上 下
27 / 105
第3章

第10話 謁見~2

しおりを挟む
「皆の者、静かにっ! 女王陛下の御前であるぞ」

女王の側にいた側近であるものが声を荒げたが、その声もざわめきにかき消されていた。書記官は、意外な展開に驚き、大切なことを取り逃すまいと一心不乱に記録を残し、周りのざわめきを驚いたように呆然と見つめるロベルトがいた。

─ 彼はまだ、この現実を飲み込めていないようだ。

ジュリアがロベルト様を見れば、彼は驚きのあまり、随分、ショックを受けているようで、肩で大きく息をしているようだった。

周囲を見つめれば、女王の玉座の側に一人の男がいることに気がついた。

エリゼル殿下・・・

この結婚が無効になるのであれば、彼は激怒するか、なんらかの異議を申し立てるかするはずなのに、当の本人は静かに腕組みをしながらその様子をじっと見つめているのだった。

ふと、彼の視線が動き、ジュリアとばっちり目があった瞬間、彼の表情に浮かんだのは、紛れもない笑顔。

(・・・っ!)

その瞳には熱い視線がこめられていた。ジュリアは、羞恥心を感じて、つと、彼から視線をそらせた。

・・・胸がドキドキと大きな音を立てた。

どうして、彼はそんな顔をするのだろうか。到底説明の出来ない彼の表情にジュリアはどぎまぎとして、戸惑った。

視線を彷徨わせた先でふと視線が止まった先にいたのは、一人の不審者だった。長年、騎士をしているジュリアの目は無意識でも殺意や敵意をもつ人間を見分けることが出来るらしい。

その男は女王様のすぐ近くにいる近衛の男。息は荒く、ひそかな殺気すら漏れ出ている。

─ おかしい

ジュリアはその違和感にすぐに気がついた。なぜなら、その殺気は観衆の中の不審者ではなく、彼の近くにいる女王陛下へと向けられていたからだ。近衛であれば、殺気を向ける相手は主君である女王陛下ではなく、彼女へ刃を向ける暴漢などだろう。男の指はそっと刀の柄にかけられ、今か今かと隙を狙っているようにも見えた。

(この男は・・・もしかして、暗殺者?)

百戦錬磨であるジュリアが殺気を見逃す訳がない。ロベルト様へと視線を向けると、彼は女王陛下の宣言にショックを受けているのか、その刺客へとまで注意が向っていない様子だった。

(確かに、この男、今、自分がいる立ち位置以外からは顔が見えない・・他の近衛兵からも視線がそがれている位置にいる)

だから、その位置に立ったのか。そこからなら、顔が見れないし、しかも、その位置なら陛下が狙いやすい。

男の指がさらに動き、さらに剣の柄へと動いている。

─ 剣を抜くつもりか。

ジュリアの本能ははっきりと彼女に告げていた。

あの男の狙いは女王陛下だ。間違いない。あの男は刺客だ。

そんなジュリアに構うことなく、ロベルト様は女王へと直々に直訴をしていた。

「─ 陛下、少なくとも私は、この結婚に同意しております」

女王陛下は冷たく目の前のクレスト伯を見つめた。決断は覆してはならぬ。

「それでは、改めて、子爵令嬢と婚姻を結び直せばよい」

女王の口調は固く、決断を覆す気はさらさらないようだ。

二人の会話を小耳に挟みつつも、ジュリアは素早く視界を周囲に走らせた。自分とロベルト様は、謁見のため、剣の帯刀は許されていないため丸腰だ。

どうしよう・・・ジュリアは途方にくれた。もし、あの男が剣を抜いた場合、何を武器として使えばいいのか。

悩んでいるジュリアをよそに二人の会話は続く。

「従って、元老院と教会の同意の下、クレスト伯爵ならびにチェルトベリー子爵令嬢の結婚は無効とする。書記官、この事実をしかと書とめ、皆のものに配布してやるがよい」

これで二人の結婚が無効になることが決まった。ジュリアが待ち望んでいた瞬間だった。これで、ジョルジュと、公爵様との結婚が可能になる。

ジョルジュ、

彼の甘い表情を思い出して、ジュリアの胸は甘く疼いた。あの夜に交わした口付けと結婚の約束・・・

そんな思いとは裏腹に、ジュリアは戦える武器がないか、視線を彷徨わせた。男は今にも剣を抜こうとしている。今、声を上げたとしても、もう間に合わないだろう。

使える武器がないか必死になってジュリアが目をこらすと、自分のすぐ側に立っている近衛が腰につけている剣は本物だとわかった。あれでなら対抗できる。

(どうしよう・・・・)

ジュリアは戸惑った。今、自分が剣を抜けば、自分が偽物だとばれてしまう。しかし、今、あの暗殺者に気がついていて、対抗出来るのは自分だけだ。

女王陛下をむざむざと自分の目の前で殺められるようなことがあってはならない。しかし、剣を抜けば、自分が偽物だとばれてしまう。

刺客は息を殺し、女王陛下の隙をうかがいながら、じりじりと剣の塚に自分の指をかけているのが手にとるように分かる。

(どうしよう・・・どうすればいい?)

ジュリアは、それを目の前にして、どうすべきか迷っていた。首から冷たい汗がどっと噴き出しているのがわかった。





しおりを挟む
感想 900

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。