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第二部 婚約者編 女伯爵の華麗なる行動
旅の道ずれ~3
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結局、貴族での館での滞在は快適なものだった。
貴婦人のはからいで全てがスムーズに進んだ。ジュリアたちは馬を馬丁にあずけ、従僕に誘導されあてがわれた部屋へと向かう。
「どうぞこちらにございます」
ピカピカに磨かれた靴。一筋の髪の乱れがない従者たちの様子を見ると、同行した貴婦人の身分はかなり高いものに違いない。彼女の名前を聞けばよかったのだが、ジュリアとしてももうすぐジョルジュと結婚する身の上を考えると「ただの旅人、ジリア」で通したほうがよいような気もしたのだ。
とりあえず部屋に通され、ほっと一息つきながら窓枠に腰掛ける。
部屋の中には、花々が美しく飾られフルーツに酒、菓子類など色々と置かれている。色とりどりのキャンデーやチョコレートまで置いてあった。その様子を見ると、まるでジュリアが女性であるとでも言いたげな準備だ。
「・・・これは?」
もしかして、自分が女だとばれているのだろうか?
ジュリアが怪訝そうに首をかしげていると、ドアをノックする音が響く。
「入れ」
短く答えると思った通り、そこに現れたのはマークだった。
「なんだか上にも下にもおけないもてなしだな」
マークも予想を超える待遇に驚いているようだった。
「まるで貴族をもてなすみたいな待遇でめんくらったよ」
もしかして、身バレしているのではとジュリアが疑っているとマークも同じように考えていたのだろう。
彼はジュリアの部屋を一度見回して、片眉を上げてひゅうとお行儀悪く口笛を吹く。
「こっちはまるで女の部屋だな」
「やっぱりそう思うか?」
「ああ。俺の部屋は酒ばかり置いてあったぞ。お前が女だってばれてるんだろうか?」
「こちらの身分がバレているとは到底思えないんだが」
「俺もそう思う。だが、どうする? ここに泊まるのをやめるか?」
「そうだな・・・」
ジュリアも腕を組みながら少し考えている。特にここにいても危険はないように思えるのだ。
そんなジュリアに、マークは思い出したように言う。
「そういえば、さっき、デイルがマクナム騎士団の斥候がすでに町にいたと言っていた。町のどこかに泊まるとなると見つかる可能性も高い」
ジュリアはふっと笑みを浮かべた。追跡が思ったように早いらしい。さすがというべきか、几帳面なマクナム騎士団の重鎮の顔を思い浮かべる。今頃、血眼になって町の中のあちこちを探しているだろう。
「彼らは絶対にこの屋敷の中は捜索しないはずだ」
まさかマクナム騎士団でもこの貴族の館まで捜索の手は及ぶまい。
二人はとりあえず少し様子を見ようという結論に達し、夕食までの間、少し休むことにした。どうせ明日の朝早くにはここを立つのだから。
***
その頃、ジュリアと同行してきた貴婦人もまた自分の部屋に通され、ほっとした様子でソファーに座っていた。
手早く着替えを済ませ、貴婦人らしいゆったりしたドレスでくつろいでいた。侍女が暖かいお茶を用意し、香り高いお茶を手にしながら、侍女が慌ただしく旅の荷物を整理している様子をながめていた。
「シュエリ伯の邸宅に泊まらせていただいて本当に助かりましたわ。奥様」
急遽、たまたま助けてもらったということだけで、同行しているただの旅人にまで宿を提供するように手配すると我が主は言う。侍女はその気持ちがわからなかった。たしかに、あの旅人たちは未目麗しい。ただ、どこの馬の骨ともわからない者に、誰に対しても気難しくて有名な奥様がそのような親切を申し出るのだろう。
有能な侍女は頭をすぐに切り替えて女主人に尋ねる。これからシュエリ伯が主催する晩餐にでなければならないのだ。
「今夜の晩餐には何をお召し上がりになりますか? 奥様」
急な来客ではあったが、シュエリ伯爵は何がなんでもこの貴婦人を晩餐に呼び、もてなさなければならないだろうということを、侍女はきちんと知っていた。あのガルバーニ一族の末裔ともいえるこの貴婦人を、シュエリ伯はぞんざいに扱うことはない。
たとえ太陽が西から登ろうとも、天下のガルバーニ家を無碍にすることありえないのだ。
「ああ、あの青いドレスにしてちょうだい。靴は・・・そうね、あのエメラルドの石がついてるのにしてちょうだい」
