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3巻
3-1
しおりを挟むプロローグ
馬車の車窓から、学園都市をぐるりと囲む高い城壁を見つめ、また帰ってきてしまったと私は思わずため息をついた。
ため息をどれだけついたところで、私の乗った馬車の行き先があの城壁の向こうにある王立魔法学園……乙女ゲームの舞台であることは変わらない。
馬車の窓ガラスに映る私の姿も、以前とそう変わらない。
金髪でちょっとつり目をした緑の瞳を持つ、ゲームの登場人物の一人。公爵令嬢レーナ・アーヴァインのままだ。
レーナは、婚約者であるジークと仲良くなっていくヒロインが気に入らなくて、取り巻きであるアンナ、ミリーと共に幾度となくヒロインを虐めるような、小説や乙女ゲームに割とよくいる金髪縦ロールがトレードマークの悪役令嬢である。
ヒロインを取り巻きと共に虐めまくったその結末は、最愛のジークの手によって断罪されて社交界から追放されるというもの。
せっかくお金持ちのお嬢様に転生したのだから、断罪なんてまっぴらごめん!
『ジークには関わらず、お嬢様として楽しく生きる』をモットーに楽しい生活をしていくはずだったのに……
――そうは私の前世からの不幸体質が許さなかった。
転生して外見もがらりと変わったというのに、私の不幸体質だけはまさかのそのまま。
そのせいで……思い返すと、悲しいやら怖いやら、腹が立つやら。
攻略対象者の一人で優しく面倒見のいいお助けキャラを兼ねているフォルトは、なぜかはとこにあたるレーナのことが嫌いなようで嫌味を言ってくる。
唯一バッドエンドがあるから、ぜーーったいに近づかないでおこうと思った神官シオンにはしっかりと目をつけられ、森で恐怖の鬼ごっこ。
レーナの婚約者であるはずのジークには、縦ロールをやめたらレーナであると気づかれなかっただけではなく、学園にある秘密の部屋に入るところを見られて腕をひねりあげられて拘束される始末。
攻略しようとは思っていないにしても、これ本当に乙女ゲームの世界ですか? という絡み満載だった。
極めつけは――寄付金をたっぷりと学園に渡しているおかげで、私のことを気にかけてくれていると思っていた医務室のアイベル先生!
まさかまさかのゲームでは明らかにされなかった第二王子の暗殺計画を動かしていた黒幕が彼でしたという衝撃の展開が私を待っていた。
そんな黒幕が学園にいるなんて当然知らなかった私は本当に危ないところだった。
魔力切れで私の体はちっとも動かないし、フォルト、シオンだけではなく、いつもは私のそばに常にいてくれるアンナとミリーも私のそばを離れて教会の残党を捕縛しに行ってしまって。
絶体絶命!
そんな時に目の前に現れたのが、レーナの顔を覚えてすらいなかったジーク。
正直ジークがあんな土壇場で現れるとは思ってもみなかった。
あきらかな形勢不利の状態で、知らない女子生徒を背にジークが一歩も引かずに戦ってくれた理由はいまだによくわからない。
ジークの気持ちがよくわからないといえば、夏休みのこともよ……
ヒロインをはじめとして、攻略対象者は当然夏休みも実家に帰ることなく学園に留まる。
まぁ、攻略対象者全員それぞれの領地に帰って誰もいませんって、そんなの乙女ゲームでありえないから当然といえば当然なんだけど。
転生後、学園には二カ月もいなかったというのに、すでに学園生活で散々な思い出が満載だった私はヒロインや攻略対象のいる場に残るとろくなことはないと考えた。
ゲームのレーナであればおそらく、好意を寄せているジークが学園に残ったからと取り巻きのアンナとミリーと共に学園に残ったに違いない。
でも今の私はゲームのレーナとは違う。
実家に帰ってしまえばヒロインも攻略対象者もいないのだから、トラブルに巻き込まれずに楽しくショッピング、観光、美食の限りを尽くして夏を謳歌できるじゃない!
