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1章 星が選ぶ始まりの未来
3話 きっかけ
しおりを挟む今なら知らないと言っても、まだ誤魔化せるかもしれない。
だが、管理者って言われて、誤魔化す事はできなかった。
「……なくはないの。教えたら、どうするの?」
「教えても教えなくても結果は変わらないよ。君の保護も含めてね」
「保護?」
「うん。あの国から君を保護する事。これも僕の仕事だから」
管理者という仕事。ミディリシェルは多少知ってはいる。だが、その内容に保護などというものはない。
ミディリシェルが知らないだけかもしれないが、フォルの話す内容が、嘘でないという確証などどこにもない。
ミディリシェルは、ごろごろとベッドの隅まで離れた。
「一応言っとくけど、この仕事内容は嘘じゃないよ。君の保護とあの国への処罰。それが、今回主様が僕に命じた内容だ」
「……なんでミディ……私を保護するの?私を保護する利でもあるの?」
「個人的にも、僕が所属する組織としても、利はあるかな。今の君にはそれが理解できないかもしれないけど」
理解できない。まさにその通りだ。
人は転生する。だが、記憶を生まれながらにして所持しているのは稀な事。
ミディリシェルは、転生前の記憶など持っていない。
もし、フォルが言う事が本当であれば、その答えは全て、ミディリシェルの記憶の中にあるのだろう。
「……分かんないよ。私は、貴方の事なんて知らないの。管理者や貴方に私がどんな価値があるのかなんて知らないの。今の私に期待しないで」
「主様達に関しては何も言わないけど、僕個人としては、君という存在を求めている。たとえ記憶がなくとも、ね……むしろ、その方が望ましいか」
「望ましい?記憶がある状態が欲しいんじゃないの?」
「まぁ、その辺はそのうち分かるでしょ。続きはまた明日。今日はもう遅いんだから寝な」
――……っ、今、なに言おうとしたの⁉︎
一緒に話していたいからいや。喉まで出かかった、その言葉を飲み込んだ。
なぜ、そんな事を言おうとしたのか。自分の事だが、理解できない。
ミディリシェルは両手を胸に当て、瞼を閉じた。
「……記憶がなくも、魔力の循環方を知っているとは」
「……」
「それも話したくない?」
「……寝る前にいつもやってるの。前に本を読んで、それに載っていたの覚えた」
ミディリシェルはくるっと、半回転して、フォルに背を向けて眠った。
**********
「……むにゅ……むぅ……ふぇ?なんで」
翌朝、目を覚ますと、フォルがいない。それを確認すると、ミディリシェルは頬を膨らました。
その理由が理解できず、戸惑う。
「おはよ」
「……しゃぁ」
ゼノンが朝食を持って、部屋を訪れた。今日は、見るからに柔らかそうなパンとスープだ。
「猫かよ」
「……おはよ。帰してくれる気になったの?」
「……そんなに、帰りたくなるくらい良い場所なのか?」
「……しゃぁ」
ゼノンの質問に、ミディリシェルは、枕をぎゅっと抱きしめて、猫の威嚇真似をした。
「……匂いに惑わされないの」
「惑わそうとしてねぇよ。つぅか、匂いは良いのかよ」
「……」
ほんのりと頬を赤らめて、ミディリシェルは頷いた。
「……えっと、朝飯持ってきたから、また、昨日みたいに食べさせれば良いか?」
「……べぇ」
「なんで俺にはそんなに敵意剥き出しなんだよ。勘違いであんな態度を取ったのは本当に悪いと思ってるけど、そろそろ機嫌直してくれて良いだろ」
「……なんで、そんなに優しくしようとするの。優しくしないでって言ったのに」
枕を抱きしめる手に力が入る。今にも泣きそうな表情で、ミディリシェルはゼノンにそう質問した。
「理由なんて必要か?まあ、強いて言うなら、世話したいって思ったから、か?」
「……わけわかんない。おかしな人」
「こういう相手に会った事ねぇのか?」
「ないよ。ゼノンがおかしいだけ」
「……やっぱ、複雑だな」
「なにが?」
「俺、生まれつき、他人の感情が色や模様で視えるんだ。今のミディは、色んな感情が複雑に絡めあっている。ここがそんなに嫌なのか?それとも」