「はい、奥様」
侍女は言いつけ通りに準備をしながら、ちらりともの言いたげな視線をよこした。その意味を貴婦人はすぐさま悟り、思ったことを口にする。
「ああ、そうだ。今日同行した旅人達も一緒に晩餐に出させるようシュエリの執事に伝えてちょうだい」
侍女は驚いたような顔をして貴婦人を見つめた。
「あの・・・あの平民たちも晩餐に同行させるようにシュエリ伯に伝えるということですか?」
貴婦人は気難しそうにピクリと眉をあげる。
「彼らは平民ではないわ」
「え、そうなのですか?奥様。では平民でないとすると、一体・・・」
貴婦人は口元に勝ち誇ったみを浮かべた。
「いいこと、これはシュエリ伯には絶対に内緒よ。あの人たちはね、隣国の王女、王子殿下よ」
「隣国の王族・・・」
ガルバーニ家のネットワークを通じて、隣国の王子、王女殿下もこちらに向かっているということは知っていた。特に王位継承権に近いとされる王女は男装が得意で、淡い金髪に抜けるような青い瞳だという情報も持っている。
そして、見てしまったのだ。
王族の身分を現す青い珠玉を持っている所を。
さっと絹のハンカチにくるんで隠しているのを見ると、王族とは思われたくないのだろう。
「そうよ。あの方たちは身分の高い方たちなのよ。失礼のないように接しなさい」
「というとあのジリアという方は・・・」
「そうよ。ジリア王女よ」
貴婦人の心の中にはある閃きがあった。旅の終着点である会議に、もうすぐ甥のジョルジュがやってくる。マクナム伯爵の娘とは言え、婚外子である女と、ガルバーニ家の当主であるジョルジュとは釣り合わない。
それに比べて、と貴婦人は思う。
ジリア王女の堂々とした立ち居振る舞い。身分を隠して旅をしているとはいえ、本来の性質は隠しようがない。
彼女は自分だけが秘密を見抜いたような気になり、とてもいい気分だった。
今夜の晩餐はきっと楽しいものになるだろう。
甥のジョルジュにふさわしいのは、今、この館に滞在しているジリア王女しかいないのだから。
口の端に微かな笑みを浮かべたその表情は、元ガルバーニ公爵家当主、ジョルジュ・ガルバーニにそっくりだった。
貴婦人のはからいで全てがスムーズに進んだ。ジュリアたちは馬を馬丁にあずけ、従僕に誘導されあてがわれた部屋へと向かう。
「どうぞこちらにございます」
ピカピカに磨かれた靴。一筋の髪の乱れがない従者たちの様子を見ると、同行した貴婦人の身分はかなり高いものに違いない。彼女の名前を聞けばよかったのだが、ジュリアとしてももうすぐジョルジュと結婚する身の上を考えると「ただの旅人、ジリア」で通したほうがよいような気もしたのだ。
とりあえず部屋に通され、ほっと一息つきながら窓枠に腰掛ける。
部屋の中には、花々が美しく飾られフルーツに酒、菓子類など色々と置かれている。色とりどりのキャンデーやチョコレートまで置いてあった。その様子を見ると、まるでジュリアが女性であるとでも言いたげな準備だ。
「・・・これは?」
もしかして、自分が女だとばれているのだろうか?
ジュリアが怪訝そうに首をかしげていると、ドアをノックする音が響く。
「入れ」
短く答えると思った通り、そこに現れたのはマークだった。
「なんだか上にも下にもおけないもてなしだな」
マークも予想を超える待遇に驚いているようだった。
「まるで貴族をもてなすみたいな待遇でめんくらったよ」
もしかして、身バレしているのではとジュリアが疑っているとマークも同じように考えていたのだろう。
彼はジュリアの部屋を一度見回して、片眉を上げてひゅうとお行儀悪く口笛を吹く。
「こっちはまるで女の部屋だな」
「やっぱりそう思うか?」
「ああ。俺の部屋は酒ばかり置いてあったぞ。お前が女だってばれてるんだろうか?」
「こちらの身分がバレているとは到底思えないんだが」
「俺もそう思う。だが、どうする? ここに泊まるのをやめるか?」
「そうだな・・・」
ジュリアも腕を組みながら少し考えている。特にここにいても危険はないように思えるのだ。
そんなジュリアに、マークは思い出したように言う。
「そういえば、さっき、デイルがマクナム騎士団の斥候がすでに町にいたと言っていた。町のどこかに泊まるとなると見つかる可能性も高い」
ジュリアはふっと笑みを浮かべた。追跡が思ったように早いらしい。さすがというべきか、几帳面なマクナム騎士団の重鎮の顔を思い浮かべる。今頃、血眼になって町の中のあちこちを探しているだろう。
