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最終章
最終話~11
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頑健な鉄の扉に閉ざされていた門が、主の帰還に合わせて大きく開く。栗色の艶やかな駿馬を操り、ザビラへと帰還してきた主に、門番たちは丁寧に会釈をすれば、オーティス侯爵は馬の上から軽く頷き、軽やかな襲歩で城門の中へ続く道へと馬を走らせる。
「お帰りなさいませ。オーティス様」
城の大きなエントランスに到着したオーティスは、彼らに一切の視線を向けずに、さっさと手綱を馬ていに手渡し、重い外套を従者に渡し、灰色の石で作られた広い階段を足早に上っていった。
重厚な扉が大きく開かれ、門番が厳めしい顔で見張っている中、素早い足取りで玄関に入れば、従者が彼の帰りを待ちわびていた。
「お待ちしておりました」
丁寧な口調で礼をとる従者に、オーティスは手にした荷物を手渡し、悔しそうに口を開く。
「すっかり遅くなってしまった。あの女にじっくりと口を割らせようと思っていたのに」
灰色がかった青い瞳を悔しげに細めて言う主を従者はじっくりと見つめた。王宮に出向く時には、必ず身につけているクラバットに、宝石。仕立てのよい服が彼の少しくすんだ金色の髪に似合う。四角い顎は、彼の頑固さや、強欲さをよく表しているし、瞳の中には、慈悲や優しさなどと言う色が全くない。
そう。それが、自分が使えている主の姿だった。従者はそれを再確認し、不満げな主の気分を和らげるために、なだめるように言う。
「王女様からの呼び出しですから、出向かない訳にもまいりませんね。オーティス様」
「全くだ。この大切な時間を無駄にさせおって」
王宮から呼び出しがかかり急きょ出向いたのだが、王女様のご機嫌伺いというごくつまらない内容だった。無駄にした時間を惜しく思ったオーティスの口元は固く引き締められ、それがさらに、この男を無慈悲で冷酷な人間だと際立たせていた。
そう。主が不機嫌なら、いつ、自分もとばっちりを食らうかもしれない。従者は彼の機嫌を取るために媚びるような音色で口を開く。
「まあ、これもしばらくの辛抱かと。あのお話が成就した暁には・・・ねぇ?」
従者の思わせぶりな言い回しに、オーティスも含み笑いで返す。
「そうだ。あと、一時の辛抱だな。王女が我が手にはいるのも時間の問題だからな」
オーティス侯爵をまるで害虫かのように毛嫌いする王女が、よくもまあ、この男を呼び出したものだと従者は思った。主が考えていることを知ったら、王女は主をもっと毛嫌いするだろうが。しかし、王女が侯爵を呼び出したおかげで、あの捕らわれの身になった女騎士は、少しばかり心穏やかに静養する時間が出来たのだから、ある意味幸運なのだろう。
「それで、あの女はどうしてる?」
「マクナム伯爵でございますか?」
「ああ。それ以外に誰がいる?」
「ゆっくり静養されております。回復の具合も順調でございまして」
「そうか。明日にでも少し口を割らせてみよう」
「侯爵様・・・くれぐれも慎重に。あの女はエリゼルの妃候補にございます」
「ああ。危害を加えるような真似はしないが、エリゼルも物好きだな。何を好んで、あんな凶暴な女に引かれるのか、さっぱりわからん」
「ドレスを着用させておりますので、見目はなかなか麗しく変わりましたよ。女は衣装で化けるとは本当でございますね」
「濡れ鼠の騎士とは違うと言う訳か」
オーティス侯爵の目に狡猾な光が浮かんだ。あの女をどう扱ってやろうか。
そんなオーティスの顔色を素早く読んだ従者が老婆心から口を開く。
「あれでも、一応、王族に準じた扱いをしなければなりませんので、くれぐれも危害を加えませんよう」
「・・・ああ、わかっている。あの女がどうガルバーニとつながりがあるのかさえ知ることができればいいのだ」
「どうかお手柔らかに・・・」
「そうだな。馬ていから馬に使う鞭を少し用意させておけ。じゃじゃ馬は、少し調教してやらねばならぬかもしれないな」
「・・・かしこまりました」
