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20.  「もう今は、そこまで似ていない」

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 何だっけ。
 小さい頃読んだ絵本にこういうのあったような、と俺はバルさんとバル殿下が向かい合っているのをぼおっと見つめていた。

 そうだ、『王子とこじき』だ。

 王子と乞食が服を交換して、お互いの生活をするんだっけ。
 児童向けの本の表紙が、今まさに目の前の光景と似たような感じだった。
 結局あの話は、どうなるんだっけ。

 ぼおっと見ていた俺は、バル殿下の首から流れる血にハッとした。
 タオル、と思って、周りを見ると、スカーフみたいなのがあったから、バル殿下に近づいて首に結ぶ。すると、バル殿下が、フッと笑った。俺が「おっ」と思っていると、後ろからバルさんが、俺の腰を腕で引き寄せた。
 ビックリして声が出る。

「……俺が見逃しても、捜されるぞ。異世界人はこの国にとって大事なものだからな」

 そうバルさんにバル殿下は何だか得意気に言った。バルさんと会ってから何だかバル殿下は生き生きしている気がする。

「お前が俺になればいい」

 バル殿下が、なおもバルさんに言う。俺はバルさんの腕の中でドキッとした。バルさんは俺を抱えている腕に力を入れた。

「もう今は、そこまで似ていない」

 バルさんが言う。俺も一瞬混乱したから、バルさんの言葉に首を傾げた。

「俺を殿下に仕立て上げて、殿下はどうなさるおつもりですか?」

 バルさんの低い声が響く。

「ふむ。お前は肉屋だったな。肉屋も面白そうだな。そうだ。俺とお前が入れ替わるだけだ。俺が肉屋をする」

 バル殿下はフワッと笑って、俺を見る。

「たまに遊びにきてくれ」

 俺は、唐突にバル殿下が肉屋をする宣言をするのを呆けてみていた。

「グリフォンの肉を用意しよう」

 バル殿下は言う。

「バル殿下はグリフォンを捌けるんですか?」

 俺は思わず聞いてしまう。バル殿下は「やったことはないがやってみよう」と答えた。

 余りにも冗談が過ぎる。
 俺はバルさんを見上げた。
 バルさんが、俺の身体を抱き上げ、肩に抱えた。

「捕まえられるなら捕まえてみろ。だが、俺はモリトを連れて逃げるだけだ」

 バル殿下は、バルさんの前に立ち塞がった。

「だが、逃げたら追われる!」

 止めるバル殿下に、バルさんは不敵に笑った。

「追ってこられないところに逃げるんだ」

 バルさんは自信がありそうだった。俺はそんなところがあるとは思えなかった。王や周囲の人たちの執着を考えたらめちゃめちゃ無理がある。どこまででも追ってきそうだ。

「一体どこに……」

 バルさんが握っていた手のひらを開き、その中のハンカチを広げると、そこにオパールみたいに輝く丸い石のようなものがあった。

「……それは……本当にあったのか??」

 バル殿下が息を飲んだ。俺にはきれいな石にしか見えないけど、何かの特別なアイテムなんだろうか。

「これがあれば彼が元の世界に戻ることができる。こちらの干渉も受けなくなるはずだ」

 バルさんが言ったその言葉に俺は驚いた。帰れないんじゃなかったのか。めちゃくちゃチートな魔法のアイテムみたいな効能じゃないか。そんなものがあるなんて、誰も言わなかった。

「えっ? どういうこと?? 俺の帰る方法なんてないんじゃ……」

 動揺してしまい、バルさんの肩に抱えられたまま俺はバルさんの顔を見ようと身体を捻った。バルさんの腕にグッと力が入り、体勢を変えようとしたのに抱え直された。

「これは願いを叶える妖精の目という石だ。これを使えば多分モリトは帰ることができる」

 目なのか石なのかはっきりしないそれを、バルさんは胸元にしまった。

「……バルさん……」

 バル殿下は深く長いため息をついた。

「それでいいのか? お前はどうするんだ?」

 俺の位置からは、バルさんの顔は見えなかった。

「バルさん、俺……帰りたいって思ってたけど、バルさんのいないところに行くの嫌だよ」

 俺は恐る恐る口にした。抱えてくれているバルさんの肩が震えて、俺は確信した。バルさんは俺を元の世界に帰したら、その後その責任を取るのだ。
 俺の不安を感じ取ったのか、バルさんは「大丈夫だ」と言って、俺を抱え直した。

「妖精の目は対になっている」


    
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