星月の蝶

碧猫 

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0章 星が選ぶ始まりの未来

10話 服選び勝負

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 星の音。魔原書リプセグに綴られた物語を最後まで読んだミディリシェルとゼノンの瞳から、涙が溢れた。

 記憶はない。読んだ今も思い出せない。だが、この物語は、嘘ではないと言い切れる。

「ミディ、記憶ないのに、涙止まんないの。フォルと一緒じゃなきゃやなの」

「ああ。フォルの大切なものを奪いたくない」

「みゅ。全部、全部、諦めたくない。フォルの事も、転生前にできなかった事も、ギュリエンの事も、全部、諦めて欲しくない。でも、フォルは、諦めないの疲れちゃったの」

 ミディリシェルは、フォルと出会った事がきっかけで、今の居場所を手に入れる事ができた。過去のではなく、今の記憶もないミディリシェルにとっても、フォルは恩人であり、一緒にいたい相手。

 そんな相手には笑っていて欲しい。フォルがその目的を果たした先で笑っていてくれるとは思えない。

 だが、それは今も同じ。止めたところで、フォルが笑ってくれるとは思えない。

「悩んでいるようだね」

「みゅ、クロ……ロジェ」

 ローシェジェラが、部屋を訪れた。

 星の音を読んだ今、ローシェジェラがなぜ、フォルと代わってここへ来たのか。その理由を理解している。

「ミディ達、フォルの計画には反対なの」

「そうかい。それは良かった。僕も反対だからね」

「ふぇ⁉︎」

 ミディリシェルは、耳を疑った。

 ローシェジェラは、フォルの眷属。そして、フォルの計画の協力者。

 そのローシェジェラが、フォルの計画に反対しているとは、想像もしていなかった。

「どうして」

「契約でやっているだけで、賛同しているからじゃない。彼の苦しみが消えるなら、もちろん賛同する。けど、そんな事はない。計画が進むにつれて暗くなるばかりだ。あれを見て賛同できるわけがない」

「フォルの事、大事なんだな」

「恩人だからね。彼がいなければ、僕に今はない」

「そうか。なら、その迷いは別物か。ああ、聞く気はねぇよ。自分から話してくれるなら別だが」

 ミディリシェルがここへ来た日だったか、ゼノンが言っていた。自分は感情が視えると。それで、ローシェジェラの迷いを視たのだろう。

「それと、俺らは、手土産なしに信用するほど甘くねぇよ。信用して欲しいなら、フォルの計画について情報差し出せ」

「彼は君らの全てを奪い転生させるのが目的だよ。そのために、君らを、ノキェットの城下街へ行かせて欲しいと頼まれてる。ついでに服を買うようにって行きつけの店に事前にお金を払っているらしい」

「みんなで行って良いの?」

「うん。みんなで服を選んで、買い物を楽しんでと」

「みゅ。ゼノン、楽しみなの。計画なんだって知ってても、楽しみなの」

 ミディリシェルは、目を輝かせている。

「みんなで勝負するっていうのも面白そうだね。誰が一番ミディの気にいる服を用意できるか。勝つのは僕で決まりだけど」

「分かんないの。ゼノンが最下位以外分かんないの」

「なんで俺が最下位確定なんだよ」

「なんとなく。ゼノンに勝たせたくないから。ゼノンだけマイナス得点開始で」

 これも転生前の影響なのだろうか。ミディリシェルは、勝負事でゼノンが勝つというのは嬉しくない。こういった、遊びのような勝負限定で。

「ゼノン、みんなに連絡なの。いつ行くの?」

「明日」

「だって」

 ゼノンが連絡魔法具を取り出して、メッセージを送る。

「ふみゅふみゅ。やっぱり便利なの。ミディも欲しいけど……」

「欲しいだけで良いだろ。貰えないなんて思うな」

「ふみゅ。欲しいの」

「ああ。明日一緒に選ぼうな」

 ゼノンは、笑顔でそう言った。
 ミディリシェルが、ちゃんと欲しいと伝えられたからか、頭を撫でている。

「ぷみゅぅ。ゼノン、もう一個わがまま良い?」

「当然だろ」

「ミディ、魔法具の設計図描きたい。それで、その設計図をゼノンとフォルにあげたい。いっぱいいっぱい描くの。それを二人にあげるの。どう使っても良いよ。それを売ってお金にすれば、結構な額、貰えると思うの」

「売るわけねぇだろ。まだ向こうにいた時の事が抜けてねぇみてぇだな。ミディからのプレゼントは嬉しいが、いやならやらなくて良い。ミディがいやな事をするための道具なんて買わない」