ということでレーナの故郷アンバー領へと向かったけれど。
第二王子暗殺計画を阻止し、黒幕を捕縛してシオンを助けた結果、シナリオが大幅に変わってしまったのかもしれない。
攻略対象者のフォルトとシオンもアンバー領に来てしまうわ、絶対来ないだろうと思っていたジークまでが学園都市を離れてアンバー領に大集合するという珍事。
乙女ゲームの攻略対象者が三人も夏休みの間学園を不在にするなんて、ゲームのシナリオ的に本当に大丈夫? と心配になってしまうほどだった。
フォルトは里帰りのため、シオンは教会のしがらみがなくなったことで私の父に会うため、と納得できるけれど。
今までのレーナへの扱い的に、ジークがなんで今更私に歩み寄りを見せるのかがさっぱりわからない。
その上婚約者だからと私の家に滞在することになって、レーナの体はまだ十三歳だというのに胃が本当にキリキリとした。
しかも災難はこれだけでは済まなかった。公爵令嬢なのにダンスが踊れないままだとさすがにまずいわよねと、お父様に頼んでつけてもらったダンスの先生は、イケメン高身長で大当たり! そう喜んだのもつかの間……
ダンスの先生の正体は、グスタフが所有していた魔剣が現場から見つからなかったことで、私が魔剣を隠しているのではないか? と疑う魔法省の職員でした! という見事な落ちまでついてしまった。
ダンスの先生、改め魔法省の職員だったリオンは、私がいくつもの武勇伝を残すユリウス・アーヴァインの子孫なのに、よもやよもや魔力がほぼないはずれの子とは思わなかったようで……
私が魔剣を意図的に返さないに違いないと、リオンが悪意を持って動いた結果。
何もかもが終わったころには、私の意思とは関係なしに血の盟約者がもう一人増えているわ、魔法省に拘束されている間に誕生日が終わっていているわでもう散々。
そんな魔剣騒ぎをなんとか切り抜けて、やっとゆっくりアンバーを観光したり、おいしいものを食べたりして夏休みの取り返しができるかなと思えば、お父様である公爵が不在の間に起こった土砂崩れ騒ぎ。
現場に駆け付け蓋を開けてみれば、土砂崩れというのは教会の残党が栽培した麻薬を持ち逃げするための時間稼ぎの虚偽だったのだ。結果、第二王子暗殺事件の黒幕逮捕で終わったと思っていた、教会と再び対峙することになってしまった。
どうにかこうにか解決し、当初の予定通り夏休みを満喫するわよ! という私の前に立ちはだかったのは――手つかずの夏休みの宿題。こんなのゲームでは描写されなかったじゃない!
思い返すだけでも恐ろしい。
さすがに短期間でいろいろ起こりすぎよ。
ああ、ラッキーネックレス様、今回も無事に過ごせますように。
公爵令嬢の立場を最大限に利用して手に入れた、ゲームでは誰が買えるのよ! というほど高額で、運を底上げしてくれるチートアイテム『ラッキーネックレス様』を握りしめて私は祈りをささげた。
本当に、本当に、頼むわよぉおおお。
一 読書に勤しんでいる場合ではない
夏休みを数日残し、私は早めに王立魔法学園の寮に到着していた。
グスタフが私の居場所を探すためにうろついていたから危険ってことで、確か以前の部屋から引っ越すことになったのよね。
はてさて一体どこに引っ越すことになったのかと思いきや……新しい部屋はなんと前の部屋のお向かいだった。
えーこれ意味ある? え?
そう思うけれど、灯台下暗しってやつか。冷静に考えると寮の部屋は階によって大きさが違うので、私が希望しても引っ越せる部屋自体がここしかなかったって説が有力かしら。
部屋は以前より広くなったのか、前より手狭になったのかはわからないけれど、間取りが微妙に異なるのが面白い。
家具はきちんとメンテナンスがされ、どれもこれもピカピカだ。
魔剣が隠されているのでは? と疑われ、メンテナンスという名目で一度調べられてはいそうだけどそこは公爵令嬢。
私の好みの変化に合わせた新しい家具が導入され、部屋の雰囲気は以前のいいところを残しつつ、気持ち新たに過ごせそうな部屋に仕上がっていた。
カーテンの色もさわやかな青色からオレンジベースのものに変わっている。これから寒くなるから、部屋の中には温かさをというコンセプトなのだろうか。
長旅でお疲れでしょうとメイドが新しいお茶のスペースに案内してくれて、私は一息ついた。
窓から見える景色も以前とは違うのがなんだか新鮮ね。
温かな紅茶としっとりとしたフィナンシェのような菓子に、私は舌鼓を打った。
私がゆったりとした時間を過ごしている間に、メイドは私がアンバーから新しく持ち込んだ荷物をどうするか確認しつつ手早く片づけていく。
フォルトから貰った本とジークから貰った栞は寝室に、アンナとミリーから頂いたカチューシャは他の装飾品と一緒にしまっておいてと指示を出す。
「あの、お嬢様……」
メイドの一人が瓶に入った砂を持って、これは……という困った顔をした。
これはシオンから誕生日プレゼントでもらったアンバーで人気のお土産。
『アンバーに来た記念に美しい砂浜の砂をもって帰ろう』ってやつだわ。