主が女をどう扱うか、従者はそれをよく承知していた。あの娘も可哀想なことにならなければいいが、と杞憂していた。せめて、当たりが緩めの鞭を用意しておいてやろう。強烈な鞭を当てれば、柔らかな女の肌は裂けてしまうだろうから。
まだ人として、少なくとも憐憫の情を持ち合わせていた従者が出来ることと言ったら、そのくらいのことだ。そして、それは彼が出来ることの全てでもあった。
後で、オーティス様に、彼女が隣国の王太子の妃候補であることをもう一度、思い出してもらわねばと思いながら、馬ていへ鞭を借りるため、馬屋へと足を向けたのである。
◇
それより遡ること数日前。マーク・エリオットと第一騎士団の男達は、城下にあるとある酒場で遠征に選ばれなかった騎士達と派手に息抜きをしていた。鬼のいぬ間になんたら、と言うやつだ。
「エリオットさーん、もっと飲みましょうよぉ~」
まだ若手の騎士が酒の入った瓶を片手に、マークのグラスへと酒を注ぐ。酒場は男達の談笑する声や、景気よくオーダーを読み上げる給仕の声が響き渡り、わいわいと活気のある様を呈していた。
「お前、飲み過ぎじゃないのか?」
マークが若手の騎士の顔色を見て、少し心配そうに声をかけた。
「いや、まだまだ平気っす」
軽口を叩く若手の騎士の顔はすっかり赤く出来上がっているし、吐く息も随分と酒臭い。マークは、こいつ潰れなきゃいいけどな、と思いつつ、カウンターに腰掛けながら、また一口、ぐびりと酒を飲み干す。ここに騎士団の男達が来ている目的は一つ。
酒場で美人と評判のルイーズ嬢を見るためである。
ダークブラウンの流れるような美しい髪を後に束ね、ぱっちりとした瞳に、赤い艶やかな唇をもつルイーズちゃんは、騎士団の憧れの女性であり、癒しでもある。そして、この店にくる男の9割以上がルイーズちゃんと口を聞くことを、厳しい訓練のご褒美としている。
むさ苦しい男達に囲まれ、日々、肉体と精神の限界にまで挑戦する騎士団の日々の中のオアシス、そして、魂の救済が、ルイーズちゃんなのだ。
「あら、この方、飲み過ぎじゃない?」
ルイーズがよっぱらったマーク一同に水を持ってきてくれた。
「ああ・・・・ルイーズさん、ちょうどよかった」
(今日も綺麗だなあ)
マークがさりげなく、彼女を観察すれば、ルイーズは恥ずかしげに長い睫毛を伏せがちにして、恥じらった様子を見せる。その姿が可愛らしくマークは思わず、ルイーズを抱きしめたくなるが、騎士団のアイドルに簡単に手を出せば、後で、他の男から夜道で返り討ちに遭うかも知れない。マークにだって、防衛本能というものがあるのだ。
「ルイーズさん・・・あざっす」
焦点が定まらず少しろれつが怪しくなってきた若手に、マークは真鍮のコップにはいった水を手渡してやれば、若手の騎士はそれをぐいっと飲みほす。
「おい、誰かこいつの面倒をみてやれ」
マークが一言いえば、他の若手の男達が回収にきた。
「いつも、大変ね?」
ルイーズの目がちらとマークを見れば、マークもまんざらではない顔をして彼女に言う。ちょっと、かっこつけて、先輩風をふかすのも忘れない。
「まあ、監督官の仕事の一つですし」
そう言ったマークは、思わずルイーズの豊かな胸の谷間にちらと視線をやってしまった。目の前に素敵なお胸があれば、そこへ自然と目がいくのは男の本能だ。
(しかし、すごい谷間だな)
ボン・キュッ・ボンを地で行くルイーズは、胸が大きく開いたブラウスに、皮のベストを着ている。胸の中央は紐でクロスさせる作りになっていて、それがますます彼女の大きな胸を強調している。柔らかな膨らみを前に、マークの妄想は今日も健全だ。
「・・・今日はいつもより人数が少ないけれど、どうしてかしら?」
無邪気に聞く彼女の様子がとても愛らしくて、マークは思わず、鼻の下がデレルのを自覚した。
「・・・ああ、今日は、俺のチームの半数は遠征でね」
「まあ、そうなの?」
「ああ。この数日は少し時間の余裕があってね。鬼のいぬ間になんたらってやつだ」
カウンターの上に置いたマークの手に、ルイーズのほっそりとした手が絡む。マークは思いがけない展開に、マークの頬がだらしなく緩む。
(なんだか、いい雰囲気だな。もしかして、もしかして!ルイーズさんは俺のことが!!!)
