上 下
112 / 171
星降る夜を見上げている場合ではない

第13話 アンナとミリー

しおりを挟む
 明日も明後日もこのままでは、シオンにこき使われる夏休みになってしまう……
 きっと、明日の朝もシオンはめちゃくちゃいい笑顔で、私が逃げないように迎えに来るに違いない……
 せっかくのアンバー……青い海はすぐ目の前にあるのに。
 つい、片づけの手が止まり目の前の青い海を眺めてしまう。
「よもや、一人だけ……サボろうなんて考えないよね? レーナ様」
 ついつい、青い海に視線がいった私にシオンがズバリ鋭く指摘してきた。
「そんなことは……」
 顔に出てたかしらと、表情を意識する。
 サボりたいなぁとは思っていたけれど。
 後ろめたさから言い訳をと思った肩にポンッとシオンの手がおかれる。
 にっこりと浮かべられた天使の笑顔……目が笑ってない。


「1から10まで説明するのって、ものすごーーーーくめんどいんだけど。めんどくさがって、もーーーーっと厄介なことになると後々余計に大変な思いをがするから、レーナ様もご理解いただけるようにしっかり説明するね。ちゃんと、その頭に叩き込んで、極力僕を巻き込まないでゆっくりとした夏休みを僕におくらせてもらえればって思ってるからね……」
 シオンの言葉には重みがあった。
 なんだかんだで盟約してしまったこともあり、わりと面倒見がいいシオンはこれまで数々の事件に巻き込まれてきた。
 クライスト領の魔子問題を解決するときは、私に擬態して攫われるおとり役までシオンがするはめになった。
 返却されたシオンに貸していた私の血みどろの寝巻はまだ記憶に新しい……
「……はい」



「はい、よろしい。できのよくない頭にしっかり詰め込んでおいてよね。レーナ様を連日かき氷屋さんに参加させる一番の目的は安全のためだよ。ジーク様を餌にぼったくり価格でかき氷屋さんをすれば、僕たちだけじゃなく、観光客が集まるでしょ。アンバーの人間ではない人が大勢集まるってことが、どういうことかわかる?」
 はっきりと、ジークを餌に人を集めている宣言をシオンはシレッとした。
 後、ぼったくってるって実感はあったのね……
「大勢の目のある場所では、相手も無茶なことをしにくいってことはわかるけれど……」
「レーナ様の家で無茶が通ったのは、僕以外の人が、アンバー領に家族がいて仕事を持つ人だったから。レーナ様に失礼で無茶なことをしても、次期領主になるかもしれないってことで、レーナ様のメイドや従者たちは忖度しないといけなかった……でも観光客は違う。いくら貴族相手とはいえ、そこで暮らしていかないといけない領民ほど忖度する必要はないし。
銀貨3枚ものかき氷をポンッと購入できる人は、自分の領地である程度稼ぎがある立場のある平民以上の身分の可能性が高い。もし、何かに巻き込まれた時、目撃者も大勢いる場で、他の領のそこそこ上に顔がきく人が怪我をしたとなると、確実に領どうしの問題になるから、相手もうかつに此処じゃ暴れられないってわけ」
「なるほど」
「というわけで、明日も僕のために頑張って働いてくださいね、レーナ様。あっ、大事なこと言い忘れていたけど」
「他に何か?」
「営業が終わったらレーナ様にかき氷出すとか言ったかもしれないけれど、シロップ売り切れたんでないから。お疲れ様です」
 最初に1杯分シロップ避けておきなさいよぉおおお! と思っていたところ、私達の会話に人が割って入った。


「お取り込み中すみません、納品のことで伺ったのですが責任者の方は?」
 おずおずと、テントに人が入ってきたのだ。
「あっ、僕です」
 私のかき氷どうしてくれるのよ!? と襟元を掴みかかった私の手からシオンはスルリと逃げてしまった。
「私今回の納品の担当をしております、ハンスと申します。沢山のご注文ありがとうございます。あの……フルーツの搬入なのですが、本当にあのクラエス家が運営されてるという、高級ホテルと……あの、アーヴァイン家で間違いないのでしょうか?」
「あぁ、うん。そうそう。厨房の人とも話がついてるから。届いたやつから加工してねって伝えてもらえると助かるんだけど」
「おはずかしながら、家の商会はクラエス家が直接運営に携わるような高級ホテルとも、アーヴァイン家とも直接取引をしていなくてですね……あの、本当に間違いないんですよね? 今、クラエス家の嫡男様もホテルに滞在されていると噂を耳にいたしまして。万が一、その時期にですね、狙ったかのように注文してない商品が聞いたことがない商会から大量に届いたとなると大問題になる可能性がありまして……
 私も、搬入先の確認をしっかりとしていなかったのが悪かったのですが、両家に搬入となりますと。きちんとした許可書をいただければと……」


 私の家に出入りできる外商は決まっている。誰もかれも家にこれるわけではなかった……
 おそらくジークのホテルもそうなのだろう、嫌がらせをしたと万が一公爵家から睨まれてはというのがあるのかもしれない。
「許可書ってすぐ出せるの?」
 シオンが振り返って聞いてくるけれど、私はそんなのわからなくて、ジークを見つめた。
「出せないことはないが……この場で、適当な紙にサラサラッと書いてというわけにはさすがに……」
 ジークが困った顔になる。
「そうですよね……今日の夕方の搬入なのに、今から許可証は流石に難しいですよね……えっと、申し訳ありませんが、どなたか顔の効く方がいらっしゃいましたら搬入の際に一度付いていただければと。名家の搬入に関しては、係員が優秀ですので、一度きちんと顔見せを行えば、次からはスムーズにできるとおもわれますので……」
「なら、私が付き合おう……それが一番スムーズに事が運ぶだろう」
「あぁ、助かります」
 ジークがそういうと、ハンスはほっとした顔をした。
 ついてくることになった人材が噂の嫡男であることに、きっと驚くことだろうと思いながらも面白そうだから黙っておく。

 ジークがハンスと共に行ってしまって、私はテーブルを拭いていたときだった。
 様子をうかがうかのように、ちらちらとこちらを見ているイケメン……に気がついた。
 そして、その顔をみて私は走り出した。
 だって、男性ものの服を着ていたけれど、あのイケメンはアンナだ。
 散々男装して遊んだんだもの間違いない。
 私だって髪と瞳の色を変えている、アンナもミリーも私に手紙で会えないと言ってきていた。
 私同様、いつもの格好ではレーナと仲のいい二人は出歩けなかったのかもしれない。


 思わずアンナに向かって白い砂浜を必死に走った。
 駆け寄る私に気がついたアンナが、一瞬躊躇して背を向けて走り出す。
「待って、アンナ私よ」


◆◇◆◇


「レーナ様、机を拭くのにどんだけ時間かけてんの……さ」
 一向に戻ってこないポンコツ主に小言の一つでもいってやろうと、テントから出て僕は状況を理解した。
 ゆっくりと、辺りを見渡す。
 拭けと頼んだテーブルはテントのすぐそばにしかなかった。
 なのに、姿がない。


 いない、いない、いない


 机の上に残された布巾。
 悲鳴などはなかった。
 僕がレーナ様から離れて10分もたっていない。
「リオン」
 すぐにテントの中に作業していたリオンを呼ぶ。
「シオンいったいどうかしましたか?」
 リオンが慌ててテントの外に出てきた。
 白い地面に残る真新しい足跡は一直線に砂浜をかけてテントから離れていっている。



 あーーーのーーーーポンコツ……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。