そう、私の実家のプライベートビーチに山のようにある白い砂である。
他の人からのプレゼントも持ってきたからこれだけ置いていくのも……と思い、とりあえず持ってきたやつ。
「それは………寝室の出窓のところに一応飾っておいて」
一通りの指示を出し終えた私は、部屋の片づけをメイドに任せて学園をぶらぶらすることにした。
夏休みはまだ数日残っているにもかかわらず、すでに生徒が学園にポツポツと帰ってきているようで、寮はいつもより騒がしかった。荷物を自ら運び込む生徒の姿もちらほらと目に入る。
はぁ、自分で片付けないといけない人は大変そうねぇ。
こればかりはお嬢様であることに感謝だわ。
一緒に来たアンナとミリーも、今日はさすがに荷物の片づけで忙しいだろうから、一人でカフェでもいこうかしら。
なんてことを思って部屋を後にすると、なんとかつての私の部屋は早くも新しい住人が入ったようで、従者やメイドたちが慌ただしく出入りしていた。主人のために部屋を整えている真っ最中なのだろう。
夏休みの間、私がアンバー領でいろいろなことがあったように、学園でもいろいろ変化があったみたいね。
お向かいさんは一体どんな方かな? イケメンだといいのだけれど。
メイドの一人が部屋から出てきた私に気付き、深々と頭を下げる。
私も軽く会釈をして歩き出すと、向かいの部屋から人が出てきた。
「レーナ」
この学園で私に様をつけなくてもよい人物は限られている。
そして声でわかる。なぜお前がその部屋から出てくる。
名前を呼ばれ、動きの悪いロボットのようにギギギっと、首だけ呼ばれたほうに振り向いた。
「ごきげんようジーク様」
「会えてよかったよ、ごきげんようレーナ」
「なぜその部屋から出てこられたのですか?」
行儀がよくないとわかっていても、動揺から思わず指をさして私は尋ねた。
「あぁ、君の部屋が空っぽになっていたから、学生部に問い合わせに行ったんだ。守秘義務があると言われ、君に何があったかはわからなかったけれど、以前君が使用していた部屋が空いているというから引っ越したんだ」
少しの間をおいてジークは続ける。
「……しかし新しい君の部屋がまさか正面だとは思わなかったよ。引っ越しの意味はあったかい?」
さすがに私の部屋の移動がまさかこれ程までに近場だとは思いもしなかったようで、笑顔が一瞬ぎこちなかったがジークはすぐに表情を取り繕う。
そして私の耳元でささやくようにこう言った。
「君が以前使っていた部屋は寝室の窓から外に出入りできるだろ。コッソリ抜け出すのに便利だからね」
あーなるほどである。
私にとっては防犯上危ないと判断したことが、ジークにとっては便利なことなのだから、部屋の善し悪しの条件は人それぞれである。
「おかえりレーナ、君が学園に戻ってきてくれてほっとしたよ、それではまた新学期に」
ジークは手短にそう告げると、やることでもあるのか再び部屋に戻っていった。
新学期かぁ、本当は夏休みの間から少しは勉強しておくつもりだったのに、いろいろ重なってちっともできなかったのよね。
できるようになったことはダンスくらいだ。
新学期のことを考えると、実に実に実に……憂鬱である。
軽やかな足取りから一転、新学期のことを考え重たい足取りになってカフェを目指していると。
「いたいた、レーナ様!」
寮から出てすぐに、次はシオンに捕まった。
「あら、シオンごきげんよう」
「今いくら持ってる? お金貸して」
可愛いポーズで言ってくるけれど、内容は完全にカツアゲである。
「カツアゲですか?」
少し動揺しつつ聞き返す。
「えっ、あぁ~うん、そうだね。僕お金足りないんだよね、だからちょっとばかし融通してくれる?」
ちょっと考えてシオンは、言動をカツアゲらしく寄せるためか、右手でお金のポーズをしてニッコリとほほ笑む。
「カツアゲのほうに寄せなくてもいいわよ」
「教科書買うお金が足りないの。銀貨二十枚ほど貸して!」
「治癒で得たお金はどうしたのよ?」
アンバー領で治癒師としてバイトしていたこと、こっちは知ってるんだから。
「あ~あれか、うーん、いろいろあって使っちゃった」
おいおいおいおい。
「確か私に請求した分も届けさせたでしょ、あれはどうしたの?」
「あ~あれね。制服のシャツを二枚新調したら消えた。身体のラインにぴったり採寸しすぎなんだよね~、制服のシャツ……もう少し余裕を持たせてくれていればまだ着れたのに」
身体のラインによりぴったり合わせたモノのほうが、やはりピシッとして見えるが、その裏ではこまめなサイズ調整と新調が欠かせないようだ。
さすが貴族ばかりが通う学校だけある。
「なるほど、事情はわかりました」
そういえば私よりホンの少しだけ高かったはずの彼の身長が少し伸びている気がする。
キャラクタープロフィール的にシオンは少なくとも最終学年までに後十五センチメートルほど伸びるはずだから、そりゃ制服も合わなくなっていくわけね。
服も小さくなるだろうと納得すると同時に、私の身長は伸びないの?
