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第4章 宮廷にて知る
第8話 祭りの後は~2
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決闘に突然乱入してきた男は、地面に転がっている若造を踏みつけマークへと詰め寄るように駆け寄った。
「その言い回し、どこで覚えたっ?」
マークは驚いて見知らぬ男を見れば、男の目は血走り、かなり必死な様子だ。
「は? 言い回し?」
意味がわからず、目をしばたたかせながら、目の前の男を見つめれば、端正な顔立ちに、洗練された物腰。知性を示す額は広く、彫りの深い顔だちは、さぞかし女にもてそうな容貌だ。
黙って自分を見つめたまま、一向に彼の質問に答えようとしないマークに、男はいらだたしそうに声を上げた。
「その、ウズラの何たらとかいう言い回しだっ!」
突然の闖入者が何者かを知った周囲の見物者立ちは目を見開いた。宮廷嫌いで有名な高位貴族。
カール・ルセーヌ侯爵。
「なんで、侯爵様が・・・・」
取り乱した様子で、王位にかなり近いと言われている侯爵が、男達を踏みつけにしても、新入りの騎士に詰め寄っている理由など、彼らには知るよしもなかったが、興味津々で二人の遣り取りを見つめていた。
マークは突然、目の前に現れた男に一瞬唖然としたが、やっと気を取り直して正気に戻った。
「・・・そもそも貴方は一体どなたですか?」
気づけば、群衆がマークにも相手の男にも好奇の視線を降り注いでいる。そもそも、「ウズラの卵」という言い回しはチェルトベリー子爵家特有の物言いだ。
で、あれば、何かしらチェルトベリー子爵領と関係があるのに違いない。こんなに好奇の目にさらされては何かと噂の元になるだろうと、咄嗟に機転をきかせた。
「まあ、ここではなんでしょうから・・・」
と、慌てて人目をさけるように、騎士たちがよく使う取調室に連れてきたと言う訳だ。
決闘中に割り込んできて、腕を引っ張る様子を考えれば、頭がおかしいとしか思えないのだが、その男が来ている上等そうな衣類や立ち居振る舞いから、無碍に扱う訳にもいかない。
「・・・・それで、その運命というのは?」
殺風景な取調室に落ち着き、マークは、仕方なく相手の話だけでも聞いてやることにした。
決闘も予定通り、ひよっ子をきっちり5分でのしたことだし、本当は、もう早く帰りたかったのだが。
男は自分が侯爵だと名乗った。やはり貴族だったのだとマークは思い、仕方なく、もっと話すように促した。
「この前の仮面舞踏会で、美しい娘がいたのだが、その娘が、お前と同じことを言ったのだ」
「もう少し具体的にお話いただけますか?」
少し眉を顰めているマークに向って、侯爵は、仮面舞踏会の庭で暴漢に襲われた一連の話を始めた。そして、暴漢にフォークを投げつけ、ジロリと自分を睨み付けた娘が自分に対して放った言葉。
「それで・・・だ。その女神のように凜々しく気高く、なおかつ、言葉で語るのが陳腐なほどにまでこよなく美しい娘は・・・・」
「その形容詞は全部すっ飛ばしていただけますか? 時間がないので」
少々棘のある言い回しになってしまったが、マークは、早く寄宿舎に帰りたいのだ。
「この私が話をしてやるのだ。ありがたく拝聴するがよい」
「尊大ですね」
「私は侯爵だからな。その辺の貴族とは違うのだ」
男は美しい顔にもったいぶった表情を浮かべ、コホンと咳をしてから、再び口を開いた。侯爵の顔には、尊大な言葉とは裏腹に、聞いてもらいたくて、ウズウズしている様子がありありと浮かんでる。
「それでだな、その美しい娘は、なんとこの侯爵である私に向ってお前のウズラの卵はどこに行ったのか?と、侮蔑的な言葉を投げつけたのだ」
一呼吸おいてから、はあ、と、侯爵は切なげなため息をついて、肩をがっくりと落としながら呟くように、ぽつりと言った。
「その日以来、朝も昼も夜も、娘の面影が脳裡から離れず、食事も喉を通らないのだよ・・・」
ますます奇々怪々な様子にマークは戸惑い思いつつ、どうしても理解不能な疑問を口に出さずにはいられなかった。
「もう二度と会うことのない令嬢なのではないですか?その娘の正体を知りたいというのは何故です?娘を探し出して罰を与えたいのですか?」
はっとした様子で侯爵は顔を上げ、何を言っているのだといわんばかりの顔でマークを見た。
「罰だなんてとんでもない。私は・・・私は、彼女に魂を奪われてしまったのだ。生涯をかけて、私の身も心も捧げるべき女性は彼女しかいないと、その時、天から舞い降りた天使が私にそう告げたのだ」
「はあ?」
変な相づちになったのは仕方ないと思う。何かの聞き間違いだろうか?
