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1巻

1-3

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「夫が不在のときにつけ込むやからは、よくいますからね。それにしてもまさか伯爵夫人にまで、詐欺さぎを働こうとはね」

 面白そうに、ガルバーニ公爵は片眉を上げる。

「百名の傭兵ようへいに、三千万ギルダーですって」
「ほう」

 その声の思いがけない鋭さに、ジュリアはぎくりとした。

傭兵ようへいの費用をご存じで?」
(しまった! 私は、社交界のお馬鹿な子爵令嬢だった!)

 ジュリアは、ソフィーの普段の様子を思い出す。お洒落しゃれとお酒、男、ゴシップにしか興味のない、自分の従姉妹いとこ。つけている香水は安っぽい匂いがしたし、場末の酒場の女給仕といってもわからないかもしれない。
 そんなソフィーが、傭兵ようへいの費用なんて知っているはずがない。

「え……えっとですね……」

 ジュリアは焦って言葉をにごした。満足のいく説明をしなければ……と焦れば焦るほど、墓穴を掘りそうな気がする。
 この人は鋭い。
 下手な説明をしようものなら、些細な矛盾点を見つけ出し、たちどころに見抜かれそうだ。
 公爵は上品な笑みを浮かべてはいるが、子爵令嬢がどうしてそんなことを知っているのか、と問いたげな眼差しをジュリアに向けている。

「あの……子爵領の騎士団の誰かからそういう話を耳にしたかと思います……の」

 どうか、これ以上突っ込まないでくれ、というジュリアの心の底からの願いは、あっさりと叶えられた。

「ああ……そうなのですか。私は、恥ずかしながら、軍に在籍したことがなくてね。兵というのは、その……雇えるものなのですか?」
(ああ、よかった! この人、頭はきれるようだけど、軍務については素人しろうとだ)

 ジュリアは、心のなかでほっと胸をなで下ろした。
 確かに、こんなに上品で優雅な彼に、傭兵ようへいのような荒くれ者と接点はなさそうだ。
 ジュリアが改めて彼を眺めれば、今日の公爵は、クラバットを引き立てる素敵な服を着こなしている。相変わらず、とても格好いい。彼の精悍せいかんさと上品さがまじった姿は、目の毒だ。一度見つめたら、そのまま目が離せなくなるような気さえする。
 そんな自分の気持ちを悟られないように視線を落としながら、ジュリアは答えた。

「ええ。雇えますよ。子爵領も国境に近いので、隣国との小競こぜり合いが結構あるんです」
「子爵領の騎士団が優秀だという話は、聞いたことがあります」
「本当ですか?」
(ふっ、我が軍は優秀だからな! 何せこの私が指揮していたんだから)

 実のところ指揮だけでなく、訓練も作戦もすべてジュリアが決めていた。

「ええ。少数精鋭部隊だとか、指揮官が優秀なのではないか、とか、いろいろと噂は伺っていますよ」
「まあ、それは嬉しゅうございますわ」

 ジュリアは、自分でも意識しないまま、ニコニコと公爵に微笑みかけた。その瞬間、彼がついと目をそらす。彼の頬が少し赤くなっていることに、ジュリアは気がつかなかった。

「先ほどの百名の傭兵ようへいで三千万ギルダーとは、どういった話だったのですか?」

 ガルバーニ卿が完全に素人しろうとだと思っていたからだろうか、ジュリアは少し油断していた。

「ああ、ロベルト様が百名の傭兵ようへいを連れて行くのに、三千万ギルダー借用したと」

 そんな大金、かかるはずないのにね、とジュリアは小さく笑う。

「宝石の首飾りが高いものだと三千万ギルダーくらいなのを考えれば、安い値段だと思いませんでしたか?」

 貴族の女性が身につける宝飾品の値段など、ジュリアが知るよしもない。彼女が知っているのは食べ物の値段と、兵器、武器のたぐいと、傭兵ようへいの値段。そして、薬草の値段だけだ。

