上 下
5 / 41
私とバイト

第4話 続かない新しい人

しおりを挟む
 古屋さんの言う通りだった。

 今、スマホの電源を切ってまで困り果てているのは、やめることを決めた古屋さんではなくて。
 私だ。
「あれ、そうだよね。ほんと……電源まで切るほど困ってるの私だ」


「おせっかいは普段は焼かないんだけど。石井さんさっき電話かかってきたときにあんまりにも真っ青だったさ」
 グレーのカラコンを入れられた目がじーっと私を見つめた。
「そ、そんなひどい顔色してたかな? やだな~」
 私はなんとなくバツが悪くて、ごまかすかのように寝ぐせのついた髪を撫でつけた。

「人が沢山辞めだすと、だんだんやめにくくなるから。まだ人がいる間にやめたほうがいいんじゃない? テスト大丈夫って顔してなかったよ」




 新しい店長は、なんていうかスキンシップのつもりなのか、肩とか頭をよくポンっと叩く。
 気にしすぎとか言われるのが嫌で、愛想笑いをしていたけれど。
 親しくもない人体をポンっと触れられるのは嫌だった。
 ヨッシー先輩のやめた理由はわからないけれど。
 リリコちゃんが辞めた理由は本当は、店長が原因なんじゃないかなって思ってる。


 リリコちゃんはかわいい子だったから、なんていうか新しい店長から贔屓されてるって思ってたけれど。
 私も嫌なんだもん、お気に入りとして私よりも何度も呼ばれて、身体をポンっと下心がないとしても何度もさわられていたら嫌だったのかもしれない……


 あとは自分の思う返事をするまで粘るところ。
 いつの間にか店長からの連絡がくると、動悸がするようになってた。
 私がシフトに出るっていうまで、断っても断ってもしつこく来る連絡。
 SNSの通知音が鳴るたびに背中にジワリと嫌な汗がでて、店長からの連絡じゃないことでほっとしたりするようになったのはいつからだろうか。
 これは店長の性格的な問題だろうし、きっと私だけが被害者ではなく。いろんなことで周りの人に店長の意見が通るまで同じようにしたのかもしれない。



 なれた人が沢山辞めて人が足りないから一時的に大変なだけ。
 また人がある程度入れば、元のように楽しいバイト先戻るはずだし頑張ろう~。
 楽しい人たちが辞めた後残ったバイト仲間で何度もそう言い合った。

 途中で抜けたら、皆が苦労する。
 だから、私も我慢して頑張らなきゃって思ってた。


 古屋さんは明るくて、話しやすいタイプの子だったから。こういう子がいればまた楽しくなるって思ってた。
 でも、古屋さんはたった1か月でこのバイト先を見限るのだ。
 古屋さんだけじゃない。
 入ってすぐ辞める子がちょいちょいいた。

 店長は人が辞めるたびに、最近の若い子は我慢が足りないとか。社会人としての自覚がないとか言ってたけれど……




 楽しかったり、要領のいい子がいつかない職場。
――――それが私のバイト先じゃないだろうか。


 楽しい子や要領のいい子が見限ってやめて行ってしまうなら。
 どれだけ頑張ったところで、前のように楽しい職場に戻ることはないのではないだろうか?


 それに私も、今回テスト期間にも関わらずバイトに呼び出された影響がテストに出ているのは明らかだった。



 親元を離れて一人暮らししてたし。
 奨学金は借金だからなるべく借りたくなくて。
 ある程度稼がないとって思いがあった。


 お母さんは、学業が大事だから。少しは仕送りできるから、バイトばかりせず学業に集中しなさいとありがたいことに言ってくれていたけれど。
 迷惑をなるべくかけたくないとかもあって、やめようだなんて考えたことはなかった。

 バイト先を変えるのはよくないと思っていた。
 店長もすぐ辞めてしまったバイトには、結構辛辣なことを言っていたから。
 就活とか理由がないのにバイトをやめるのは、悪いことって刷り込まれていた。


 でも私はバイト先に就職を考えているわけではないし。
 バイト先に気を使って学業をおろそかにしたら、就活で困るのは私だ。
 それに、一度気が付いたらもう無理だ。



 今のバイト先はちっとも楽しくない。
 楽しいような人がまた集まってって日は今の店長がいる限りきっと来ない。



「古屋さん!」
 思わずテーブルを叩いて立ち上がって出た声は、思ったよりも大きくて。
 古屋さんのグレーの瞳が大きく見開かれた。
「えっ、何?」





 ずっとそう思うのはよくないって思ってた。
 でも、一度自覚したら自分一人の心の中にとどめておくことはもうできないほど、私の気持ちは固まっていた。


 古屋さんを辞めないように説得どころか。
 古屋さんと話すようにしたことで見ないようにしていたことがみえて、本当の自分の気持ちと向き合えた。


 バイト先は、目の前のフリーペーパーに沢山のってる。
 店長が変わってバイトがごっそり減ってからは、かなりシフトが入っていて遊ぶ暇もないくらいで、貯金も少しだけある。
 やめたって困らない!

「私も、バイト辞めたい!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

処理中です...