悪役令嬢はヒロインを虐めている場合ではない

四宮 あか

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3巻

3-3

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 しかし、ミリーがそう言って、ノリノリでアンナに化粧をした結果――
 非の打ちどころのない理想のイケメンが完成してしまった。
 困ったように、『これはやりすぎよ』なんていつものように言うアンナだけど。
 それはもうキラッキラしていた。
 ここまで完成されたイケメンが出てきてしまうと……
 私とミリーでは並ぶとなんとなく釣り合いが取れない。
 私にはあれほどのイケメンが惚れこむような要素が自分で言うのもなんだけど――ない。
 家柄だけ◎の私ではどう考えても釣り合いが取れない。
 そう思ったのは私だけではなかったようで、ミリーも同意見だった。

「ここまで仕上がってしまいますと、私達ではちょっと釣り合いが」
「……ミリー⁉」

 レーナも釣り合いが取れないと暗に失言をしたミリーを、アンナがいつものようにとがめて困ったように私に笑いかける。
 うっ、顔面が強い。
 ミリーの言う通り、私達ではとてもじゃないけれど釣り合いが取れない。
 なんていうか、このイケメンが一目で恋に落ちるような目を引く容姿が足りないのだ。
 それに、彼のような人にはさまざまな魅力を持つ女性がそれはもうたくさん寄ってくる。
 イケメンはそう簡単には手が届かないというのがお約束なのだ。
 実際、パーティーのフォルトやジークは人だかりができてひどいものだった。
 そんなイケメンを手に入れる……いや、翻弄して相手から追いかけさせるくらいの小悪魔的な要素が女の子には必要だ。
 アンナがせっかくここまで仕上がっているのだから、こうなったらそんな女の子と絡んでいるところが見たい。
 ということから、アンナには部屋で待っていてもらって、私とミリー主導で、男装したアンナと並んでも見劣りしない女子生徒探しが始まったのである。
 しかしこれが難航する。
 化粧でゴテゴテは即却下! 化粧をしたら綺麗な女性はあれほどのイケメンの周りには当たり前に集まってくるものだ。
 ジークの周りを見ていたらわかる。化粧で綺麗にした女性では素が綺麗な女性達の中で埋もれる。
 私達が探しているのは、パッと目を引くような容姿をした女の子。
 それでいてはかなげで守ってあげたいような感じで、中身は彼を振りまわせるような小悪魔的な猛者もさ
 都合よくそんな人材いるはずもない。
 年上の先輩になれば、色気を醸し出している方もいたけれど、アンナ演じるイケメンと並ぶとトウが立つ。

「レーナ様、もう理想のヒロインは学園にはいないのでしょうか……」
「実に残念だわ、アンナがこれほど素敵な相手役になれたというのに」
「こんなに喜んでもらえるとは思いませんでした。二人ともまた来年新入生が入ってきたら……」

 私の部屋に帰ってきて、アンナが諦めの言葉を口にしたその時だった。


「もう、何この本。好きなら好きって言えば三日もかからず終わるじゃん!」

 私の部屋にお客さんがやってきたのだ。
 ジレジレの本に対して、さっさと告白して終われと元も子もないことをぶっこみながら入ってきた人物。
 透けるような白い肌、顔は不機嫌さを隠そうともしていないけれど、とがった唇は朱色、瞳は大きくまつ毛も長く自然と目が行く。
 見た目とは違い、キモの座った中身の持ち主。
 思わず三人で顔を見合わせてしまった。