「まあ、宝飾品というのはそんなに高いのですか?」
「ええ、もっと高いものもありますよ。……ところで、午後はどうされるご予定ですか?」

 公爵はジュリアに優しく微笑みかけ、傭兵ようへいや武器の話はもうたくさんだと言いたげな様子で、さりげなく話題を変えた。泥臭い話は、もう十分なのだろう。

「あの……領地に疫病えきびょう流行はやっているという報告がありまして」
「それで?」
「実際に現地に視察に行き、被害状況を見ておこうかと思うのです」
「クレスト伯爵が戻るのを待たなくていいのですか?」
「ええ、旦那様はいつお戻りになられるかわかりませんし、疫病えきびょうは早いタイミングで手を打たないと、どんどん広がります。手遅れになれば、この地域は壊滅的な状況になりますから」

 ジュリアの母は薬師だった。十一歳になるまで、ジュリアは母の手伝いをしていたのだ。だから知っている。疫病えきびょうは、ごく小規模のうちにしずめておかなければ、手遅れになることを。

「そうですか。それでは、私も同行の栄誉をいただいてもよろしいでしょうか?」
「公爵様、爵位が下のものにそんな風に丁寧におっしゃらないでください」
「では、こうしましょう。交換条件ということで」
「どのような条件でしょうか?」

 ジュリアがおそるおそる尋ねれば、彼は、楽しそうな表情でジュリアを見つめた。
 彼の口の端には、悪戯いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。そんな彼の様子に、ジュリアの胸がきゅんと鳴った。この人は何をしても、魅力がありすぎる。

「私は貴女に対する態度を改めます。その代わり、貴女は私のことをジョルジュと呼んでください」
「公爵様をファーストネームで呼びすてに?」

 本気だろうか? それとも、からかっているだけ?
 ジュリアはためらいがちに、しかし疑うような眼差しを公爵に向けた。

「ええ。私は、花婿の身代わりですからね。クレスト伯爵が不在のときには、私を夫だと思って、頼りにしてくださって結構です」
「公爵様、それは……少しばかり……」

 無理があります、とジュリアは言おうとしたのだが――

「ジョルジュ」

 公爵はそう言って、ジュリアに向かって茶目っ気たっぷりにウィンクした。その様子がとても様になっていて、ドギマギする。

「……」

 彼は期待のこもった表情を浮かべている。

「さあ、ジョルジュと呼んでください。公爵様ではなく」
「あの……ジョルジュ? ……様?」

 しどろもどろになりながら、なんとか彼の名前を口にした。

「いいえ。ジョルジュと呼び捨てに」

 庶子である自分は、身分では彼の足下にも及ばない。彼はこの国の貴族のなかでも、とりわけ地位が高い人物だ。
 公爵位というのは、王族と血のつながりがあるくらい、生粋きっすいの貴族のなかでも上の人である。
 そんな人をファーストネームで呼び捨てにする、というのは、あまりにも恐れ多い。

「さあ、呼んでみて」
「え……あの」

 ジョルジュはジュリアの両手をとり、熱心な様子で見つめている。
 どうして、彼はこんな風に自分を見つめるのか。

「……ジョルジュ」

 真っ赤になりながら、ささやくような小声でなんとか口にする。それだけのことなのに、どうしてこんなにも胸がドキドキするのだろう。

「そう。上出来ですね」

 彼の整った顔に、笑みがひろがる。
 その後、ジュリアが何度辞退しても、彼は聞き入れてくれなかった。それでも、ジュリアは負けじと議論し、結局、二人きりのときだけジョルジュと呼ぶことで決着がついた。

「やっと合意ができましたね」

 彼はくすりと笑った。

「それから、そのご褒美に、もう一つ」

 短く言葉を切って彼が差し出したのは、一通の手紙だった。上質の紙に押されている封蝋ふうろうは、ユリが複雑にからまった紋様だ。それは、この国の王家を示す。

「これは……?」

 不思議に思い彼を見上げたジュリアに、ジョルジュがあけてご覧なさいと優しく促す。

「王太子殿下からの貴女の結婚のお祝いです。持参金の代わりとでも申しましょうか?」
「持参金……」

 確かに子爵の立場では、伯爵家にとつぐのにふさわしい持参金を捻出することは不可能だった。今回はクレスト伯爵側に事情があるからと、持参金は破格だったのだ。

「貴女がとつぎ先で肩身の狭い思いをなさらないようにという、殿下のご配慮です」
「えっ、こんなに?」

 ジュリアは、封を開けてざっと内容に目を通して驚きの声をあげた。そこには、見たこともないほどの大きな金額が持参金として贈られると書かれている。
 困惑しながら、手紙を見つめるジュリアを公爵は優しく見守っていた。