「美しい貴婦人であるはずの娘は、あたかも野戦の兵士のように葡萄をひょいと指で掴み、皮ごとムシャムシャと咀嚼したのだ。そうして、そのほっそりした白い指で唇を拭い、指についた蜜を舐めとったのだ。ああ、なんと形容すればいいのか。あの光景が脳裡に焼き付いて忘れようにも忘れられないのだ」
この男はどこかおかしいのに違いない。やっぱり騎士団長にこの男を任せたほうがいいだろうか?
団長を呼びにやらせようかと、入り口に立っている見習い騎士にちらと視線を向けると、見習い騎士もマークに向って無言で肩をすくめた。やはり理解不能だと言いたいらしい。
そうだろうな。
この話が理解できたら勲章ものだ。そんなマークを尻目に、侯爵は情けなさそうにションボリと項垂れた。
「その日から私の魂は彼女に捕らわれ、彼女を捜し求め幾千もの荒野を彷徨うのだ」
「その娘を探すために野宿か何かをされたのですか?」
「ただの比喩だ。馬鹿者」
ジロリとマークを睨み付けたが、再び、彼女への恋心を切々と訴えることに侯爵は夢中になっていた。このマークという男は絶妙の聞き手だ。時折、彼の目に浮かぶ憐憫の情のようなものに、侯爵はある種の救いを感じていた。
「・・・この高貴な生まれの私が、娘に蔑まれるようなことがあってはならないと思う心と、ますます募る恋心が私の胸の中でせめぎ合い、絶え間ない甘い責め苦が続くのだ。何たる苦しみと何たる幸せだろうか」
「それは・・・」
こいつは相当病んでいるなと思ったが、その娘が見つかれば全ての問題は解決する訳で。
「宮廷の令嬢でそれに該当する方はいらっしゃらないのですか?」
「当然、貴族であればある程度は私だって知り合いがいるが全ての貴族を網羅して知っている訳ではない。私は宮廷が嫌いで、滅多にこちらには来ないということもある。彼女は・・・、彼女は・・」
一瞬言いよどんだ後に、侯爵は、その娘とやらのことを思い出したのだろう。彼の頬にさっと赤みがさし、夢見るかのように恍惚な表情が整った顔に浮かんだ。うっとりとした様子で、再び口を開いた。
「ああ、私は、あの娘に踏みつけにされたいのだ。背の高いヒールで背中を思いっきりグリグリと踏みつけられ、あの可愛らしく美しい口から酷い言葉で罵倒され、罵られたいのだ。そんな彼女を私はどれほど愛しく思っていることか。私の恥ずかしい話をお前が真剣な態度で聞いてくれて、私の魂はどれほど救われたことだろうか。さあ、騎士よ、この私に聞いてくれ。彼女がどんな容貌をしていたのか、語らせてくれたまえ」
もうだめだ。完全に理解不能だ。
心の中の声はギブアップを叫んでいた。俺にこんな叙情的な変態を理解しろと言うほうが無理だ。
この男の変態的な気持ちを肯定してやればいいのか?
それとも、笑い飛ばせばいいのか?
文官らしく語彙だけは豊富だなと、心の片隅でちらと思ったが、仕方なく求められるままに侯爵に質問してやることにした。
「あーそれで・・・その娘の容貌は? 」
なんだか棒読みで不自然でわざとらしい口調になってしまったが仕方が無い。
侯爵は美しい緑色の瞳をキラキラと輝かせた。瞳には情熱が宿り、表情は明るく輝いていた。
「亜麻色の髪、青い瞳。すらりと伸びた背筋に、凜とした美しさを持つ女神のような人だ」
なんだか、とても嫌な予感がしてマークは思わず身震いをした。心辺りのありそうな人間が一人しか思いつかないが、彼女は、貴族の舞踏会に一人で行くような真似は絶対にしない・・・はずだ。
「令嬢が一人でそんな舞踏会に来ていたのですか?」
「いや、連れがいた。男だ」
「男ですか?」
ますます嫌な予感がしすぎて、マークは、クラクラと目眩がするような気がした。
「・・・その男の風貌はどんな風でした? 」
恐ろしすぎて仕方が無い。どうか、相手の男は公爵様じゃありませんように・・神様、神様どうか・・・ マークは内心で神様に祈った。どうか、どうか別人でありますように。あの人じゃありませんように・・・
「背が高い黒髪の男だった」
侯爵が爆弾を落とした。それは野原を焼き付くし、マークを絶望の彼方へと追いやった。
うおぉぉぉぉ!!!!