「……うん」

 今まで当たり前だったものを突然変えるのは難しいのだろう。まだ、どこかでリブイン王国にいた時のような思考になってしまう。

 俯くミディリシェルを、ゼノンが抱きしめた。

「ふぇ⁉︎」

「……こうすると笑顔になると思っただが」

「みゅぅ。離れないの。安心する。今日一日離れないの」

「それはむり。やる事あるから。けど、できるだけ離れない。それなら良いか?」

「みゅ。良いの……ふぁぁぁ」

 ミディリシェルは、急に眠くなり、ゼノンの腕の中で眠った。

「……ここで寝んなよ」

      **********

 翌日、ミディリシェル達はノキェットの城下街を訪れていた。

 ローシェジェラの案内で、管理者御用達の服屋へ入る。

「いらっしゃい。エレ嬢のお洋服ですよね。それでしたら、こちらからお選びくださいませ」

「うん。ありがとう。それと、ここで服選び勝負やっても大丈夫かな?」

「ええ。ここは管理者様以外は来ませんから」

 ――みゅ?管理者御用達のじゃなくて、管理者の所有する服屋の間違いじゃないの?不思議なの。

 ローシェジェラからは、管理者御用達の服屋と聞かされている。だが、管理者以外は来ないという店主の老婆に、ミディリシェルは疑問を抱いた。

「姫様、フォル様から預かり物がございます」

「みゅ?なぁに?」

「服です。先日、フォル様が、姫様に似合う服を見繕っておりました」

「ふみゅ⁉︎フォルが選んだお洋服……優勝なの」

 現在、ゼノン達が服を選んでいる真っ最中。まだ、誰も決まっていない。フォルが選んだ服を見てはいない。

 だが、ミディリシェルは、フォルが選んだというだけで、優勝にしようとする。

「みゅ⁉︎だめなの。平等に。ゼノン以外は平等に見ないと」

 だが、これは服だけを見て決める勝負。誰がとか関係ない。ゼノン以外は。

 ミディリシェルは、人で選ばないよう、店主に、誰が持ってきたか分からないようにして欲しいと頼んで、全員持ってくるまで試着室で待つ。

      **********

 全員の服が揃い、試着を終え、採点の合計点を店主に伝えた。そして、店主に誰が何点かメモ帳に書いてもらう。

「おねぇさん、ありがと」

「おねぇさん?いるから気づいたのですか?」

「初めから。おねぇさんって淫魔でしょ?」

「マークから教わった魔法をこうもあっさり。さすがですね、姫様。それと、残念でした」

 店主がそう言ってメモ帳をミディリシェルに返した。

 ミディリシェルは、メモ帳を見て、あからさまに残念な表情を浮かべる。

「えっ⁉︎そんなにいやな結果だった?」

「ピュオねぇは安心して大丈夫なの。低くないから。ゼノンがちょっとむにゅってなっただけだから」

 ミディリシェルは、そう言ってゼノンを睨む。

「結果発表なの。優勝は、フォル。二百点なの。デザインと着心地がとっても良かった。二位はゼノン。三位はリミュねぇとピュオねぇ同率。五位はノヴェにぃ。六位はアゼグにぃ。七位はルーにぃ。八位はロジェ。最下位はエルグにぃ。本人のためにコメントは控えさせてもらうの」

 神獣の文化は、ミディリシェルには理解できないものなのだろう。ミディリシェルは、これ以上考えないよう、それで無理矢理納得させた。

「ミディも不服だから、この順位に不服申し立てるのは禁止なの。優勝候補だと思っていたけどできなかった、リミュねぇとピュオねぇは、ミディの趣味とは合わなかっただけで、普通に良いと思ったの」

 ミディリシェルは、残念そうにしているリーミュナとピュオを励まそうと、そう言った。

「ちなみに、これが優勝のお洋服。着やすくて、着心地が良いの」

「わたし、着心地と着やすさ考えてなかった」

「私も。今度はそれを考慮して、優勝狙おう」

「うん」

 リーミュナとピュオが、優勝できずに落ち込まないかと心配だったが、リベンジに燃えているようだ。

「みんな先に出て、お昼どこにするか探して。探さないとだから、そんなに離れないで。それと、ミディは残って。少しだけ話がしたい」

「みゅ?お話するの」

「うん。美味しいお店探しとくね」

 ミディリシェルとローシェジェラを残して、ゼノン達は服屋を出た。

「ミディ、こっちへきて」

「ふみゅ」

 ローシェジェラについていくと裏口についた。

「ふみゅ。お話ってなぁに?」

「誰にも聞かれたくない事だから、そこから出て外で話す。扉、重くてすぐに閉まるから、先行って」

「みゅ」

 ミディリシェルが外に出ると、扉が閉まった。ローシェジェラは、外に出ていない。

「ふみゃ?」

 ミディリシェルは、扉を開けようとするが、重いからか動かない。

「……表に出て合流するの。きっと外いるの」

 服屋があるのは、人気のない裏通り。しかも、裏口から出ると、治安の悪そうな道が続いている。

 ミディリシェルは、ゼノン達のいる方を目指して歩いた。
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