「「「い……」」」
「何?」

 たじっと後ろにシオンが下がる。

「「「いた!!!!」」」
「はぁ? ちょっと何?」
「シオンこちらに、大丈夫です痛くなどありませんから」

 手をワキワキとして思わずじりじりと歩み寄る。

「えっ、何? 何なの?」

 本を両手で抱えたままシオンは、本能的に後ろにじりじりと後退する。

「ちょうど少し大きめの予備がありますから、急いで部屋からとってまいりますね」

 ミリーが何も言わずとも自主的に部屋に戻る。
 アンナと私で手を広げてシオンが逃げないようにする。

「何事なの? 何をしてほしいかくらい言ってよ、ニコニコしながら通せんぼされると怖いんだけど」

 シオンが珍しくタジタジで私とアンナを交互に見る。

「取ってまいりました!」

 ミリーがそう言って部屋に戻ってきて制服をひらりと取り出す。

「……冗談でしょ?」

 その制服を見て、シオンは私達が何を望んでいるか理解したようだ。

「ほんの少しでいいのです」

 そう言ってジリジリと迫る。

「嫌」

 シオンの視線が一瞬窓に向かったのを私は見逃さなかった。

「シオン逃げないで」

 強く発したその言葉は血の盟約によりシオンを縛る。
 春にシオンが私に信用してもらうために結んだ血の盟約という契約は、主従関係でもかなり強い効力を持つものらしい。
 魔力がほとんどない私には、すべての力を使いこなすことはできないから、危ない時に盟約者に居場所がわかるってのと、対面で強い気持ちで命令を下すと、制限をかけられる程度のことしかできないのだけれど。
 今ばかりは盟約がかなりの効力を発揮した。
 身体強化しようとしたシオンの体に私から静止の命令がかかり、本人の意思を無視して体を停止させる。
 といっても、私は強い魔力があるわけではないので、私の命令に反してシオンは動くことはできるっちゃできるらしい。ただ、主人を害する行動をしたり、命令に背くとペナルティーが一応あるらしく。
 ペナルティーと天秤にかけたら、今回は命令に背くほどのことではなかったようでシオンの動きが止まった。

「では、ミリーはアンナの準備を手伝ってあげて」
「わかりましたわ」

 アンナとミリーは私の衣装室に。
 私は制服をもって、嫌がるシオンを引きずって寝室の鏡台へと連れていく。

「さぁ、ここまで来たら観念して脱いで頂戴」

 ついつい手がワキワキとしてしまう。
 シオンは珍しく動揺した顔で首を横に振る。

「私がお手伝いして着替えさせるのと、自分で着るのとどちらがいい?」

 そう言うと、シオンは私が持っている服をひったくるように奪い、躊躇することなく私の前で豪快に着替え始めた。
 一度腹を決めたら潔いものだった。

「ほら、着たよ。これで満足?」

 思った通りだわ。
 美しさの中に一筋縄ではいかない芯の強さが見える。
 でもこのままではいけない、まだ男の子の雰囲気が残っている。
 私はシオンを鏡台の前に座らせると、簡単な薄化粧をほどこした。
 肌が無駄に綺麗ね……手入れとかしているのかしら。

「もういい? 今度こそ満足した?」

 シオンがそう言ってこちらを向く。
 その顔はいかにも不機嫌ですと言わんばかりであるが、それも映えている。肌が綺麗だからホンの少し頬にチークをいれ、アイラインを引き、無駄に長いまつげを上げただけであるが実にいい出来である。

「待って。最後に紅をさしたら終わりですから」
「まだやるの?」

 もう勘弁してとシオンが両手で防御する。

「これだけでもう本当に終わりですから、この筆でちょちょっと唇に色をのせるだけですから」

 お気に入りのだ、といっても毎日使うわけではなく、顔色の悪い時やパーティーのときほんの少し塗られる程度だけど。

「それベタベタしそう……アンタも本当に普段からつけてるの?」
「えっと、たまに? あっ、今日はちゃんとつけておりますよ」

 嘘だ。……本当は、今の年齢で化粧をすると肌によくないからと普段は塗っていない。

「絶対嘘でしょ、それ。まぁいいよ、レーナ様はつけてるんだよね?」

 抵抗していた手が、今度は筆を握っている私の手首を掴む。


 引き寄せられてもう彼と何度目かわからないけれど唇が重なる。

「おいーーーー‼」

 そう言う私とは対照的に、シオンは一言も発さずそのまま鏡のほうを向くと、キスをしても移るはずのない色を確認した上で口紅を全体に伸ばすしぐさをした。

「うーん、どう見てもついてないような気がするけれど。レーナ様は塗ってたんだから僕も塗れたよね?」
「あの……」
「ね?」

 ニッコリと笑っているけれど、私に対して黙らせようとする目力がすごい。

「はい」

 私はその目力に負け返事をした。

「あのさ、髪が短いからやっぱり無理があるんじゃない?」

 ショートカットの美少女の完成……と思っていたけれどやはり髪が短いのはこの世界では問題があるようだ。私にすると十分女の子に見えるけれど、シオンにしたら髪が短いことで明らかに男装じゃんと思う仕上がりらしい。
 ハァと一つため息をつくと、シオンは観念したのか、そのまま私よりも先に寝室から出ていった。
 では本日の一番やりたかったことをやりましょう。早速シオンとアンナに並んでもらう。
 身長差といい、絶妙である。