幸いにもマークの内心のうめき声は外には漏れ出ていない。侯爵の前で、それを出さなかった自分をマークは偉いと思った。
・・・ジュリア、お前、公爵となんて所に行ってるんだっ!
あの二人の仲は今だに続いているのか。ジュリアはマークには何も話していなかったが、マークは、水面下での公爵の行動に密かに舌を巻いた。ジュリアを相変わらずデートに誘っている公爵の行動力にも感心していた。ロベルトからさっさとジュリアを奪い、連れ去った手際といい、彼女に施した貴婦人教育といい、何をとっても群を抜いて彼は聡明だ。
「どこかにそれに該当する娘に心当たりはないだろうか?」
侯爵は縋り付くような目でマークを見つめた。
どうしよう・・とマークは一瞬戸惑ったが、こうなればすることは一つしかない。
そう。マークに出来ることは、しらばっくれることだけだった。
「・・・・生憎、そんな娘に心辺りはありませんけどね」
出来るだけ早く、この男がジュリアを諦めて領地に戻ってくれることを祈るしかない。
「ああ、まあとにかく、心当たりがあったら、ご連絡さしあげます」
しれっと嘘を言い切り、マークは安堵のため息をついた。これでこの男は納得するだろう。そして、しばらくして、ほとぼりが冷めた頃を見計らって、該当する娘は見つかりませんでした、と、報告してやればいいだけのことだ。
しかし、運命はマークにさらなる試練を与えるのであった。
これで、この男とのめんどくさい話は終わりだとほっとした瞬間。
ドンドンとドアを激しく叩く音が聞こえた。
このたたき方をする人間は一人しかいない。そう、こんな扉のたたき方をするのはジュリアしかいないのだ。
マークは慌てて立ち上がり、その拍子に椅子が大きな音を立てて床へと転がったが、そんなものに見向きもせずに、慌ててドアへと駆け寄った。
ジュリアが声を上げたらその瞬間に終わるっ!
脱兎のごとく、騎士らしく見事な瞬発力を駆使し、オリンピック選手並みのコンマ何秒という俊足でダッシュした。そっと扉を薄くあけ、かろうじて外が見えるくらいの隙間から、外を覗いた。
思った通り、そこに立っていたのはやはりジュリアだった。
「その言い回し、どこで覚えたっ?」
マークは驚いて見知らぬ男を見れば、男の目は血走り、かなり必死な様子だ。
「は? 言い回し?」
意味がわからず、目をしばたたかせながら、目の前の男を見つめれば、端正な顔立ちに、洗練された物腰。知性を示す額は広く、彫りの深い顔だちは、さぞかし女にもてそうな容貌だ。
黙って自分を見つめたまま、一向に彼の質問に答えようとしないマークに、男はいらだたしそうに声を上げた。
「その、ウズラの何たらとかいう言い回しだっ!」
突然の闖入者が何者かを知った周囲の見物者立ちは目を見開いた。宮廷嫌いで有名な高位貴族。
カール・ルセーヌ侯爵。
「なんで、侯爵様が・・・・」
取り乱した様子で、王位にかなり近いと言われている侯爵が、男達を踏みつけにしても、新入りの騎士に詰め寄っている理由など、彼らには知るよしもなかったが、興味津々で二人の遣り取りを見つめていた。
マークは突然、目の前に現れた男に一瞬唖然としたが、やっと気を取り直して正気に戻った。
「・・・そもそも貴方は一体どなたですか?」
気づけば、群衆がマークにも相手の男にも好奇の視線を降り注いでいる。そもそも、「ウズラの卵」という言い回しはチェルトベリー子爵家特有の物言いだ。
で、あれば、何かしらチェルトベリー子爵領と関係があるのに違いない。こんなに好奇の目にさらされては何かと噂の元になるだろうと、咄嗟に機転をきかせた。
「まあ、ここではなんでしょうから・・・」
と、慌てて人目をさけるように、騎士たちがよく使う取調室に連れてきたと言う訳だ。
決闘中に割り込んできて、腕を引っ張る様子を考えれば、頭がおかしいとしか思えないのだが、その男が来ている上等そうな衣類や立ち居振る舞いから、無碍に扱う訳にもいかない。
「・・・・それで、その運命というのは?」
殺風景な取調室に落ち着き、マークは、仕方なく相手の話だけでも聞いてやることにした。
決闘も予定通り、ひよっ子をきっちり5分でのしたことだし、本当は、もう早く帰りたかったのだが。
男は自分が侯爵だと名乗った。やはり貴族だったのだとマークは思い、仕方なく、もっと話すように促した。
「この前の仮面舞踏会で、美しい娘がいたのだが、その娘が、お前と同じことを言ったのだ」
「もう少し具体的にお話いただけますか?」
少し眉を顰めているマークに向って、侯爵は、仮面舞踏会の庭で暴漢に襲われた一連の話を始めた。そして、暴漢にフォークを投げつけ、ジロリと自分を睨み付けた娘が自分に対して放った言葉。