マークは、出来るだけきりりとした表情を作ろうと頑張った。かっこつけているとも言うのだが。そのルイーズの親しげな仕草は、マークに千倍もの勇気を与えた。やるぞ。俺はやるんだ。決意をこめて、マークは口を開く。
「そ、それでっ」
少し、声が素っ頓狂に掠れたのは仕方が無い。これから、騎士団、みんなの憧れてでるルイーズ嬢をデートに誘うとしているのだから。
「なあに?」
自分を見つめるルイーズの瞳がやたら好意的だ。がんばれ俺!彼女と二人きりになるのだ。マークはごくりと唾を飲み込んで、度胸を決めた。
「そっ、そのっ、明日、城下町で収穫祭があると聞いたのですがっ、お、俺とっ・・」
「まあ、誘ってくださるの?」
ルイーズちゃんも少し嬉しそうだ。これはいけるかもっ、とマークが内心でガッツポーズを決めた時だった。酒場の扉が勢いよく開き、よく見知った騎士団の同僚が慌てて酒場へと駆け込んできた。
「おい、大変だ」
無粋な闖入者にマークは苛立たしげな視線を向けた。まだルイーズちゃんとデートの約束は完成していない。邪魔をするなと言わんばかりのマークへ、同僚の男は口を開いた。
「鷹匠の部隊が襲撃されたそうだ」
鷹匠とは、エリゼル殿下が率いる部隊のコードネームだ。任務の詳細を外部で語る時の名前を聞いて、マークは思わず、息を飲み込んだ。
「それで、全員無事か?」
「マクナムが負傷した。匠は怪我をしているが無事だ」
「はあ?」
目の前で何事かと言う顔をしているルイーズ嬢にマークは視線をやった。マークには、ぴんと閃くものがあった。ジュリアが負傷したとか、騎士団の悪戯にしてはタチが悪い。
「お前・・・上手い冗談だな? 俺とルイーズちゃんが仲良くしているのが気に入らないのか?」
そういう悪戯は後にしてくれよ、と笑ってやり過ごそうとするマークに同僚は血の気が引いた顔をしていった。
「他の奴らも数人命を落としたそうだ」
その顔色をみて、マークはただ事じゃなさそうだと思ったが、悪戯に引っかかるのはごめんだ。
「ジュリアが負傷する訳がない」
そう、ジュリアの悪運の強さはチェルトベリー騎士団の中では有名だった。どんな矢がふってこようとジュリアに当ったことはなかったし、敵に捕らえられ人質になりそうな時だって、間一髪で切り抜けてきたジュリアに、そんなことが起きる訳がない。
「・・・とにかく、捜索隊が編制されるんだ。お前は絶対にそのメンバーになるはずだから、いい加減に切り上げて早く宿舎に戻れ」
「本気でジュリアが負傷したと?」
「ああ、それで行方不明なんだ」
顔色が変わったマークは、思わずルイーズを見た。
「何か大変なことが起きているの?」
「ああ。俺の大事な友達が負傷したらしい」
「まあ、大変ね。早く行っておあげなさいな」
ルイーズの整った顔も心配そうな表情を浮かべた。
「ああ。そうする。今日は世話になったな?」
「無事に戻ってきたら、またいらっしゃいね」
慌てて、何人かの騎士を連れ立ち、店を出て行ったマークの後姿をルイーズは寂しそうに眺めていた。
「収穫祭・・・またきっと誘ってくれるわよね?エリオットさん」
それが聞こえていたら、マークは天に昇らんばかりの気持ちで、歓喜に悶えたはずなのだが・・・ルイーズのせつなげな呟きはマークの耳には届かなかった。
「お帰りなさいませ。オーティス様」
城の大きなエントランスに到着したオーティスは、彼らに一切の視線を向けずに、さっさと手綱を馬ていに手渡し、重い外套を従者に渡し、灰色の石で作られた広い階段を足早に上っていった。
重厚な扉が大きく開かれ、門番が厳めしい顔で見張っている中、素早い足取りで玄関に入れば、従者が彼の帰りを待ちわびていた。
「お待ちしておりました」