「あとは髪が長ければ完璧ですね」

 ミリーが真剣な顔をして、二人を見てそう言う。

「髪が短くても可愛いと思うけれど……」

 元の世界だったら可愛すぎて、男の子ですと言わない限り、女装しているとわからないと思うんだけど。そこは文化の違いかしら。

「髪が短いということは、髪を売った後ということであまり周りの人はいい目で見てくれないのです。娘の髪すら売らせるほど困窮していると思われるので、平民であっても短い髪の女性というのはほとんどおりません。とはいえ、他の国では短い女性もいらっしゃるそうですよ。病気で髪を失った人用のカツラのために地毛を提供してくださっているのだとか……それでも短い髪の女性には抵抗がありますわ」

 髪が短いことはそんなに駄目なのね……、髪が短い人がいないなぁと思ったけれど。そういうことだったのか。
 そんなこんなで目が死んでいるシオンとノリノリの私達でキャッキャとした。

「二度とこういうことには巻き込まないで、もう二度とだよ! こういうことで使うなら盟約のことも考えるから」

 そう言って疲れた様子でシオンは化粧を落とし去っていった。
 本を返しに来ただけでひどい目にあったシオンが少しだけ気の毒な気もする。
 ずいぶんと遊ばせてもらったから、今度疲労回復になる何かを送ろうかしら。
 そういえば、シオンはあまりお茶を飲まない。
 高級な茶葉は、元神官のシオンには慣れない味なのだろうか。
 それでもごめんねの気持ちを込めてシオンに何か贈りたい。リオンにハーブティーについて教えてもらおうかなと、私は医務室に向かった。


 しかし、今日が休日だったこともあって医務室の明かりは消えていた。リオンは留守にしているようだ。
 あら、空振りのようね。小腹がすいた気もするから、いればお茶菓子の一つか二つごはんの前につまもうと思っていたのに。
 一応確認のために扉を触ると、なんと鍵は開いていた。
 すぐ戻ってくるつもりで施錠してないのかしら? なら、中で待たせてもらおうと私は医務室に入った。
 ぼんやりと棚を眺めていると見たことのある封のものがある。
 朱封蝋しゅふうろうだ。
 私も使ったことがあるからおそらく間違いない。
 朱封蝋とは家紋の直系だけが使うことができる魔道具で、宛名以外の人が封を開けることができなくなるという優れものである。
 リオン宛の朱封蝋で封をされた手紙……一体中には何が書いてあるんだろう。
 ちょっと好奇心が湧いた私は、ちょっとだけ……とそれに触れた。するとなんと手紙がちょうど開封してある。さらに好奇心に負けた私は、少しだけ中を見ることにした。
 てっきり、父である公爵から私を監視する命令が描かれているのかと思いきや、どうやら何かの報告書みたい。
 パラパラと眺めると、どうやら夏休み中のアンバーの事件の報告書のようだった。
 捕まえた人の名前、教会での役職、現場ではどこにいたか、今の処遇など実に細やかに書かれていた。ただ一人を除いて。
 そのただ一人というのは、クライストの魔法省で私とシオンを襲った男だった。
 さらに、男の欄には服毒により死亡と書かれている。
 その他に、男は魔法省の制服を所持していたこと。
 捕まえた教会の関係者に死体を見せたが知り合いではないと回答した、ということなどが報告書にまとめられていた。
 最後には、服毒されたせいでわからないが、それなりの技量を持っていたことから、教会とは無関係な人物と思われると締め括られていた。
 私に襲い掛かったのは、教会とは無関係の人間だった? 
 でも、個人的に私に恨みがあったとは思えない。
 書類を持つ手が震えて、書類が床にパラパラと落ちる。
 まずい。拾ってもとに戻さなきゃ。
 慌てて拾い、封筒にしまおうとワタワタしたところで走ってくる足音が聞こえた。私は慌ててベッドの下に入った。もたついて封筒に戻しきれなかった書類ごとだ。

「くそっ、あのアマ」

 不機嫌なリオンの声だった。
 私には見せたことないくらい口調が悪い、こちらが彼の素なのだろうか。
 扉は開けられたままで、リオンは地面に散らばった書類に気がつくと、すぐに走ってきてそれらを拾う。
 ページを数えているが、私が何枚か持っているから当然足りない。
 ヤバい。とっさに隠れてしまったけれど、リオンの機嫌も悪そうだし出ていける空気ではない。
 音をたてないように様子を窺う。
 ジャラリと音がしてリオンがポケットから懐中時計を取り出した。

