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王子様から逃げている場合ではない

第2話 おかしな非日常

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 こんな異様な場にも関わらず、ジークは空いている席に腰を下ろすと、普通にうちのメイドを呼んで飲み物を頼むし。
 メイドもメイドで、椅子に縛り上げられている私には一切触れず。
 ジークの前に冷えた飲み物を置くとさっさと部屋を後にする。


 パーティー衣装で、オールバックにしたジークが飲み物をただ飲んでいるだけなのに、流石攻略キャラの一人それはめちゃくちゃ癪だけれどスチルのようである。
 ただ、このスチルジークのすぐ隣に、めかしこんだドレス姿の私が椅子に縛り上げられているという異常感をたっぷりと残すんだけどね。

 うちのメイドも主人の味方じゃないの……
 もう、どいつもこいつも私の味方は、私への対応が基本おかしい。



「ジーク様。誰も教えてくださらなかったので、ぜひこの状況の目的、意図を説明してくださいませ……私の身の安全と縛り上げられることに何の関係性があるかを!」
「パーティーでの最初の一曲が確実に終わるまでレーナをここに止めるためだろうね」
 私の質問にジークは視線を飲み物から移すことなく答えた。

「最初の一曲も何も……婚約は解消したので、会場にいたとしても婚約者のいない私は踊れないはずでしょう」
「そうだよ。君は会場にいたら一曲目をもう踊れない」
 ジークはそういって、私のほうをやっとみたんだけれど。まじめな顔はすぐにそらされた。

 何なのよ? と思いジークを観察すると、少しだが肩が震えていることに気が付いた。

 今は笑ってはいけない。場の空気的に……
 公爵家の嫡男として躾けられたからこそ、場の空気に応じた行動を自分は取らないといけないと理解しているのだと思う。
 この非日常なありえない状況であっても。
 だけれども、今の私の状況は流石に彼の教養と理性でもカバーできなかったようで、声こそは出ていないものの背を向けた肩が理性の制御では追い付かずに震える。

 

「笑いをそれだけ耐えるほど、流石にこの状況はいくら何でもおかしいのでは? と思っていらっしゃるのでは……」
「…………そんなことは」
 少し間をおいて、普段のトーンで返事はかえってきたけれど、ジークはまだこちらを見ない。
「私の目をみて言ってくださいませ」
「公爵様も含めて、いろんな人に頼まれてしまってね」
「ジーク様、私の質問をスルーして話しを本筋に戻さないでください。とりあえずこちらを見てください」



 少しの間をおいて、ジークはゆっくりとこちらを振り向きいつもの愛想笑いとなった。
 やるわね。
「はぁ……、一曲目のダンスを私と踊らなければ婚約を解消したと他の生徒にばれてしまう。そうなると、今の君に他の異性がいろいろな思惑でよってくる可能性があり。その対処をすることを考えると、私と共に遅刻してくれれば、とりあえず今学期は私という婚約者がいるかもしれないと、周りがよってこないというわけだね」
 とりあえず、笑いはひと段落したのかいつものように、ジークはサラリとそういった。
「嘘でしょ!?」
 私の婚活大作戦がさっそくつぶされたのだと理解した瞬間、思わず椅子にしばられたことも忘れ立ち上がった私は転びそうになる。
 しかし、私が転ぶことはなかった。転ぶ前にジークが支えてくれたからだ。

「ッ……ふ」
 私を支えたものの、ジークはとうとう耐えきれない笑いの声が出そうになっているではないか。



 パーティー用にめかし込んだ男女が二人切り抱き合っているのに、一人が椅子にくくられただけでとんでもないスチル爆誕である。
「ジーク様」
 たしなめるかのように名前を呼ぶとそれがとどめを刺したようで、ジークは普通に声を出して笑いだしてしまう。
「笑いすぎではございませんか?」
「これは、流石に仕方ないと思う」
 ゆっくりと私を椅子のまま戻すと、もう腹を抱えての大爆笑だった。

 笑いすぎて、目じりに貯まる涙を指でぬぐうほど受けてしまっているがこっちはそれどころではない。
 このままではせっかく婚約を解消してフリーになったというのに、こんな風に私が婚約解消したことが知れ渡らず卒業までいけば。
 お互いの両親の強いごり押しで、私が卒業までにいい相手を見つけることができなければジークと結婚。

 私はジークが婚約者かもしれない状況では新恋人ができる可能性は限りなく低い。
 しかしここは乙女ゲームの世界。
 ジークがヒロインと恋に落ちる可能性は0ではない→ヒロインとジークが恋に落ちる→婚約は解消しているがレーナに相手が見つからない→このままでは自分がレーナと婚約しなければいけない→レーナが邪魔→よし断罪♪


 ありうる……ありうるわ。
 ジークは物事を思い通りにするために、割と手段を選ばないところがある。
 なんとか、パーティー会場に行かなければ。しかし縄は身体強化ができない私では引きちぎれないし。暴れようものなら、またしてもドレスがパーになってしまう。


 何としてもこの縄を外してもらわないといけない。


「ジーク様、縄を外していけませんか?」
「時間になったら外すよ」
「今、外していただけませんか?」
 ジークはにっこりと愛想笑いで笑うだけで答えない。


「私たちは一応友達になったではありませんか。今私がパーティーに行かなければ、私が婚約を解消したと他の人はわからず。恋愛面に大きな障害となるんです」
「友人として一言いうけれど、少なくとも君の周りが恋愛をしてもフォローできそうだとか、君に任せても大丈夫だろうと判断をされてからでも遅くないのでは?」


「じゃぁ、聞きますが。あの過保護な人たちが許可すると思いますか?」
 ジークは沈黙した。
「沈黙が答えではありませんか!」
「レーナを私はいい友人だと思っているよ。いつも思いもよらない状況に巻き込んでくるとつくけれど……、君が自分で動くとたいていろくでもないことに巻き込まれる」
「もう! このままだとジーク様私となんだかんだで結婚しちゃいますよ。本当によろしいんですか! それとも、ジーク様私のこと好きなんですか?」
「あぁ、好きだよ~。じゃぁ、この話は解決ってことで」
 さらりと言うけれど、ジークは表情一つ変えずに、飲み物を飲み進める。
「口先だけの嘘じゃないですか……」


「私以上に利害関係抜きで君と結婚しても構わない人物はいないと思うが……」
「そこくらいは、嘘でも君を愛してるとか言えなかったんですか」
「……私以上に君のことを愛して結婚しても「遅い!?」
 思わずキレッキレのツッコミが飛び出た。
「うーん」
 私のツッコミに、ジークが口元に手をやる考察ポーズをした。


「宝の持ち腐れ。なぜその圧倒的なスペックがあるのに、恋愛面においては物理的に解決すればOKを隠し切れないんですか」
 そんな風に、ジークにダメ出しをしているとジークの手が伸びてきて縄がほどかれた。


「私の思いをわかっていただけましたのね!」
 とジークをはやし立てパーティー会場についたときには、とうに1曲目は終わっていて絶望した。


 私の怒りがわかるのか、隣にいるのにジークはそっと目線を外す。
「……天誅!」
 私はそういって、ちらちらとパーティー会場に着くや否やジークのことを見つめる女性たちのほうへとジークの背中を思いっきり押した。

 2,3歩その反動でジークが私から離れると、あっという間にジークは群がられた。

 レーナ!と言わんばかりにジークの目が睨んでくるけれど。
 もうあんな奴友達ではない!


 ざまあみろといい笑顔を向けた後、私は自分をはめた皆とも会うのが嫌で一人でパーティー会場を後にした。
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