喫茶アジフライ

四宮 あか

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家出少女 佐藤こころ

第1話 喫茶アジフライがつぶれない理由

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 喫茶アジフライはなぜ潰れないのか。
 正直変な名前である。

 このへんてこな名前のせいで、意識高い系はまず来ないだろう。
 学校が近くにあるわけでもない、かといって会社が近くにあるわけでもない。
 駅からは遠く、大人の人数だけ車があるような場所だ。
 店の目の前にあるバス停があるものの、あいにくバスは1時間に1本しかこない。

 ミニスカートの可愛いウェイトレスさんもいなければ、笑顔が爽やかなイケメンの店員がいるわけでもない。
 肝心のコーヒーはネスカフェ頼み。

 最近はやりのインスタグラムにアップしたら目を引くようなメニューもないし。
 飲み物を注文すればモーニングがついてくるサービスの良さもない。

 この喫茶の特徴と言えば一度聞くと忘れられない名前だけだ。
 辺鄙な場所にあるにも関わらずなぜか潰れない。
 それが喫茶アジフライである。



 喫茶アジフライの朝は早い。
 この店の唯一の従業員であり、店長のしのぶは朝5時40分から、長い黒髪をシュシュで結ってバリスタっぽいという理由で購入した真っ黒のエプロンをつけ仕事の準備を始める。
 エプロンのポケットのAJIFURAIのロゴとアジフライのシルエットはしのぶが自分で刺繍したものだ。
 店内の清掃を一通り済ませると、最後の仕上げに自身の眼鏡の汚れをよく拭いてからお店の一番の売れ筋メニュー、ネスカフェのアイスコーヒーの仕込みを始める。


 といっても瓶に入ったおなじみのアレをお湯にサッと溶かすだけだから豆を焙煎する必要もコーヒーミルでゴリゴリ豆を挽く必要もないんだけれど……
 お湯をシュンシュンと沸かし、粉をきっちり瓶の後ろに書かれている通りにいれて、荒熱が取れてから冷蔵庫にぶっこむだけだ。
 客なんてこの時間に開けても、早朝の散歩の帰りにいっぱい飲んでく祖父のころからのお客様である葉山のじいちゃんが一人だけ毎日くるだけ。
 それでも、バスの始発の時間が6時23分なので、それに合わせて6時には店を開ける。
 それが、先代である祖父からこの店を譲り受けるための唯一の条件だから仕方ない。

 5時40分から清掃をしてコーヒーを仕込んだのではアイスコーヒーはまだ冷えてないよね? と思う方は心配する事なかれ。
 喫茶アジフライの冷凍庫にはコンビニで買ってきた透明の氷が沢山はいっているし、インスタントのコーヒーを出しても気が付かない客しか来ないから冷えてなければいつもよりちょっと多めに氷を入れればいいだけだ。
 


 小雨がちらつく中、早朝のバス停に、大きな鞄を持った女の子がやってきた。
 傘は持ってない。
 バスの時間まで後20分はある。
 こんな客は人目を避けるように、人のほとんどいない喫茶店アジフライに入るものなのだ。


 読み通り、カランとベルが鳴り女の子が来店した。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
 といっても、葉山のじいちゃんがいつも座っているカウンターの一席以外は空席にも関わらずこんな客は決まって一番窓から遠く奥まったところに座るのだ。
 小さなタオルを1本とメニューを片手に本日2人目のお客さんのところに行く。
 いつもは、犬のタロウの話ばかりしている葉山のじいちゃんもこんな客が来たときは、一言も話さず、この喫茶店で今から始まる物語に耳を澄ませるのだ。


 今日の服装に不釣り合いの大きな鞄を心理的にとられまいと奥にして少女は座っていた。
「よろしければお使いください、こちらメニューになります」
 タオルを差し出すと、頭をぺこりと下げて受け取り身体を拭いていく。
 テーブルにメニューを置き、何も注文されていないけれどこの喫茶店の看板メニューである本当はネスカフェのアイスコーヒーを作り始める。
 先ほど冷蔵庫に入れたばかりだから、まだかなり暖かいが、その分多く氷をいれて特に意味はないがマドラーでそれらしくステアする。

 バスの時間までは限られているからもう呼ばれる頃だろう。
「すみません」
 少女に呼ばれて席に向かう。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
 こんな人物が注文するメニューは決まっているけれど、一応これも仕事だから聞かないといけない。
「このアイスブレンドコーヒーを一つ」
 念の為補足しておくが、ネスカフェで作ったアイスコーヒーのことである。
 さて、決まりである、彼女はうちのお客様だ。

「ミルクとガムシロップは?」
「えっと、両方お願いします」


 チラチラとバスの時間をきにしてスマホを見ながら少女はコーヒーを飲む。
 彼女には金がそれほどないのだ、でもバスを待つ間に誰か知り合いに会うのが嫌で喫茶店の中に入った。
 喫茶店に入ってしまったのだから何か注文をしなければいけない。
 となると、店で一番安いメニューである、アイスブレンド400円となるわけだ。

 時間はあっという間に過ぎる。
「すみません、お会計を」
 少女に呼ばれて席に行く。
「400円になります」
 擦り切れた少し前にはやったキャラものの財布、その中から400円と言う彼女にとって実に大きな金額がテーブルに置かれた。
「ごちそうさまです」
 そういって、大きな鞄を彼女は持った。


 もう後3分ほどでバスは来るだろう。
 葉山のじいさんはアイスコーヒーをすでに飲み干しているにも関わらず、追加注文をせずこの時を待っているようだった。
「その家出失敗しますよ」
 喫茶店のドアに手をかけていた少女は私の言葉に驚き振りかえる。
「その家出失敗しますよ」
 私はもう一度同じ言葉をかけた。

 少女は鞄をギュッと握りしめた。
 バスが来て少女は慌ててドアを開け外に出た。
 勢いよく開けられたドアはカランカランとベルがうるさくなった。


「しのぶちゃん、あの子乗るかな?」
 葉山のじいさんがニヤニヤと笑いながら私に聞いてくる。
「乗らないと思いますよ」

 乗ろうとして、女の子が立ち止まる。
 その顔には不安があふれていた。

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