「十分の間にやられたか……。生徒は囮役でもしていたのか…………」

 そう呟くと足早にリオンは医務室を後にした。
 よし、怒られるのはごめんだから……出直そう。
 私は今日ここには来なかった! 
 幸いリオンは朱封蝋を置いて行ったから、戻しておけば完全犯罪に……ってリオン残りの書類と封筒をまとめて持って行っちゃった。
 この書類どうしよう……
 今ならまだリオンに追いつけるはず。
 この際怒られる覚悟でリオンを追いかけて声をかけるか……と扉に手をかけたけれど開かない⁉ 
 施錠されている。しかも内側から開かないタイプだ。

「え⁉ 嘘」

 落ち着け私、ここは一階。
 私が出られるサイズの窓もあるから、そちらから出ればいいのよ。令嬢は窓からは出られないだろうけれど私は違う。
 私は窓からも出る! 
 かつてもっと高いところの窓? から外に降りたことだってあるんだから。
 そう思って窓に触れると、よくみるタイプの窓の鍵だった。だからすぐに開けられたけれど、窓は開かない。
 鍵は間違いなく開いているのに、窓が開かない。

「は? え? なんで?」

 がたがたとゆすってみるも窓はちっとも開かない。
 窓を開けることを阻害している物がないかよく確認したけれど、やっぱり開かない。
 ――待っていればリオンは帰ってくるよね? 
 あきらめて先ほど抜き取ってしまった書類を片手に持ったまま、どうしたものかと医務室のベッドに横になった。
 リオンが部屋を後にして十五分ほど時間が経っただろうか。
 扉を誰かが触った気配がした。
 ああ、早めにリオンが戻ってきてくれてよかった。一晩閉じ込められたらどうしようと思ったけれど帰れそう……と扉越しに声をかけようとしたけれど、一度とどまった。
 鍵のかかっているドアをそのまま開けようとしたのか、扉がガタッと音をたてたからだ。
 ドアは私も確認したけれど、施錠してあるため当然開かない。
 リオンであれば、きっと鍵をかけていたことに気がついたとしてもすぐ開けて入ってくるはずなのに、医務室に入ってこようとしている人物は鍵をすぐに開けない。
 つまり扉の向こうにいる人物は、リオンではない⁉
 気がついた私は、慌ててベッドの下に書類と共に隠れた。
 今気がついてもらえなかったことで閉じ込められたとしても、明日の朝にはリオンも業務があるから開けるだろう。命大事にである。
 ドアはホンの少しガタガタされたあと、一瞬外が光って開いた。引き戸がカラカラと開く音が室内に響く。
 私はベッドの下で息をひそめた。
 入ってきた人物は迷うことなく、先ほど私が見た書類が入っていたあたりをあさる。
 ベッドの下から覗き見ると、男子用の制服が見えた。
 これで、部屋に入ってきたのはリオンではないと確定した。
 何かを探しているようだけど見つからないみたいね。
 もし探しているものが先ほど私が見つけた書類なら、一部は私が、残りはリオンが持って出ていってしまったからこの部屋にはない。
 とりあえず書類を四つ折りにして、スペースに若干の余裕がある貧相な胸元にねじ込んで隠す。
 あとは、ばれずに相手の顔が見られたらと窓を見た。
 窓ガラスにちょうど棚をあさる人物が映った。
 銀の……髪。
 銀の髪で学生服を着ている人物――
 一人思い当たる人物がいて、慌てて首を横に振った。
 違う人違いよ。まだ顔を見てないからよく似ている背格好の人よ、なんて私は無意識に自分に言い聞かせていた。
 もしかしての疑惑を晴らすためにも、窓ガラスに顔が映らないかと私はガラスを真剣に見つめた。
 するとちょうどよく、棚の下を探そうとしたのか屈んだ男の顔が一瞬ガラスに映った。
 それは間違えようのない人物だった。見たことのない必死な形相で何かを探す人物。
 その髪の色は学園でも少ない銀の髪で、一度見たら忘れられないほどの整った顔立ち。
 ジーク・クラエス――私の婚約者だった。

「さすがにここにはないか……」

 棚を一通りチェックしたのか彼はそう呟いた。私が聞きなれたその声で。
 どうして? 何をしているの? 
 そう呟きそうになるのをグッと堪える。
 出ていって大丈夫? 本当の本当に大丈夫なのか……
 棚をあさる顔は見たことがないほどに必死だった。
 ジークのそんな顔、見たことが一度もなかった。
 ゲームですらただの一度も。
 夏休みの間あれだけ一緒にいたというのに彼を信じていいのか不安で、私は胸元に揺れるラッキーネックレスをいつものように握りしめた。
 ジークは何事もなかったかのように部屋を後にしようとした。
 しかし、私はついてなかった。
 部屋を出る前にジークがもう一度部屋を見渡したのだ。
 ばれませんように!
 身体をできるだけ小さくして、私はベッドの下でただそれだけを祈った。
 しかし祈りは届かなかった。入り口からゆっくりと足音がベッドへと近づく。
 鼓動が速くなるのがわかる。
 足音がベッドの横で止まる。駄目だ……ばれている。
 どうする、どうしたらいいの。

