コンビニ店員たかはしが俺を雑に扱いながら甘やかしてくれる

松本カナエ

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5. いぬのしぐさ

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 俺が哀れな声で鳴いたからか、たかはしは弁護士がまだ来てないのに、実家を出て俺を抱えたまま家に帰って来てしまった。「ストレスが一番良くないんだ」とかなんとか言いながら。
 というか、いつまで俺はたかはしの世話になるのだろうか。家に帰っても一人暮らしだから困るけど、たかはしには俺を世話する義理はないのに、当たり前のように犬グッズを買って自分の家に配置してしまった。そもそも、このマンションはペット大丈夫なんだろうか。

 犬トイレにするのは未だに恥ずかしさがあるけど、人トイレはどうしても無理だったので泣く泣く諦めた。
 だが、しっぱなしにはしてられないので、恥ずかしいけどたかはしに教える。するとたかはしは俺のふわふわの頭を撫でて、「ペロよくやったなー」とまるっきり犬に接するように接してくるから、俺の脳はバグって、俺は昔から犬なんじゃないかって気分になる。
 たかはしは、俺を連れて帰ってから、どこにも行かない。コンビニに行くのは買い物くらいで、俺のせいで仕事辞めてしまったのでは、と少し不安になる。必要なものもほぼほぼネットスーパーで、ずっと俺を撫でたり、ボールで遊んだりしてる。
 この、ボールで遊ぶのが、思ったよりも楽しくて、俺はボールを見るとしっぽが勝手にパタパタなるくらい反応してしまう。こんなに無心で遊ぶのは小学生ぶりじゃないだろうか。かぷ、とボールをくわえてたかはしのところに持って行く。たかはしに撫でられると俺はますますしっぽを振ってしまう。
 たかはしはちょっとずつ遠くへとボールを投げる。俺はトテトテ走って行ってボールをくわえて戻る。何だか時間がゆっくり流れてる感じがして、俺は何回もたかはしにボールを要求してしまう。最後にはたかはしが「勘弁してくれ」と音を上げる。でも、そこまで付き合ってくれるのが嬉しい。


 そんな日々を過ごしていたある日、来客があった。
 俺はもうすっかりたかはしの家の犬で、たかはしが来客を迎えるために玄関に向かうのに足元にじゃれついてついて行った。

「おう」

 たかはしが迎えたのは村上さんだった。
 俺はじゃれついていたたかはしの足元にぴったりくっついて村上さんからあんまり見えないように隠れた。たかはしは「ふっ」と吹き出して、俺を足元から引っ張り上げて抱っこする。俺はもちろん抵抗して暴れたが、ポメラニアンは無力に等しかった。

「……」

 村上さんは俺の姿を一瞥すると、何事もなかったように、たかはしに「上がるぞ」と言ってずかずかとリビングに入っていった。そして、テーブルの上にいい匂いの菓子を並べ始めた。

(秋の新作……!)

 俺はテーブルに前脚をかけて身を乗り出してしまう。
 秋の新作は毎年栗やさつまいも、かぼちゃを使ったものが多い。全部黄色っぽいから見ただけではどれを使ったものなのかわからなかったけど、犬の嗅覚は凄い。全部わかる!

(あー、俺も試食してみたいなー……)

 俺が見ていると、たかはしは俺の身体を持ち上げて、見やすいようにしてくれた。

「ペロ、よだれとベロが出てるよ」

 たかはしに指摘されて、俺はぐむっと口を閉じた。気を抜くとつい口は開きっぱなしになるし、気をつけないとな。

「ペロ……?」

 村上さんが、不思議そうな声を上げる。

「遠野じゃないのか?」

 たかはしが俺のことペロなんて呼ぶから、村上さんが困ってるじゃないか。ていうか、俺のことわかるのか。

「今日は謝りに来たんだけど……こんなことになる前に助けられなかったから」

 村上さんが、俺の頭を撫でる。あんまり動物とか好きそうに見えなかったけど、撫で方がとても上手だ。けれど、たかはしはそれを払いのけると「そういうのは俺の役目だから」となぜかそれ以上撫でさせなかった。
 別に減るもんでもないのに。

