コンビニ店員たかはしが俺を雑に扱いながら甘やかしてくれる

松本カナエ

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1. 俺、ポメ。

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 残業が一週間続いた金曜日の夜──実際は土曜日と言っても差し支えない時間──ヘロヘロになりながら俺は帰り道コンビニに寄ろうとして、突然地面が近くに見えた。
 あれ? 俺倒れちゃった?
 地面とキッスするほど近いにしては意識はっきりしてるけど、起き上がれない。いや、起きてるんだけど、目線がめちゃめちゃ低い。どうなってるんだ。

「キャウン!」

 声を出そうとして、喋った通りの言葉が聞こえない。どこかから犬の鳴き声がしてビックリした。

 えっ?
 犬? 
 どこ? 

 キョロキョロすると、コンビニのガラスにかわいらしいポメラニアンが映っている。

 犬かわいいなー。疲れた身体にしみるなー。
 ん?

 ポメラニアンと目線が一緒って俺やっぱり倒れてるんじゃん。

「こら! 何で犬が入って来てるんだよ!」

 店員が俺の方を見て怒鳴る。

「キャウン!」

 犬が鳴く。
 店員は俺の前に座ると目線を合わせて俺のオデコにデコピンした。

「キャンキャン鳴かれてもわかんねーよ」

「キャウン!」

 俺は、疑問の声を上げたつもりだった。

「キャウン! キャンキャン、キャウン!(えっ? 俺なの⁈)」

 さっきガラスに映ったポメは、俺だった。
 嘘だろう⁇
 その衝撃から立ち直る前に、店員に首根っこを掴まれて、店の外に出される。

「キャンキャン! キャン! キャウンキャウン‼(俺犬じゃないんですけど! 何でこんな!)」

 店員は「だからキャンキャンされてもわかんねーよ……」と渋面で言うと、俺の頭をポンと叩いてコンビニの中に入っていった。

「キャンキャン! キャウン!(救急車か何か呼んでくれ! 俺どうなっちゃうの!)」

 コンビニの中に向かって吠えると、店員がすごい勢いでUターンしてきた。

「営業妨害だから! コンビニでは衛生的に動物はヤバイんだよ、わかる? わかんないよな……まあいいか。お前飼い犬なの? お前の御主人様はどこ行ったわけ? 迷子?」

 またもや首根っこを掴まれて、ぐっと苦しい中暴れながら俺は主張した。

「キャウン!キャ……(だから俺は犬じゃ……)」

 キャンキャン鳴いてる最中にマズルを掴まれ、店員の肩に逆さに抱きかかえられた。目の前に店員の名札が逆さに見える。

 たかはし。

「クー……」

 マズルを掴まれて声が出ないまま俺はバックヤードに連れて行かれた。
 机の上に降ろされて、たかはしがマズルを掴んだまま、俺の目を見ながら話しかける。

「お前、バカだから吠えるんだろうけど、ちょっと静かにしろ? 静かにするなら離してやる」

 いい加減痛いし苦しかったので、俺はコクコクと頷いてお座りをした。
 犬だったら100点じゃない?

「迷子だったら俺がシフト終わったら飼い主探してやるから、ちょっと静かに待ってろ。コンビニに犬がいるなんて騒ぎになったら大変だからな。絶対吠えるなよ」

 言いながら、たかはしは俺の頭にタオルをかぶせ、俺が頭を出すと、どこからか取ってきたおつまみソーセージをむいて、俺の口にむぐっと押し込んだ。
 いきなりのことに戸惑った俺だったが、残業終わりにコンビニで晩飯買って帰るところだったから、お腹はめちゃめちゃ空いていたので、ソーセージの味が口の中でした途端、口をもぐもぐ動かしてしまった。犬ってこんなに塩味のするもの食べていいんだっけ。塩味が疲れた身体に心地よい。

「お前よく見ると目がかわいいな、ペロ」

 ペロってなんだ?