丁寧な口調で礼をとる従者に、オーティスは手にした荷物を手渡し、悔しそうに口を開く。
「すっかり遅くなってしまった。あの女にじっくりと口を割らせようと思っていたのに」
灰色がかった青い瞳を悔しげに細めて言う主を従者はじっくりと見つめた。王宮に出向く時には、必ず身につけているクラバットに、宝石。仕立てのよい服が彼の少しくすんだ金色の髪に似合う。四角い顎は、彼の頑固さや、強欲さをよく表しているし、瞳の中には、慈悲や優しさなどと言う色が全くない。
そう。それが、自分が使えている主の姿だった。従者はそれを再確認し、不満げな主の気分を和らげるために、なだめるように言う。
「王女様からの呼び出しですから、出向かない訳にもまいりませんね。オーティス様」
「全くだ。この大切な時間を無駄にさせおって」
王宮から呼び出しがかかり急きょ出向いたのだが、王女様のご機嫌伺いというごくつまらない内容だった。無駄にした時間を惜しく思ったオーティスの口元は固く引き締められ、それがさらに、この男を無慈悲で冷酷な人間だと際立たせていた。
そう。主が不機嫌なら、いつ、自分もとばっちりを食らうかもしれない。従者は彼の機嫌を取るために媚びるような音色で口を開く。
「まあ、これもしばらくの辛抱かと。あのお話が成就した暁には・・・ねぇ?」
従者の思わせぶりな言い回しに、オーティスも含み笑いで返す。
「そうだ。あと、一時の辛抱だな。王女が我が手にはいるのも時間の問題だからな」
オーティス侯爵をまるで害虫かのように毛嫌いする王女が、よくもまあ、この男を呼び出したものだと従者は思った。主が考えていることを知ったら、王女は主をもっと毛嫌いするだろうが。しかし、王女が侯爵を呼び出したおかげで、あの捕らわれの身になった女騎士は、少しばかり心穏やかに静養する時間が出来たのだから、ある意味幸運なのだろう。
「それで、あの女はどうしてる?」
「マクナム伯爵でございますか?」
「ああ。それ以外に誰がいる?」
「ゆっくり静養されております。回復の具合も順調でございまして」
「そうか。明日にでも少し口を割らせてみよう」
「侯爵様・・・くれぐれも慎重に。あの女はエリゼルの妃候補にございます」
「ああ。危害を加えるような真似はしないが、エリゼルも物好きだな。何を好んで、あんな凶暴な女に引かれるのか、さっぱりわからん」
「ドレスを着用させておりますので、見目はなかなか麗しく変わりましたよ。女は衣装で化けるとは本当でございますね」
「濡れ鼠の騎士とは違うと言う訳か」
オーティス侯爵の目に狡猾な光が浮かんだ。あの女をどう扱ってやろうか。
そんなオーティスの顔色を素早く読んだ従者が老婆心から口を開く。
「あれでも、一応、王族に準じた扱いをしなければなりませんので、くれぐれも危害を加えませんよう」
「・・・ああ、わかっている。あの女がどうガルバーニとつながりがあるのかさえ知ることができればいいのだ」
「どうかお手柔らかに・・・」
「そうだな。馬ていから馬に使う鞭を少し用意させておけ。じゃじゃ馬は、少し調教してやらねばならぬかもしれないな」
「・・・かしこまりました」
主が女をどう扱うか、従者はそれをよく承知していた。あの娘も可哀想なことにならなければいいが、と杞憂していた。せめて、当たりが緩めの鞭を用意しておいてやろう。強烈な鞭を当てれば、柔らかな女の肌は裂けてしまうだろうから。
まだ人として、少なくとも憐憫の情を持ち合わせていた従者が出来ることと言ったら、そのくらいのことだ。そして、それは彼が出来ることの全てでもあった。
後で、オーティス様に、彼女が隣国の王太子の妃候補であることをもう一度、思い出してもらわねばと思いながら、馬ていへ鞭を借りるため、馬屋へと足を向けたのである。