「新作いつも楽しみにしてくれてたから、持ってきたんだよ」

 村上さんは犬の俺に目線を合わせて、ふわっと微笑んだ。村上さんのこんな表情初めて見た。やっぱり動物好きなのかな。

「今日だけだぞ」

 たかはしは苦い顔をしつつも、許可を出した。
 俺はいつも新作を味見する時みたいに、形を見て、ひとくち食べて、水を飲んで、その味について考える。

「犬なのに、仕草は本当に遠野なんだな……」

村上さんのつぶやいた声は、味について考えていた俺には聞こえなかった。


 俺は、ひと通り味見をして満足した。
 犬の口で食べると、噛み口が汚くて、食べ散らかした感じがあって、申し訳ない。
 申し訳程度に散ったところをペロペロ舐める。上手く取れなくて逆によだれが凄いついた。
 本当に申し訳ないし、それに、残念なことに、味をメモしたり、評価したりする方法がないことに気づいて落ち込んだ。
 せっかくの新作、村上さんにしっかり感想を伝えて、ブラッシュアップしたものにしたいのに、歯がゆい。

(伝える手段がない……)

 あるのは、好きですしか言わない使えない犬語翻訳アプリだけ。どう考えても犬なんて「お腹すいた」しか言わないと思うんだけど。あれはアプリが飼い主に媚びているんだ。
 本当にあれは使えない。
 俺の普段と違う様子に気づいたたかはしは、俺を抱き上げ、「トイレか?」なんて言うので、俺は唸ってやった。
 村上さんは、フッと笑って「かわいいなぁ」と言った。村上さんが笑うのも、かわいいと言うのも、見たのは二度目だ。

 村上さんが表情を崩すのはとてもレアだ。
 美味しいものを作ってても、まったく表情は変わらない村上さんが表情を崩したのは、菓子パン部門がもふパンパンダというもふもふのパンのパンダのキャラクターとコラボした商品を見た時だった。
 つまり、俺はもふパンパンダと同じくらいかわいいということなのだ。犬として誇らしい気持ちになり、俺はワフッとたかはしの腕をすり抜け、村上さんの前にお座りした。撫でてもいいですよ、とばかりに頭を出す。

「何か本当の犬っぽいね……」

 村上さんは困惑したようにつぶやいて、撫でてくれようと手を出した。
 村上さんに撫でられる直前、スルッとたかはしの手が 俺の脇を持ち上げた。何をするんだ、と俺は暴れた。

「嫌がってるよ」

 村上さんはたかはしをあきれ顔で見た。
そして、たかはしの手からスルリと俺を取り上げて抱っこした。
 たかはし以外の人に抱っこされたのは初めてだった。
 何だかソワソワして落ち着かず、俺はすぐに身をよじった。
 村上さんは嫌がる俺を抱き続けたりせず、下ろしてくれた。

「キューン」

 俺は、村上さんに伝えたくてタシッタシッと前脚で新作の中で一番美味しかったのを指した。 

「キャン!」

 村上さんは、少し考えるように首を傾げて、 俺を抱っこして前脚に輪ゴムでタッチペンをくくりつけた。

「キャウ?(なになに?)」

 俺は輪ゴムをくくりつけられた前脚をあげたまま首をかしげた。

「タブレット押してみて」

(おお!)

村上さんは、俺の力加減を考慮したのか、俺の前脚に手を添えて、俺の補助をしてくれる。 天才の発想は違う。

『ありがとうございます』

『ご迷惑をおかけして申し訳ありません』

 俺はダラダラと長くならないように新作の感想などをまとめ、村上さんを見る。
 村上さんは真剣な表情でそれを読むと、俺の頭をわしゃわしゃっと撫でてくれた。
 俺犬として凄くない?
 あ、犬じゃないんだっけ?
 俺がドヤ顔でたかはしを見ると、たかはしはめちゃめちゃぶすくれた顔をしていた。
 なんでだよ。
 俺はたかはしの方にタッチペンをつけたまま、トテトテ寄って行くと、タッチペンを持ったままの前脚でタシッタシッとたかはしを叩いた。たかはしのスマホの入ったポケットをタシタシ叩いて、たかはしにスマホを出させる。

『ありがとう』

『全部、たかはしのおかげ』

 たかはしに見せる。
 たかはしが、俺を抱っこして、撫でてくれる。

「キャウン!」

 俺が鳴くと、たかはしのスマホがピコンとなった。

『大好きです!』

 犬語翻訳アプリ、いい加減にしろよ。
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