なんて疑問がよぎるが、首を振って思い出さなかったことにした。
財布を取り出しゴソゴソと漁る。
金銭と生活を保障すると一応約束しているのだから、ここは気前よく渡しておいたほうがいいのかしら。
この世界には紙幣がない。かといって学園内をうろつくとき硬貨をたくさん持つと重いので、普段から硬貨はあまり持ち歩かない。とりあえず金貨を一枚渡して当分はこれで何とかしてもらうことにした。
「これで当分は大丈夫かと思います。返済は結構です。父にもシオンのことを頼んでおりますので、一度連絡してみますね」
「ありがとう。でもそういう連絡は僕からアクションをする前に、できれば自主的にしてくださると助かるからね!」
「はい、それは申し訳ございません」
そう言って私は頭を下げた。
そんなこんなで始まった私の学園生活だけど、私にはちゃんとした目標があった。
『授業をまじめに聞く、そしてノートをしっかりととる』
一学期とは違い、私は授業に真剣に取り組んでいた。
アレだけプレイしたゲームの知識も時間がたつと忘れてくるもので、補習を避けるためにも授業は真剣に取り組むしかない!
午後の授業もぼーっとせず、昼寝もせず、クラス合同の授業でジークを見つめっぱなしだった私の受講態度がまじめになったことに先生方はどこかほっとしているようだった。
王立魔法学園にいる間は、貴族平民の身分を問わず平等なんて言われているけれど実際は違う。
ゴリゴリに身分による差別、いや区別がある。
先生方の姓は身分差関係なく指導するために明らかにされていないが。
公爵家の生徒ともなると、注意できる人などそもそもほぼいないのだ。
先生方からしたら、レーナは確実に扱いにくい生徒だっただろうな。
それにしても授業は聞いてみれば案外面白い。魔法を身近に感じられるし、まるでホグ……これ以上言うのはやめておこう。
「「レーナ様大変です」」
授業に関心を持ち、すっかりまじめになった私にアンナとミリーが話しかけてきた。
「二人ともどうかいたしまして?」
アンナとミリーは顔を見合わせてから、こちらへ向き直る。ミリーがコッソリと私に耳打ちした。
「新しいイケメンの噂を手に入れました!」
「何それ! 詳しく聞きたいわ」
私は身を乗り出した。
本質はちっとも変わっていない私だった。
すっかりイケメンの話に興味津々の私に、アンナがさらに続ける。
「治癒師のグスタフ先生が学園を去られましたよね。その代わりの先生がいらしたのですが、大当たりだったそうです。治癒師は不足しているのでパッとしない父親くらい歳の離れた方がまた来られると思っていたのですが、若く見た目の整った方だったそうで、多くの女子生徒たちが頭痛や生理痛など体調がすぐれないと訴えて足しげく通っています」
「アンナ、ミリー……。私、朝食を食べ過ぎてしまったかもしれません」
お茶の時間に一口サイズのモンブランを三つも四つも食べていたにもかかわらず私はそう言った。
「「まぁ、大変ですわ」」
アンナとミリーは、お互いに顔を見合わせてにんまりと笑った。
あれよあれよと、医務室へGOである。
いつの世もイケメンは女子の心を掴むものなのよ。
ましてやゲームなら変わることなどなかった医務室の新しい先生ってことは、攻略対象者と一切関係がないはず。要は私が関わってもOKな無害なイケメン!
