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星降る夜を見上げている場合ではない

第22話 顔に出ないだけ

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 パーティーの時間はあっという間にきてしまう。
 名案が結局浮かばずに私はすべてをリオンに無茶ぶりした。
 ドレスに着替えが終わる頃、私の部屋にジークが迎えに来てくれた。

「やぁ、準備ができたようだね。急ごしらえだったはずなのに、実に今の君によく似合うドレスだね」
 どうしようと思っている私とは裏腹に、ジークは涼しい顔でエスコートする。



 馬車に乗りこむと、私は落ち着いた様子のジークに話しかけた。
 この落ち着きよう、ジークのことだから、何か手を考えてあるのかもしれない。
「ずいぶんと落ち着いていらっしゃいますね。もしや、何か名案が浮かばれたのですか?」
 私がそう切り出すと、ジークはキョトンとした顔になると口元に手を当ててほんの少しだけ笑った。
「これは、期待させてしまってすまない。明らかに何か仕掛けられることは明白だが、信じられないことに私も君と同じノープランで今この場にいるんだ。落ち着いたように見えるのは、そういう時は焦りを表に出さないように教育されているせいだよ」
 そう言っている彼の表情はいつも通り、余裕があり、ゆったりと構えているように見える。
「なんて紛らわしい表情を!」
 てっきり、起死回生の名案を思い付いたに違いないと思ったのに。
 まさかの頼みの綱のジークもノープラン。


「ふぅ……領主教育の賜物だと言ってほしいね。表情が表に出るのは交渉事で不利になるからね。ノープランならなおさら、相手に手の内どころか手札が何もないと悟られないために、名案は浮かばなくとも顔くらいは会場に着くまでに領主教育を受けてなくても君も取り繕ってくれ」
 14歳の癖に涼しい顔して……まぁ、お上手ですことと思った。
 しかし、視線を落とした先にあったジークの手がほんの少しだけ震えていることに私は気がついてしまった。
 表情は普段から取り繕っているので、表情筋は制御できても、どうなるかわからない不安と緊張すべてをごまかし制御できるほど、隣で優雅な顔をしているジークは大人ではなかったのだ。


 ジークは賢いし、聡い。自分が置かれている立場を理解し、望まれていること、その役割を理解してこの場にいる。
 ジーク一人なら、大抵のことは何とかなっても、戦闘面においては、屈指のお荷物要員の私。
 その私を面倒事に巻き込まれずいかにパーティーの終わりまでの時を過ごせるか……どう考えてもジークが私のフォローに回ることが多々あると思う。

「レーナ」
 ジークに呼ばれて私は慌てて顔をあげジークのほうを見た。
「もう会場に到着する。そのように険しい顔では駄目だ。嘘でいいからほほ笑んで」
 愛想笑いしていることが多いジーク、魔子のことを一人背負っていることをちっとも彼は悟らせなかった。
 私は彼より本当は長く生きている。さぁ、一世一代の大芝居を始めましょう。


 私は、ジークに言われて意識して口元に笑みを浮かべた。
「それでいい。さぁ、レーナ今夜も楽しもう」
 先に馬車を降りたジークがそういって私に手を差し出す。
「えぇ、ジーク様」
 私はそういって、ジークの手に自分の右手を重ねた。重なった彼の手はひどく冷たく少し震えていた。
 その震えを私に悟られぬように、ギュッと重ねた私の手を握り、ジークは顔に余裕のある笑みを作った。


 集中しろ私。これは、ジークの問題じゃない。私の問題だ。
 今回は、私の問題に関係のないジークを巻き込んでいる。
 しっかりしろ、私。

 招待状を見せずとも、私達が会場の入り口に到着すると、大きな門が開けられる。
「お坊ちゃま、お嬢様今宵は素敵な夜を」
 私達が中に入ると、門は閉ざされた。


 会場はホールだけではなく、庭も灯りが取り付けられ、ダンスが踊れるようになっていたり、ビュッフェが並べられておりコックまでいる大規模な物だった。
「思ったより規模が大きいな。とりあえず、主賓への挨拶が先に済ませよう」
 とうとう、来てしまった。ラスティーと会うのは、私の部屋に失礼な訪問をしてきたとき以来だ。
 一体対面で何を言われるのか……私とジークの婚約が解消されたこと? それともフォルトのことだろうか。


 そんなことを考えていると、私は後ろから誰かに抱きつかれた。
「レーナさま」
 それは、ミリーだった。
 なるほど、どうりで、抱きつくのをジークが止めなかったわけねと納得した。
 ミリーの後を追うように、アンナがやってきた。


「ミリー久しぶりね。元気にしていた?」
 振り向いて私がそうきくと、ミリーはうなづき。いつもおっとりしているけれど、珍しく今日は何か覚悟を決めた顔をして私にこう言った。
「レーナさま、ジーク様。本日はどうか何も聞かずパーティーからお引き取りくださいませ」
「ミリーそれは……」
 はっきりと言い切ったミリーをやんわりとアンナがたしなめるいつもとは逆の光景だった。


 私はアンバー領の直系の令嬢だからこそ、周りの貴族たちは私達が主賓に挨拶をするまで挨拶に来なかっただけで、注目はされていた。
 その中で、家名としてレーナより劣るミリーが私にそう言っているのだから、ただ事ではないと辺りがざわついた。
 アンナのほうは冷静で、ミリーに声を落とすようにとさらに進言する。
 それでも、ミリーは私達に帰れの一点張りである。


「私もその申し出に乗りたいところだが、パーティーの招待状を私達は受け取っている。主賓に挨拶もせずに帰るわけには行かないんだ。君はレーナの友人だからね、レーナが今日体調の悪いことにいち早く気がついたんだね。大丈夫、挨拶を済ませれば私達も帰るつもりだから」
 ジークがやんわりと、この事態を収拾するために、レーナは体調がよくないと嘘をシレっとついた。
 だけど、あのミリーが折れない。


「レーナさまに会えない間に考えておりました。父と母は後日説得いたします。ミリーではなく、レーナさまの安全を守るように仰せつかったレミナリア伯爵家の代表として今日はお話しております。どうか、本日は私に免じましてジーク様とこの場からお引きください。ラスティー様にレーナさまを会わせるわけにはいきません」
「はぁ、レミナリア伯爵家がずいぶんと失礼なことを言ってのける」
 そして、タイミングが悪いことというのは重なってしまうものである。
 今回のパーティーの主賓ラスティーのお出ましだった。
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