 その日の午後、約束どおり、二人は馬に乗って現地の視察へおもむいた。
 町は泥水をかぶり、鼻をつくような汚臭がしている。ところどころで、疫病えきびょうで亡くなった者が埋葬されずに、そのまま放置されている。
 十分な手当てをされることもなく、病人や避難民がテントを張り、なんとか雨露をしのいでいる状況だ。大人も子供も関係なく、途方に暮れた様子で力なく道ばたに横たわっている。


「これは……ひどいな」
「ええ。こんな状況初めて見ました」

 目の前で広がっている疫病えきびょうは、かなり性質たちが悪いもののように見える。

「屋敷に戻ろうか? 大丈夫?」

 気遣うように、公爵がジュリアを見る。
 血の気が若干せている気はするが、ジュリアはそこまでひどく気分が悪いわけではない。
 この悲惨な状況をのあたりにして、何が必要なのか、と、ジュリアは冷静に頭を巡らせていた。
 そんな彼女を、公爵は感心したように眺める。
 どんなに町がすさんでいても、ひとたび伯爵邸の門をくぐれば、そこには別天地のような美しい光景が広がっていた。庭には、薔薇ばらやクレマチスなどがたくさん咲いている。あふれんばかりに咲き乱れているプラムのような小さな花々は、かぐわしい香りを放っていた。

「……奥様、お帰りなさいまし。町は、いかがでしたか?」

 執事が出迎えてくれた。

「状況は最悪だわ。すぐに手を打たなければ」
「左様にございますか」

 ジュリアの声は、騎士団長時代の低いものに戻っている。今のジュリアに、お嬢様らしく、おしとやかに、といったことにかまっている余裕はない。かろうじて、言葉の語尾だけは女らしくなるように努めた。

「トーマス、熱いお茶が欲しいわ」

 ジュリアは血の気のせた顔でトーマスに命じた。

「かしこまりました」

 公爵と一旦別れた後、ジュリアは手を洗い、慌ただしく執務室の机の前に座った。そして即座に、いろんなことを考え始める。
 疫病えきびょう対策に何が必要か、どんな人材がどれくらい必要か。食糧は? 必要な薬草の値段や種類は?
 頭のなかで計算しながら、正確に手際よく、対策リストに手を加えた。
 何をするかは明らかだが、それをどういう順番でおこなうかが、一番の問題だ。
 ひとしきり作業が終わったところで、ガルバーニ公爵のもとへ向かう。リストを見てもらい、彼の意見を聞こうと思ったのだ。
 部屋の扉を控えめにノックする。彼の返事を待ってドアを開けると、彼は窓際に腰をかけ、庭を眺めていた。

「公爵様」

 ジュリアが遠慮がちに声をかければ、彼はからかうように言った。

「ジョルジュ」
「あ……ジョル、ジュ?」

 彼は立ち上がって、ジュリアのもとへ歩み寄る。
 戸惑うようにしながら彼の名を呼びなおしたジュリアを、満足げな表情で見つめた。

「そう。それでよろしい」

 そう言って笑う目尻に、しわがよる。ジュリアはまた胸がきゅんとなりそうになったが、ぐっとこらえた。自分はすでに結婚している身なのだ。彼にときめかないようにしなくてはいけないはず。
 ジュリアは気持ちを切り替えて、あえて少し硬い口調で話しかけた。

