悪役令嬢はヒロインを虐めている場合ではない

四宮 あか

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星降る夜を見上げている場合ではない

第41話 孤独な日々の終わり

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 俺は領主候補の中で一番若かった。
 俺が選出される前に、すでに領主候補として選ばれたものが何人もいた。

 それにも関わらず、幼かった俺が領主候補として選ばれたのは、俺の才能や将来性からではない。
 ――――ただ領主候補になる条件を満たしていたからだった。



 領主候補に選ばれれば、候補者は将来のことを踏まえ領主教育を施される。
 まだ幼かった俺も例外ではなく。
 領主候補に選ばれたとたん、講師が付けられ、徹底した領主教育が開始された。


 だが、俺はあくまで条件を満たしたから領主候補として選ばれただけであり、期待する人はいない。
 それが、俺だった……
 


 魔剣だってせっかく手に入れたのに、取り出せず。
 シオン、ジーク、リオンにあれこれ戦術について学んだのに、結局何一つ生かすことができず。
 俺は腹部に致命傷になる傷を負った。
 とっさに剣を離して、ラスティーの剣を握ったからまだ無事なものの。
 もう、立てない……
 指が落ちないように、かろうじてレーナ嬢から借りた沢山の指輪にあてることで大きな傷はないけれど。
 俺の剣は落ちたのだ……



 もう駄目だ。
 頑張ったけれど。ダメだった……
 俺の勝利を願ってあれこれ動いたレーナ嬢も流石に今の状態に声も上げられないようだし、いよいよ終わりを悟ったその時だった。

「立て! 諦めるな」
 ジークの声だった。
 あぁ、ジークだったらこの状況下でも諦めないだろうな。でも俺は……


 手の力を緩め、あきらめかけたその時だった。
「フォル「フォルト様! 立ってください!!」
 見知らぬ声だった。
 野太い声。

「フォルト様、どうか負けないで下さい」
 貴族席になだれ込む、貴族とは言えないような服をきた人々。心あたりも見覚えもない。

 これは、何だ?
 レーナ嬢の策の一つか?

 何の仕込みだととレーナ嬢を見たけれど。
 レーナ嬢もあずかり知らないことのようで、ポカンとした顔で固まっているし。あの顔は白だ。

 だとすれば、これはいったいなんだ。
 何が起っているかわからない。
 ただ、仕込みというのには、あまりにも多い老若男女が領主戦の会場であるビーチに詰め寄っていた。

 一人の男が、警備をものともせず最前列に出て叫んだ。
「俺たちを真っ先に助けたのはあんただ! だから首をつらずに済んだんだ。こんなところで負けないでくれ」
 と涙でぐしゃぐしゃの顔で。
 最前列で叫んだ男は、すぐに警備に肩を掴まれ後ろに引っ張られて消えていった。
 


 その時、会場に風が吹いた。
 俺の好きなアンバーの海風だ。
 そして、その風に乗って多くの言葉が俺のところまで届いた。

 感謝の言葉と。
 この戦いに負けないで、領主になってくれと。

 それは、まさしく俺の勝利と領主になることを望む、俺がずっとずっと誰かに言ってほしい言葉だった。
 誰のためにがんばっているのかずっとわからなかった。
 友は諦めるなと言ってきたが、いったい誰が俺が領主になることを望むのかとずっと心の隅にあった。


 そのわだかまりが、多くの声でとかされていく。

『勝てないとわかっていても、みっともなくても諦め悪く足掻くのが領主』
 今ジークの言っていた言葉の意味がようやく分かった。
 これだけ、多くの人の期待を背負っているのだ。
 勝算はないとしても、自分が諦めて負けることだけは許されない。
 あぁ、こういうことだったのか。

 自分に期待する人を裏切らないために、勝利をどん欲に願うこと。だって、勝者こそが正義、勝たなければ何も得られない。
 なら自分は何を今するべきなのか。
 自分の限界を自分で決めるな。立て……もう一度、もう一撃……

 剣を掴む手に力をいれて立ち上がる。
 ぼたぼたと白砂に血が落ちた。
 痛みに眉を思わずしかめたが、ここで終わるわけにはいかないんだ。
 俺の勝ちを望む人のために。
 だって、それが上に立つ人がするべきことだからだ。

