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三流一流と出会う
第六話 うまい話
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吉原の大門をぬけて中野町通りを進むと、最初に出くわす最初の通りが江戸通りと呼ばれ人気の店が並ぶ。
そんな江戸通り一丁目の端にあるのが、『三日月楼』だった。
店は江戸通りにある店の中でも大きく、その分抱える女郎が豊富だ。
しかし、三日月楼はここ数年大きな売り上げも出せていなければ、話題に上ることが減っていると感じていた。
理由は簡単だ。
店の顔になる太夫がいないからだ。
とはいえ、他の小さな店とは違い。三日月楼には太夫はいるにはいる。
最高位に付けるような太夫がいないというだけだが、店の顔がいない影響がもたらすものはあまりにも大きい。
太夫は誰でもなれるわけではない、見た目だけでは何度も足しげくなど大金を落とす客は通ってくれない。
太夫との時間に、顔がいいだけの女郎と違い。通い大金を落とす価値のある人物に育て上げないと、大金を落としたりなどしないからだ。
それでも、太夫の中でも一番位の高い呼び出しですら、最後は男に身体を許すというのに……
三日月楼の亭主、之綱は、話しを受けておきながらそんな馬鹿な話に銭を落とす男は本当にいるのかと疑問に思っていた。
そんな時、長いこと店にかかわってくれた口番。ようは客の履物をしまうものが倒れ。
やってきた新しい口番は手足が蜘蛛のように長く、禿げた頭にメガネをぎょろりとかけた、ちょっとぎょっとする容姿の雲野という男だった。
「手足が蜘蛛のように長いんで、皆蜘蛛爺と読みます」と名乗った男は、ちょっとした料亭で働いていたこともあり。
大店であり、それなりに人の出入りがある三日月楼でも履物を間違えることなく捌いてくれ、さらに自分は年でいつやめることになるかわからないからと、下の育成まで始めるような見た目とは違いできた男だった。
そいつが、店に来て半年ほどしたときに、客の見送りを終えた後つぶやいたのだ。
「これはまずいかもしれませんな……」と。
店は大店だけあり、それなりに女郎がいて人の出入りはにぎわっていた。
ただ、銭を沢山引っ張れる女郎が足りないことを履物から見抜いたのだ。
こんなことを言ってくる雇われは珍しかった。
と言っても、話半分で聞くだけで相手にしないのが常だったのだが。
隣に並ぶ大店に、とうとう現れてしまったのだ。
店の顔に呼ぶにふさわしい。二十年に1度現れるかどうかの逸材が。
付け回しと違い、呼び出しと呼ばれる太夫の最高位なんか、店の中にいても、運よくすれ違い見れるはずもないが、見れるかもしれない店に客が流れるのに時間はかからなかった。
どうしたらいいのか、悩む中。周りは見えていなかったのだ。これがどれほど危ぶまれることかが……
店を乗っ取られる心配のない人材で周りを固めていたことがあだとなったと気づいたときには遅かったのだ。
それでも、今からでも素質のある禿を育ててと思うのだが、なにせ店に入る銭が違う。
めぼしい娘を三日月楼ではもう競り落とせないと気が付いたときは、店が終わることすらよぎった。
あたらしく競り落とした女郎をみて、くも爺がいったのだ。
「目玉が必要ですな」と。
「それが、手に入れば苦労はしない。そんな禿を手に入れる銭が圧倒的に足りないのだ」
そんな時くも爺が囁いたのだ。
「商売事には、売るつもりのないものを、店頭に見本としておくことが多々あります」と。
「見本?」
「そうです。見本です。売るつもりがけしてないからこそ、店頭における目玉の品というやつです」
くも爺はそういって笑った。
「なんだ、ならお前は。見せるだけで客には売らない大夫を置けというのか?」
「ここに流れ着く大半は、生活に困り売られる農村や漁村の娘たちです。ここでどういったことが行われるかも知らずに、一度入れば出てこれない門を、まるで物見雄山のようにあっさりとくぐるような者たちばかり。大夫になる資質がある教養を受けたような娘っ子はそうそういるはずはございません」
「武家から落ちる女は小さいころから寺子屋に通わされているからこそ、このようなところに売られることなく仕事を探せば見つかるゆえに、ほぼ来ることはない」
くも爺が言いたいことはわかる、学ぶ経験がないものに仕込むことの難しさや、地頭の良さだ。
