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《番外編》5S
しおりを挟む整理、整頓、清掃、清潔、躾。
入社してすぐ、5Sって習って、毎日朝に念仏のように唱えさせられて、唱えているけど、ちゃんと取り組んでいるかと言われると、ちょっとよくわからない。
「せんぱーい、この5Sの躾ってなんですかー?」
俺は、村上さんに聞く。中途半端に覚えて繰り返すその言葉に、突如引っかかったのだ。
「Ggれ……」
ksまでは言わなかったけど、明らかにその口調だったよね。村上さんからクールな空気が流れてくる。ひええ。
「弊社がどういう意味で使ってるかって意味ですよー。俺嫌ですもん、会社が社員を躾けてやるみたいなの」
あきれたようにこちらを見た村上さんが、小さく「それは俺だって嫌だよ」と呟く。何だかかわいく見えて、俺はドキッとした。
「正確には、3Sの回し方……みたいな意味合いなんだよ。整理、整頓、清掃をきちんと習慣化してルールを守って、清潔を保ちましょうねーみたいなことだよ」
それは、わかるけど。
「朝のお勤めする意味がわからない」
お勤めという言葉をオウムのように繰り返し、村上さんは笑う。
「まあ、それはそう。俺もわからないけど、初心忘るべからずってことと、苦行を越えたところに、良いアイデアが生まれるってことだな」
数々の新商品を生み出した村上さんが言うと説得力がある。
「俺も見倣いたいけど、全然ダメだぁ。何で俺が商品開発部なんですかねー」
俺は入社前の適職診断でも営業向きで、面接の感じでも絶対営業部になると思っていた。一緒に入社した遠野は逆に開発部向きだと思ったのに、新人同士が同じ部署になるわけもなく、そこから別の部署のまま、貴重な同期にも開発部にいたら全然会えもしない。
村上さんは、ちょっと考えると俺の頭をぽんぽんした。
え待って、このやり慣れてる感じ何?
村上さんはそういうのやりそうじゃなかっただけに、俺はビックリしてしまった。嫌じゃないけど、ビックリした。
「玉木が来てくれて、ここの風通しが良くなったんじゃないかな」
そう、村上さんが言ってくれて、俺はちょっとムズムズした。
基本的にインドアな商品開発部だが、商品開発に欠かせない商品作りでは割と体力を使う。あと、作っては試食なので太る。だから、俺は仕事後にジムに通い始めた。
意識が高いとかじゃない。
本格的にぜい肉がヤバイ。風呂で自分の身体を見てげんなりして、そこから身体づくりをしている。
腹肉がズボンからポロンとなるのは嫌だ。
まあ、これは全部村上さんが悪い。
何せ、村上さんは商品開発のことになると、他に割くリソースが極端に減る。
アイデアを試すのはいいけど、そこらに試食が残っている。どこが違うのか、村上さんの考えを汲み取れなくてバクバク食べてしまう。というか、食べないとわからない。
「玉木さあ、たくさん食べなくてもいいんだぞ」
とうとう村上さんに指摘されて俺は落ち込んだ。
わかってるけど、一口じゃ全然わからない。
遠野の部署と企画で一緒した時の遠野の頼もしさったらなかった。村上さんに渡り合って、形を見て、ひとくち食べて、水を飲んで、その味について感想を出す。遠野が的確に意見を言うので、あの時はサクサク進んだな。あ、落ち込む。
ジムで発散して、終電間際のコンビニに飲み物を買いに入ろうとして、目を疑った。
遠野?
明らかに顔色も悪く覇気のない遠野が、栄養ドリンクを買っていた。目をキラキラさせて、子ども向けのお菓子のことを語っていた人間と同じには見えなかった。
俺は絶句してしばしそこから動けなかった。
翌日、俺は村上さんに相談した。
自分の胸のうちにだけ留めておけなくて。
村上さんは、「うん……」と何だかはっきりしない返事をしたから、俺は村上さんの顔を見た。
今までに見たことがないくらい厳しい表情をしていた。
「先輩、俺……俺がちょっと探ってきましょうか?」
俺が話したことなんだけど、村上さんをできるだけわずらわせたくない。
「俺、そういうの得意なんすよ! 味はちょっとわかんないですけど、口から産まれてきたんで!」
俺の言葉にちょっと目を見開いて、村上さんは口もとをゆるめた。
「口から産まれて……確かに。味だってわからなくないだろ。俺玉木の食べっぷり好きだし……」
ええっ、嬉しいな。
俺はちょっと浮かれた気持ちを引き締めた。この罠にハマると腹肉がヤバイ。
「5Sだな……」
村上さんが笑いながら言った。こんな笑顔初めて見た。ちょっと悪い男感ある。
「毎朝お勤めしたかいがありましたね」
俺はニヤッと笑って、録音機能つきのペンのスイッチを押して胸ポケットに入れた。
「じゃあ、適材適所頼んだぞ。俺は別な方面から攻めてみる」
俺たちはなぜかハイタッチをした。
遠野が思ったよりエグい状況でショックだったが、俺たちは5Sの朝のお勤めをしているからな。
整理、整頓、清掃、清潔、躾。
会社はクリーンじゃないとね。
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