顔を見たいからという不謹慎な理由で、私は足早に医務室に向かった。
顔をチラリと見たら、気持ち悪さは治ったことにして昼食に行こう。
ホホホッと、ついつい悪役令嬢らしい笑い方が出てしまう。
以前は医務室に行っても誰も人がいなかったのに、アンナの言う通りイケメン見たさの女子生徒がちらほらといるではございませんか。
あぁ、こんなにも人が集まるだなんて、いったいどれほどの顔面なのだろう。
イケメンは人をこんなにも寄せ付けてしまう。
これだけ人が自然と集まるイケメンが学園の新たな先生として加わっていたなんて、情報をキャッチするのが遅かったことだけが悔やまれる。
「本当に具合の悪い人以外は遠慮するように」
苛立った声が先に聞こえて、医務室の扉が開いた。
待ちに待ったイケメンが現れる。
百八十はあろう身長、緑色の髪と瞳。
はて、気のせいかしら……どこかで見たことのある容姿をしていらっしゃる。
私はにこやかな笑みを浮かべたまま、彼の見覚えのある容姿を見て固まった。
私の知り合いにとても、とてーーもよく似ているけれど。
彼は魔法省の職員。さらに私が絶対に辞めないようにと念押しして、魔法省で働くようにとキツく言ってある。
だから医務室の先生が私の知っている彼のはずはない。
「レーナ様、本当にカッコイイですよ」
ミリーが完全に固まった私の制服の裾を引っ張りながらそう言う。
「身長があるので同学年の男子生徒と全然違いますね」
私の反対側の制服の裾を引っ張りアンナもそう言った。
そういえば、二人は私のダンスの先生と会っていないから顔を知らないんだった。
いやいやいや、まだ彼と決まったわけではない。似ている他人だとか、ひょっとしたら兄弟なのかもしれない、そういえば彼に兄弟の有無とか聞いたことがなかったわね。
「レーナ様どうされました?」
しかし、女子生徒の中から私を発見した男は、迷うことなく私の名を呼びやってきた。
はい、知り合い確定である。
「リオン……あなたなぜここに」
「ご挨拶が遅れてしまいすみません。何しろ急なことでこちらも準備に追われてしまいご挨拶が後手に回ってしまいました。新学期から治癒師としてこちらで働くことになりました。怪我をされた際は気軽にお声掛けください。レーナ様」
そう言って、ニコっと私に笑いかけた。
「レーナ様のお知り合いですか?」
「ご紹介くださいませレーナ様」
二人に言われて私はどう紹介したものかと思っているとリオンから二人に挨拶があった。
「リオンと申します。治癒師です。学園に赴任する前はアンバー領で働いておりました。レーナ様のお父様である公爵様から、このたび学園の治癒師に欠員が出たとのことでこの仕事をご紹介いただき学園に雇われました。教師は苗字を名乗ることはできませんので名前だけの紹介でお許しください」
こいつ自己紹介を『治癒師です』で乗りきった。
二人はキャッキャしているが、私はそれどころではない。
なぜお前がここにいる。
魔法省はどうした?
聞きたいことが次々出てくる。
リオンは挨拶を済ませると、右手を他の生徒たちにかざす。
「他の生徒は特に問題がないようだから戻るように」
手をかざすことで生徒たちが怪我しているか調べたようで、他の生徒は促されるまま帰っていった。
「医務室の前で立ち話もなんですから、中に入ってはいかがですか? 高価なものではありませんが、薬草室からハーブをいろいろと融通してもらっているので、おいしいハーブティーを御馳走しますよ」
リオンに促され、私達は三人で医務室にお邪魔することになった。
医務室の中はだいぶ様変わりしていた。
前は元いた世界の学校の保健室に似ていて、最低限の必要なものを揃えただけの殺風景な感じの部屋だったのに、壁の一部はぶち抜かれて、これまでの部屋と続き部屋となるように増築されていた。
光が入ってくるようにさまざまなサイズ、形の窓がついており、壁に沿うように低めの棚が並んでいる。
棚の上には植物や花、お茶のセットなんかが置いてあった。
ちょうど、部屋から出っ張る形の続き部屋には、テーブルとイスが新たに置かれ、数人でちょっとお茶を楽しむのにぴったりな空間が出来上がっている。
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