◇
それより遡ること数日前。マーク・エリオットと第一騎士団の男達は、城下にあるとある酒場で遠征に選ばれなかった騎士達と派手に息抜きをしていた。鬼のいぬ間になんたら、と言うやつだ。
「エリオットさーん、もっと飲みましょうよぉ~」
まだ若手の騎士が酒の入った瓶を片手に、マークのグラスへと酒を注ぐ。酒場は男達の談笑する声や、景気よくオーダーを読み上げる給仕の声が響き渡り、わいわいと活気のある様を呈していた。
「お前、飲み過ぎじゃないのか?」
マークが若手の騎士の顔色を見て、少し心配そうに声をかけた。
「いや、まだまだ平気っす」
軽口を叩く若手の騎士の顔はすっかり赤く出来上がっているし、吐く息も随分と酒臭い。マークは、こいつ潰れなきゃいいけどな、と思いつつ、カウンターに腰掛けながら、また一口、ぐびりと酒を飲み干す。ここに騎士団の男達が来ている目的は一つ。
酒場で美人と評判のルイーズ嬢を見るためである。
ダークブラウンの流れるような美しい髪を後に束ね、ぱっちりとした瞳に、赤い艶やかな唇をもつルイーズちゃんは、騎士団の憧れの女性であり、癒しでもある。そして、この店にくる男の9割以上がルイーズちゃんと口を聞くことを、厳しい訓練のご褒美としている。
むさ苦しい男達に囲まれ、日々、肉体と精神の限界にまで挑戦する騎士団の日々の中のオアシス、そして、魂の救済が、ルイーズちゃんなのだ。
「あら、この方、飲み過ぎじゃない?」
ルイーズがよっぱらったマーク一同に水を持ってきてくれた。
「ああ・・・・ルイーズさん、ちょうどよかった」
(今日も綺麗だなあ)
マークがさりげなく、彼女を観察すれば、ルイーズは恥ずかしげに長い睫毛を伏せがちにして、恥じらった様子を見せる。その姿が可愛らしくマークは思わず、ルイーズを抱きしめたくなるが、騎士団のアイドルに簡単に手を出せば、後で、他の男から夜道で返り討ちに遭うかも知れない。マークにだって、防衛本能というものがあるのだ。
「ルイーズさん・・・あざっす」
焦点が定まらず少しろれつが怪しくなってきた若手に、マークは真鍮のコップにはいった水を手渡してやれば、若手の騎士はそれをぐいっと飲みほす。
「おい、誰かこいつの面倒をみてやれ」
マークが一言いえば、他の若手の男達が回収にきた。
「いつも、大変ね?」
ルイーズの目がちらとマークを見れば、マークもまんざらではない顔をして彼女に言う。ちょっと、かっこつけて、先輩風をふかすのも忘れない。
「まあ、監督官の仕事の一つですし」
そう言ったマークは、思わずルイーズの豊かな胸の谷間にちらと視線をやってしまった。目の前に素敵なお胸があれば、そこへ自然と目がいくのは男の本能だ。
(しかし、すごい谷間だな)
ボン・キュッ・ボンを地で行くルイーズは、胸が大きく開いたブラウスに、皮のベストを着ている。胸の中央は紐でクロスさせる作りになっていて、それがますます彼女の大きな胸を強調している。柔らかな膨らみを前に、マークの妄想は今日も健全だ。
「・・・今日はいつもより人数が少ないけれど、どうしてかしら?」
無邪気に聞く彼女の様子がとても愛らしくて、マークは思わず、鼻の下がデレルのを自覚した。
「・・・ああ、今日は、俺のチームの半数は遠征でね」
「まあ、そうなの?」
「ああ。この数日は少し時間の余裕があってね。鬼のいぬ間になんたらってやつだ」
カウンターの上に置いたマークの手に、ルイーズのほっそりとした手が絡む。マークは思いがけない展開に、マークの頬がだらしなく緩む。
(なんだか、いい雰囲気だな。もしかして、もしかして!ルイーズさんは俺のことが!!!)
