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突然の婚約破棄からそれは始まった
賭け事
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老医師が処方してくれた薬と、温かい食事のおかげで、アーロンはあっという間に、ぐんぐんと回復していった。
さすが、体力のある成人男性である。
今では、すっかりと良くなって、余裕の表情で壁にもたれかかっていた。
私はといえば、未だに、この状況から抜け出す手がかりが見つかっていない。乙女ゲームの詳細を思い出すのが、結構、至難の技なのだ。
あれだけやりこんだゲームのはずなのに、所々、情報が抜けていて、まだ完全に思い出せない部分もあった。
何か大切なことを忘れているような気がして仕方がない。
それでも、アーロンのおかげで、地下牢生活をそれなりに楽しく過ごさせてもらっている。あ、もちろん、言い忘れたが、ルルや、看守のガスがいてくれるおかげ、ということもある。
そんなある日のこと。
アーロンが一緒にカードでもやらないかと持ち掛けてきた。私もそれなりに暇だったので、一緒に遊ぶことにした。
こちらの世界にもトランプのようなものがあるのだ。
ひとしきり、ルールを教えてもらうと、アーロンは慣れた手つきでカードを切る。
「そうだ。ただカードで遊ぶのもつまらないから、何か懸けてみないか?」
なぜか、彼がいたずらっ子のような顔をする。
「うーん、懸けるって言っても、何を懸けようかな」
なかなか思いつかなくて、戸惑っていると、アーロンは、無茶苦茶色っぽいウインクを放ちながら、にっこりと笑う。
……アーロン、その色気、無駄ですわよ。
「じゃあ、負けたほうが勝った人の言うことを聞くっていうのはどうだ?」
おおお、それは、まるまる前世での「王様ゲーム」ってやつでしょうか?
前世では私はいわゆるオタ女でしたので、実は、合コンって行ったことも、呼ばれたこともない。一度、王様ゲームやってみたかったんだよ。この世界には、がち王様がいるから、そういうゲームはないんだと思っていた。
前世でもやったことがない王様ゲーム、ちょっと面白そうだけど、大丈夫かな……?
「心配するな。俺が負けるってこともある訳だし」
「うーん、でも……」
煮え切らない様子で私がしり込みしていると、アーロンは、ふっと笑いながら言う。
「ただのカードだぜ。さすがにマクナレン公爵家でも怖気づくのか?」
いくらアーロンとはいえ、そんな風に下に見られるのも癪に障る。その瞬間、思いもかけない言葉が口からほとばしりでた。
「ほほほ、誤解していただいては困りますわ。わたくしを甘くみると後悔することになってよ!」
おい、エレーヌ、何を言ってるんだ!
麗奈の私は慌ててエレーヌに文句を言うが、やはり、挑発されると、悪役令嬢の血は騒いでしまうらしい。
うーむ、悪役令嬢の遺伝子、というか条件反射、恐るべし。パブロフの犬並みである。
「それじゃ、こっちに来い。ルールを教えてやる」
アーロンに教えてもらいながら、一通りのルールを学んだ後、本格的な勝負が始まった。
そして、ものの数分後……。
「俺の勝ちだな」
アーロンがにやっと黒い笑みを浮かべる。
勝負がついた後、私は手持ちのカードとアーロンが持ってるカードを見比べて唖然とした。ポーカーでいうと、ロイヤルストレートフラッシュみたいな手を彼は出してきたのだ。
月とすっぽん、提灯に釣鐘、そんな言葉が頭の中でぐるぐると回る。
子供とお相撲さんの対戦みたいに、あっさりと負けてしまったのだ。負けるっていうか、全く勝負にならなかった。
「くく、このわたくしが負けるなんて……」
出た!悪役令嬢の条件反射。どうしても、所々、悪役令嬢っぽい雰囲気がひょっこり出てしまうのね。それともゲーム補正なのか。
ゲームにまけてひたすら悔しがる私の姿を、アーロンは嬉しそうに眺めていた。……もしかして、アーロンはドSか? Sなのか?!