「ここが女を売るところだから来ないのです。では、女を売らなくてもいいとなれば?」
ばかげた話だった。それこそ取らぬ狸のである……それでも、打開策も何もない中でてきた、話しに面白いと乗ってしまったのだ。
くも爺が用意してみたと、突然言ってきたのだからその驚きとはない。
とはいえ、この話には乗るつもりはない。
そんな人材そう相違ない。
ましてや、女を売らせないと言ったところで、男と女では力が違う。それを確実に保証という形にはできないのだから。
ふすまが動き、総司はびくりと肩を震わせた。
しかし、ボロを出せばどうなるかわからないゆえに、気持ちを引き締め俺は怯えてなどいないと見栄を張ることにしたのだ。
だって、総司は女ではないからだ、元服を迎えてもおかしくない男が怯えたなどと思われたくなかった。
背筋を伸ばし、すました顔をした。
そして、こういう時のために夕凪姉から言われた心得を思い出し実践することにしたのだ。
自信がない時は相手と目を合わせない。
目を合わせると空気に飲まれるときがある。
自分の気持ちが固まっていないときに、相手に合わせて目を合わせる必要はなく、いつ目を合わせるかは自分で決める。
そしてそれを言い訳に、総司は気持ちが固まるまで目を合わせないことにした。
襖の閉まる音がして人の気配はするものの、口は開かれない。
それでも、こちらから愛想を下手に振りまき、その後取り繕うことは困難だと思い。
この女郎はこういう性格、こういう性格なのだと、こちらから下手にでることはなく、相手の出方をうかがうことにしたのだ。
これに驚いたのが、之綱だった。
襖の先にいたのは、ようやく店に出れるようになったばかりほどの年齢の少女だったのだ。
しかし、少女は目を合わせることもなければ、之綱に愛想を振りまくこともなかった。
ツーンとすまして、その場に優雅に座っている。
だから試したのだ、あえてすぐに話しかけず之綱は少女の前にどかりと腰を下ろしたのだ。
そのとき、総司は思った。
『なんで、一言も話さないんだよ』と。そして、そっちがその気ならこっちから絶対話してたまるか。
それに、こいつに気に入られなければ、ここからすぐに帰るように言われて終わるはずと。
我慢比べの始まりだった。
その様子をみて、くも爺はほくそ笑んだ。
第一関門はクリアしたようじゃな。無言で気を引くとは、面白いと……
そんな江戸通り一丁目の端にあるのが、『三日月楼』だった。
店は江戸通りにある店の中でも大きく、その分抱える女郎が豊富だ。
しかし、三日月楼はここ数年大きな売り上げも出せていなければ、話題に上ることが減っていると感じていた。
理由は簡単だ。
店の顔になる太夫がいないからだ。
とはいえ、他の小さな店とは違い。三日月楼には太夫はいるにはいる。
最高位に付けるような太夫がいないというだけだが、店の顔がいない影響がもたらすものはあまりにも大きい。
太夫は誰でもなれるわけではない、見た目だけでは何度も足しげくなど大金を落とす客は通ってくれない。
太夫との時間に、顔がいいだけの女郎と違い。通い大金を落とす価値のある人物に育て上げないと、大金を落としたりなどしないからだ。
それでも、太夫の中でも一番位の高い呼び出しですら、最後は男に身体を許すというのに……
三日月楼の亭主、之綱は、話しを受けておきながらそんな馬鹿な話に銭を落とす男は本当にいるのかと疑問に思っていた。
そんな時、長いこと店にかかわってくれた口番。ようは客の履物をしまうものが倒れ。
やってきた新しい口番は手足が蜘蛛のように長く、禿げた頭にメガネをぎょろりとかけた、ちょっとぎょっとする容姿の雲野という男だった。
「手足が蜘蛛のように長いんで、皆蜘蛛爺と読みます」と名乗った男は、ちょっとした料亭で働いていたこともあり。
大店であり、それなりに人の出入りがある三日月楼でも履物を間違えることなく捌いてくれ、さらに自分は年でいつやめることになるかわからないからと、下の育成まで始めるような見た目とは違いできた男だった。
そいつが、店に来て半年ほどしたときに、客の見送りを終えた後つぶやいたのだ。
「これはまずいかもしれませんな……」と。
店は大店だけあり、それなりに女郎がいて人の出入りはにぎわっていた。
ただ、銭を沢山引っ張れる女郎が足りないことを履物から見抜いたのだ。
こんなことを言ってくる雇われは珍しかった。