マークは、出来るだけきりりとした表情を作ろうと頑張った。かっこつけているとも言うのだが。そのルイーズの親しげな仕草は、マークに千倍もの勇気を与えた。やるぞ。俺はやるんだ。決意をこめて、マークは口を開く。
「そ、それでっ」
少し、声が素っ頓狂に掠れたのは仕方が無い。これから、騎士団、みんなの憧れてでるルイーズ嬢をデートに誘うとしているのだから。
「なあに?」
自分を見つめるルイーズの瞳がやたら好意的だ。がんばれ俺!彼女と二人きりになるのだ。マークはごくりと唾を飲み込んで、度胸を決めた。
「そっ、そのっ、明日、城下町で収穫祭があると聞いたのですがっ、お、俺とっ・・」
「まあ、誘ってくださるの?」
ルイーズちゃんも少し嬉しそうだ。これはいけるかもっ、とマークが内心でガッツポーズを決めた時だった。酒場の扉が勢いよく開き、よく見知った騎士団の同僚が慌てて酒場へと駆け込んできた。
「おい、大変だ」
無粋な闖入者にマークは苛立たしげな視線を向けた。まだルイーズちゃんとデートの約束は完成していない。邪魔をするなと言わんばかりのマークへ、同僚の男は口を開いた。
「鷹匠の部隊が襲撃されたそうだ」
鷹匠とは、エリゼル殿下が率いる部隊のコードネームだ。任務の詳細を外部で語る時の名前を聞いて、マークは思わず、息を飲み込んだ。
「それで、全員無事か?」
「マクナムが負傷した。匠は怪我をしているが無事だ」
「はあ?」
目の前で何事かと言う顔をしているルイーズ嬢にマークは視線をやった。マークには、ぴんと閃くものがあった。ジュリアが負傷したとか、騎士団の悪戯にしてはタチが悪い。
「お前・・・上手い冗談だな? 俺とルイーズちゃんが仲良くしているのが気に入らないのか?」
そういう悪戯は後にしてくれよ、と笑ってやり過ごそうとするマークに同僚は血の気が引いた顔をしていった。
「他の奴らも数人命を落としたそうだ」
その顔色をみて、マークはただ事じゃなさそうだと思ったが、悪戯に引っかかるのはごめんだ。
「ジュリアが負傷する訳がない」
そう、ジュリアの悪運の強さはチェルトベリー騎士団の中では有名だった。どんな矢がふってこようとジュリアに当ったことはなかったし、敵に捕らえられ人質になりそうな時だって、間一髪で切り抜けてきたジュリアに、そんなことが起きる訳がない。
「・・・とにかく、捜索隊が編制されるんだ。お前は絶対にそのメンバーになるはずだから、いい加減に切り上げて早く宿舎に戻れ」
「本気でジュリアが負傷したと?」
「ああ、それで行方不明なんだ」
顔色が変わったマークは、思わずルイーズを見た。
「何か大変なことが起きているの?」
「ああ。俺の大事な友達が負傷したらしい」
「まあ、大変ね。早く行っておあげなさいな」
ルイーズの整った顔も心配そうな表情を浮かべた。
「ああ。そうする。今日は世話になったな?」
「無事に戻ってきたら、またいらっしゃいね」
慌てて、何人かの騎士を連れ立ち、店を出て行ったマークの後姿をルイーズは寂しそうに眺めていた。
「収穫祭・・・またきっと誘ってくれるわよね?エリオットさん」
それが聞こえていたら、マークは天に昇らんばかりの気持ちで、歓喜に悶えたはずなのだが・・・ルイーズのせつなげな呟きはマークの耳には届かなかった。
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