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11. それから
しおりを挟む次の日、高大の家から大学に行くことになって、横峯は高大に「新婚さんみたいだね」と何度も言った。えへらっと笑って、イケメンが鼻の下を伸ばしているのを高大は初めて見た。それでもイケメンは色褪せない。
笑顔プライスレス。
朝起きて1回。
朝ごはんを作ってるのを見て1回。
朝ごはんで1回。
シャワーを浴びるか聞いた時に1回。
家を出る時に1回。
あまりにも横峯が「新婚さんみたいだね」を繰り返すので、高大は家を出たところで「新婚さんみたいに手を繋ぐ?」と冗談まじりに言ったところ、がっちりと新婚さんみたいに手を繋いで歩くことになった。
「今日はどうする? うちに来る?」
横峯に聞かれて、高大は横峯を見返す。
肯定以外の返事を言ったらこの笑顔が壊れてしまうのではないかと思ったら、きゅうと胸が痛んで、高大は戸惑いながらも頷いてしまう。
高大は慌てて家に戻って学校の用意以外の泊まりの荷物も持った。
ヒートが来たら番おうという約束はそれだけでヒートが早まりそうなくらい期待値が高くて、自分はオメガなんだなと高大は再認識する。
前はそれがわずらわしいことのように感じていたのに、横峯のそばにいるとオメガであることが肯定されているようで、高大はいつも不思議な気持ちになる。
中高が一緒だったけれど、その頃の高大は自分がオメガなことで、周りとの交流を避けがちで、だからもちろん横峯と全く接点はなかった。
(雲の上の存在……みたいだったんだよなぁ……)
昔から何でも万能で、自然に周りに人が集まってくるタイプだったから、高大のことなんて知らないと思っていたのに、向こうから声をかけてくれた。
自然と毎日が楽しくなって、慌ただしくてドキドキもするけど、それでも何でだろう、横峯が高大を尊重してくれるのが高大にはわかったから、何も嫌な気分にはならなかった。
(何か大輔くんが俺に骨抜きになってるとか、噂されてるんだよなぁ……)
横峯は繋いだ手に嬉しそうにキスして、目が合うと笑う。
(これは確かにそう言われてもおかしくないけど……)
高大は考える。
(もしかして、大輔くんも恋人同士とか初めてだから距離感がわからないんじゃ……)
はたとそう思うとそうな気がして、高大は笑顔の横峯に声をかける。
「今日はお昼学食行かない?」
高大が言うと、横峯はちょっと難しい顔をした。
「う、いいけど……」
ちょっとだけ嫌そうな声音が混ざり、高大はあれと首を傾げた。
「今日の高大いつもより可愛いから他のやつに見せたくない……」
横峯のつぶやきに高大は耳を疑う。思わず重低音で「は?」と返して高大は横峯を眉を寄せて見つめた。
「それはさすがに『恋は盲目』過ぎてひどい」
高大がきっぱりと言うので、自分の可愛さに自覚のない恋人を持つと心配事が絶えない、と横峯は息をついた。
「今日は山菜おろしそばちゃんと味わうんだから」
ふわっと笑って言う高大を抱きしめて離したくない気持ちを横峯はぐっとこらえた。
そうして、何度も横峯が「新婚さんみたいだね」を繰り返しているうちに、高大は横峯のスキンシップや発言に慣れて来て、そのうち横峯は「熟年夫婦にも負けてないよね」と言うようになってきた。
言っている意味が分からなくて、高大は「そうかな?」としか返せていない。
次のヒートまでまもなくという時期を迎えた。
ちょっと前になぜか高大のところに例の企業の弁護士から連絡が来て賠償金がどうこう言われ、オメガに対するハラスメントをしていた人事部の人間が解雇になったことはニュースにもなった。
高大は、賠償金の額に震え上がり固辞したが、横峯に「そうやって受け取らないでいるといつまでもやり取りしなきゃいけなくなるから、もらった後は何も言わない蒸し返さないって書面作って終わりにした方がいいよ」と言われ、なるほどなと手続きした。
ヒートの前にわずらわしいことが終わって、高大は少しホッとして、体調を崩した。
心配した横峯が、自分の部屋で看病したがったので、高大は横峯の部屋で寝ている。
今日は卒論について外せない授業があって、横峯は大学に行っているのだが、さびしくないようにとなぜかベッドの周りを洗濯物に取り囲まれている。
体調が良くなったら洗濯をしようと心に決めて、高大は目をつぶる。
目をつぶるとフワァッと香ってくる横峯の匂いに、高大は抱きしめられているように感じて、落ち着くようなドキドキするような気持ちになる。
熱が上がってきた気がして、高大はふと気付く。ザワザワと下から上がってくる感じがする。
(多分この感じは……)
ヒートが来たのかも知れないと、高大は震える。ベッドにもぐり、丸くなってから、スマホを手繰り寄せ、横峯にメッセージを送ろうとして、授業の邪魔をしたくなくて、手を止める。
(授業終わったらすぐ帰ってくるって言ってたし、待とう……)
目をつぶって、横峯の匂いに包まれて、浅く息をつく。
熱くなってくる身体をきゅっと抱えて、心の中で横峯を呼びながら、高大はやり過ごした。
「ただいまー!! 大丈夫だった?? あれ?」
パタパタと慌てて部屋に入ってきた横峯は、ベッドの中で洗濯物に埋もれている高大に駆け寄り抱きしめる。
「ヒートきたんだね。連絡くれたら良かったの……」
言いかけて、高大のスマホを見つける。
「……送信してくれてよかったのに……」
自分の恋人が気遣いの人だったと思い出して、横峯はまた高大をギュッと抱きしめた。
(待たせてしまった……)
横峯は汗をかいた高大の額を拭い、キスを落とす。高大のむせ返る香り。理性が飛びそうになるのを横峯はやり過ごす。
キスだけで、いやもっと。
「まってたぁ……」
キスに応える高大は横峯にギュッとすがりつく。
「チョーカーのカギ、カギが……かばんの、内側のチャックの……とこにぃ……」
高大の言葉に、横峯はブルリと震える。
「だいすけぇ……噛んで……かんでぇ……」
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