疫病えきびょうの対策のリストをつくってみたのですが、ご意見をいただければと思いまして」
「ほう、もうつくったのですか?」

 彼の目の奥がきらりと光った気がした。

「ええ。実はあらかじめ、ある程度は作成しておいたのです。今日、現地視察をしたので、それを修正してみました」
「優秀なのですね?」

 彼は、ジュリアの返事を待たずにすぐさま手渡したリストを確認し始める。そんな彼もまた有能であるに違いないと、ジュリアは思った。

「奥様、お茶の準備が整いました」

 老執事が知らせに来た。

「では、お茶をいただきながら、相談しましょう」

 ジョルジュがジュリアの前に腕を差し出す。その意味がわからず戸惑うジュリアに、公爵は言った。

「私にエスコートさせてくださいませ。マダム」

 ジュリアを見る公爵の瞳は熱く官能的で、ジュリアは頭に血が上りそうになる。
 促されるまま、おずおずと彼の腕に手をかけた。
 ……そうだった。貴族の女性というのは、いちいち男に連れて行ってもらうのだった。ジュリアにとっては、とても面倒なマナーのはずだが、相手が公爵なら何故かそれほど嫌だとは思わない。
 お菓子が銀の盆の上に並んでいる。小さな焼き菓子、マカロンにチョコレート、サンドイッチ数種。そして栗の砂糖漬け。上品で、どれも素敵なものばかりだ。
 町の惨状を見たあとだから、よけいにこの屋敷のなかと外の世界の違いを感じる。しかし、貴族とはそういうものなのだろう。いろいろ思うところはあるが、この恵まれた環境を甘受するのではなく、町の者を救うために努力をするのだと自分に言いきかせる。

「ジョルジュ、何を召し上がりますか?」
「ああ、では、その小さな焼き菓子をもらおうか」

 ジュリアがお皿に菓子を載せ公爵に渡すと、彼はそれを上品な所作でつまみ上げた。

「今日は疲れた?」
「ええ、少しだけ」

 熱いお茶を一口味わってから、ジュリアも栗の砂糖漬けを一つ小皿にとった。
 ……おいしい。
 疲れた体には、甘いお菓子と熱いお茶がしみじみと有り難い。
 騎士団にいたころは、食べものをさっさと掻き込んだら、すぐに剣をたずさえて出ていた。こんな風に、誰かと一緒に優雅にお茶をする午後とは無縁の生活だったのだ。
 ジュリアはふと、自分に注がれている視線に気づいて顔をあげた。
 彼の濃い灰色の瞳は思慮深い光をたたえ、じっと自分を見つめている。
 そんな彼に、ジュリアはなんとなく微笑み返した。
 こんなに素敵な人なのだから、きっとどこかの貴族令嬢とすでに縁を結んでいるに違いない。彼のような人なら、恋人がいたって当然なのだ。
 その人はきっと、彼と釣り合う身分の令嬢で、そして美しい人だ。その人の前で彼はひざまずき、熱心に愛をささやく。今のように、熱い眼差しを向けて……
 そんな光景を思い浮かべた瞬間、ジュリアの胸が痛んだ。思わず目を伏せ、床を見つめる。

(この人は、ロベルト様の代理としてここにいるだけ)

 彼の好意が普通以上のものだと、自惚うぬぼれてはいけない。自分の身の程をわきまえなくては――
 ジュリアはもっと現実的な問題へと頭を切り換えようとした。
 とにかく、クレスト伯爵領に広がる問題について、今後の方針を決めなければ。
 けれどそのことを考えれば考えるほど、頭が痛くなる。
 クレスト伯爵領の主要な兵士たちは、現在、ロベルトと一緒に遠征中だ。
 疫病えきびょう対策には男手がいるし、食糧を配達する人間も必要になる。とにかく力仕事のできる人材が必要だ。
 けれどどう考えても、人手不足だ。ジュリアは、まず子爵領に、自分の部下だった者たちを派遣してもらえないか交渉しようと考えていた。

(この惨状を早くなんとかしなくては……)

 しかし、彼らを呼んだとしても、人件費をまかなえるような財源がない。今まで貯めていた自分のお金のことを思い出したが、少額すぎて、なんの足しにもならない。

(ああ、どうやって資金調達しよう? あの高利貸しをおどして低金利で融資させようかしら……あのまま拘束しておけばよかった。地下牢をつくっておかないとダメだ。この屋敷にはそれがないから……後は、拷問道具を二つ三つ見繕みつくろって……)
「何を考えているのですか?」
「地下牢と拷……いえ、資金の問題ですね」

 危なかった。物騒な考えを口にしてしまうところだった。

「……資金ですか?」

 改めてリストを見ながら、公爵様がちらりとジュリアを見る。

「これだけの対策をするとなると、資金が足りなくて……国への税金も、支払うのはおそらく不可能です。農作物がかなりの損害を受けていて、伯爵領の経済状態は苦しい状況になるかと……」
(というか、資金は絶対に足りないんだけどね!)

