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最終章 

最終話~16

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ジュリアが絶対に忘れることのない人がそこに立っていた。

「ジョルジュ!」

ジュリアが嬉しそうに叫んだ瞬間、目にもとまらぬ早さで、オーティスの首元に長剣が突きつけられていた。ガルバーニ公爵家で一番の騎士であるビクトール・ユーゴがその長剣を握っていた。

身動きしないオーティスの首筋から一筋の血が流れ落ちた。それは、床の上にぽとりと落ち、赤い丸い染みへと変わった。

怒りのこもった瞳で、オーティスを見つめる男は、静かで威厳に満ちた声で、オーティスへと語りかけた。

「残念だな。オーティス。お前の企みは全て白日の元にさらされたぞ」

「ふ・・・悪運の強い奴だな。ぎりぎりで間に合ったと言う訳か」

オーティス侯爵がふてぶてしく笑う。それがただの虚勢であることをユーゴを始めとする騎士達は理解していた。

「お前は終わりだ。王女から勅令が来ていただろう」

「チェックメイト・・・と言う訳だな。まさかお前がこちらの国の内情にまで干渉出来るとは思わなかったよ」

室内へと聞こえてくるのは、騎士達の歓声だ。それはもう無視できない大きさにまで変わっていった。

「ほら、聞こえるか? 内側から門を開放したのだよ。内門から外門に至るまで、内部から我が軍が制圧した」

門が開放され、外にいた大量の軍勢が流れ込んでいるのだろう。この勝負がついたことは明らかだった。

オーティスは負けたのだ。ガルバーニ公爵と彼が使えていた王女の策略によって。

それを知ったオーティスは悔しそうに激昂した。

「くそっ。外から大軍勢で攻撃すると見せかけ、内部に精鋭部隊を送り込み、全面と背後から挟み撃ちにするとはな。ガルバーニらしいやり方じゃないか」

激昂したまま、騎士達に拘束されたままなおも抵抗しようとしたオーティス侯爵にジョルジュは冷静な口調で忠告した。

「内、中、外の門があるのはこの要塞の利点であるが、逆に挟み撃ちにされれば、中の兵士は逃げ場がない。利点が弱手に変わることもあるのだよ。オーティス侯爵」

そういったジョルジュは、思い出したように、もう一つ付け加えた。

「ああ・・・少しでも身動きをしないほうが身のためだぞ。ユーゴがお前をどう扱うのか、私にも予測がつかないからな」

「さあ、もういい加減に諦めるんだな」

騎士達から羽交い締めにされていたオーティスにユーゴが冷たい口調で言う。

「こいつを縛り上げろ」

ユーゴの命令で騎士達が男を縛り上げている間に、ジョルジュはジュリアのほうへと足を向けた。

「ジュリア、大丈夫?」

彼が慈しみのこもった瞳で寝台の上のジュリアを抱きかかえれば、ジュリアは小刻みに震えながら、その身を彼に預けた。

自分がまだ夢を見ているのではないか。媚薬が見せる幻に一喜一憂しているのではないか、とジュリアは、自分の目を疑った。彼の胸に抱き込まれれば、嗅ぎ慣れた彼の香りがする。彼の匂いに混じる微かな麝香の香り。

本当にここに彼がいるのだ、とジュリアは理解した。そんな彼女を愛おしそうに抱きしめながら、公爵はそっと彼女の耳元で囁く。

「遅くなってすまない。要塞内の回廊で思った以上に手間取ってしまってね」

ジュリアは目に涙をためて、そのままジョルジュの胸に顔を埋めた。いつもの彼の穏やかな顔。広い額に、切れ長に近い彼の瞳。

ジョルジュは、ジュリアの両頬に手を当て、優しく彼女の顔をのぞき込んだ。

「大丈夫だった? 何もされてない?」

「ええ・・・まだ」

抱き起こそうとするジョルジュの努力空しく、ジュリアの体はだらんと弛緩したままだ。

「・・・体が・・痺れて動かなくて・・・」

ジョルジュは、ジュリアの顔色をみた瞬間、少し躊躇した。何かがおかしいと、ジョルジュの本能に語りかける何かがあった。

「何を飲まされた?」

「・・・痺れ薬にそれに・・・」

びやく、と言おうとした次の瞬間、媚薬の効果は一層、ジュリアを苦しめようと牙をむいた。

「うっ・・・」

ジョルジュが触れている腕や背中に、強い愉悦が皮膚全体に広がる。早く彼をよこせと、体の熱がジュリアを追い立てる。皮膚全部が鋭い感覚に覆われてしまう。さらに悪いことに、そこにジョルジュの匂いと、服のしたで彼のしなやかな筋肉が動いているのを体は鋭敏に感じ取る。