「ミディは、あそこにいて幸せなの‼︎あそこがミディの居場所なの‼︎」
ミディリシェルは瞳に涙を溜めて、そう叫んだ。
「……」
「むにゅ⁉︎(もぐもぐ)……スープが染み込んで美味しいの……じゃなくて、ミディは」
「その話はもう良い。今はもうそれには触れねぇよ。だから、お前も、ここで療養してると思って、あの国の事は一旦忘れろ」
「……そんなの、できないよ」
「なら、少しで良いから、お前がいやがる優しさっつぅもんを受け入れろ」
「……それは、できるかも。あーん」
ミディリシェルは、昨日の夜と同じく、ゼノンに食べさせてもらった。
ほんのり甘みのあるパンに、クリーミーなスープが良く合う。
「……ご馳走様。美味しかった……」
ミディリシェルは、優しさを少しは受け入れる努力をしようと、薬の入った小瓶を手に取った。
「……むにゅぅ……みにゅぅ……やっぱ、これはむりなの」
「それはもう理由が違うだろ。苦いの嫌いか?」
「好きな人いるの?」
「分かる。甘いものの方が良いよな」
「ふにゅ。分かるの。苦いもの反対派なの」
ミディリシェルは、薬を飲むのを諦めて、小瓶を机に戻した。
「薬なんて基本苦いんだから、我慢して飲んでほしいものだよ」
「ふにゃ⁉︎……だって、にがにがさんきらいなの」
「……君がこの子の警戒心をここまで解いたの?」
「俺だけじゃ、こうはならなかった。昨日、お前が、俺に先に部屋に戻るよう言っときながら、自分はこいつと寝た事がきっかけじゃねぇのか?」
ミディリシェルはゼノンの言葉を聞き、びくっと身体を震わせた。そして、枕を落としては拾ってを何度も繰り返す。
「……なにあの可愛い生物」
「ほんと可愛いよね。ずっと、見ていたいよ」
「仕事あるから無理だろ」
「うん。残念ながら。今日は比較暇だけど」
「へぇ、最近は忙しいって言ってたのに珍しいな」
「この子と一緒にいれる時間増やそうと、できる部分は先にやっていたからね」
ゼノンとフォルの会話が耳に入ってこない。枕を落としては拾っての繰り返しを止めて、ミディリシェルは、薬の小瓶を手に持って、一気に飲み干した。
「あいつ、テンパると面白いな」
「……っ……むにゃんぐ……はじゃむみゃ」
「……は?」
ぼとんと、小瓶がベッドの上に落ちて、跳ねる。ミディリシェルは、両手で口を塞いで、足をバタバタと上下に振った。
「なぁ、あれって、前に俺も飲んだのだよな?」
「ううん。この子と君だと、根本的なものが違ってくるから、別の薬。魔力の吸収抑制と自然に外へ出すための」
「……違ったんだな。それって、そんな苦いのか?」
「苦い、かな?前に試しで飲んだ時、普通に飲めたけど」
「……ふんぎゃぶみゃん!」
口の中に居座る、飲んだ直後よりも強い苦さに、ミディリシェルが悶絶している。
「あー、でも、飲んだ後はちょっと苦かったかな」
「……ミディ、クッキー、食べる?」
「……」
ミディリシェルは、黙って口を開く。ゼノンがその開いた口の中に、甘いクッキーを入れてくれた。
「……(もぐもぐ)ふにゅぅ、あまあまさんなのぉ」
「そこまで苦くないと思うんだけど」
「お前の味覚がおかしいんじゃねぇの?」
「ふにゅふにゅ」
ゼノンの言葉に、ミディリシェルは、こくこくと勢い良く、何度も頷いた。
「……フォル、お口さん落ち着いたから、お話聞くの……またにがにがさんきた⁉︎やっぱ聞かないの」
「もう一枚クッキー」
「(もぐもぐ)ふにゅぅ。これで本当に落ち着いたの。お話聞くの。それと、昨日の心当たりも教えるの」
ミディリシェルは、落ちている枕を拾って、ぎゅっと抱きしめた。
「ありがと、ミディ」
「……感謝される事じゃないの。管理者様に協力するのは当然の事って、本に書いてあったの」
「それは、自分達のため。君のように、自分に利がないと理解していて教えてくれる人は珍しいよ」
「……それなら、ミディはもらったもの返すだけなの」
ゼノンとフォルにもらったこの時間。ミディリシェルにとっての見返りには十分すぎるものだ。
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