「決着をつけよう」
「もう、お前の負けは揺るぐことはない」
「それは最後までわからない」


『戦場は最後まで立ってたやつが一番偉い。正々堂々と勝負に挑んでも、死んだら意味ないじゃん。砂浜なんでしょ? 勝つために立ち回るのも戦術じゃない?』
 シオンが俺にそう言った。
 勝たなきゃ物事は通せない。綺麗ごとを通すためには力がいる。
 俺は思いっきり砂浜を蹴り上げた。

 思いもよらぬ攻撃にラスティーがひるんだすきに、己の剣を拾い上げた。
『手が使い物にならなくなったら、このように脇をしめて剣を固定するんです。そうすれば、深く貫けます』
 リオンが最後まで足掻く術を俺に教えた。
 何度も何度も。

『一撃深い攻撃が入れば、戦況はわからなくなる。領主候補が前線で治癒師もつけづに怪我を負っても戦う経験などほぼないはずだ。痛みにはなれることは並大抵では無理だが、痛みのある状態での経験の有無が最後は物を言う』
 ジークはそういいながら、済まないと言いながらも、一番負傷するだろう腕や足、腹部など怪我をした前提での訓練を俺に助言した。




 ジークの言う通り、深い傷を負ったラスティーは動揺した。
 明らかに身体強化の精度が下がり、俺でも追えるほどの速さになる。
 傷が増えるにしたがって、ラスティーは集中を維持できなくなる。
 いっぽう俺は、目の前の相手がだんだんと弱くなることを目の当たりにして、だんだん頭が冷静になる。


 焼けるような傷の痛みと、凍えるほど冷えた身体だが、頭ははっきりしていた。
 どうすればいいのか、本能なのだろうか、わかる。
 俺の身体は血を流しすぎた、もう少しでまともに動けなくなる。
 その前に勝負を終わらせよう。
 自然と魔力が集まる不思議な感覚だった。




「待った、再戦しよう。フォルトの年齢を考えれば時期尚早だった。俺のやり口もよくなかったことを認める」
 ラスティーは俺から後退してそう叫んだ。
 再戦を俺はずっと願っていた。今まともにやりあえば自分がまけると思っていたからだ。
 でも、そんな必要がもうないこともわかっていた。

 次の一撃は決まる。今のラスティーでは避けられない。
 だから……
「その必要はない。――――決着はつくのだから」


 あたりの声は聞こえない。
 何も何も聞こえない。
 気持ちのいい海風だけが肌に当たる。
 さぁ、早く駆けてすべてを終わらせよう。


「これで終わりだ!」
 後は一瞬だった。
 駆け抜けようと思う場所にはあっという間に到達して、俺はラスティーの足を深く深く貫いた。



 絶叫と砂浜に落ちる剣。
 怖いと思っていた相手を俺は、冷静に見下ろしていた。
 もうこいつはどうあがいても立ち上がれないだろう。



「そこまで、試合の続行は不可能なのは明らかだ」
 そう聞いて、ぐらりと視界が揺らいだ。
 転びそうになるのを、いつの間にかやってきたジークが支えた。
「どうなった?」
 思わずジークに聞いたその時だ。
「フォルト様が勝ったに決まってんじゃん」
 バシンっと思いっきり背中を叩かれて、腹部の傷口からかなり血が出た気がした。
「シオン、先に治療を。そんなに強く叩いたらかなり出血があって危ないのですからダメですよ。ただ、よくやりました。短期間ではありましたが、見事結果を残したあなたを私は誇らしく思います」
 涙ぐんだ目でリオンは俺のことを見つめてきて、俺は、やっと自分が勝利したのだと実感した。

 と同時に、大きな声で俺の勝利を喜ぶ声が会場にこだましたのが聞こえた。
「手ぐらい上げてあげたら? あの人たち領民でしょう。皆フォルト様の勝利を願って罰とか関係なしに応援したんだからねぎらいも必要なんじゃない?」
 治癒してもらった手で、俺は剣を握りなおすと領民に見えるように、剣を高く高く掲げると。
 会場が割れるのではというくらいの大きな歓声が上がった。


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