「名前わかんないからな、ペロでいいよな」

 たかはしは何だか犬につけるような名前を勝手に呼び始める。
 その時、入り口の音が鳴って、たかはしは弾かれるように店の方に出て行った。

(何だよペロって……)

 俺はふてくされるみたいに頬をふくらまそうとしたが、バフッと口から音が出ただけだった。

「これ落ちてて……犬の鳴き声がした気がして……うちの……もしかして、ポメ……」

 たかはしはお客さんと喋っているようだった。犬の鳴き声と聞こえて来て、俺はビクリと耳を震わせた。
 たかはしに半端にかけられていたタオルに頭を突っ込む。

(怖い。俺どうなっちゃうの?)

 しばらくすると、たかはしの「ありがとうございましたー」の声がして、バックヤードにたかはしが戻って来た。
 手には商品の入っていた段ボール箱を持っている。何か別のものが入っているようだった。
たかはしはロッカーを開けるとその中身をハンガーにかけているようだった。
 俺はタオルの隙間からたかはしを覗く。

「おい、隠れてねえぞ」

 たかはしは眉根を寄せて困ったように笑うと、タオルごとボフッと俺の頭を撫でて、ロッカーからスマホを取り出した。

「うーん、やっぱ通報しねえとかなぁ……」

 呟くたかはしの言葉に、俺はビクリと身を固めて、ブルリと震えた。
 通報されても、俺どうしたらいいの?
 実は人間だったんですって言っても、鳴き声しかないし、意志が疎通する気がしない。怖い。
 たかはしはスマホをしばらく操作すると、ずいっと俺の前に出した。
 俺はビクッとして一瞬目をつぶったけど、恐る恐るその画面を見ると、犬語翻訳アプリが画面に表示されていた。

「ほら、何か喋れよ」

 たかはしはアプリの翻訳と書いてあるところをタップした。

「キャウン、クゥーン! キャンキャン!(俺もどうしてこうなったかわからないんだけど)」

 アプリはしばらく画面が切り替わる画像になり、目の前の画面に文字が表示される。

『私はあなたが大好きです!』

「ワゥン!」

 びっくりして鳴き声が出ると、その下にまた文字が表示される。

『好き!』

 たかはしは、俺が鳴き終わったと判断して、スマホを自分の方に向ける。

「は? 舐めてんの?」

 思わず飛び出たその声に、俺も同意したい。ちょっとこの翻訳機何言ってるのかわかんないっすね。
 たかはしが目を丸くして俺を見て来たから、違うって伝えたくて首をブルブルっと振った。

「……だよな」

 たかはしは俺が首を振ったのを見て、呟いた。

「ワンッ!」

 俺は元気よく返事したんだけど、アプリがピコンと音を立てる。

『抱っこして!』

 アプリの画面がチラリと見えて、俺はくたりとしっぽと耳を垂れた。

(やだ何だよこのアプリ。マジで使えないアプリだな、空気読めよ……)

 たかはしが呆れた顔をして、俺とアプリを見比べる。
違う、違うんだ。
 俺はプルプルと懸命に首を振った。

「わかったわかった、頭もげるぞ」

 たかはしが俺の頭をポンポン撫でる。たかはしの俺の扱いの方が頭どうにかなるわ。
 たかはしは、スマホを操作し始める。俺はそれを覗き込んだ。たかはしは犬語アプリを評価☆1にしてアンインストールすると、検索窓を出して、

『ポメガ』

 と打ち込んだ。

 ポメガ? 
 俺ただのポメラニアンじゃないの?

 俺はたかはしを見つめた。たかはしは俺の視線に気づくと、「ほらよ」と画面を見せてくれた。


   ***

 近年ストレスにより人がポメラニアンに変化するポメガ体質の人が増えています。
 ポメラニアン化した人をポメガと呼び、一度発症したらストレス負荷によってポメラニアンと人の姿を行ったり来たりしますので、様々な配慮が必要です。
 ポメラニアンになってしまった場合、ストレス負荷を軽減するための処置が必要になります。一般的にはかわいがって甘やかすと戻ります。
 ポメガになると春と秋に……

   ***


「ワゥ?(どういうこと?)」

 たかはしと画面を見比べる。
 たかはしは俺と画面を見比べるとため息をついた。

「……お前人間なの?」

 俺が「わふっ」と鳴いて頷くと、たかはしは肩をガクリと落とした。

「はー、マジか。人間かよ……さっきのお客さんの話マジか……」

 たかはしは、画面をスクロールして、色々確認すると、尻ポケットにスマホを押し込み、髪の毛をぐしゃぐしゃっと掻くと、コンビニの制服を脱いで、机の上の電話の受話器を持ち上げて、ボタンを押した。