しかし、なんていうか、ニヒルな笑い(古いなあ)を浮かべるアーロンはものすごくカッコいい。病み上がりで、かなり痩せてしまっているけど、ちょっと無精ひげが生えてるところが、余計に渋くて素敵なのだ。
「じゃあ、約束を果たしてもらおうか?」
ちょっと!それって、なんだか借金取りの顔のようじゃありませんか。前世でも、今世でも、借金取りに追われたことはないけど、そんな感じの顔をしいた。
「えっと、約束ってなんでしたっけー?」
私は、あっちこっちに視線をさ迷わせ、すっとぼけたフリをしてみるも、アーロンは獲物を狙った狼のような顔をしている。
アーロン、やっぱり、ドS疑惑、決定です。Sだ。こいつ、ドSだよ。
私は何をねだられるのかと思い、ドキドキする。金貨5枚とか、いやいや、もしかしたら、私の持ち分の財産を出せとか!!
「ほら、ここに口づけしてくれ」
そう言ってアーロンが指さしたのは、彼の無精ひげが少し生えている、男らしい、フェロモンたっぷりの右の頬だった。
「い、今、何て?」
彼は嬉しそうに、さらに近寄って、男らしい頬を格子のすぐ傍にまで差し出した。格子は20センチ幅で、そういうスキンシップが可能なサイズだ。
「ほら、約束だろ?」
ええっ。そんなことでいいんですかっ? というか、前世の私は別にどうってことないんだけど、いや、男の人の頬にちゅってするのはオタ女の私にとっても、とてもとても、ハードルが高いんですけど、公爵令嬢のエレーヌにとっては、さらにさらにハードルが高く、清水の舞台から飛び降りるよりも、勇気がいることなのだ。
この世界は、貴族制度がある分、封建的だ。娘たちは、何より貞淑第一を求められるため、足首を見せることだって、貴族令嬢にとっては大ごとなのに、頬にちゅってするのは、もっともっと大変な・・・
と、ここまで来て、私は突然、はっと正気に戻った。
これから、自分の身に起きることは、高確率でのバッドエンド、つまり、処刑とか、流刑とか、まあ、そんな感じのろくでもないことが、先に控えている。
というと、これから一生、甘い恋愛の体験など先に控えてなどいないのだ。それに、今の自分には、命の危機に面しそうな未来しかない。
乙女ゲームの延長にあるような、あっはーん、うっふーん、みたいにピンク色のあれこれと言うのも、前世と同様、今世でもないんだよね。
ということにふっと気が付いた。
オタ女だった私は、前世でもかなりの奥手でしたが、もちろん、ピンク色の妄想はしっかりと、乙女ゲームの中で消費させていただいておりました。
そして、今のこの地下牢で、攻略キャラに匹敵するくらいの、ニヒルでカッコいいアーロンに、「ほっぺにちゅう」を強請られている状況であって。
これが乙女ゲームなら、むしろ美味しい状況なのでは…… でも、やっぱりゲームの中と現実は違うし、でも、今はゲームが現実の中であって。
と、絶賛、大混乱中の私だったが、アーロンがずっと私のことを見つめていることに気が付いた。
「あわわ… えっと、ええっと……」
もう何が言いたくなるのかわからなくなるほど、頭に血が上る。今の自分は、きっと、タコみたいに真っ赤になってるはずなのだが、アーロンはじわじわと責めてくる。
「公爵令嬢が約束をたがえていいのか? 公爵家なのに?」
やめてー、そのニヒルなカッコいい笑顔やめてー。
息も絶え絶えになっていると、彼が低い素敵なボイスで軽く脅すようにいう。何このカリスマ。と、言うか、いきなり家柄を担保に出して来やがったよ。こいつ。
とはいえ、やはり、公爵家の令嬢として約束してしまったことは、たがえてはならない。貴族の世界のルールであり、それほど家名というのは大切なのだ。
「ううう……」
冷や汗をかきながら戸惑う私に、アーロンはそっと近づいてきた。(格子の側までって意味ね!)
