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6. あたたかい手

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 デビューライブ、本番30分前。
 俺は裏で振りのチェックをしていた。もう入場は始まっている。チラッとでも客席の方を見たい気持ちと、見たらもう怖くなって何もできなくなる気がして、モニターも見られない気持ちとの間で、揺れながら黙々と振りを確認していると、後ろから声がかかる。

「えっ?」

 ざわついていて聞こえなかった。振り返ると川内が手まねきをしていた。他のメンバーも集まっている。

「気合い入れるから。円陣組んで。キヨさんくれぐれも静かにな。客席にもれないように!」

「オッケー!!」

 そのオッケーの声がすでにデカい清島は、右手を前に出す。そこに手を重ねていく。

「今日は記念すべきデビュー第一歩です! みんなに良いものを届けていきましょう。ファイ!!」

「オー!!」

 なんだかよくわからないまま、声を合わせて重ねた手を上げる。気分が高揚して、周りのみんなとハイタッチをした。
 ふと、川内と目が合う。

「大丈夫か?」

 川内は、俺の顔を覗き込む。

「何が?」

 俺が首を傾げると、川内はちょいちょいと少し暗くなっている死角に俺を呼ぶ。俺はノコノコとついていく。と、川内はカツアゲでもするように手を出してくる。

「えっと、何?」

 俺は川内と手を見比べた。

「手、貸せ」

 川内が言うので、俺は川内の手に手を乗せた。犬がお手してるみたいだなとふと思ったけど、川内は真剣な顔をしていたから冗談も言えなかった。
川内のもう片方の手が俺の手の上に乗る。

「緊張してるんだろ。すごく冷たい」

 さっきの気合い入れで手を重ねた時か。
 川内の手が俺の手を挟んでいるが、俺の手が冷え過ぎているからか、川内の手はとてもあたたかく感じる。

「何で……」

 俺は川内に手をあたためられながら、脳内にハテナが飛びかっていた。

「ほら、反対も」

 川内の手に挟まれて冷えていた手がぬくもってくると、川内は手を離し、もう片方の手を挟む。
 俺はただされるがままで、川内の手が俺の手を包み込んでいるのを見つめていた。

「努力は裏切らない。本番、全力でやるぞ!」

 川内はそう言って、少し震える俺の手を握る。その力強さに、俺は何かを思い出しそうになって、顔をしかめた。

「ほら、お前は爽やかな笑顔を振りまいてやれ」

 川内は、俺の眉間にデコピンをして、ちょっとだけ笑った。クールなイケメンの笑顔の破壊力やばいな、と俺は思いながら、笑った。



 本番が始まった。
 満員の客がBaTiTコールをしている。
 篠田が憧れていた大きな舞台。
 ファンが待っていたBaTiT。
 ごめんな、篠田じゃなくて俺で。
 山上有斗は、篠田一好じゃないけど。
 でも、俺は俺だから。

 オープニングダンスからの、歌。
 そして、清島があのいつものデカい声で「こんばんはー!! 俺たちBaTiTです!! 俺は清島勇人(きよしま ゆうと)」と言いながらなぜか上腕二頭筋を見せびらかす。客席がわあーと沸いた。
 続いて吉岡が一歩前に出ると、「よしりんー!」とか「あらたんー!」とか声がかかる。

「ぼくの名前は知ってるよね?」

 吉岡はキラキラの笑顔をふりまき、なぜか「あらたくんー!」と男性客の応える声がした。吉岡の笑みがいっそう深まり、「吉岡新(よしおか あらた)だよー! よろしくねー!」としめる。
 川内は、静かに一歩前に出る。客席は川内の一挙手一投足を見逃すまいと、一瞬で静かになった。

「みんなBaTiTを観に来てくれてありがとう。チケット取るのめちゃくちゃ大変だったって??」

 前列の方の子が頭をめっちゃ縦に振っている。多分後ろの方でもそうなんだろう。

「知ってる人も知らない人も、俺は川内旬平(かわうち しゅんぺい)って覚えて帰ってください。……そして、こいつがオーディションで選ばれた俺たちの仲間……」

 予定では普通に挨拶するはずだったのに、川内は俺に寄ってきて肩を組んだ。

「山上有斗(やまがみ あると)!!」

 川内に俺は紹介されてしまう。えっ、自己紹介じゃないのかよ。俺が思っていると、肩を組んだ方の手で頭をワシャワシャッとかき混ぜられた。

「よろしくな!!」

 川内が言うとざわついた客席がワッと盛り上がった。あれ、俺自己紹介一言も喋ってない。
 あと、セットしてもらった髪をモジャモジャにされた。ありえない。

「ちょっと川内さん……もー……」

 俺がつぶやいた声はマイクが拾っていて、スクリーンにも髪の毛を直す俺が抜かれていた。

「あ……」

 俺はスクリーンを見て固まり、他のメンバーが爆笑して、観客が沸く。

「さっさと次の曲に行きますよ!!」

 俺が言うと、川内が笑って、客席がさらに沸いた。

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