「彼らは絶対にこの屋敷の中は捜索しないはずだ」
まさかマクナム騎士団でもこの貴族の館まで捜索の手は及ぶまい。
二人はとりあえず少し様子を見ようという結論に達し、夕食までの間、少し休むことにした。どうせ明日の朝早くにはここを立つのだから。
***
その頃、ジュリアと同行してきた貴婦人もまた自分の部屋に通され、ほっとした様子でソファーに座っていた。
手早く着替えを済ませ、貴婦人らしいゆったりしたドレスでくつろいでいた。侍女が暖かいお茶を用意し、香り高いお茶を手にしながら、侍女が慌ただしく旅の荷物を整理している様子をながめていた。
「シュエリ伯の邸宅に泊まらせていただいて本当に助かりましたわ。奥様」
急遽、たまたま助けてもらったということだけで、同行しているただの旅人にまで宿を提供するように手配すると我が主は言う。侍女はその気持ちがわからなかった。たしかに、あの旅人たちは未目麗しい。ただ、どこの馬の骨ともわからない者に、誰に対しても気難しくて有名な奥様がそのような親切を申し出るのだろう。
有能な侍女は頭をすぐに切り替えて女主人に尋ねる。これからシュエリ伯が主催する晩餐にでなければならないのだ。
「今夜の晩餐には何をお召し上がりになりますか? 奥様」
急な来客ではあったが、シュエリ伯爵は何がなんでもこの貴婦人を晩餐に呼び、もてなさなければならないだろうということを、侍女はきちんと知っていた。あのガルバーニ一族の末裔ともいえるこの貴婦人を、シュエリ伯はぞんざいに扱うことはない。
たとえ太陽が西から登ろうとも、天下のガルバーニ家を無碍にすることありえないのだ。
「ああ、あの青いドレスにしてちょうだい。靴は・・・そうね、あのエメラルドの石がついてるのにしてちょうだい」
「はい、奥様」
侍女は言いつけ通りに準備をしながら、ちらりともの言いたげな視線をよこした。その意味を貴婦人はすぐさま悟り、思ったことを口にする。
「ああ、そうだ。今日同行した旅人達も一緒に晩餐に出させるようシュエリの執事に伝えてちょうだい」
侍女は驚いたような顔をして貴婦人を見つめた。
「あの・・・あの平民たちも晩餐に同行させるようにシュエリ伯に伝えるということですか?」
貴婦人は気難しそうにピクリと眉をあげる。
「彼らは平民ではないわ」
「え、そうなのですか?奥様。では平民でないとすると、一体・・・」
貴婦人は口元に勝ち誇ったみを浮かべた。
「いいこと、これはシュエリ伯には絶対に内緒よ。あの人たちはね、隣国の王女、王子殿下よ」
「隣国の王族・・・」
ガルバーニ家のネットワークを通じて、隣国の王子、王女殿下もこちらに向かっているということは知っていた。特に王位継承権に近いとされる王女は男装が得意で、淡い金髪に抜けるような青い瞳だという情報も持っている。
そして、見てしまったのだ。
王族の身分を現す青い珠玉を持っている所を。
さっと絹のハンカチにくるんで隠しているのを見ると、王族とは思われたくないのだろう。
「そうよ。あの方たちは身分の高い方たちなのよ。失礼のないように接しなさい」
「というとあのジリアという方は・・・」
「そうよ。ジリア王女よ」
貴婦人の心の中にはある閃きがあった。旅の終着点である会議に、もうすぐ甥のジョルジュがやってくる。マクナム伯爵の娘とは言え、婚外子である女と、ガルバーニ家の当主であるジョルジュとは釣り合わない。
それに比べて、と貴婦人は思う。
ジリア王女の堂々とした立ち居振る舞い。身分を隠して旅をしているとはいえ、本来の性質は隠しようがない。
彼女は自分だけが秘密を見抜いたような気になり、とてもいい気分だった。
今夜の晩餐はきっと楽しいものになるだろう。
甥のジョルジュにふさわしいのは、今、この館に滞在しているジリア王女しかいないのだから。
口の端に微かな笑みを浮かべたその表情は、元ガルバーニ公爵家当主、ジョルジュ・ガルバーニにそっくりだった。
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更新ありがとうございます!
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更新が遅くなって、本当にごめんなさい~。更新する、する、と言いつつ気づいたらなんか間がすごく開いてしまってー。ジュリア旅立ち編(?)は最後まできちんと更新しますので、よろしくー。