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最終章
最終話~7
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ジュリアが転落した崖よりそう遠くない所に、公爵領の騎士達は拠点を構えた。ジュリアの居場所を探すためだ。
ジョルジュが最も信頼をおく腹心の部下である第一の騎士、ビクトール・ユーゴが公爵領の中でもとりわけ精鋭の人材を集めて探索をすでに開始していた。探索隊からぞくぞくと上げられてきた情報を集め、分析する。その傍らには、少し遅れて到着したジョルジュが、その中央にどっしりと構えて、公爵家当主としての威厳のある態度で部下達の報告に耳を傾けていた。
わずかな事象も聞き漏らすまいと、厳しい眼光を光らせながら、どっしりと構える彼の姿には有無を言わせぬ威圧感があり、百戦錬磨の騎士達をも無意識のうちに控えさせるほどの風格が滲みでている。普段は決して口をきくことすら叶わない領主と直接顔を合わせた新参者の騎士達は、彼のどっしりと構えた領主としての貫禄に尊敬の念を抱く。
「それで、探索隊からの連絡は来たのか?」
ジョルジュが鋭い眼光を光らせ、視線をユーゴにむければ、彼もまた礼儀正しい口調で口を開く。
「第一、第二の探索隊からは探索した結果、何も発見出来なかったとのことです。右岸の探索は全て終了しております」
「バレリア渓谷右岸からの報告がないとなると、左岸の地域かもしれない。左岸を探索にあたっているもので、未だ帰還していないものは誰だ?」
「確か、ベネットとフランチェスコのペア、ペドロとサンチェス、それから後は数組の者がまだ帰還しておりません」
「今だに戻ってきていない者が何か見つけている可能性もあるな」
「何かを見つけたからこそ、帰還できないのかもしれないのかもしれませんね」
男達がそう話していた時の矢先、にわかに外が騒がしくなり、一人の男が急ぎ足で指令部の野外テントの中へとやってきた。
「ジュリア様の居所が判明したと、ただいま報告が入りました」
「それは誰の報告だ?」
その答えを聞く前に、フランチェスコが第一報を携え、会議中の部屋の中へと慌てた様子で足を踏み入れた。彼の前に深く片膝をつき、領主に敬意をしめすために、胸に手をあて、頭をたれ一礼する。鷹揚に頷いてみせたジョルジュに、フランチェスコは静かに口を開いた。
「ジョルジュ様、ジュリア様の居場所を突き止めました」
「それでジュリアは無事なのか?」
「はい。負傷の程度はまだ不明ですが、命はまだ留めておられます。医師の様子を伺うに命にかかわる負傷ではなさそうですが、ベネットがその場に残り、引き続き潜伏し監視をしております」
その瞬間、室内のピリピリとした空気がほっとした瞬間へと変わった。安堵のため息をつきながら、ジョルジュは、フランチェスコに問うた。
「監視とはどういうことだ。何故、監視などする必要があるのだ? 彼女は今、どこにいる?」
「ザビラのジェラルド・オーティス侯爵に捕らわれております。ここから5里程度離れた山里の小屋に監禁されておりますが、後一刻以内にザビラへと転送されることになっているようです」
「捕らわれ・・・?」
ジョルジュは息をのんだ。彼女が助かったことは神に感謝すべきだったのだが。
「それは捕虜ということか?」
眉を顰めたビクトール・ユーゴが憤然として、フランチェスコに言う。
「はい。残念ながら、そういうことになります」
「よりにもよって、そんな所に・・・」
士官達が忌々しげに口を開く。
「それで・・・この作戦全体を指揮したのは、ジェラルド・オーティス侯爵なのか?」
ジョルジュの表情が厳しく張り詰めたものへと変わった。オーティス侯爵家。クレオール伯爵家と遠縁にあり、長い歴史の中で何度もガルバーニ家と確執があった家系だ。
「はい。ポール・クレオール伯爵と共謀しての行動と思われます」
「そうか」
ジョルジュは短く言い、冷静な目でユーゴを見た。彼女がどこにいたとしても、救出しなければ。
「ユーゴ、お前の意見はどうだ?」
「後一刻でザビラへ移送されるのであれば、今すぐ出立しても間に合いますまい」
