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三流一流と出会う

第八話 総司の望み

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 之綱が部屋を後にすると、座頭は細い目をさらに細くして微笑むと。
 パンっと手を叩いて、こういった。
「これから忙しくなります、それこそ時間が惜しいほどに……。さて、金にしましょう。くも爺手配は?」
「つつがなくすんどるよ。後一刻もすれば来るじゃろう」
 くも爺は座頭の対応に慣れているようで、吉原に連れてこられてまだそれほど時間もたっていないのに、すでに金の話が進んでいくことに総司だけがついていけず戸惑っていた。


「嘘だろ……客なんか連れてこられても。俺……俺……」
 さっきは何とか気合でこなしたが、これからさらに長い時間女に化け振舞うとかできるはずがない。ボロがでたら終わりだとうろたえる総司の顔をみて、座頭とくも爺は顔を見合わせて笑った。
「な、なんで笑うんだ」
「口調に気をつけなさい。ボロがでるぞ」
 座頭に低い声で注意されて、総司はごくりと唾を飲み込んだ。
 そんな総司の様子に座頭はさらに目を補足して笑った。


「ほれほれ、あまり脅してはかわいそうだ。こやつは吉原のことをなーんもしらんのだな。先ほどの様子から何をするかも聞かされていないようだが……」
 くも爺は総司を足の先から頭のてっぺんまで一瞥すると、そういって小さくため息をついた。


「万が一ここに連れてくるまでに逃げられてしまっては困るでしょう? 今回の一番の失敗はお嬢に気づかれ逃げられること……まぁ、見事に私に騙されこうして吉原という檻の中に納まった今は、もう私たちの協力がなければ、立場的に逃げることは不可能ですから。もう私の目的は達しました。くも爺も1年もの時間をかけたのをお嬢に逃げられ無駄にしたくなかったでしょう?」
「全く……目的を達するために味方をも詐欺にかけたか」
 そう指摘されて、総司は体の力が抜けた。
 座頭の言う通り、もし吉原に太夫としてぶちこまれると知っていたら、詐欺師として三流以下の仕事しかしたことがない俺は怖気づいて逃げていたかもしれない。
 そんな心持すら見抜かれ、総司は目の前の一流に実にあっさり騙されたのだ。


 それこそ、吉原に売られるだろう少女たちのように……



「わしから簡単に説明してやろう。まずお前さんが客をとるのは、客見せが終わった後じゃよ」
「客見せ?」
「お前さんは、ただの女郎じゃない。太夫になるもんは、普通客をとる前にある程度準備をさせる。まぁ、普通であれば禿と呼ばれる太夫に着けられる女郎としては店に出すことができん間からある程度仕込むのじゃがな。お前さん女郎言葉すらしらん」
「待って、まず禿って?」
「そこからか……」
 くも爺はため息をついて、簡単に説明をした。


 禿とは吉原に売られた少女の中で、容姿や器量がよく今後大きく稼げそうな子を、太夫の身の回りをさせながら、仕込む子だそうで。
 売られた子すべてが禿になれるわけではない。

 客見せとは店のなじみの客の中でも特に御贔屓さんにだけ、店で食事を楽しんでいるときになど、一通りこれからこのみせの太夫となることの挨拶をすることらしい。
 そして、普通であればこの顔見せをしたなじみ客の中から、太夫の初めての客となってもらい初めての女郎としての仕事をすませるということだった。


「ということで客見せが終わり、お得意さんに紹介がある程度終わるまではとりあえず。お嬢が客をとることはないということです。花魁道中など太夫に上がる際に吉原を練り歩いて顔を見せる場合もありますが。道中なんか開いても金にはつながりませんし、何よりお嬢の望みをかなえるためには、ここ吉原に足を運んでもらわないといけませんからね」

「俺の望み?」
「もう忘れてしまったんですか? まぁ、時期にわかりますよ。さぁ、そろそろ訪問者がきますかね?」
 座頭はそういって、襖をじーっと細い目で見つめた。


 
 俺の望み……それは全うな仕事に就くことだ。そしてここ吉原に自身がいることは全うとはかなりかけ離れている……一体座頭は何を考えているのかと総司は首をひねった。


 この襖を開ける人間が人生を変えるとでもいうのか……と自然と総司の背筋が伸びた。
 そして、襖があけ現れたのは、細身の爺さんだった。
 思わず総司は目を見開き、こいつが一体何なのだ? と座頭を見やった。

「ほうほうほう、これは見事な……肌は白く。通った鼻筋と切れ長だが大きな目……、薄い唇には淡い桃色」
 ぐいっと距離を詰めたかと思うと、そういいながら総司の顔や体をジロジロ見るものだから、これはたまらないと総司は思わず後ろに引いた。

「どうでしょう? できそうですか?」
「はい、もちろんです。さっそく手配させてもらいます」
 座頭と怪しげな男は話し込むことしばし、そして男はあっさりと帰って行ってしまったのだ。



「こ、これで金になるのか?」
 されたことと言えば、じろじろとこちらの都合などお構いなしに見つめられたくらいだ。
「えぇ、なります。問題を出しましょう」
 座頭は面白いことを思いつき、総司に楽し気に話し出した。


「佐渡の金山を御存じでしょうか?」
「江戸が始まってからの金山で、かなりの金の採掘量があると夕凪姉さんが」
「流石夕凪よく仕込んでありますね。では金山で金を確実に儲けたのは誰でしょう?」
「沢山金を掘ることができた人物ではないから、聞いているんだよな……」
「おや……多少察しがよくなってきましたね。本当に金を儲けることができた人物というのは、危険な金鉱には入らないものなのです」
「なら人夫を雇っている元締めとか?」
「そうです、金を掘る人夫を雇った元締めと。金山に掘るための道具を融通した人物。金山に群がった人夫の生活をするうえで必要なものを賄った人物。これが正しい」

 金山の人夫は月賦制。といっても、金山の崩落により命を落とすような危険な仕事ゆえに、月賦の額も相応だ。その中で、さらに大きな金脈なんかを見つけたやつが、賃金を上乗せすることができる。
 雇われた人夫は危険な中に身を置き、一獲千金の夢を見るのだ。

 ところが、人夫を雇った側は危険なことに自身は身を置かない。命の対価に比べれば安すぎる額で人を使役し、大きな金脈が見つかれば、それを見つけた者だけに恩恵をわけてやるだけ。
 そして、道具を下す人物も夢をみた人物が仕事ができるように大口の取引に乗っかるだけ……


 自分の命をもかけ一攫千金を夢見る人がいる中で、確実にもうけを考える人がいると座頭はさらりと言ってのけた。
 それは総司にとって衝撃だった。
 座頭の話をならなうならば、吉原の妓楼に太夫として置いておかれる俺が人夫で、座頭は俺という人夫をつかい楽に金を儲けるということだろう。


「儲けるためには、人夫に収まり賭けをしてはいけないということです。まぁ、時期にわかりますよ……何をしたのかがね」
 座頭はそういうと悪い顔で笑った。



 座頭の言っていた意味を、総司が知るのはそれから数日後のことだった。
 慌てた様子で、一枚の紙を握りしめ之綱が総司の部屋に入ってきたからだ。


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