悪役令嬢はヒロインを虐めている場合ではない

四宮 あか

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コミカライズ2巻記念

レーナが眠ったその後で①

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 コミカライズ2巻10月26日発売とのことで。
 近況ノートにも予告しておりましたが、勝手におめでとう企画。
 あのときあのキャラこんなことしてました! になります。 
 本編をお待ちの方すみません……

 小説1巻、レーナが朱封蝋を使うことでつぶされ、今回の作戦から外された後のお話になります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 シオンから預かったアンクレットで、残りのわずかな魔力を搾り取ってようやくレーナ嬢は瞳を閉じた。
 控えていたメイドにレーナ嬢を託して、俺はアンナ嬢の部屋へと向かった。

 手が緊張でわずかに震える。
 廊下を歩く足取りが重くなる。

 絵空事だと思われていた、教会との対峙が始まる。
 それも舞台は王立魔法学園。
 助けを呼ぼうにも、学園都市には大人は簡単には入れない。
 それがレーナの父であるアンバーの領主にすらひっくり返すことのできない絶対的なルールだった。



 大人たちが対応することを傍観するのではない、自分が主となり動くときが予定よりも早く来ただけだ。
 いずれ乗り越えないといけないことだったんだ。
 そう何度も言い聞かせる。
 自然と手に力がはいって、必要以上にこぶしを握り締めて、手のひらに食い込んだ詰めの痛みにハッとした。


 緊張している。
 自分でも驚くほどに。
 こんな顔で皆の前に行くわけにはいかない。
 ただでさえ不安なのに、さらに不安にさせるわけにはいない。
 だって、俺は領主候補なのだから。


 一息吐いて廊下のガラスを見つめると、俺の顔はいつもより明らかにこわばっていた。
 日はすでに傾きはじめ、時期に青い空の色を茜色に染め始めるだろう。
 わずかばかりの茜色の時が終われば、決行の時である夜がやってくる。
 一人たりとも逃すわけにはいかない。
 失敗は許されない。
 プレッシャーがのしかかったことを強く感じる。
 落ち着かせて表情を取り繕うのがいつもよりもうまくできない。



 逃げるな、逃げるなとガラスにぼんやりと映る自分に言い聞かせる。
 自身のメンタルの影響を受け魔力が漏れ出し、髪がパチパチと小さな音を立てて逆立つのが解る。


 大丈夫。一人で全部やるわけではない。
 シオンの話によると、今回捕縛する人数は3人。
 それも、俺たちと同じ子供が相手なんだ。

 しかも、今日決行すると決めてすでに先輩方に話を通した俺たちとは違い、あちらは連携をとる暇すらない。


 相手は年上ではあるが、俺がサシで3人とやり会う必要はない。
 自分にできることを考えて動け。
 最善を……



 レーナ嬢ですら、自分の役割を理解しやるべきことをやろうとしていたんだから。
 挽回しろ……、レーナ嬢は領主候補ではない。
 領主候補は――俺だ。
 ようやく気持ちを固めた俺は、足早に皆の元へと戻った。


「お帰りなさい、フォルト様。アンクレットは結局使いました?」
 肩をトンっと叩かれシオンが得意げな顔で黒い瞳でこちらをみた。
 ほんの一瞬、トンと叩かれたが。
 叩いた衝撃に上手く隠されてはいたが、自身の魔力線に服越しに流されたわずかなシオンの魔力が体の緊張を緩めたことに、驚いて目を見開いてしまった。
「あっ、フォルト様は気づくんだ……」
 俺の様子に、自身が今の一瞬で俺に魔力を送ったのだと見破られたのがバツが悪いようで、そうつぶやくとシオンが離れようとする。
 

「使ったらやっと寝た……忘れないうちに返しておく」
 そういって、アンクレットを手渡すと。
「やっぱり、あの人変にしぶといというか……」
シオンはアンクレットを受け取ると制服のポケットに無造作に突っ込んだ。


「つけないのか?」
「白い髪と金の瞳は教会が好む色だからしてたんだよね。でも僕にはもう髪の色も瞳の色も無理に変える理由はないからさ」
 自分が知っていたシオンとはまさに正反対の色の髪と瞳の色にいまだになれないが。
 砕けた口調に、ちょっとずうずうしく要領がいいのがきっとシオンの素なのだと思う。

「アンナ嬢とミリー嬢は?」
「今回のターゲットの部屋に今夜突入する。その際に、先輩方をどこに配置するかを手紙じゃ伝えきれないので、直接話に向かわれました。僕がこういう時一番に動くべき人間だってわかってるんだけど……神官だと割れてるから」
 教会の人間であるシオンが動けば目立つというわけだ。


 二人がいないことをいいことに。
 俺は今までシオンに聞いていなかった、疑問をぶつけた。
「なぁ……シオン。どうしてレーナ嬢だったんだ?」
 教会の神官だと明らかにしていたにも関わらず、王立魔法学園にどうどうと正面切って入学してきたシオン。
 治癒師として治癒魔法をかけるところは見たことがある。
 見たことがあるけれど、とりわけ気に留めるようなことは何もなかった。


 先ほどのわずかな接触で、俺に気づかれないように魔力をながしこわばる筋肉の緊張をほぐすまでは……
 治癒師として働いていて、魔力を使い慣れているだけではたどり着けない領域。
 今はどれだけの腕の持ち主かわかる。
 だからこその疑問がそこにあった。


――なぜレーナ嬢だったのか。



「僕を利用しようってちっとも考えてないから」
 一体何を対価に引き込んだのかと考える俺には想像だにしない答えだった。
 金でもなく、卒業後の待遇でもない答えに俺は言葉を失った。

 治癒の腕がなんとなくわかってから、俺の頭の中にはその治癒能力を使うにあたって、ならどれだけの対価をレーナが用意したのかずっと疑問だった。

 話を掘り下げてわかったことは、レーナがシオンに渡すと約束したのは、学園在学中にかかる費用のみ。
 庶民のシオンにということを考えると、それはあまりにも破格だ。
 その代わりに、レーナがシオンに求めたことも。
『授業で怪我をしたときにすぐ治せるように同じパーティーになる!』という、有効活用を一切する気がない物だった。



 意味が解らない。
 それは俺の顔にも出ていたようで、シオンが付け足すかのように話を続けた。 
「大きな対価を得るためには、義務が付きまとうじゃん……」


 領主教育を受けた自分には、そのシオンの言葉の意味が理解できた。

「それに僕は誰かの意思で人を殺めたくない。一応治癒師なんで。てなわけで、協力してね。フォルト様」
 パンっと両手をたたいてシオンはこの話はこれで終わりと言わんばかりに打ち切った。
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