「ザビラで捕らわれの身になれば、救出が面倒だな。あの要塞を陥落させるには、かなりの戦力を必要とするが、ガルバーニ領の騎士だけでは、戦力が十分ではない」
そんな議論の傍ら、ジュルジュは、彼女の待遇について、思案していた。もし、ジュリアが自分と結婚を誓い合った恋仲と言うことがばれた時に、あの男はきっとジュリアに危害を加えようとするだろう。まだ、婚約を公にしていなかったのが不幸中の幸いだった。
「それにしても、隣国のオーティス侯爵家に捕らわれるとは、なんと不都合な・・・」
「ああ、長い歴史の中で、オーティス侯爵家とは、色々な確執がある。彼女が私の婚約者だと知れば、オーティスは、ジュリアをただでは済ませるまい」
「婚約発表がまだで正解でしたね」
ユーゴがそういえば、ジョルジュも深く頷いた。
「ああ、今なら、例え、ジュリアの身元がばれたとしても、マクナム伯爵としてだ。少なくとも、次期ガルバーニ家公爵夫人としてではないからな」
「ガルバーニ公爵夫人として捕らえられた場合、ジュリア様はかなり危険な目に会うことになりますね」
「出来る限り、その状況は避けたいが」
「もし、単純に敵の捕虜として捕らえられていたとしたら、どのような扱いを受けるか、想像に尽きかねる所ですね」
思慮深い一人の士官が言えば、全員が同じように頷いた。
「負傷した体で戦の捕虜となれば、おそらくそれほど長くはもたないでしょう」
「ふむ・・・」
ジョルジは、唇に指をあて、どうしたものか思案した。一つの可能性に思い当たり、口元には深い含み笑いが浮かんだ。
「ジョルジュ様?」
ビクトール・ユーゴが精悍な顔立ちの上に、怪訝な表情を浮かべ、自分を見ていた。
「ユーゴ。私に一つ考えがあるのだ」
皆が息をのんで見つめる中、ジョルジュ・ガルバーニは、すっと立ち上がり、円卓の前に座っている騎士達に口を開いた。
ガルバーニ家の一世一代の賭けがこれからはじまるのだ、とジョルジュは思った。彼女を救い、そして、己の花嫁として娶るために必要な代償は惜しまない。ジョルジュの決意は固く、そして、それが成功することを彼は信じて疑わなかった。
そして、それは、今後、長い歴史の中で前代未聞の出来事として後世の記録に残されることになるのであるが、今、それを知るものは誰もいなかったのである。
◇
ジョルジュが最も信頼をおく腹心の部下である第一の騎士、ビクトール・ユーゴが公爵領の中でもとりわけ精鋭の人材を集めて探索をすでに開始していた。探索隊からぞくぞくと上げられてきた情報を集め、分析する。その傍らには、少し遅れて到着したジョルジュが、その中央にどっしりと構えて、公爵家当主としての威厳のある態度で部下達の報告に耳を傾けていた。
わずかな事象も聞き漏らすまいと、厳しい眼光を光らせながら、どっしりと構える彼の姿には有無を言わせぬ威圧感があり、百戦錬磨の騎士達をも無意識のうちに控えさせるほどの風格が滲みでている。普段は決して口をきくことすら叶わない領主と直接顔を合わせた新参者の騎士達は、彼のどっしりと構えた領主としての貫禄に尊敬の念を抱く。
「それで、探索隊からの連絡は来たのか?」
ジョルジュが鋭い眼光を光らせ、視線をユーゴにむければ、彼もまた礼儀正しい口調で口を開く。
「第一、第二の探索隊からは探索した結果、何も発見出来なかったとのことです。右岸の探索は全て終了しております」
「バレリア渓谷右岸からの報告がないとなると、左岸の地域かもしれない。左岸を探索にあたっているもので、未だ帰還していないものは誰だ?」
「確か、ベネットとフランチェスコのペア、ペドロとサンチェス、それから後は数組の者がまだ帰還しておりません」
「今だに戻ってきていない者が何か見つけている可能性もあるな」
「何かを見つけたからこそ、帰還できないのかもしれないのかもしれませんね」
男達がそう話していた時の矢先、にわかに外が騒がしくなり、一人の男が急ぎ足で指令部の野外テントの中へとやってきた。
「ジュリア様の居所が判明したと、ただいま報告が入りました」
「それは誰の報告だ?」
その答えを聞く前に、フランチェスコが第一報を携え、会議中の部屋の中へと慌てた様子で足を踏み入れた。彼の前に深く片膝をつき、領主に敬意をしめすために、胸に手をあて、頭をたれ一礼する。鷹揚に頷いてみせたジョルジュに、フランチェスコは静かに口を開いた。