と言っても、話半分で聞くだけで相手にしないのが常だったのだが。
隣に並ぶ大店に、とうとう現れてしまったのだ。
店の顔に呼ぶにふさわしい。二十年に1度現れるかどうかの逸材が。
付け回しと違い、呼び出しと呼ばれる太夫の最高位なんか、店の中にいても、運よくすれ違い見れるはずもないが、見れるかもしれない店に客が流れるのに時間はかからなかった。
どうしたらいいのか、悩む中。周りは見えていなかったのだ。これがどれほど危ぶまれることかが……
店を乗っ取られる心配のない人材で周りを固めていたことがあだとなったと気づいたときには遅かったのだ。
それでも、今からでも素質のある禿を育ててと思うのだが、なにせ店に入る銭が違う。
めぼしい娘を三日月楼ではもう競り落とせないと気が付いたときは、店が終わることすらよぎった。
あたらしく競り落とした女郎をみて、くも爺がいったのだ。
「目玉が必要ですな」と。
「それが、手に入れば苦労はしない。そんな禿を手に入れる銭が圧倒的に足りないのだ」
そんな時くも爺が囁いたのだ。
「商売事には、売るつもりのないものを、店頭に見本としておくことが多々あります」と。
「見本?」
「そうです。見本です。売るつもりがけしてないからこそ、店頭における目玉の品というやつです」
くも爺はそういって笑った。
「なんだ、ならお前は。見せるだけで客には売らない大夫を置けというのか?」
「ここに流れ着く大半は、生活に困り売られる農村や漁村の娘たちです。ここでどういったことが行われるかも知らずに、一度入れば出てこれない門を、まるで物見雄山のようにあっさりとくぐるような者たちばかり。大夫になる資質がある教養を受けたような娘っ子はそうそういるはずはございません」
「武家から落ちる女は小さいころから寺子屋に通わされているからこそ、このようなところに売られることなく仕事を探せば見つかるゆえに、ほぼ来ることはない」
くも爺が言いたいことはわかる、学ぶ経験がないものに仕込むことの難しさや、地頭の良さだ。
「ここが女を売るところだから来ないのです。では、女を売らなくてもいいとなれば?」
ばかげた話だった。それこそ取らぬ狸のである……それでも、打開策も何もない中でてきた、話しに面白いと乗ってしまったのだ。
くも爺が用意してみたと、突然言ってきたのだからその驚きとはない。
とはいえ、この話には乗るつもりはない。
そんな人材そう相違ない。
ましてや、女を売らせないと言ったところで、男と女では力が違う。それを確実に保証という形にはできないのだから。
ふすまが動き、総司はびくりと肩を震わせた。
しかし、ボロを出せばどうなるかわからないゆえに、気持ちを引き締め俺は怯えてなどいないと見栄を張ることにしたのだ。
だって、総司は女ではないからだ、元服を迎えてもおかしくない男が怯えたなどと思われたくなかった。
背筋を伸ばし、すました顔をした。
そして、こういう時のために夕凪姉から言われた心得を思い出し実践することにしたのだ。
自信がない時は相手と目を合わせない。
目を合わせると空気に飲まれるときがある。
自分の気持ちが固まっていないときに、相手に合わせて目を合わせる必要はなく、いつ目を合わせるかは自分で決める。
そしてそれを言い訳に、総司は気持ちが固まるまで目を合わせないことにした。
襖の閉まる音がして人の気配はするものの、口は開かれない。
それでも、こちらから愛想を下手に振りまき、その後取り繕うことは困難だと思い。
この女郎はこういう性格、こういう性格なのだと、こちらから下手にでることはなく、相手の出方をうかがうことにしたのだ。
これに驚いたのが、之綱だった。
襖の先にいたのは、ようやく店に出れるようになったばかりほどの年齢の少女だったのだ。
しかし、少女は目を合わせることもなければ、之綱に愛想を振りまくこともなかった。
ツーンとすまして、その場に優雅に座っている。
だから試したのだ、あえてすぐに話しかけず之綱は少女の前にどかりと腰を下ろしたのだ。
そのとき、総司は思った。
『なんで、一言も話さないんだよ』と。そして、そっちがその気ならこっちから絶対話してたまるか。
それに、こいつに気に入られなければ、ここからすぐに帰るように言われて終わるはずと。
我慢比べの始まりだった。
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