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星降る夜を見上げている場合ではない

第47話 欲をかいた

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 ノージュはもとは使用人の一人だった。
 どこの出身かまでは覚えていないが、一応男爵家の出で王立魔法学園をそれなりの成績で卒業しただけあり。
 気が弱いが頭が切れ、そしてよく気が付く俺にとって便利なやつだった。
 だから、俺の傍仕えにしてやったんだ。

 顔を見られたレーナを無事始末することにほっとしたのもつかの間、残すはあと一人だと。
 白の部屋の出口で横たわる、たまたま直系として生まれただけでその座を手にした忌々しい存在を見下ろし、ノージュにいつものように命令を出した。


「はやくそいつを馬車に詰め込め」
「欲をかいた……欲をかいた……欲をかいた……」
 真っ青な顔で、ぶつぶつとノージュはつぶやく。
 あぁ、こいつはこんな風に気が弱い男だった。まったく、この一分一秒が惜しいときに。

「おい、何をしている。人が来る前に早く」
「はぁ‥‥…御冗談を?」
 ようやく焦点の定まった眼で、俺を見据えたノージュが発した言葉はひどく冷たく、そしてその表情はうろたえていたのが消え、実に冷たい冷たいみたことがないものだった。


「こんな時に冗談など言うはずがない。早くこいつを人質にして領地を出るぞ」
「人質というのは自分の裁量でなんとかできて、初めて役に立つんですよ……」
「何を言っている? こいつは子供だぞ」
「ラスティー様は直系ですらない子供に敗れたではありませんか……。そして、彼はアンバーのはずれの直系とは違い。まぎれもない本物。受けてきた教育や経験はもちろん。才能や資質が違う……俺らとは格が違うんです。俺たち二人でどうにかできる相手ではありません」
「……何を、子供じゃないか」
 ありえないことだった、ノージュがこんなことを思っていたとしても口に出すとは……


「はぁ、これだから困る。ラスティー様あんたについたのは、あんたが怖いからでも力があるかでもない。私にとって御しやすいからだ。あんたが次期領主になれば、舵を私が握れると思ったからだ。まぁ、あきらかな格下の芽すら詰めないほどの期待外れだったが」
「なっ、なっ……」
「レーナ様にしても、あんたのせいで顔を見られたから始末に手を貸しただけで、流石の私も直系に手を出すつもりなど微塵もなかった。レーナ様ははずれでも公爵であるアーシュ・アーヴァイン様は本物ですからね」
 パンパンっと服についた砂を払うと、ノージュはランプを手にもった。
「おい、ランプをもってどうする気だ」
「私の野望もここでおしまいです。長いことお世話になりました。この魔道具のランプは退職金としていただいていきます」
「お前何を言っているのかわかっているのか?」
 ノージュはこんな状況化で俺を見切るとわかって声が震えた。
「あっ、親切心で一つご忠告を……私のような小悪党に付け込まれるような人物は――――領主にはなれません」
 にこやかにノージュがとんでもない言葉をいって、笑うとランプの灯りがゆらりと揺らいだ。
 それと同時に、ノージュの姿が闇夜に溶け込んでいく。



「おい、待て! 待ってくれ!!」
 すがるような大声だった。頼みの綱を無くすような気持だった。
 いつだって命令して従わせていたのは俺のはずだったのだ、なのに今はなんだ。ノージュがいなくなることで起こる不安。認めたくない、認められないけれど、俺はこいつに御されていたのか……
「おやおや、そのような大声をあげては眠れる獅子を起こしてしまいますよ?」
 全く困りましたねといういつもの雰囲気でノージュはそういうが、その目は冷たく、冷たく、それがもう今までと関係が変わると告げるには十分だった。


「――――御武運を……」
 ノージュがそうつぶやいた瞬間強い風が吹き、頬に焼けるような痛みを覚えた。
『御武運を』の言葉を最後にノージュは完全に闇に溶け込み見えなくなり、砂浜には砂で作られた砂の壁が現れ、砂壁には氷の刃がいくつも突き刺さっていた。


 頬に触れると、鮮血がついた。痛みの原因は、俺の頬を氷の刃が頬をかすめノージュに向かって攻撃をされたからだとわかった。

 糞、糞、糞……

 憤り後ろを振り向けば、先ほどまで倒れていた忌々しい何の苦労もせずに直系というだけで、俺が欲しくてたまらない座を手に入れた子供が身体をゆるりと起こしていた。
 ノージュはもういなくなった、頼みの綱の姿を消すランプを持って。
 ランプがなければ、この場に人がくるのはもう時間の問題だった。


 何が眠れる獅子だ。
 苦労を知らぬ直系がなんだというのだ。
「外したか……レーナとシオンはどこだい? 君たちの仕業だろう?」
 迷うことなく人へ向けた攻撃を目の当たりにし、本能的にジリっと後ろに後退していることに気が付いた俺はノージュの言葉を思い出し首を横に振った。