「はあっ・・ジョルジュ・・・きつい・・・」

真っ赤になりながら、彼の胸に縋り付き、すすり泣くようなジュリアの様子をジョルジュは困惑した様子で見つめた。

「薬が辛いのか?」

無言でコクコクと頷くジュリアに、ジョルジュは諭すように言う。

「こんなこともあろうかと思って薬師を連れてきている。早く彼女に解毒薬を」

ジョルジュの後に控えていた年配の男がジュリアの前に来れば、彼女の顔をのぞき込み、脈をとった。

「これは・・・・また、なんと。こんな時に・・・」

呆れたような顔をする薬師にジョルジュは早くしろと促せば、薬師は思いがけないことを言った。

「痺れ薬による解毒薬だけでは、なんともなりませんな。公爵様」

「何故?」

「ジュリア様は、痺れ薬だけでなく、もっとタチの悪い薬を盛られているようです」

ユーゴに後ろ手で拘束されたオーティスにガルバーニは鋭い声をかけた。

「オーティス、ジュリアに何を飲ませた?」

オーティスやにやりと厭らしい半笑いを浮かべた。

「これから、お楽しみになればいいじゃないか。彼女が盛られたのはマグダネルの毒花だ」

「なっ・・・」

ジョルジュが顔を真っ赤にして叫んだ。よりにもよって、そんなにタチの悪い媚薬を飲まされただなんて。

「早くなんとかしてやらねば、彼女の気は狂う。お前が楽しんでもいいがね。一刻を争うぞ。戦場に媚薬の解毒剤を持ってくる薬師はあるまいて」

悔し紛れにニヤニヤと笑うオーティスが、ジョルジュの勘に障った。

「・・・その男を早くつれて行け。目障りだ」

彼が吐き捨てるように言い放てば、ユーゴは無言でオーティスを立ち上がらせ、部屋の外へと連行した。これから、反逆罪で裁判が始まるまで、オーティスは地下牢で過ごすことになる。ガルバーニと隣国の王女の逆襲は、きっと酷いものになるだろうが、オーティスに同情するものは誰もいないだろう。

ザビラという難攻不落の要塞都市を治め、慢心していた男はやりたい放題のことをやっていたのだから。

ジョルジュには、目の前のジュリアの容態以上に気に掛かることはなかった。早く彼女をなんとかしたやらなければ、本当に気が狂うかもしれない。ジョルジュの記憶の中には、娼館に連れてこられた強情な娘が薬のせいで廃人になったという話を何度か聞いたことがあったからだ。薬師に他の解毒法がないか、真顔で聞けば、残念な答えしか返ってこなかった。

「マグダネルの毒花に効く解毒薬はないのか?」

「閣下。痺れ薬の解毒薬はありますが、媚薬の解毒薬は今は持ち合わせがございませんで・・・」

「そうなのか?」

想定したいたより悪い状況に気づいたジョルジュの顔色が少し悪くなる。まさか媚薬をあの男が使っているとは思いもよらなかったのだ。薬師は申し訳なさそうに言う。

「戦場に媚薬というのは全く想定しておりませんでしたので・・・早くなんとかしてやらねばなりませんが、こういう時の解決方法は一つしかございません」

そうしている間にもジュリアの媚薬はさらに効果を強めていた。

自分の腕の中で、歯を食いしばりすすり泣くような彼女の姿を見て、ジョルジュの脳内はショート寸前だった。

「ジョルジュ・・・苦しい・・・」

真っ赤な顔をして、荒い息をするジュリアにジョルジュは困惑した視線を向けた。縋り付くようなジュリアの蒼い瞳は、言葉よりも強くその主張を彼に伝えていた。

─ 抱いて。私を抱いて。早くこの苦しみから私を解き放って ─ 

そんな淫らな要求を口に出すのが恥ずかしいく、ジュリアはひたすら彼の上着を握りしめ、ジョルジュの胸の中にぎゅっと顔を埋めた。

そんな様子を見て、彼女が何を望んでいるのか、はっきりと理解したジョルジュがごくりと唾を飲み込んだ。

─ 仕方がない。

彼が出来ることはただ一つ。ジョルジュの腹は決まった。ジョルジュは、部下達のほうを振り返った。

「・・・この要塞に司祭はいるか?」

ジョルジュの問いに、冷静な士官達は、的確な答えを与えた。

「はい。礼拝堂に監禁しております」

「ジュリア、もう少しの我慢だ」

ジョルジュは、そう言ってジュリアを抱き上げ、大急ぎで部屋の外へと歩みを勧めた。

「ジョルジュ様!」

一人の騎士が声をかけたが、別の騎士がそれを遮った。

「無粋なことをするな」

自分の主が何を決心したか、古参の騎士達はすぐに理解した。

「ジョルジュ様はあのままにしておいてやれ。ジュリア様が無事なことだけを祈るよ」

彼らは胸の前で十字を切り、女性に対しては実に奥手だった主の勇気と、これから領主の妻になろうとしているジュリア様の幸運を祈った。



新連載 「野良竜を拾ったら、思ってもみない展開になりました。どうしたらいいでしょう?(涙)」ですが、ファンタジーセクション、日刊ランキング1位、HOTランキング1位となりました。皆様、どうもありがとうございます。あと数話で、「偽りの花嫁」は終了しますが、引き続き、新連載をお楽しみくださいませ☆

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