「それで・・・だ。その女神のように凜々しく気高く、なおかつ、言葉で語るのが陳腐なほどにまでこよなく美しい娘は・・・・」
「その形容詞は全部すっ飛ばしていただけますか? 時間がないので」
少々棘のある言い回しになってしまったが、マークは、早く寄宿舎に帰りたいのだ。
「この私が話をしてやるのだ。ありがたく拝聴するがよい」
「尊大ですね」
「私は侯爵だからな。その辺の貴族とは違うのだ」
男は美しい顔にもったいぶった表情を浮かべ、コホンと咳をしてから、再び口を開いた。侯爵の顔には、尊大な言葉とは裏腹に、聞いてもらいたくて、ウズウズしている様子がありありと浮かんでる。
「それでだな、その美しい娘は、なんとこの侯爵である私に向ってお前のウズラの卵はどこに行ったのか?と、侮蔑的な言葉を投げつけたのだ」
一呼吸おいてから、はあ、と、侯爵は切なげなため息をついて、肩をがっくりと落としながら呟くように、ぽつりと言った。
「その日以来、朝も昼も夜も、娘の面影が脳裡から離れず、食事も喉を通らないのだよ・・・」
ますます奇々怪々な様子にマークは戸惑い思いつつ、どうしても理解不能な疑問を口に出さずにはいられなかった。
「もう二度と会うことのない令嬢なのではないですか?その娘の正体を知りたいというのは何故です?娘を探し出して罰を与えたいのですか?」
はっとした様子で侯爵は顔を上げ、何を言っているのだといわんばかりの顔でマークを見た。
「罰だなんてとんでもない。私は・・・私は、彼女に魂を奪われてしまったのだ。生涯をかけて、私の身も心も捧げるべき女性は彼女しかいないと、その時、天から舞い降りた天使が私にそう告げたのだ」
「はあ?」
変な相づちになったのは仕方ないと思う。何かの聞き間違いだろうか?
「美しい貴婦人であるはずの娘は、あたかも野戦の兵士のように葡萄をひょいと指で掴み、皮ごとムシャムシャと咀嚼したのだ。そうして、そのほっそりした白い指で唇を拭い、指についた蜜を舐めとったのだ。ああ、なんと形容すればいいのか。あの光景が脳裡に焼き付いて忘れようにも忘れられないのだ」
この男はどこかおかしいのに違いない。やっぱり騎士団長にこの男を任せたほうがいいだろうか?
団長を呼びにやらせようかと、入り口に立っている見習い騎士にちらと視線を向けると、見習い騎士もマークに向って無言で肩をすくめた。やはり理解不能だと言いたいらしい。
そうだろうな。
この話が理解できたら勲章ものだ。そんなマークを尻目に、侯爵は情けなさそうにションボリと項垂れた。
「その日から私の魂は彼女に捕らわれ、彼女を捜し求め幾千もの荒野を彷徨うのだ」
「その娘を探すために野宿か何かをされたのですか?」
「ただの比喩だ。馬鹿者」
ジロリとマークを睨み付けたが、再び、彼女への恋心を切々と訴えることに侯爵は夢中になっていた。このマークという男は絶妙の聞き手だ。時折、彼の目に浮かぶ憐憫の情のようなものに、侯爵はある種の救いを感じていた。
「・・・この高貴な生まれの私が、娘に蔑まれるようなことがあってはならないと思う心と、ますます募る恋心が私の胸の中でせめぎ合い、絶え間ない甘い責め苦が続くのだ。何たる苦しみと何たる幸せだろうか」
「それは・・・」
こいつは相当病んでいるなと思ったが、その娘が見つかれば全ての問題は解決する訳で。
「宮廷の令嬢でそれに該当する方はいらっしゃらないのですか?」
「当然、貴族であればある程度は私だって知り合いがいるが全ての貴族を網羅して知っている訳ではない。私は宮廷が嫌いで、滅多にこちらには来ないということもある。彼女は・・・、彼女は・・」
一瞬言いよどんだ後に、侯爵は、その娘とやらのことを思い出したのだろう。彼の頬にさっと赤みがさし、夢見るかのように恍惚な表情が整った顔に浮かんだ。うっとりとした様子で、再び口を開いた。
「ああ、私は、あの娘に踏みつけにされたいのだ。背の高いヒールで背中を思いっきりグリグリと踏みつけられ、あの可愛らしく美しい口から酷い言葉で罵倒され、罵られたいのだ。そんな彼女を私はどれほど愛しく思っていることか。私の恥ずかしい話をお前が真剣な態度で聞いてくれて、私の魂はどれほど救われたことだろうか。さあ、騎士よ、この私に聞いてくれ。彼女がどんな容貌をしていたのか、語らせてくれたまえ」
もうだめだ。完全に理解不能だ。
心の中の声はギブアップを叫んでいた。俺にこんな叙情的な変態を理解しろと言うほうが無理だ。
この男の変態的な気持ちを肯定してやればいいのか?