「もしもし、店長降りて来て下さいー。お客さんがポメになっちゃったんで病院に連れて行きたいんですけど」

 喋りながら、コンビニ袋に俺の上にかけていたタオルを突っ込んで、その袋に俺を突っ込んだ。

「キャン!(嘘だろ!)」

 俺のことコンビニ袋に入れて持ち歩くつもりなのたかはし⁈

「車に犬の毛とかつけたくないから、悪いけど我慢して」

 たかはしは申し訳なさなど一ミリもなさそうな顔で、声だけは少し申し訳なさそうに言うと、ビニール袋ごと俺を抱きかかえた。
 階段を降りて来た店長に俺を見せると、店長は「いやー、初めて見た!」と言っている。

「僕も話には聞いてて、店長教育でやっただけだけど、ポメになっちゃったら休みあげなきゃいけないからできるだけストレス与えないとか、発情期休暇あげないと労働基準法違反になるとか、大変だなあって思った記憶しかないよー。病院に連れてけば大丈夫なの?」

 店長は頭をかいて、たかはしに聞く。
 そんな有名な症状なの?
 俺知らなかったけど。

「やー、さっきお客さんの弟さんがポメ化したことあって、病院で薬出してもらった方が人間に戻るのが早いとかなんとか」 

 えっ、さっきお客さんとそんなこと喋ってたの?

「夜間救急に連れて行くにしても、保険証あるのとないのとで全然金額違っちゃうから……」

 店長が思い出したように俺を見ながら言い出す。
 保険証……財布の中にあるはず。

「あ……服のポケットに入ってないかな?」

 え、俺の服?
 たかはしがロッカーを開ける。
 さっきロッカーに入れてたの俺の服なの?
俺のスーツの胸ポケットから財布を出すと、裏に一緒に入れていた社員証がポロリと落ちた。
 たかはしは拾ってそれを読み上げる。

「とおの……遠野、誠。遠野誠……マジか」

 たかはしは俺の顔をまじまじと見るが、首をかしげる。

「犬の顔って全部犬にしか見えないですね」

 たかはしのつぶやきに首をかしげながら、店長が社員証を覗き込む。

「タカイチ食品。……えっ? タカイチ?」

 驚いた店長がたかはしを見た。何か問題があったのか。
 たかはしは目を細めて、それから胸ポケットに定期入れを戻した。

「良かったじゃん。タカイチの人なら連絡つくね」

 店長がポンポンとたかはしの肩を叩くと、たかはしの眉がきゅっと寄せられた。何が良かったのかわからないけど、たかはしは凄く面倒くさそうにため息をついた。
「まあ、そうですけど……」

 そして、俺と財布を見比べる。

「財布の中勝手に見ちゃうの申し訳ないな」

 言いながらも、本当に全く申し訳なさが一ミリもなさそうな動きで財布の中を物色するとたかはしはウッと声を上げた。

「ペロ、お前……札が一枚もないぞ……まあ、スマホのバーコード決済だからなー。スマホは指紋認証か顔認証かー。どっちも無理だろ……できないよな」

 思わずさっきまで呼んでいた呼び名で俺を呼ぶたかはしに、「えっ、ペロ?」と店長が困惑した声を上げる。たかはしはスルーして、俺の前に一応俺のスマホをかざす。残念ながら顔認証は失敗していた。当たり前だ。画面にうっすら映る悲しいポメラニアンが俺だから。たかはしは一瞬俺の手もとを見たが、ため息をついて保険証を取り出す。

「とりあえず、保険証だけ借りるぞ」

 たかはしはロッカーから自分の財布を出すと、そこに俺の保険証を入れて、スマホの入っていない方の尻ポケットに突っ込んで、俺を抱え直した。

「店長、彼の荷物預かってもらっていいっすか?」

 店長は親指と人差指でオッケーのハンドサインをして、ヒラヒラと手を振る。
 たかはしは車の鍵を胸ポケットに入れて、店裏の駐車場の車の後部座席に俺をビニールごと放り込んだ。

 ──雑だ。
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