いつの間にかそこは肉屋でした

松本カナエ

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25.  「……その花は」

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 重くて湿っぽい扉の向こうには、目を凝らすと薄っすらと白い塊が見えた。
 バル殿下が灯をかかげる。
 すると、ぼうっと光る灯の中で、白い塊は、ゆっくりと動いて、サラサラと流れるようにアッシュグレーの髪が床に落ちて、微かな声で「モリト……」と俺を呼んだように聞こえた。
 俺は、二の句も継げずに、地面に這うようにうずくまるドルを見つめていた。
 突如、ドルは顔をあげて、無邪気にニコッと笑った。

「今日はおかあさまはいらっしゃらないのか?」

 まるで大人びた子どものような喋り方だった。
 さっき俺の名前を呼んだよな。その声とは雰囲気がガラッと変わったドルは少し拗ねたように言う。

「ぼく……あ、いけない、私がいい子じゃないから、おかあさまはきてくださらないのか?」

 俺は、バル殿下の方を見る。
 バル殿下は静かに首を振った。

「最初は、フリなのかと思ったのだが、正気でいる時間もあって、そういう風になってしまっているのだと医者も……」

 俺は、ドルの前にかがんだ。
 ドルが首を傾げる。

「俺はモリト。俺のこと覚えてるよね。おかあさんの好きなお花を一緒に見たんだけど」

 首を傾げてこちらを見る瞳は、本当に少年のようで、不思議な気持ちになった。ドルは俺の顔をじぃっと見て目をパチパチとまたたかせた。

「あなたと見たことがあったっけ? 庭園にあるんだ。おかあさまがとても気に入っている花。ぼく……私もお気に入りなんだ」

 無邪気に微笑むドルは、どう見ても青年のはずなのに少年にしか見えない。まるできつねにつままれているようだ。ここに閉じ込められているとはとても思えない。湿って暗いイメージとは全くかけ離れている。

「見に行こうか」

 俺が思わず言うと、バル殿下が首を振る。

「モリト、ダメだ。ここから出すことはできない」

 俺の言葉はすぐに否定された。

「バル殿下……」

「そんな顔をしてもダメなものはダメだ。それだけのことをしたんだ。わかるだろう」

 バル殿下がギュッと眉間にしわを寄せて、息を吸った。

「じゃあ、せめて庭から花を……あの何か水色からピンクにグラデーションがかかってるやつ……」

 俺が言った途端、バル殿下が深い息をはいて持っていた灯が揺れる。

「……知らないのか」

 小さな声だったが、その部屋の中にバル殿下の声は響いた。

「えっ?」

 俺は聞き返した。俺がこの世界のことを知らないために、その何かがバル殿下を困らせている。

「……その花は、猛毒なんだ」

 絞り出すようにバル殿下が言った。
 まさか、と俺は絶句した。もしも、だから好きだったのだとしたらと考えて、首を振る。

「キレイな花なのに……」

 誰も何も言わなかった。
 猛毒の花を愛でていたドルの母親。
 俺は魔女のような姿を想像してしまう。背筋に冷たいものが走った。

「おかあさん、好きだって言ってたから、おかあさんのお茶にお花入れてあげたの」

 ドルがにっこり笑って、俺とバル殿下に言った。

「えっ?」

 俺はつい間抜けな声をあげてしまう。
 ドルの顔が無表情になった。

「人を苦しませる前に、死ねて良かった……」

 バル殿下の持つ灯が震えているのが、影が揺れるのでわかる。
 バル殿下の顔は、見ることができなかった。
 ここはとても冷える。
 俺はもう、ここから離れて、バルさんのところに戻りたくなった。

「花の名前、知ってる?」

 ドルが言った。
 バル殿下が「構うな」と俺に声をかける。

「なんていうの……??」

「サキの花だよ。アハハ……ハハハハ……」

 その声はやたら響いて、バル殿下が俺を引っ張って扉から出すまでこだましていた。



「すまない。まさか、こんなことになるとは……」

 バル殿下は、薄暗い廊下を俺の手を引いて早足できた道を戻っていく。

「俺、ドルを許そうと思っていたんだ」

 バル殿下が、ため息とも相槌とも言い難い声をもらす。

「だけど、なんだかもうよくわからないんだ」

 俺が、そう言うと、俺の手を取っているバル殿下の手の力が強くなる。

「お前が、ドルに会ったらそうしようと思っていたことはわかっていた。だが……」

 バル殿下はその後沈黙したまま、部屋までの道を急いだ。



「バルさん!!」

 部屋に入ると、俺は辺りも構わずバルさんを呼んだ。
 バルさんは、いなかった。
 俺は途方に暮れて、扉の外でこちらを見ているバル殿下を振り返った。



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感想 1

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みんなの感想(1件)

兎騎かなで
2022.10.31 兎騎かなで

こんにちはカナエさん、応援しにきました(*´ω`*)
鳥貴族のお話とか、森で倒れていたからモリトとか、ちょっとした場面にクスッと笑えておもしろかったです!

バルさん、優しくていい人ですね、なんで保護してくれたのかが気になります^ ^

2022.10.31 松本カナエ

ありがとうございますー!!

感想ってこんな感じなんですね!
鳥……貴族はどこまでは書いていいかなって何回も直して、わけわからなくなりかけた部分だったので、嬉しいですー!
バルさんは肉切り包丁ぶん回して戦う人のいい肉屋さん的なイメージです。

なかなか更新できなくてビックリですが、頑張って更新します!

解除

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