悪役令嬢はヒロインを虐めている場合ではない

四宮 あか

文字の大きさ
上 下
121 / 171
星降る夜を見上げている場合ではない

第22話 顔に出ないだけ

しおりを挟む
 パーティーの時間はあっという間にきてしまう。
 名案が結局浮かばずに私はすべてをリオンに無茶ぶりした。
 ドレスに着替えが終わる頃、私の部屋にジークが迎えに来てくれた。

「やぁ、準備ができたようだね。急ごしらえだったはずなのに、実に今の君によく似合うドレスだね」
 どうしようと思っている私とは裏腹に、ジークは涼しい顔でエスコートする。



 馬車に乗りこむと、私は落ち着いた様子のジークに話しかけた。
 この落ち着きよう、ジークのことだから、何か手を考えてあるのかもしれない。
「ずいぶんと落ち着いていらっしゃいますね。もしや、何か名案が浮かばれたのですか?」
 私がそう切り出すと、ジークはキョトンとした顔になると口元に手を当ててほんの少しだけ笑った。
「これは、期待させてしまってすまない。明らかに何か仕掛けられることは明白だが、信じられないことに私も君と同じノープランで今この場にいるんだ。落ち着いたように見えるのは、そういう時は焦りを表に出さないように教育されているせいだよ」
 そう言っている彼の表情はいつも通り、余裕があり、ゆったりと構えているように見える。
「なんて紛らわしい表情を!」
 てっきり、起死回生の名案を思い付いたに違いないと思ったのに。
 まさかの頼みの綱のジークもノープラン。


「ふぅ……領主教育の賜物だと言ってほしいね。表情が表に出るのは交渉事で不利になるからね。ノープランならなおさら、相手に手の内どころか手札が何もないと悟られないために、名案は浮かばなくとも顔くらいは会場に着くまでに領主教育を受けてなくても君も取り繕ってくれ」
 14歳の癖に涼しい顔して……まぁ、お上手ですことと思った。
 しかし、視線を落とした先にあったジークの手がほんの少しだけ震えていることに私は気がついてしまった。
 表情は普段から取り繕っているので、表情筋は制御できても、どうなるかわからない不安と緊張すべてをごまかし制御できるほど、隣で優雅な顔をしているジークは大人ではなかったのだ。


 ジークは賢いし、聡い。自分が置かれている立場を理解し、望まれていること、その役割を理解してこの場にいる。
 ジーク一人なら、大抵のことは何とかなっても、戦闘面においては、屈指のお荷物要員の私。
 その私を面倒事に巻き込まれずいかにパーティーの終わりまでの時を過ごせるか……どう考えてもジークが私のフォローに回ることが多々あると思う。

「レーナ」
 ジークに呼ばれて私は慌てて顔をあげジークのほうを見た。
「もう会場に到着する。そのように険しい顔では駄目だ。嘘でいいからほほ笑んで」
 愛想笑いしていることが多いジーク、魔子のことを一人背負っていることをちっとも彼は悟らせなかった。
 私は彼より本当は長く生きている。さぁ、一世一代の大芝居を始めましょう。


 私は、ジークに言われて意識して口元に笑みを浮かべた。
「それでいい。さぁ、レーナ今夜も楽しもう」
 先に馬車を降りたジークがそういって私に手を差し出す。
「えぇ、ジーク様」
 私はそういって、ジークの手に自分の右手を重ねた。重なった彼の手はひどく冷たく少し震えていた。
 その震えを私に悟られぬように、ギュッと重ねた私の手を握り、ジークは顔に余裕のある笑みを作った。


 集中しろ私。これは、ジークの問題じゃない。私の問題だ。
 今回は、私の問題に関係のないジークを巻き込んでいる。
 しっかりしろ、私。

 招待状を見せずとも、私達が会場の入り口に到着すると、大きな門が開けられる。
「お坊ちゃま、お嬢様今宵は素敵な夜を」
 私達が中に入ると、門は閉ざされた。


 会場はホールだけではなく、庭も灯りが取り付けられ、ダンスが踊れるようになっていたり、ビュッフェが並べられておりコックまでいる大規模な物だった。
「思ったより規模が大きいな。とりあえず、主賓への挨拶が先に済ませよう」
 とうとう、来てしまった。ラスティーと会うのは、私の部屋に失礼な訪問をしてきたとき以来だ。
 一体対面で何を言われるのか……私とジークの婚約が解消されたこと? それともフォルトのことだろうか。


 そんなことを考えていると、私は後ろから誰かに抱きつかれた。
「レーナさま」
 それは、ミリーだった。
 なるほど、どうりで、抱きつくのをジークが止めなかったわけねと納得した。
 ミリーの後を追うように、アンナがやってきた。


「ミリー久しぶりね。元気にしていた?」
 振り向いて私がそうきくと、ミリーはうなづき。いつもおっとりしているけれど、珍しく今日は何か覚悟を決めた顔をして私にこう言った。
「レーナさま、ジーク様。本日はどうか何も聞かずパーティーからお引き取りくださいませ」
「ミリーそれは……」
 はっきりと言い切ったミリーをやんわりとアンナがたしなめるいつもとは逆の光景だった。


 私はアンバー領の直系の令嬢だからこそ、周りの貴族たちは私達が主賓に挨拶をするまで挨拶に来なかっただけで、注目はされていた。
 その中で、家名としてレーナより劣るミリーが私にそう言っているのだから、ただ事ではないと辺りがざわついた。
 アンナのほうは冷静で、ミリーに声を落とすようにとさらに進言する。
 それでも、ミリーは私達に帰れの一点張りである。


「私もその申し出に乗りたいところだが、パーティーの招待状を私達は受け取っている。主賓に挨拶もせずに帰るわけには行かないんだ。君はレーナの友人だからね、レーナが今日体調の悪いことにいち早く気がついたんだね。大丈夫、挨拶を済ませれば私達も帰るつもりだから」
 ジークがやんわりと、この事態を収拾するために、レーナは体調がよくないと嘘をシレっとついた。
 だけど、あのミリーが折れない。


「レーナさまに会えない間に考えておりました。父と母は後日説得いたします。ミリーではなく、レーナさまの安全を守るように仰せつかったレミナリア伯爵家の代表として今日はお話しております。どうか、本日は私に免じましてジーク様とこの場からお引きください。ラスティー様にレーナさまを会わせるわけにはいきません」
「はぁ、レミナリア伯爵家がずいぶんと失礼なことを言ってのける」
 そして、タイミングが悪いことというのは重なってしまうものである。
 今回のパーティーの主賓ラスティーのお出ましだった。
しおりを挟む
感想 582

あなたにおすすめの小説

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。