それとも、笑い飛ばせばいいのか?
文官らしく語彙だけは豊富だなと、心の片隅でちらと思ったが、仕方なく求められるままに侯爵に質問してやることにした。
「あーそれで・・・その娘の容貌は? 」
なんだか棒読みで不自然でわざとらしい口調になってしまったが仕方が無い。
侯爵は美しい緑色の瞳をキラキラと輝かせた。瞳には情熱が宿り、表情は明るく輝いていた。
「亜麻色の髪、青い瞳。すらりと伸びた背筋に、凜とした美しさを持つ女神のような人だ」
なんだか、とても嫌な予感がしてマークは思わず身震いをした。心辺りのありそうな人間が一人しか思いつかないが、彼女は、貴族の舞踏会に一人で行くような真似は絶対にしない・・・はずだ。
「令嬢が一人でそんな舞踏会に来ていたのですか?」
「いや、連れがいた。男だ」
「男ですか?」
ますます嫌な予感がしすぎて、マークは、クラクラと目眩がするような気がした。
「・・・その男の風貌はどんな風でした? 」
恐ろしすぎて仕方が無い。どうか、相手の男は公爵様じゃありませんように・・神様、神様どうか・・・ マークは内心で神様に祈った。どうか、どうか別人でありますように。あの人じゃありませんように・・・
「背が高い黒髪の男だった」
侯爵が爆弾を落とした。それは野原を焼き付くし、マークを絶望の彼方へと追いやった。
うおぉぉぉぉ!!!!
幸いにもマークの内心のうめき声は外には漏れ出ていない。侯爵の前で、それを出さなかった自分をマークは偉いと思った。
・・・ジュリア、お前、公爵となんて所に行ってるんだっ!
あの二人の仲は今だに続いているのか。ジュリアはマークには何も話していなかったが、マークは、水面下での公爵の行動に密かに舌を巻いた。ジュリアを相変わらずデートに誘っている公爵の行動力にも感心していた。ロベルトからさっさとジュリアを奪い、連れ去った手際といい、彼女に施した貴婦人教育といい、何をとっても群を抜いて彼は聡明だ。
「どこかにそれに該当する娘に心当たりはないだろうか?」
侯爵は縋り付くような目でマークを見つめた。
どうしよう・・とマークは一瞬戸惑ったが、こうなればすることは一つしかない。
そう。マークに出来ることは、しらばっくれることだけだった。
「・・・・生憎、そんな娘に心辺りはありませんけどね」
出来るだけ早く、この男がジュリアを諦めて領地に戻ってくれることを祈るしかない。
「ああ、まあとにかく、心当たりがあったら、ご連絡さしあげます」
しれっと嘘を言い切り、マークは安堵のため息をついた。これでこの男は納得するだろう。そして、しばらくして、ほとぼりが冷めた頃を見計らって、該当する娘は見つかりませんでした、と、報告してやればいいだけのことだ。
しかし、運命はマークにさらなる試練を与えるのであった。
これで、この男とのめんどくさい話は終わりだとほっとした瞬間。
ドンドンとドアを激しく叩く音が聞こえた。
このたたき方をする人間は一人しかいない。そう、こんな扉のたたき方をするのはジュリアしかいないのだ。
マークは慌てて立ち上がり、その拍子に椅子が大きな音を立てて床へと転がったが、そんなものに見向きもせずに、慌ててドアへと駆け寄った。
ジュリアが声を上げたらその瞬間に終わるっ!
脱兎のごとく、騎士らしく見事な瞬発力を駆使し、オリンピック選手並みのコンマ何秒という俊足でダッシュした。そっと扉を薄くあけ、かろうじて外が見えるくらいの隙間から、外を覗いた。
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