「ほら、一瞬で終わるんだから」
彼の表情は甘く、とても艶っぽい雰囲気に塗れている。この人、ドSだけでなく、超絶色っぽいー。その駄々洩れの色気、なんとかしてくださいまし。
ついに、私は観念してようやく彼の側へと寄る。そして、覚悟を決めて、格子越しに彼の頬に、ちゅっとしてあげた。
アーロンは、とても嬉しそうな、輝くような笑顔を浮かべる。
私は恥ずかしくなって、ドレスの裾を握りしめたまま、俯いたのであった。
さすが、体力のある成人男性である。
今では、すっかりと良くなって、余裕の表情で壁にもたれかかっていた。
私はといえば、未だに、この状況から抜け出す手がかりが見つかっていない。乙女ゲームの詳細を思い出すのが、結構、至難の技なのだ。
あれだけやりこんだゲームのはずなのに、所々、情報が抜けていて、まだ完全に思い出せない部分もあった。
何か大切なことを忘れているような気がして仕方がない。
それでも、アーロンのおかげで、地下牢生活をそれなりに楽しく過ごさせてもらっている。あ、もちろん、言い忘れたが、ルルや、看守のガスがいてくれるおかげ、ということもある。
そんなある日のこと。
アーロンが一緒にカードでもやらないかと持ち掛けてきた。私もそれなりに暇だったので、一緒に遊ぶことにした。
こちらの世界にもトランプのようなものがあるのだ。
ひとしきり、ルールを教えてもらうと、アーロンは慣れた手つきでカードを切る。
「そうだ。ただカードで遊ぶのもつまらないから、何か懸けてみないか?」
なぜか、彼がいたずらっ子のような顔をする。
「うーん、懸けるって言っても、何を懸けようかな」
なかなか思いつかなくて、戸惑っていると、アーロンは、無茶苦茶色っぽいウインクを放ちながら、にっこりと笑う。
……アーロン、その色気、無駄ですわよ。
「じゃあ、負けたほうが勝った人の言うことを聞くっていうのはどうだ?」
おおお、それは、まるまる前世での「王様ゲーム」ってやつでしょうか?
前世では私はいわゆるオタ女でしたので、実は、合コンって行ったことも、呼ばれたこともない。一度、王様ゲームやってみたかったんだよ。この世界には、がち王様がいるから、そういうゲームはないんだと思っていた。
前世でもやったことがない王様ゲーム、ちょっと面白そうだけど、大丈夫かな……?
「心配するな。俺が負けるってこともある訳だし」
「うーん、でも……」
煮え切らない様子で私がしり込みしていると、アーロンは、ふっと笑いながら言う。
「ただのカードだぜ。さすがにマクナレン公爵家でも怖気づくのか?」
いくらアーロンとはいえ、そんな風に下に見られるのも癪に障る。その瞬間、思いもかけない言葉が口からほとばしりでた。
「ほほほ、誤解していただいては困りますわ。わたくしを甘くみると後悔することになってよ!」
おい、エレーヌ、何を言ってるんだ!
麗奈の私は慌ててエレーヌに文句を言うが、やはり、挑発されると、悪役令嬢の血は騒いでしまうらしい。
うーむ、悪役令嬢の遺伝子、というか条件反射、恐るべし。パブロフの犬並みである。
「それじゃ、こっちに来い。ルールを教えてやる」
アーロンに教えてもらいながら、一通りのルールを学んだ後、本格的な勝負が始まった。
そして、ものの数分後……。
「俺の勝ちだな」
アーロンがにやっと黒い笑みを浮かべる。
勝負がついた後、私は手持ちのカードとアーロンが持ってるカードを見比べて唖然とした。ポーカーでいうと、ロイヤルストレートフラッシュみたいな手を彼は出してきたのだ。
月とすっぽん、提灯に釣鐘、そんな言葉が頭の中でぐるぐると回る。
子供とお相撲さんの対戦みたいに、あっさりと負けてしまったのだ。負けるっていうか、全く勝負にならなかった。
「くく、このわたくしが負けるなんて……」
出た!悪役令嬢の条件反射。どうしても、所々、悪役令嬢っぽい雰囲気がひょっこり出てしまうのね。それともゲーム補正なのか。
ゲームにまけてひたすら悔しがる私の姿を、アーロンは嬉しそうに眺めていた。……もしかして、アーロンはドSか? Sなのか?!
