けれども、それだけでは十分でないことを誰もフロルに教えてやらなかった。天才とも言える宮廷魔道師の魔道具など、誰もが簡単に扱える物ではないのだ。
そして、ガラクタ魔道具の一番下に置いてあったものに、気がつくことになる。
(・・・なんだろう? これ?)
指でそっとつまんで、ガラクタの下から引き出すと、それは手鏡のようだ。柄の所に、カラフルな宝石が埋め込まれている。時代を感じさせる装飾が珍しくて、つい、その鏡を覗き込んでしまったのだ。
自分の顔が映るのが見える。その瞬間だ。
ぼんっと音がして、周りから湯気が立ったような気がした。
ひぃっ!
驚いて、床に尻餅をついた。腰が抜けてなきゃいいんだけど・・・
(あれ? ん? なんか変だな?)
違和感を感じて辺りを見回した。ほんの少し前とは、何かが違う。その理由に思いつき、思わず一人で呟いた。
「にゃー」
えっ?
今、にゃあ、と聞こえなかったか? どこかに猫でもいるのだろうか?
きょろきょろと辺りをもう一度、見回した。猫なんか、この部屋のどこにもいない。
自分が感じていた違和感の原因は、いつもより低い位置から部屋を見ていたせいだった。ライル様の寝台がやたらに大きく見える。そして、本棚もずっとずっと高い位置にある。
それに、自分の耳に聞こえた『にゃあ』と言う猫の鳴き声のような音は・・・?
もしかして!
はっと、一つの原因に思い当たり、もう一度、手鏡の中を覗き込んだ。
「にゃああ・・・(やっぱり!)」
鏡の中には、白い子猫が自分を見返していた。見紛うことなく、白い猫だ。
(あ、やばいやばい。どうしよう、またやっちゃった!猫になっちゃった!どうしよう!!)
フロルが慌てて叫ぶと、鏡の猫は、「にゃあぁぁ、にゃああ・・」とパニックになって泣き叫ぶ。鏡の中の猫の瞳の色は、かろうじて、自分と同じ明るい緑色だ。
(ああ、どうしよう・・・。元に戻れなくなっちゃたら!)
頭にキノコが生える所の話ではない。そもそも、人でさえなくなっちゃったんだから。
自分の耳に入るのは、子猫のにゃあにゃあという鳴き声だけ。
それから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
「あれ・・・こんな所に子猫が」
ライル様の声ではっと目が覚めた。泣き疲れて眠ってしまったようだ。
くそう。こんな所まで、猫っぽくなるとは!
フロルは悔し紛れに、また、にゃあーと鳴く。
これを直してくれるのは、ライル様しかいないのだ。
そんなフロル猫の背中をライルが掴みあげ、彼の目の前に、ぶらーんとぶら下げた。
(おお、ライル様、はやく気がついてー!)
ライルの青い瞳が自分の目をじっと覗き込む。黒くて、サラサラな髪がライル様の肩に流れ落ちているのが見える。
「・・・なんで、猫がこんな所にいるんだ?」
(なんでやねん!)
ライル様の魔道具のせいでこうなったのだ。責任とれ!と言わんばかりの顔で、ライルの顔を見つめて、もう一回、にゃあ!と鳴いてやった。
「フロルは、どこに行ったんだ。もう猫なんて部屋に入れて・・・」
とライルがぶつぶつと呟く。
(いや、だから、私がフロルですってば!早く、気づけ。ライル様っ)
ちょっとむっと来たので、ライルの腕からぴょんっと飛び降り、ぴんっと尻尾を立てた。
うん、すばらしい。猫の跳躍力。じゃなくって-!
ああ・・・やばい。メンタル的にも猫になりそうだ。慌てるフロルをライルは不思議そうに見ていた。
「ふふ、それにしても可愛いな」
ライルが自分に向って微笑む。その笑顔が眩しくて、とても優しくて、一瞬、どきっとした。いつも見るライル様は、気むずかしくて、不機嫌そうなのに。
なのに、今の目の前のライル様はいつもの神経質のような顔でなく、天使のように笑っている。その綺麗な笑顔に、一瞬、見とれてしまったが、はっと我に返った。
ライル様に気づいてもらわなければ、人間への戻り方がわからない。
フロル猫は、ライル様を見つめて、困ったように、にゃーにゃーと鳴く。
(ああ、もうっ。にゃあ、しか言えないのか!)
せめて口がきければいいのだが、自分の口から出てくる声は、にゅあーの一択しかない。
むむむっと、神妙な顔をして、他の言葉が出ないのか、頑張った。
「何が言いたいんだい、猫くん?」
ライルがまた不思議そうな顔をする。だから、その綺麗な顔、恥ずかしいから近づけないで-。
そして、人の言葉をなんとか喋ろうと、ふんぬっと力を込めて、喉に力を入れる。
「ふにー」
力のない情けない声が出た。
くっそう。これじゃない!
そんなフロル猫をライルは再び抱き上げた。
「ねえ、それはそうと、君はフロルの居場所を知らないかい?」
頼みたいことがあったのに、と顔を顰めるライルは部屋の中の様子が少し変わっていることに気がついた。
「あれ・・・魔道具が減ってる。ああ、私がいない間にフロルが少し整理したのかな?」
ライルがそう言った瞬間、足下に落ちている手鏡に気がついた。
「ああ、これ、どこに行ったのかと思っていたんだよねぇ」
その瞬間、ライルがピキリと固まった。
「まさか・・・・」
綺麗な口から、驚いたような声が出た。
「もしかして、フロルなのか・・・?」
(はいぃぃ、そうです!ライル様、私です。フロルですよぉ)
ようやく分かってくれましたね! 早く、私を人間に戻してください!
ライルは驚いたように、涙目のフロル猫をまじまじと見つめ返した。
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