「ジョルジュ様、ジュリア様の居場所を突き止めました」
「それでジュリアは無事なのか?」
「はい。負傷の程度はまだ不明ですが、命はまだ留めておられます。医師の様子を伺うに命にかかわる負傷ではなさそうですが、ベネットがその場に残り、引き続き潜伏し監視をしております」
その瞬間、室内のピリピリとした空気がほっとした瞬間へと変わった。安堵のため息をつきながら、ジョルジュは、フランチェスコに問うた。
「監視とはどういうことだ。何故、監視などする必要があるのだ? 彼女は今、どこにいる?」
「ザビラのジェラルド・オーティス侯爵に捕らわれております。ここから5里程度離れた山里の小屋に監禁されておりますが、後一刻以内にザビラへと転送されることになっているようです」
「捕らわれ・・・?」
ジョルジュは息をのんだ。彼女が助かったことは神に感謝すべきだったのだが。
「それは捕虜ということか?」
眉を顰めたビクトール・ユーゴが憤然として、フランチェスコに言う。
「はい。残念ながら、そういうことになります」
「よりにもよって、そんな所に・・・」
士官達が忌々しげに口を開く。
「それで・・・この作戦全体を指揮したのは、ジェラルド・オーティス侯爵なのか?」
ジョルジュの表情が厳しく張り詰めたものへと変わった。オーティス侯爵家。クレオール伯爵家と遠縁にあり、長い歴史の中で何度もガルバーニ家と確執があった家系だ。
「はい。ポール・クレオール伯爵と共謀しての行動と思われます」
「そうか」
ジョルジュは短く言い、冷静な目でユーゴを見た。彼女がどこにいたとしても、救出しなければ。
「ユーゴ、お前の意見はどうだ?」
「後一刻でザビラへ移送されるのであれば、今すぐ出立しても間に合いますまい」
「ザビラで捕らわれの身になれば、救出が面倒だな。あの要塞を陥落させるには、かなりの戦力を必要とするが、ガルバーニ領の騎士だけでは、戦力が十分ではない」
そんな議論の傍ら、ジュルジュは、彼女の待遇について、思案していた。もし、ジュリアが自分と結婚を誓い合った恋仲と言うことがばれた時に、あの男はきっとジュリアに危害を加えようとするだろう。まだ、婚約を公にしていなかったのが不幸中の幸いだった。
「それにしても、隣国のオーティス侯爵家に捕らわれるとは、なんと不都合な・・・」
「ああ、長い歴史の中で、オーティス侯爵家とは、色々な確執がある。彼女が私の婚約者だと知れば、オーティスは、ジュリアをただでは済ませるまい」
「婚約発表がまだで正解でしたね」
ユーゴがそういえば、ジョルジュも深く頷いた。
「ああ、今なら、例え、ジュリアの身元がばれたとしても、マクナム伯爵としてだ。少なくとも、次期ガルバーニ家公爵夫人としてではないからな」
「ガルバーニ公爵夫人として捕らえられた場合、ジュリア様はかなり危険な目に会うことになりますね」
「出来る限り、その状況は避けたいが」
「もし、単純に敵の捕虜として捕らえられていたとしたら、どのような扱いを受けるか、想像に尽きかねる所ですね」
思慮深い一人の士官が言えば、全員が同じように頷いた。
「負傷した体で戦の捕虜となれば、おそらくそれほど長くはもたないでしょう」
「ふむ・・・」
ジョルジは、唇に指をあて、どうしたものか思案した。一つの可能性に思い当たり、口元には深い含み笑いが浮かんだ。
「ジョルジュ様?」
ビクトール・ユーゴが精悍な顔立ちの上に、怪訝な表情を浮かべ、自分を見ていた。
「ユーゴ。私に一つ考えがあるのだ」
皆が息をのんで見つめる中、ジョルジュ・ガルバーニは、すっと立ち上がり、円卓の前に座っている騎士達に口を開いた。
ガルバーニ家の一世一代の賭けがこれからはじまるのだ、とジョルジュは思った。彼女を救い、そして、己の花嫁として娶るために必要な代償は惜しまない。ジョルジュの決意は固く、そして、それが成功することを彼は信じて疑わなかった。
そして、それは、今後、長い歴史の中で前代未聞の出来事として後世の記録に残されることになるのであるが、今、それを知るものは誰もいなかったのである。
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