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星降る夜を見上げている場合ではない

第40話 経験

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 フォルトがゆっくりと立ち上がった。
 ぼたぼたと白い砂に落ちる血。
 苦しそうにしかめた眉。
 でも、フォルトの目はまだあきらめていなかった。
「決着をつけよう」
 フォルトがラスティーにはっきりと言い切った。
「もう、お前の負けは揺るぐことはない」
「それは最後までわからない」


 フォルトは、砂浜を思いっきり蹴り上げた。
 砂がラスティーに思いっきりかかる。
 砂を蹴ったらダメなんて決められてない、でも、普段のフォルトだったら絶対にしなかっただろう卑怯な手だ。
 領主戦の場所は事前告知されていた、いったい誰がフォルトにこんな土壇場で卑怯な手を使うように仕込んだんだのよこれ。
 ラスティーもフォルトがこんな作戦に出るとは思っていなかったようで、砂をかなり浴びたようだ。

 フォルトは剣を拾い、この手ではダメだと判断したのか、脇腹で刀身を固定し、深くラスティーを貫いた。


 フォルトの刃はラスティーの腹部を深く貫いた。
 ラスティーの顔が苦痛にゆがむ。
 フォルトはそのまま、刀身を両手を使い脇に固定したまま後ろに後退し、ラスティーの腹部から剣が引き抜かれぼたぼたとフォルトに負けず劣らず血が砂浜に落ちる。


 ラスティーには一撃やっとまともに深いのが入っただけ、一方フォルトの怪我は腹部を筆頭に、それなりの深さのものが足やら腕やらにいくつもある。
 なのにジークは言うのだ。
「これはわかなくなったぞ」と
「私もフォルトが勝ってほしいですが。どう見てもフォルトのほうが深い傷が多いわ。それが、なんでわからなくなるのですか?」
「君は、深い手を負った状態で戦いを続行したことはあるかい? 焼けるような傷の痛みの一方で身体は凍えるほど寒い。そんな状況で魔法を使おうとしたり、集中力のいる身体強化を行い動いた経験は? 領主候補の彼がこれだけの負傷状態で動こうとしたことがあるのか」
 フォルトのほうが見るからにひどい状態だ。でもフォルトは手を深く怪我してしまい剣を握る力が不十分になったと判断して、すぐに脇腹に固定するようにして、あの状況から深い傷をラスティーに負わせた。

 手を怪我した時、どうすれば、深く貫けるかなんてことは、授業じゃ当然習わない。


 もし、フォルトの特訓は最初からフォルトが致命傷を受けることを想定した実践的なものだとすれば……
 あれだけの怪我を負っても冷静に剣をしっかりと固定したのも説明がつく。


「私たちはフォルトが致命傷になりかねない傷を負うことを想定して、特訓をした。貴重な治癒師。それも屈指の優秀なやつがフォルトのもとには二人もいた。負傷した状態で実際に剣を握る経験の差。ここからはそれが問われる。明らかに、ラスティーは動揺して身体強化の精度が落ちた」

「フォルト様ー負けるな」
「がんばれー」
 追い出しても追い出しても、誰かが声を上げて叫ぶのだ。領主になるべき人はこの人だと。


「こういう時、最後まで立っている人物は覚悟が違うんだ。切りつけられた経験のある私が言うんだから。間違いない。レーナ、君がすることは一つだ。フォルトを信じよう。場の空気というのは、思いもよらないほど力になることがある」
 ジークも切り付けられたとき後がなかった。
 ジークからみて私は、クライスト領の問題を解決するためにやっと見つけた解決の糸口だった。ジークはだから、あの場で絶対に引くわけにはいかなかった。


 後は、私も大声でフォルトを応援した。
 アンナとミリーも大きな声を上げて、フォルトに応援の言葉を投げかけた。


 ラスティーの動きが悪くなってきたのは明らかだった。少しずつ少しずつ、フォルトの攻撃が入り始め。
 砂に真新しい血が落ちる。
 致命傷になるような深い傷はあれ以降まだ負わせることはできてない。
 だが、足に、腕に肩に増えていく傷の中、モチベーションを保つことができるかどうかだ。


 その時だ、パリッと空気が変わった気がした。
 私の髪が逆立つ。
 何かが起こる。この現象を引き起こしている人物によって……


「待った、再戦しよう。フォルトの年齢を考えれば時期尚早だった。俺のやり口もよくなかったことを認める」
 ラスティーはフォルトから大きく距離を取り叫んだ。
 負けた者は領主候補の資格を失う。
 フォルトの出血量はおそらくかなりのものだろう、アンバーの白い砂浜はすでに真っ赤だ。
 お互い同意の上、領主戦を今回中止とする。それは一見して怪我の多いフォルトにとっても悪い話ではないようにも見える。


 フォルトも新しい傷が増え、明らかに立っているのもやっとそうに見える。


 だけど、フォルトはその申し出を受けなかった。

「その必要はない。――――決着はつくのだから」


 場が再び静まり返った。
 皆言葉にしなくても、わかる。
 ぱりぱりとする肌、ぶわっと広がる髪。
 あたりに起こる明らかな異常を皆感じ取っていた。


 フォルトを応援する声もいつの間にかやみ、ふたたび静寂が訪れ、この集中を邪魔してはいけない緊張感があたりを包む。
「待て、お前にも悪い話じゃない」
 ラスティーのあきらめの悪い声だけが聞こえる。


 ラスティーは剣を握りなおし正面を見据えた。
 あたりに現象が起こりだすほどの集中。
 そんなことが、この最後の最後の局面で出される。もう勝敗など出たも同然だった。

 雷魔法を持つものは誰よりも早く駆ける。
 だが、それだけの走りをするのは並大抵ではなく、繊細なコントロールが求められる。
 もし、手負いの状態で、あたりに放電するほどの魔力を練り上げられたとしたら、もうなす術などない。

「これで終わりだ!」
 風よりも早く、一陣の稲妻がアンバーの白い砂浜に赤い雫をいくつも落としながら駆け抜けた。

 
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