騎士団長様、どうか勘弁してください~普通の侍女なのに、どうして騎士団に入団しないといけないんですかっ?! ~

中村まり

文字の大きさ
1 / 10

プロローグ 究極の不運体質

しおりを挟む
「どうして、こうなった・・・・・」

深い深い森の奥、今、アリサの目の前には、瀕死のドラゴンがいる。

アリサが知らぬ何かの理由によって、深く怪我を負っているか、または、具合が悪いのか、そのどちらもなのかもしれない。とにかく、今、目の前には、ドラゴンが目をつぶったまま、虫の息で冷たい地面の上に横たわっている。

ドラゴンはこの国ではひどく恐れ敬われている存在だ。

そもそもドラゴンなど、その辺にいる訳ではない。むしろ、希少な精霊のような扱いで、百年、いや、数千年に一匹、人の前に現れるかどうか、くらいの生き物である。

「なんでこんな所にドラゴンが……」

やるせなさげに、アリサは一人呟く。

ぐっと涙をこらえ、泣きそうになりながらも、アリサは己の不幸体質をつくづく恨まずにはいられない。

どういう訳か、アリサは今までの人生において、立ち寄る先々、行く場所で、必ずと言っていいほど、なにかしらの不幸な事件に巻き込まれる。上級侍女から言いつけられて、厨房に食器を取りに行けば、両手いっぱいに抱えた食器を、つるりと滑った瞬間、派手に割ってしまったり、悲惨な失敗が後を絶たずにひたすら続くのだ。

その日、厨房ではなぜか滅多にしない床を掃除したばかりで、滑りやすかった所にのこのこと用事を言いつけられてアリサが入り込んだ訳である。

その後アリサは厨房に立ち入り禁止となり、仕方なく、図書部屋に本を取りに行かされれば、何故か本棚が何故か倒れてきて、本棚の下敷きになる始末。子供の頃から、そういう体質なのだ。

アリサは王宮で働く侍女である。マルグレータ子爵家の三番目の娘であるアリサは、貴族カースト最底辺を行く。

しかしそこは腐っても貴族子女であるから、かろうじて庶民とは一線を画して対面を保てるレベルは確保しているのだ。(庶民は侍女にはなれないので、結局、アリサが最底辺であることに変わりはないのだが)

王宮に上がって、まだ三ヶ月しか経っていないと言うのに、すでにみんなからはドジっ子認定されている。他の人に比べれば、自分はただ運が少し悪いだけなのに。

アリサは軽くため息をつき、悲し気に頭をふった。

結局、あまりにも粗相が多すぎるため、いっそのこと「アリサを王宮の外で働かせよう」という情けない配慮によって結果、今、アリサは深い森の中にいるのだ。

その日、アリサは女官長様の言いつけにより、森の木の実や果物を取ってくるように言いつかっていたのである。さすがに、森の中なら、何かやらかすことはないだろうという女官長様のありがたい恩情のおかげだ。

下級貴族の子女であるアリサは辺境の田舎育ちだ。本来なら森の中ならなんでもこいのはずで、女官長様にも普段のドジが挽回できるはずだと、名誉挽回を兼ねて、勇み足で森の中に入ってきたはずなのに・・・。

結局、巡り巡った結果がこれだ。

それでもドラゴンは動物である(きっと)

「ちょっと可哀そう・・・ね」

アリサは傷ついて弱っている動物(?)を見て見ぬふりをするような真似のできない優しい性格であった。たとえ、それがドラゴンであったとしても、弱っている動物であることには違いないのだ。

大きな森の中で、独りぼっちでドラゴンと遭遇。

泣きたくなる気持ちを抑えながら、アリサはおそるおそるドラゴンに近寄った。

「あの……ドラゴンさん? お具合がよろしくなくて?」

体長15メートルはあろうかという巨大なドラゴンだったが、つんつんと、ドラゴンを指でつついてみるも、ドラゴンはほんの少しだけ身を捩じった。

「わたくし、どうして差し上げたらよろしいのかしら?」

どうしたらいいのか、全くわからない。できれば、このまま、目を開けて、元気よく空に飛び立ってはくれないだろうか。

そうすれば、このまま木の実を沢山拾って、何事もなかったことにして、意気揚々と城に帰れるのだ。
もちろん、女官長様の前に籠一杯の木の実を差し出して、地に落ちた評価を少しだけあげてもらいたい。

だからどうしても、このドラゴンには復活して、どこか知らないけど、おうちに帰ってもらいたいのだ。

「ねえ、ドラゴンさん、大丈夫?」

アリサが声をかけながらドラゴンをゆすると(ドラゴンは大きすぎて、全く動かなかったが)、その願いが通じたのか、ドラゴンが薄目を開いて、アリサを見た。

「ああ、よかった。ドラゴンさん、気が付いたのね?」

ドラゴンの目は真っ赤なルビーのような色をしていた。そういえば、鱗が赤紫色をしていたので、これはどういう種類のドラゴンなのだろうと、アリサは思う。

そんなアリサに向かって、ドラゴンは弱弱しく口を開ける。実は、ドラゴンは最後の力を振り絞って、アリサを威嚇していたのだが、気が動転していたアリサはそんなことには全く気付いていない。

大きく開いた口からは鋭い牙が見えていたが、アリサは別の方向に解釈したのである。

「ああ、そっか。喉が渇いているのね? ちょっと待って」

水を飲ませれば、少し元気になるかもしれない。アリサは、持っていた水筒の蓋をあけて、勢いよくドラゴンの口に水を注いだ。

きっと、お水を飲んで、気持ちを落ち着かせたら、空へと飛んで行くだろう。

アリサが、水を飲ませた瞬間、竜ははっきりと、いやあな顔をした。例えるなら、風邪を引いた子供にシロップの薬を飲ませた瞬間のようだ。甘いイチゴのシロップだと思ったら、なんとも言えず苦い味が口の中に残る。

そんな顔に似てるな、とアリサがぼんやり思い出していると、竜が赤い顔をさらに真っ赤にさせて苦しみだしたのだ。

「え、ええっ?どうして? ドラゴンさん、どうしたの?」

身をじたばたを捩じりながら、ドラゴンは苦しんでいたが、すぐにぱったりと動きが止まった。

アリサが慌てて竜に駆け寄ると、竜はすでに虫の息となっていた。

「ド、ドラゴンさん、だ、大丈夫?」

ぐったりする竜は最後の力を振り絞って薄く目を開けて、アリサを見た。自分を倒した者として、ドラゴンははっきりと、目の前の人物を見つめた。

綺麗なルビーのような真っ赤な目に、心配そうに覗き込むアリサの顔が映る。

そして、その後、ドラゴンはすぐに息を引き取った。

そして、その次の瞬間、アリサに異変が訪れたのである。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる! 前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。 「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。 一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……? これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!

処理中です...