 何をビビっている。相手は子供だ。子供だからこそノージュと共に人質として攫おうとしたのだ。
 起き上がっているなら再び動きを止めればいいだけだ。
 なぁに、ほんの少しばかり魔力を練って砂浜を走り抜けるだけでいい。
 手を剣の柄にかけたその時だった。


 魔力を練り上げる暇もなく足に激痛が走り俺は砂浜にうずくまった。
 足に刺さっていたのは先ほどノージュに向けて放たれた氷の刃だった。

 
 奇襲をかけようとした身でありながら、相手は正々堂々とした勝負しかしないから奇襲に対して動くだなんて思いもしなかった。だって、俺はそんなことを考えて動いたことなどこれまで一度もなかったからだ。


 うろたえる俺をよそに、目の前の人物が魔力を練りだしたのをみて俺は戸惑った。足に刺さった刃は相手が魔力を練ったことすら気づかない速さだったのだ。
 先ほどよりも明らかに時間をかけて魔力を練るということは、先ほどとは比べようのない何かが来る。


「待ってくれ」
 思わず出た言葉に、チラリと碧い目が俺をとらえるが魔力を練ることが止まることはない。
 彼の両手の中に納まる目視できるほどの紫色の魔力の小さな球体。
 なんだあれは……なんだあれは……


 よくわからない俺をよそに相手が動いたものだから、もう足を負傷してろくに動けない俺は思わず身を守るために身体をかがめた。
 しかし、痛みは来ず。
 ひゅーという音がして、暗闇がパッと明るくなり、俺は空を見上げれば紫色の光の粒が空から降ってきた。

「なんだこれは……」
「すぐにわかるよ。さて、もう一度聞く。レーナとシオンは?」
 治癒師はいない。両足には氷の刃はすアンバーの気温で解けてないが、代わりに赤い血がドロリと流れていた。
 逃げることはもう不可能だということは明白だった。
 どれほどの罪に問われるのか……それは計り知れなかった。
 だが最後くらいは、俺が欲しかったものを簡単に手にして今も涼やかな顔をしているこいつの顔を絶望へと突き落としたかったのだ。



「海の上だ」
「海の上?」
「砂の壁をみただろ? こちらには土魔法の使い手がいたんだ。材料ならここに山のようにあった。アンバーの海は一見穏やかだが離岸流という沖に向う早い流れがある1分ほどで間に船は沖合に出ただろうな。もうすでに10分以上経過している。もう陸など見えないところまで流れただろう……砂でできた船は」
 見せつけるかのように、アンバーの白い砂を手ですくってさらさらと流して見せた。

 

 レーナは魔力はほとんどない上に、頼みの綱の魔法の資質も緑だった。それに、レーナと共に流したシオンは治癒魔法の使い手だということ。
 土魔法の使い手であれば、船を崩れず維持することができただろうし。目の前にいるジークであれば、船が崩れないように氷魔法を使い船を氷で覆ったことだろうが、それもできない。

 船はもうすでに崩れているかもしれない。
 水温は問題ないだろうが、沖合は当然足などつかない。服を着た状態で果たして一体どれほどの時間浮いていられるか……
 沖に出れば、夜の海には星空の光しかなく。
 照明となるものは持っていない二人を船何艘も出して探したとしても、広範囲から見つけることなど不可能なのは明らかだった。


 明らかに目の前にいる人物の顔が一見涼しそうだが、わずかにくもったのがわかり俺はただ相手を絶望させるためだけに話を続けた。
「もう崩れているかもな……」
 ニヤニヤと笑みを浮かべて、さらさらと砂をすくってみせた。

 その時だった。先ほどとは比べようがない、鼓膜が震えを強く感じるほどの大きな音がして俺は何が起きたのかと海を振り返った。


 沖合で先ほどとは比べようのない白い光の粒が闇夜なんか物ともせずにはじけた降りそそいだ。
 何が起こったかわからなかった。ジークといい今といい一体何なのだ。
「レーナの勝ちのようだね」
 さらりとそういわれるが言っている意味が解らない。


「先ほどの光は、魔法省への緊急信号。私には正確にどのあたりから出された物かはわからないが。魔法省にはそれがわかる人物がいる。場所さえわかれば君が敵に回したのは直系だ。いくらでも優秀な風魔法の使い手を用意できるから。すぐにレーナは助け出されるだろう。彼女は確かに魔力で劣る。だがね、直系としての資質はしっかりと持っているよ。私すら及ばぬ才をね」

「何が才だ!」
 その時だった。胸もとに焼けるような痛みと、急激に体中の魔力がごっそりと抜け落ちる感覚がして何が起こったのかと胸もとを見つめた。


 緑色で妙にヌラヌラと異彩放つ刀身が出ていた。
 背から胸部にかけて、剣で貫かれたのだと理解した途端に起こるのは、経験したことがないほどの痛みと熱さ、魔力を急激に失ったような感覚とそれに比例するかのように手足が氷のように冷たくなる現象だった。
「ああぁぁああぁぁあああ」
 思わず絶叫した。
 グッと力がかかり、剣が引き抜かれると、一瞬柔らかな魔力を感じ傷口は嘘のように閉じていて、魔力を大量に失ったかのような脱力感のみ残った。


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