 公爵に厳しい現実について話しているうち、だんだん頭に血が上ってきた。彼の手前、キレるわけにはいかなかったので表面上は冷静なふりをしていたが、内心ではジュリアは、かなりいきどおりまくっていたのである。
 これっぽっちも望んでいなかったのに、無理やり結婚させられた挙げ句、結婚二日目にしてお金の大問題が判明。詐欺さぎは来るし、疫病えきびょうも流行している。町には難民が増え、治安も悪化してきているときた。
 にもかかわらず、夫の顔すら知らないなんて、どういうこった!
 ロベルトというお坊ちゃま、いや、馬鹿男が、領地の大問題を放り出して戦地におもむくのが、そもそも間違いなのだ。
 その尻ぬぐいを突然押しつけられたこの状況を、一体どうしろと言うのだ。
 なんだか貧乏くじを一万枚くらい引かされてしまった気がして、ジュリアは心のなかで盛大に毒を吐いた。

(くっそお、ロベルトめ。愛人どころの問題じゃねーぞ。帰ってきたら、思いっきり、思いっきり、締め上げて、ネズミみたいに、きゅーきゅー泣かせてやる!)

 お茶を手にしたまま無表情でもくしているジュリアの脳内でそんなことが繰り広げられているのを、公爵は知らない。

「ふむ。税金の問題か」

 彼が何か思案するようにしながら、そっと呟いたのが聞こえた。

「ええ。税金も、疫病えきびょう対策も、財政的にどちらも厳しいのです……」

 ジュリアがぽつりと言い、二人して難しい顔で考え込む。
 そのとき、ジュリアに天啓が降りた。

「ああ、そうだ!」
「……どうしたのですか?」
疫病えきびょう対策の費用なのですけれど、よく考えたら、王太子様からいただいたお金でまかなえると思って」

 彼の問いに答えるジュリアの声は、明るくはずんでいた。

「せっかくの祝い金を、領地のために使うのですか?」
「ええ。この状態を放置するわけには参りませんもの」

 どんなにロベルトに腹を立てていても、困っている人々を見放すことはできない。

「ドレスや、宝石などを買わないのですか?」
「必要ありません」
「王宮の舞踏会などもあるというのに?」
「舞踏会など行きません。私、ここで十分ですから」

 公爵はそれ以上は何も言わず、なんだか面白そうにジュリアを見つめていた。

(あのクソ坊ちゃまを締め上げるって顔に出ていたのだろうか? もしかして……高利貸しを拷問にかけてとか考えていたのがばれた?)
「……私の顔に何かついてます?」
「いえ、貴女は……とても変わっていますね」

 そう言って、彼はティーカップを手にとり、再び上品な仕草でお茶を飲んだ。
 それからも伯爵家の応接間で、二人はいろいろなことを話しあった。
 公爵は高位の貴族だけあって、宮廷内の様々なことに精通していた。彼のアドバイスは的を射ていて、非常に有益だった。そして彼は、国に収める税金に関して、延納できるように取り計らってくれる、と約束してくれた。
 ジュリアが作った対策リストをまじめな様子で見つめる彼の横顔を、ジュリアは誇らしいような恥ずかしいような気持ちで眺める。彫りが深く、広いひたいはとても賢そうだ。
 なんて、いい人なのだろう。
 彼は、有能で、大人で、そしてとても頼りがいがある。
 ジュリアの胸のなかに尊敬以上の感情が芽生えていた。


 その日の午後遅く、ジュリアは老執事に来客を告げられた。
 大きならせん階段のあるホールに出向くと、突然、初老の婦人に声をかけられた。

「まあ、貴女がソフィーさんね!」

 白髪まじりの熟年の女性は、感激したようにジュリアの手を握り、抱きしめる。

(どなた様で!?)

 ジュリアは少々驚いたが、執事が通すということは身元の確かな相手なのだろうと判断し、控えめな笑みを浮かべた。

「ソフィーさんが驚いているだろう。全くもう、あわてんぼうなんだから」


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