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第二部 婚約者編 女伯爵の華麗なる行動

マクナム領で~3

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そうして、宴も終わり、それぞれが帰路につき始めている頃。ジュリアとジョルジュは、来賓から開放されて、プライベートな居間へと戻ってきたばかりだった。

・・・つかれた。それも、かなり疲れた。

精神の何かを、がりがりと削られた気がして、ジュリアは大きなため息と一緒に、ソファーになだれ込む。

貴族達は張り付いた笑みを浮かべ、一歩間違えれば愚弄されているとも、敬意を表されてるともつかない、ぎりぎりの言葉を使う。その度に、同じく嫌味ともお世辞ともつかない複雑な言葉で応戦しなくてはならなかった。

当然、貴族同士の遣り取りだ。一歩間違えれば、紛争にもなりかねない内容を、敵意や苛立ちを上手にオブラートにくるみ、相手をけん制しつつ、本意はともかくとして笑顔で敬意を示さなければならなかった。

ダイレクトな物言い、失礼な態度をとるほど、お互いに愚かではない。

「・・・うう・・・これじゃ、剣で戦うほうが、よっぽど楽だった」

ソファーの上でぐったりしているジュリアとは裏腹に、ジョルジュは何事もなかったように平然としている。

そんなジュリアの髪に、ジョルジュの優しい手が触れる。

「私たちにとっては、あのくらいの応酬は軽いものだけど、そういえば君はそういうのに慣れてなかったね」

口元に優しげな笑みを浮かべる彼が胸に響く。

「こっちにおいで」

甘い声。ジュリアは、もぞもぞと動いて、ジョルジュの膝の上にのり、彼の胸に頬を寄せる。暖かな感触に、どれほど心が和んだことか。

マクナム領の初めての貴族の晩餐会で、ジョルジュがいなかったら、上手く乗り切ることが出来なかったかもしれない。下手をすれば、周囲の貴族に嘲笑される。それが、後で領地の紛争に繋がるのは、チェルトベリー騎士団でもよくあることだった。

「本当に、ブロージアとの交渉、ガルバーニ家が担当するのですか?」

ジョルジュの胸の中で、ジュリアは無邪気に訊ねた。そんな話を一度も聞いたことがなかったからだ。

「そうだね。なんで、よりにもよって、私の領地とブロージアと関係が深いのが、今だに不服だけどね」

ガルバーニ家は沢山の領地を保有していて、国にあちこちに分散しているのだそうだ。そのうちの一つがブロージアとの国境に接しているため、交渉に出向くのは避けられないのだそうだ。交渉に出なければ、ガルバーニ公爵家にとって不利な条件で合意されてしまうらしい。

「さっきの会話にもあったけれど、ブロージアの王族はみんな気むずかしくてね、一筋縄ではいかないんだ」

さすがに、ガルバーニ公爵家の権力をもってしても、国交を断絶した北の国にまでは影響は及ばないらしい。

ジョルジュが苦笑いを浮かべる。ジョルジュですら持て余しそうな頑固な男とは一体どんな人物なのか。なんでもそつなくこなせる彼やエリゼル殿下が持て余すとは一筋縄ではいかなさそうだ、とぼんやりと思う。

そんなジュリアに、ジョルジュはさらに渋い顔をした。

「最近、その結界が切れたと連絡があってね」

悩ましげにジョルジュは言う。優秀な彼がそんな顔をしているのを初めて見た。

「その国境のことで思い出したが、そこから少し離れた所に、にもう一つ私の分領があってね。そこの管理は叔母に任せているんだが」

「叔母様がいらっしゃるのですか?」

「ああ。私たちの結婚式には、彼女も呼ばなければならないんだが・・・」

ジョルジュにしては珍しく眉を顰めて、何だか浮かない顔をしていた。ジュリアは怪訝に思いながらも、彼の言葉に耳を傾ける。

その叔母は、今は未亡人となり、一人でその領地にいると言う。しかし、ジュリアはぴんと来るものがあった。その叔母は、きっとジョルジュと自分との結婚に対してあまりいい感情を持っていないのだろう。

「その叔母様は、私たちの結婚について賛成しているのですか?」

「・・・そうだね。正直なことを言うと、歓迎している訳ではなくてね」

「そうですか」

「それに、結婚式の前に、ブロージアとの交渉が入りそうなんだ。そうしたら、しばらく北領へ向わないといけなくなるかもしれない。式に間に合えばいいんだが」

そんな会話をしつつ、ジュリアは少し仕事を思い出したので、一人、マクナム伯爵家で準備された執務室へと向った。慣れない屋敷の中で、ジュリアは滅多に道に迷ってしまった。そんなことは滅多にないのだけれど。

うろうろしている間に、屋根のある回廊へと出てしまった。外気がひんやりとジュリアの頬を撫でる。新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、ほっとしたのもつかの間。

「本当に、あの女がマクナム伯爵家で采配を震えるとは思えんな」

── 耳にした声は、あの狡猾な子爵の声だった。

馬車を前に、男たちは、順次、自分の馬車に乗り込む所に出くわしたようだ。思わず、柱の陰に身を隠すと、先ほどの晩餐で一緒にテーブルを共にした男たちが噂話に興じているようだった。

男の一人が、ふんと鼻でせせら笑うかのように言った。

「宮廷でなんの実績もないにわか貴族など、誰からも相手にされなくて当然だ」

「ふふ、その通り。いくらガルバーニ公爵家の後見があると言っても、所詮、めっきのまがいものだ」

鍍、とかまがい物とかは、間違いなく自分のことを意味しているのだろうとジュリアは思う。

「まあ、皆さん。まだ彼女がそこまで愚かだと言う証拠はないじゃありませんか」

温厚な顔をしている一人の領主が、年寄りたちを宥めにかかる。

(まあ、そうだよね。ええ、鍍で結構。そもそも成り上がりなんだから)

女は全部バカだと思い込む年寄りはどこにでもいる。貴族社会でも庶民の市井の中でも同じだ。

ジュリアは柱の陰で、そっと肩をすくめた。自ら望む形で、父の伯爵位を継いだ訳でない。成り行きでそうなってしまったに過ぎないのだ。

「あのガルバーニ公爵も、まがい物の後見をするとは、物好きな」

吐き捨てるように子爵が言った。

「あの女、どこかでボロをだして、公爵様の顔に泥を塗るんでしょうな」

(なに?)

吐き捨ているように言った老人に対して、ジュリアは胸の中に怒りが湧き上がる。

何もしていなくても、罵られるのは今に始まったことではない。チェルトベリー子爵領でも「もらわれっ子」、「居候」、「ごくつぶし」と、召使い達からは、そう呼ばれていたし、チェルトベリー子爵家の従姉妹達だって、それに似た感情を抱いていたはずだ。

けれども、それがジョルジュの面子に係わるとしたら、絶対に容認できる話ではない。

奴らに舐められてはいけないのだ。

カーン、とリングで戦いのゴングが鳴る。

(よし、いい度胸だ。なんちゃら子爵(ジュリアはその男の名前をもう忘れてしまっていた)その挑戦、受けて立つ!)

ジュリアは、柱の陰で静かに仁王立ちしながら、うっすらと殺気を滲ませた。そして、そこからジュリアの戦いが始まったのである。



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