「女子生徒か……」

 ジークがそうつぶやいた。ごっこ遊びの関係で、休日にもかかわらず私も今日は制服を着用していたんだった。
 しっかりとばれている。

「ねぇ、そこから出てきてくれるかい?」

 その声は先ほどの必死さなどみじんも感じさせない。ひどく柔らかに甘く私に語り掛けてくる。
 まるで私に好意的な関心があるような声色だけれど。
 いやいや、これどう考えても罠のパターン! 
 さすがにこれが罠だってことが見抜けないほどあほの子じゃない。
 でも罠だとわかっているけれど、今の私には出ていく選択肢以外何もない。

「警戒しなくてもいいよ。私は先生から取ってきてほしいものがあると頼まれただけなんだ。だからそんなところに隠れてないで出てきてくれるかい?」

 いやいや、絶対頼まれてなんかないでしょと思うけれど、それを言うわけにもいかない。

「今は君に危害を加えるつもりなどない。名前にかけて約束しよう。これなら大丈夫だろう?」

 付け加えられた言葉に少しだけ迷った。
 前回約束した際も、確かにジークは約束を守った。
 とりあえず、『今は』というところがかなり引っかかるが、今出ていった際に、危害を加えられることはないだろう。
 今後『は』どうなるかわからないけれど。
 私は意を決して、ジークが立っていない側に這い出た。ついでに無害の証明といわんばかりに両手を顔の横に上げる。

「っ……」

 ようやくベッドの下にいたのが誰かわかったのだろう、ジークが息を呑んだ。

「問答無用で攻撃しなくてよかったですね。私に危害を加えれば、すぐにリオンがすっとんできたでしょう」

 とりあえず、今攻撃したらリオンがくるぞと必死に匂わせ、私はジークを見つめた。

「レーナ……ここで今、君には逢いたくなかったよ」
「どういう意味かわかりかねます、ジーク様」
「場所を変えようレーナ」
「いえ、その必要はありません。ジーク様がリオンに頼まれて何かを取りに来たのを私が偶然目撃しただけですから。理由もわかりましたし、場所を変えてまで話すことなどありません。では」

 さてと扉も開いているし。トンズラしよう……と、足早に医務室のドアを開けて廊下に出たけど。
 私がこのまま寮に帰れるなんてことはやはり許されなかった。

「レーナ……。すまないが君はこのまま帰せない」

 乙女ゲームとしては聞きたいセリフだけれど、今こんな状況で言われると意味が違ってくる。

「なぜですか? なんの問題もないではありませんか。では」

 なるべく平静を装い強い意志で帰ろうとするけれど、ジークが私の腕を掴んだ。

「とぼけても駄目だということはわかっているだろう?」

 聞きなれた彼の声なのに、ゾクリとした。
 怖い。逃げ出したいのに、逃げ出せない。
 私の腕を掴んでない手が私に伸びる。思わず怖くて目をギュッとつぶる。
 指先が私の頬をそっとなでる。
 攻撃してくるわけではなかったのかと目を開けると、まっすぐに私を見つめるあおの瞳と目が合った。
 ジークはたいてい張り付けたかのように愛想笑いを浮かべている。
 だからこそ、無表情の今はあまりにも整い過ぎた顔のせいで人形のようだ。
 そっと頬に触れる指先からは、ジークの気が変われば私一人どうこうすることなんて造作もないと言われているように感じた。
 抵抗などできなくて、ジークに手を引かれるままついていく。
 どこに行くのだろうと思えば向かう先は図書館だった。彼が私とどこでお話ししようとしているかわかってしまった。
 図書館にある、通称『秘密の部屋』だ。
 ゲームを進めていくと、主人公にも入り方がわかる。だけど今はゲームのかなり序盤だ。秘密の部屋への入り方を知っている人間はジークの他にはいないんだろう。
 絶対に助けなど来ることのない秘密の部屋で、ジークと二人きりになどなりたくない。
 図書館へ入るわけにはと私が歩みを止めると、前を歩いていたジークが振りかえった。

「危害を加えるつもりはない。ただ確実に二人になれる場所で話をしたいだけだ」

 そう言われると、私には力もなく、魔力もない。彼の自己申告を信じて後ろをついていくしかない。
 トボトボと足取りは重い。


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