しかし、なんていうか、ニヒルな笑い(古いなあ)を浮かべるアーロンはものすごくカッコいい。病み上がりで、かなり痩せてしまっているけど、ちょっと無精ひげが生えてるところが、余計に渋くて素敵なのだ。
「じゃあ、約束を果たしてもらおうか?」
ちょっと!それって、なんだか借金取りの顔のようじゃありませんか。前世でも、今世でも、借金取りに追われたことはないけど、そんな感じの顔をしいた。
「えっと、約束ってなんでしたっけー?」
私は、あっちこっちに視線をさ迷わせ、すっとぼけたフリをしてみるも、アーロンは獲物を狙った狼のような顔をしている。
アーロン、やっぱり、ドS疑惑、決定です。Sだ。こいつ、ドSだよ。
私は何をねだられるのかと思い、ドキドキする。金貨5枚とか、いやいや、もしかしたら、私の持ち分の財産を出せとか!!
「ほら、ここに口づけしてくれ」
そう言ってアーロンが指さしたのは、彼の無精ひげが少し生えている、男らしい、フェロモンたっぷりの右の頬だった。
「い、今、何て?」
彼は嬉しそうに、さらに近寄って、男らしい頬を格子のすぐ傍にまで差し出した。格子は20センチ幅で、そういうスキンシップが可能なサイズだ。
「ほら、約束だろ?」
ええっ。そんなことでいいんですかっ? というか、前世の私は別にどうってことないんだけど、いや、男の人の頬にちゅってするのはオタ女の私にとっても、とてもとても、ハードルが高いんですけど、公爵令嬢のエレーヌにとっては、さらにさらにハードルが高く、清水の舞台から飛び降りるよりも、勇気がいることなのだ。
この世界は、貴族制度がある分、封建的だ。娘たちは、何より貞淑第一を求められるため、足首を見せることだって、貴族令嬢にとっては大ごとなのに、頬にちゅってするのは、もっともっと大変な・・・
と、ここまで来て、私は突然、はっと正気に戻った。
これから、自分の身に起きることは、高確率でのバッドエンド、つまり、処刑とか、流刑とか、まあ、そんな感じのろくでもないことが、先に控えている。
というと、これから一生、甘い恋愛の体験など先に控えてなどいないのだ。それに、今の自分には、命の危機に面しそうな未来しかない。
乙女ゲームの延長にあるような、あっはーん、うっふーん、みたいにピンク色のあれこれと言うのも、前世と同様、今世でもないんだよね。
ということにふっと気が付いた。
オタ女だった私は、前世でもかなりの奥手でしたが、もちろん、ピンク色の妄想はしっかりと、乙女ゲームの中で消費させていただいておりました。
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これが乙女ゲームなら、むしろ美味しい状況なのでは…… でも、やっぱりゲームの中と現実は違うし、でも、今はゲームが現実の中であって。
と、絶賛、大混乱中の私だったが、アーロンがずっと私のことを見つめていることに気が付いた。
「あわわ… えっと、ええっと……」
もう何が言いたくなるのかわからなくなるほど、頭に血が上る。今の自分は、きっと、タコみたいに真っ赤になってるはずなのだが、アーロンはじわじわと責めてくる。
「公爵令嬢が約束をたがえていいのか? 公爵家なのに?」
やめてー、そのニヒルなカッコいい笑顔やめてー。
息も絶え絶えになっていると、彼が低い素敵なボイスで軽く脅すようにいう。何このカリスマ。と、言うか、いきなり家柄を担保に出して来やがったよ。こいつ。
とはいえ、やはり、公爵家の令嬢として約束してしまったことは、たがえてはならない。貴族の世界のルールであり、それほど家名というのは大切なのだ。
「ううう……」
冷や汗をかきながら戸惑う私に、アーロンはそっと近づいてきた。(格子の側までって意味ね!)
「ほら、一瞬で終わるんだから」
彼の表情は甘く、とても艶っぽい雰囲気に塗れている。この人、ドSだけでなく、超絶色っぽいー。その駄々洩れの色気、なんとかしてくださいまし。
ついに、私は観念してようやく彼の側へと寄る。そして、覚悟を決めて、格子越しに彼の頬に、ちゅっとしてあげた。
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